スカウト
黒塗りのBMWに乗せられて、連れて行かれたのは中心街のとある建物の地下だった。 装飾のない、磨き上げられた廊下など、最先端のハイテク企業のような内装に、崇文は場違いなものを感じてしまう。 壱哉にはあんな事を言われたが、崇文は未だに、自分に何か特別な能力があるなどとは信じられなかった。 「‥‥来たな」 サングラスに黒スーツの男に案内されて部屋に入った崇文を、壱哉が待ち受けていた。 大きなその部屋は、大型の端末や壁を覆う大型モニター、同じくモニター機能も備えているらしい中央テーブルなど、まるで子ども向けヒーロー番組に出て来る作戦司令室のようだった。 部屋に入ってまずその様子に度肝を抜かれた崇文は、やっと壱哉の方に視線を向ける。 正直、この部屋にスーツにネクタイの壱哉は物凄い違和感があるのだが。 「あれ、君は‥‥‥」 その傍らに立つ少年に、崇文は目を留めた。 「あ‥‥‥」 相手も、崇文を見て声を上げる。 「なんだ、知り合いだったのか?」 それは知らなかったのか、壱哉が少し驚いた顔をした。 「えっと、前に何度か、一緒の場所でバイトしてたことがあってさ」 給料のいい現場系の仕事を選ぶ新と、肉体労働系の仕事ばかりする崇文は、時折、同じ場所で働く事があった。 そんなに親しく言葉を交わす事はなかったが、何度も顔を合わせれば、名前くらいは知っている。 「それなら、話は早いな。二人とも『適性』の持ち主なんだ。だからここに来てもらった」 だが、そう言われても、崇文は勿論、新も何を言われているのか判らない。 「あの、それって‥‥‥」 新が訊きかけた時、軽い音を立てて扉が開いた。 まるっきりサラリーマン風のスーツの男が二人入って来て、崇文と新は目を見張る。 「あぁ、君たちが‥‥‥」 向こうは崇文達の事を知っているらしく、合点した顔をする。 「ちょうど良かった。紹介しておく。彼は山口さん、お前達と同じように『適性』を持っていて、技師としても有能だ。後ろにいるのが吉岡。俺の秘書だ」 「山口幸雄と言います。よろしくね」 「吉岡啓一郎と言います。よろしくお願いします」 明らかに年上な二人に丁寧に頭を下げられ、崇文と新は慌てる。 「あ、お、俺、樋口崇文です」 「清水新って言います」 よろしくお願いします、と奇しくもハモってしまった二人に、壱哉は苦笑した。 「自己紹介が済んだところで、これからの事だが‥‥‥」 「ちょ、ちょっと黒崎。俺、何をさせられるんだ?『適性』ってなんだよ?」 さっさと話を進めようとする壱哉に、崇文が慌てて口を挟んだ。 「黒崎くん‥‥もしかして、彼らに何も話してないのかい?」 少々呆れて、幸雄が言った。 「‥‥‥話してなかったか?」 どうやら、壱哉は本気で、崇文と新は事情を知っているものと思い込んでいたらしい。 「聞いてないよ!」 またもハモって答えてしまった崇文と新は、顔を見合わせた。 そんな二人に笑った幸雄は、壱哉を見た。 「何も知らないんじゃ可愛そうだよ。僕が一通り説明するから。話は、それからでいいよね?」 「あ、あぁ‥‥」 どこか気圧されるような雰囲気で、壱哉は頷いた。 「じゃあ、行こうか。少しこの中を案内するよ」 幸雄は、にっこりと笑った。 「なんか、子ども向け番組の秘密基地みたいだなぁ」 幸雄に案内されながら、崇文が嬉しそうに言った。 そんな子どもっぽい反応に呆れた顔をしている新の方が余程大人に見える。 「‥‥まぁ、実際そんなものだけどね」 苦笑して、幸雄が言った。 「一応ここは黒崎グループの中枢だけど、訳があって公にできないから」 幸雄はそう言って、大きな扉のキー部分に掌を当てた。 電子音を立てて開いた扉の向こうは、巨大な空間だった。 「これが、君たちがスカウトされた理由なんだ」 巨大な空間の中を見回した崇文と新は声を失う。 そこは、高層ビルがすっぽり入るのではないかと思う程、広い空間だった。 