空気。
―――なんか、いいかげんっぽく見える奴だな。 初めて会った時の印象は、確かそんな感じだったような気がする。 へらへらしているような薄っぺらな態度が気に入らない、とも思ったろうか。 とにかく、お世辞にもいいものではなかったのは間違いない。 成績は本当に真ん中程度、スポーツもそこそこの成績だが、目立つ程ではない。 話が上手い訳でもないし、ムードメーカーと言うのともちょっと違う。 ―――なんで、俺はこいつとつるむようになったんだ? 二志はふと、そんな事を考え込んでしまった。 そんな二志の内心になど全く気付くはずもなく、大成は片隅のテーブルに突っ伏して熟睡中だった。 硬いテーブルと椅子で寝心地は悪いはずなのに、ぴくりとも動かずに眠っている。 学生の頃『フリーターもいいかも』などと口走っていたこの男は、この前始めたばかりの二度目のバイトも辞めてしまったらしい。 家賃を払って金がないから、このスポーツセンターの婆ちゃんに昼食をたかりに来た、という訳だ。 しかも、若いモンは真面目に働け、と言う婆ちゃんの小言から逃げるのに、二志が待っているとダシに使ってここへ逃げて来た。 このビリヤード場にはまだ彼ら二人しかいなくて、金がない、と大成に逃げられれば二志は一人で相手を待っているしかない。 何となく大成を眺めているうち、二志はしみじみと昔の事を思い出してしまっていたりした。――まぁ、昔と言っても高校時代の話だが。 きっかけは良く覚えていないが、気付いた時にはこの顔ぶれでつるんでいた気がする。 軽いように見えて、結構何があっても動じないであろう十一、体力馬鹿で、能天気な程明るい太郎、そして大きな身体と強烈な存在感の割に一日中殆ど喋らないくらい無口な玄。 それぞれ、かなりの『個性』があるのだが、大成は、となると、どうも思い付かない。 頭も体力も並、別に何かにハマるようなオタクでもなし、だからと言って八方美人に愛想を振り撒いて誰にでもいい顔をするタイプでもない。性格だって怒りっぽい訳でも、気が弱くて卑屈な訳でもない。どちらかと言えば穏やかな方に入るだろう。普段ふざけた事を言っている時が多いが、TPOをわきまえない程お調子者ではない。 良くも悪くも、人一倍目立つような個性はないように見えるのだ。 しかし。 ―――じゃあ別にいなくてもいいかっつーと、そうでもねえんだよな。 そうなのだ。 もし、今つるんでいる仲間の中に大成がいなかったとしたら、多分こんなに自然にはしていられないように思える。 自分を含め、どちらかと言えば個性的な人間が集まっているから、もしこの四人だけでいたら収拾がつかないだろう。それぞれ勝手な事を言い合って、一対一の友人関係しか結べない気がする。 じゃあ大成はまとめ役かと言えば、そんな感じでもない。大体、その役目なら十一が一番適任だ。 潤滑油、と言う程ムードメーカーではないのだが、強いて言えばそれに近いだろうか。 上手い形容が浮かんで来ない事に、二志は少しだけ苛立った。確かに自分は理系だが、こんなにも語彙が乏しかったろうか? そう言えば、一伊が何となくこの仲間に入るようになったのも、大成がきっかけだった。 客がいなくて居心地がいいこのスポーツセンターは、十一と大成から教えられた。 少し前から、時々婆ちゃんの代わりに番をするようになった一伊に、十一などは多少ちょっかいを出していた。しかし年下と言う事もあって、同級生仲間である自分達の中に交ぜる、と言う事はなかった。 それがある時、賭けビリヤードの負けが込んだ大成が無理矢理一伊を引っ張り込んだのだ。 大成の軽い冗談やからかいに一々反応するのが面白くて、いつの間にかみんなで軽口を叩くようになっていた。 当人はどう考えているか知らないが、あれ以来五人とも、一伊も悪友仲間だと見なしている。まぁ、散々からかわれ、或いはいじめられても次には何となくまた一緒に話しているのだから、一伊も居心地が良いのだろう。多分。 そう‥‥正に『居心地がいい』のだ。 気の置けない友人と一緒にいる時と同じ感覚。 勿論それは、大成ばかりでなく十一や太郎、玄達と一緒にいる時に感じる感覚だけれど。でも、とにかく、大成が加わると居心地がいい。 いつもの馬鹿話ひとつにしても、大成がいると肩の力が抜ける。 家の事や大学の事、面白くない事があっても、ここに来て力が抜けまくった大成を見ると忘れてしまう。 ―――ここまで、先の事何も考えてねえのを見せられるとな。細かい事を悩んでるのも馬鹿らしくなる。 勿論、だからと言って、大成のいい加減な生き方を肯定するつもりはないし、友人としてそれなりの事は言うつもりだが。 二志がそんな事を考えて見ているとは全く知らず、大成は相変わらず熟睡していた。 夜が遅いバイトをして来た訳でもないのに、実に暢気なものだ。 「‥‥そうか、『空気』か」 ようやく、大成に似合う形容が頭に浮かんで、二志は思わず声に出してしまっていた。 普段あまり気が付かないけれど、確かにそこにあるもの。 存在感など全く感じさせないけれど、確かに存在しているもの。 ―――これから、こいつの事は空気みたいな奴だと思う事にしよう。 思い出せなかった言葉をようやく思い出した時のようなさっぱりした気持ちで、二志は苦笑した。 その時、階段を上がって来る派手な足音が聞こえた。 それだけで、太郎だと判る。 「‥‥あれ、二志ひとり?」 ドアが壊れそうな勢いで飛び込んで来た太郎に、二志は親指で奥のテーブルを指して見せた。 「勝負を放棄した上に、一人安らかに熟睡してる根性なしに遠慮はいらねえ。キッツいのかましてやれ」 「りょーかいっ」 実に嬉しそうに太郎は腕を振り回した。 数秒後、一階の受付カウンターで参考書と睨めっこしていた一伊が驚く程の悲鳴が、スポーツセンターに響き渡った―――。 |
END |
二志はこんなにぐるぐる考え込まないと思います‥‥(ばったり)。なんか、やたら字の多い話になってしまいました。最後、思いっきり逃げてるし。
しかし二志君、『空気』は、『ないと困る(とゆーか生きていけない)』ものでもあるよねぇ?(笑)
書いていて、私は結構大成が好きなんだなぁと再確認していたのはいいんですが、色気のいの字も見えない話ですね‥‥‥(泣)。