防衛


 突如、街外れの倉庫街に出現した敵は、レプリカが三体だった。
 Virtuaroidを模して作られた、しかしパイロットに『適性』が必要ないレプリカ。
 勿論、本物のVirtuaroidに比べれば話にならないパワーだが、それでも、普通の破壊活動には、一般的な戦車や戦闘機などより絶大な能力を発揮する。
 決して安くはないレプリカを複数投入して来るのは、潤沢な資金があるのは勿論だが、それだけの価値がこの都市にある事を物語る。
 この一帯は居住区ではないものの、ここを潰されては、都市全体の物流が滞ってしまう。
 即座に出撃して来た壱哉は、今日はTEMJINに搭乗している。
《壱哉様、敵はどうやらその三体だけのようです。調整は大丈夫ですか?》
 各種レーダーなどで辺りを探査していた啓一郎から連絡が入る。
「あぁ。大丈夫だ」
 コクピット内の機器が全て正常に動いているのをざっと眺め、壱哉は答えた。
 別の勢力だろうが、昨日も敵の襲撃があって、激しい戦闘があった。
 昨日も酷使したこの機を、メンテナンスもそこそこに出て来たのだ。
「それにしてもな‥‥‥」
 コクピット内部には、外の映像が半球状のモニターに映し出されている。
 どうやら、大型物資に偽装して入り込んだらしい敵機に、壱哉は舌打ちした。
「もう少し、外部からの物流には目を光らせなきゃならんな」
 この都市では基本的に物流を規制していないのだが、それでも、毎回こんな手段で敵が入って来たのではたまらない。
《一般人の避難は完了しました。これから防護シールドを張ります》
 啓一郎の言葉が終わると同時に、周囲に薄い布を張り巡らせたように光が走る。
 敵を撃退したとしても、毎回、建物などの被害が甚大である事への苦肉の策がこれだった。
 戦闘地域一帯を特殊な力場で覆い、一定以上のエネルギー量を持つものが一切外に出ないようにする強力なシールド。
 地上部分にも展開された力場の効果で、一般の建物であっても、Virtuaroid一体程度なら上に乗っても壊れないだけの強度になると言う優れものだ。
 郊外の何もない荒野ならばこんな手間とエネルギーは掛けないのだが、時として街中に出現する敵と本気で戦っていたら、一帯が壊滅してしまう。
 無論、費やされるエネルギーは膨大なものだが、戦闘区域一帯が壊滅状態になる事による物的、人的被害を考えれば安いものだ。
 ステージ状に囲まれるから動く範囲は限られるが、流れ弾で被害が拡大しないだけまだましだった。
 防御フィールドが完全に辺りを覆ったのを確かめ、壱哉は三方に散った敵を睨み付けた。
「午後から外せない会議が入っているんだ。さっさと片付けさせてもらうぞ」
 壱哉の意志を受け、TEMJINは相手との距離を一気に詰めた。
 右手のビームライフルの銃身にブレード状に高エネルギーが収束し、ビームソードに変化する。
 青く輝くエネルギーの刃が、対処する間もない一体を両断した。
 慌てたように動き出す二体のレプリカに挟まれる事を嫌い、壱哉は一旦後退する。
 そこに、敵のビームライフルからのエネルギー弾が襲い掛かった。
 一般のビームライフルは連射出来るものではないが、二体の敵は交互に撃って来るので、間断なく攻撃が続いているのだ。
 うっとおしい攻撃を小型のボムの爆風で相殺しておいて、壱哉は背の高いビルの影に身を潜める。
 特殊フィールドのおかげで、敵のビームライフルに建物を貫通してダメージを与える程の威力はないから、こちらに攻撃を当てる為には視認出来る位置まで移動しなければならない。
 安定させるのに片膝をつき、ビームライフルを構えで、壱哉は敵の動きを伺った。
 焦れたらしい敵の一体が物陰から姿を現すの合わせ、充填していたエネルギーを一気に解放する。
 バスター形態からの強力なエネルギービームが、一直線に敵機に命中した。
 不意を突かれた敵機は、ビームによって大破する。