階段や空中デッキなどが縦横に張り巡らされていて、至る所に用途も判らない機械類がひしめいている。 彼等がいるのは丁度部屋の上の方らしく、下を見下ろすと、重機らしきものが本当に小さく見える。 そして、機器やケーブル類に埋もれるように、巨大な機械のシルエットがあった。 「これ‥‥見たことある」 新が、眉を寄せて呟いた。 「街の外で採掘のバイトしてた時。こんなような機械が現場を潰そうとして、そしたら同じような機械が街の方から来て、撃退してくれたんだ」 「そう言や、街の中でこんなのの戦闘とかあったよな」 首を捻る新と崇文に、幸雄は頷いた。 「この都市が、独立都市である事は知ってるよね?その上、かなり利益率が高くて、他の大きな企業グループなんかが狙ってるんだ。力ずくで手に入れるために、いろんな兵器を送り込んで来たりしてる。君たちが見たのは、そんな外部の勢力だよ」 「‥‥‥‥‥」 「独立を維持するのに、黒崎くんが選んだ防衛手段がこれだ。よく襲撃に使われる戦車とかレプリカとかに比べれば、段違いの性能があるんだよ」 それはそれで効率的かも知れないが、こんなに金のかかりそうなものを持っている壱哉に、崇文も新も少し呆れてしまったりする。 少なくとも庶民の目からすれば、一種の『道楽』ではないかとも思えてしまう。 「それで、君たちの事になるんだけど」 幸雄の言葉に、二人は慌てて注意を戻す。 「このVirtuaroidは、性能が高い代わりに、誰でもパイロットになれる訳じゃない。『適性』が必要なんだ」 壱哉の口からも出た言葉に、崇文と新は顔を見合わせた。 「それって‥‥俺たちにパイロットになれ、ってこと?」 恐る恐る、崇文が訊く。 「うん。そう言う事だよ」 「はあぁぁ?!」 新が、思わず大声を上げる。 「そんなん無理に決まってるだろ?!こんな大きな機械、どうやって動かせって言うんだよ」 「俺だって、自慢じゃないけど不器用だぜ?それなのに、こんなの‥‥‥」 口々に無理だと言い立てる二人に、幸雄は苦笑した。 「‥‥まぁ、君たちの気持ちは良くわかるよ。でも、このVirtuaroidを動かすのに必要なのは技術じゃないんだ。要するに、『相性』みたいなものかな。例え軍で訓練を受けた人間であっても『適性』がなければ、動かすどころか、搭乗する事も無理なんだよ」 無理と言うより、『適性』のない者が動かそうとすれば死ぬか、良くても廃人になってしまうのだが、そこまで言ってしまうと彼等がもっと萎縮しそうなので、幸雄は黙っていた。 「そう言われてもなぁ‥‥‥」 崇文が眉を寄せる。 まぁ、普通の反応はそれが当然だろうが。 「一応言っておくけど、ゲームとかと違って、下手をすれば命の危険もあるんだ。だから、僕としては強制したくない。でも、パイロットが足りないから、黒崎くんも必死なんだよ」 「足りないって‥‥俺みたいなシロウトに声なんかかけなくても、こんなもの作れる金があればいくらでも集められるんじゃねえの?」 元々、金持ちがあまり好きではない新が口を尖らせた。 「残念ながら、『適性』を持つ人間はとても少ないんだ。今のところ、君たちと僕、それから吉岡さんと黒崎くんが『適性』を持っている。本当は、五人も『適性』を持つ人間を確保してるなんて、この規模の都市では多い方なんだよ」 「黒崎もそうなのか?!」 幸雄の言葉に、崇文が目を見張る。 「それも聞いてなかったのかい?今まで、この都市に襲撃があった時、これに乗って撃退していたのは黒崎くんなんだよ」 あまりにも意外な言葉に、崇文も新も唖然とする。 「‥‥だって、黒崎さんて、『社長』だよな?」 それが、何も命の危険など冒す必要はないと思うのだが。 「言ったろう、『適性』がなければこれは動かないって。‥‥まぁ、黒崎くん自体、結構前線に出るのが好きみたいではあるけどね」 「‥‥‥‥‥‥」 壱哉が、安全な場所でのうのうと指示を出すだけの人間ではない事は判ったのだが。 それにしても、いきなりこれに乗れと言われても、ちょっと‥‥いや、かなり抵抗のある話だった。 複雑な顔をしている二人に、幸雄は苦笑した。 「何も、自前でこんな苦労をしなくても、どこかの巨大コンツェルンの傘下に入れば守ってもらえるんだよね。でも、それだと小さい都市は、利用されて搾取されるだけになってしまう。この都市、一年くらい前より、いろんな分野の工場とか店とかができて、活気が出てきたと思わないかい?」 「‥‥‥そりゃまあ‥‥‥前より、いろいろうるさい規制とかはなくなった気がするけど」 「今までより全部が良くなったとは言わないけど、それでも、枠の中での自由より、本当の意味で『自由』には近くなっているんだよ。まぁ、結局クロサキグループの中だろうって言われると何も反論できないけどね」 その言葉からは、幸雄が壱哉をかなり高く評価しているらしい事が伺えた。 崇文や新から見れば、壱哉は金持ちで偉そうで、でもちょっとずれている変な人間なのだが。 納得している訳ではない二人に、幸雄は重ねては言わなかった。 「じゃあ、とりあえず戻ろうか。これで話は一応わかったろうからね」 幸雄は、二人を促してドックを出、今まで来た道を戻って行く。 「山口さんは、あんなのに乗るのに抵抗ないのか?」 崇文の言葉に、幸雄は苦笑した。 「ないと言ったら嘘になるけどね。でも、僕はVirtuaroid開発に関わった事があるから。関係ないと言って知らんぷりする事はもうできないよ」 今まで、穏やかで優しかった幸雄の口調が暗く湿ったものになる。 それ以上聞いてはいけない事のような気がして、二人は黙り込む。 ブリーフィングルームに入ると、テーブルの向こうに壱哉が座っていた。 啓一郎はその傍らに立っている。 「あぁ、一通りの説明は受けたな?じゃあ早速‥‥‥」 「ちょ、ちょっと待った!」 崇文が慌てて口を挟む。 「あのさ、お前、俺にあんなのが動かせると思うのか?俺が昔からゲームとか下手なの知ってるだろ」 「俺だって、機械類なんかわかんないぜ!」 口々に不満を言う二人を、壱哉はじろりと睨み付けた。 「お前達、山口さんから説明されたんだろう?操作できようができまいが、お前達には『適性』があるんだ」 「でもさ‥‥‥」 「言ったはずだな、借金を今すぐ返すか、俺の所で働くか。どっちを選ぶのも自由だぞ」 「それって脅迫だよ‥‥‥」 壱哉の言葉に、幸雄が呆れた顔をする。 実際、借金を持ち出されては二人に断る事など出来るはずはない。 崇文は諦めたように口を噤み、新は怒りも露わに壱哉を睨み付けながらも黙り込む。 「わかったようだな。それなら、話を始めるぞ」 いささか強引に話を進める壱哉に、幸雄はため息をついた。 夜になり、一人に一部屋が与えられたものの、何となく落ち着かなくて、崇文は新の部屋に遊びに来ていた。 「はー‥‥‥なんでこんな事になったかなぁ‥‥‥」 深いため息をつく新に、崇文も思わずつられてため息をつく。 あの後、壱哉の口から、幸雄から聞いたのより少し詳しい説明があった。 この都市の自治ばかりではなく、住む人達を守る為にも、戦力が必要である事。 そして、戦いに駆り出される人間を少しでも減らす為には、Virtuaroidが必要である事。 『都市の人々を守る為だ』、そう言われたからと言って、子ども向けヒーロー番組ではあるまいし、そう簡単に納得出来る訳がない。 しかし、借金の事を持ち出されては逆らえるはずもなく‥‥‥結局二人には頷く道しかなかった。 具体的な話は明日からと言われ、とりあえず、与えられた部屋に入ったと言う訳だ。 壱哉の話では、パイロットは他の勢力から狙われやすいから、これからはここで暮らせと言う事らしい。 同じ『基地』の中なのだが、あのVirtuaroidのドックや会議室などと居住空間は内装も雰囲気も全く別に作られていて、ここは今まで住んでいたアパートとあまり変わらない。 