 瞬く間に二体を撃破した壱哉に、残る一体は格の違いを自覚したようだった。
 いくら一対三と言っても、本物のVirtuaroidとレプリカとでは天と地程も性能に違いがあるのだ。
 明らかに攻撃の手段を失っている敵機に、壱哉は一歩、距離を詰めた。
《どうする。もうそっちに勝ち目はないぞ》
 投降してもらった方が早く終わるのに、壱哉がそんな事を考えた時。
 まるで自棄になったように、敵機が突っ込んで来た。
《壱哉様!敵機内部でエネルギー炉が異常な出力を出しています!おそらく、敵は自爆するものと思われます!》
 ずっとモニターしていた啓一郎の、珍しくも慌てた声が飛び込んできた。
《このままでは逃げ場がありません、防御フィールドを‥‥》
「いい。そんな事をしたら被害が大きくなるばかりだ」
《しかし、壱哉様‥‥!》
 切羽詰まったような啓一郎の声を聞きながら、壱哉は右手のビームライフルにエネルギーを注ぎ込む。
「命を懸けてまで忠誠を尽くす程のものじゃないだろうに」
 壱哉が、ため息のように呟いた。
 コクピットのセンサーも、敵機の胴体部にある動力炉の異常エネルギーを伝えていた。
 道連れにしようと言うのだろう、こちらに組み付こうとするかのように腕を広げて突っ込んでくる。
 敵機の手が、壱哉の機に届いた時。
 おそらく、敵のパイロットが勝利を確信したであろう、次の瞬間。
 壱哉の機の姿がかき消えた。
 いや、補足出来ない程のスピードで横に身をかわしたのだ。
 青い刃が閃くと、敵機の胴体部がいくつもに両断された。
 コクピット部分も綺麗に切り取られ、弾き飛ばされる。
 一呼吸置いて、異常出力になっていた動力炉が大爆発を起こした。
 激しい爆風も、ボディ近くでのものではなかった為、壱哉の機にダメージは殆どなかった。
《大丈夫ですか!》
 慌てたような啓一郎の声が飛び込んで来た。
「あぁ。マシンにも異常はない」
 コンソールも、各部に異常がない事を示していた。
《他に敵勢力は確認できません。防御フィールドを解除します》
 辺りを覆っていた光の薄いカーテンが晴れて行く。
 軽く腰を屈めた壱哉の機は、大きくジャンプした。
 上空で待機していた輸送艇の下部ハッチが開き、壱哉の機はそこから艇内に格納される。
 機を降りた壱哉は、コクピットに入った。
「社長、ご苦労様でした」
 援護班に所属する、中々の好青年が操縦席から振り返る。
「あぁ」
 短く答え、壱哉は地上を映しているモニターを眺めた。
 戦場だった場所に、特殊部門の工作員達が集まって来る。
 敵機はこのまま解体され、敵の破壊工作員は法に則って然るべき処置がなされる。
 そして、おそらく数日中には、ここは何事もなかったような様子を取り戻すのだ。
 壱哉は、自爆しようとした敵のコクピットを眺めた。
 助けなければ、と思った訳ではない。
 コクピットだけで放り出されたのだから、無事でいるのかどうかも判らない。
 しかし、あのまま、何もせずに死なせるのは寝覚めが悪かった。
 助かればそれはそれ、もしショックで命を落としていたとしても、壱哉としては出来るだけの事はやったのだ。
「‥‥‥まぁ、グループのトップとして人を踏みつけている俺が、偽善のようなものだがな」
 小さい呟きを聞きとがめたのか、操縦席の工作員がけげんそうな顔をする。
「いや、なんでもない。帰るぞ」
「はい!」
 今はサブモニターに映し出されている戦闘場所を一瞥した壱哉は、小さく息を吐いて椅子に沈み込んだ。



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やっと戦闘シーンを書いたぞ、と。いや、このシリーズはサクラ方面(舞台で踊ったり、とか)に偏らせるつもりなので、戦闘は大したポイントじゃないんですが。
でも、壱哉様って戦うと格好いいと思うのですよ。