いや、今までのアパートとは比べ物にならない程高級ではあったが。 それでも、ここにいるとあんなSFじみた世界よりも数段落ち着くのは確かだった。 食べるのには困らないようだし、これで借金が帳消しになるのだからいい話なのかも知れないが‥‥‥。 と、その時、ドアにノックがあった。 新がドアを開けると、そこにいたのは幸雄だった。 「あ、樋口くんもいたんだ。ちょうどいい、ちょっといいかな?」 「あ‥‥いいけど」 部屋に入って来た幸雄は、新がベッドに移動して空いた椅子に腰を下ろした。 「僕は、君たちがある程度納得ずくなのかと思ってたんだけど、なんかあれじゃあ脅迫だよね」 幸雄の言葉に、そうだとも言えず、新と崇文は顔を見合わせる。 「さっきも言ったけど、命の危険もあるんだから、無理強いはしたくない。黒崎くんの気持ちもわかるけど、だからって君たちだけが犠牲になる必要はないと思うんだよ」 「けど、現に借金のことを出されたら、何も言えないんだぜ?」 壱哉の言い方は腹に据えかねるのか、新が頬を膨らませながら言った。 「うん‥‥‥でも、君たちが本当に嫌だと言うなら‥‥多分、黒崎くんは追いかけてまで借金の取り立てはしないと思うよ」 「どうだか」 結局、新を攫おうとしたあの借金取りと似たようなものではないかとも思う。 「もし、本当に君たちが他の都市に行きたいと言うなら、逃がしてあげてもいい。僕にだってそのくらいの事はできるから」 「そんな事したら、山口さんが怒られるんじゃないのか?」 崇文の言葉に、幸雄は首を振った。 「怒られない事はないと思うけど。でも、それだけだと思うよ」 「‥‥‥‥‥」 「でもね‥‥」 幸雄は、真剣な顔で口を開いた。 「多分、他の都市に行ったら、もっと狙われるよ」 「なんで?俺たち、別に特別な人間じゃないぜ?」 不思議そうな新の言葉に、幸雄は言葉を継ぐ。 「言っただろう、『適性』を持つ人間は少ないんだって。だから、どの勢力も喉から手が出る程欲しいんだ。僕も、ある理由があって、身元を隠して落ち着ける場所を探していたんだけど、本当に苦労した。都市によっては、入る時に『適性』検査までしてしまって、該当者はそのまま軍とかに組み入れられてしまう所もあるんだよ。僕がこの都市にしばらくいたのは、ここでは『適性』の検査なんかやってなくて、入るにも殆どフリーパスだったからなんだ」 脅す訳ではない、ただ事実を述べている言葉は、それだけに真実味があった。 しばし、部屋の中に沈黙が落ちる。 「俺は‥‥‥別に、いいよ」 ぽつりと言ったのは崇文だった。 「どうせ、行くところなんてないし。元々、借金からは逃げられなかったんだから」 納得している、と言うよりは、何かを諦めてしまっているような口調に、幸雄は眉を寄せた。 「‥‥‥確かに俺も、行くところはないしな」 新が、ため息をついて伸びをした。 「黒崎さんの言い方は気にくわねえけど。まぁ、悪くはない話なんだよな」 新は、いっそすっきりした顔で幸雄を見た。 「山口さんも、黒崎さんも、あれに乗って実戦に出てるんだろ?俺だけが貧乏くじ引くんじゃないなら、まぁいいや」 「‥‥‥そうか、じゃあ、二人ともいいんだね?」 少し複雑な顔をしている幸雄に、二人は頷いた。 その『適性』とやらがあるのなら、何とかなるのではないか。 二人とも、そう思ったのだが。 しかし、その考えが実に甘かった事を、二人は嫌と言う程思い知らされる事になるのだった。 |
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やっとこさ、全員が顔を合わせました。やっぱ、借金を盾にした壱哉様は外せないでしょう!(笑)
なんか、幸雄さんいい役です。いやまぁ、全員が和気藹々(なのか?)だと、なんか幸雄さんが重要人物になってしまうんですよね。