再会


「‥‥‥久しぶりだな」
 目の前に立った男が誰なのか、崇文はとっさに判らなかった。
 それでも、相手の顔に見覚えがある気がして、ずっと思い出す事もなかった記憶の底を探る。
「‥‥くろさき‥‥‥黒崎か!」
 ようやく、目の前の人間の事を思い出し、崇文は声を上げた。
 学生時代、あんなに大切だと思っていた相手なのに、すっかり忘れてしまっていた自分に、崇文は自嘲の思いを覚える。
 父の死をきっかけに、過去は全て思い出したくない出来事になってしまっていた事を、改めて自覚する。
「ずいぶん‥‥‥偉くなったみたいだな。社長とかしてるのか?」
 仕立ての良いスーツ、高価なものと一目で判る時計やタイピンなど‥‥そんな格好は、壱哉には当然のものに見えた。
「まぁ、な。そんなものだ」
 頷く壱哉に、崇文は苦笑した。
「お前なら、当然だろうけどな。‥‥‥で?その『社長さん』が、俺に何の用なんだ?」
 どこか自棄的なものを感じさせる崇文の口調に、壱哉は眉を寄せた。
 今の崇文は、童顔で小柄だった学生時代とは違い、肩幅も広く、ちゃんとした『男』の顔をしていた。
 しかし、多少面影が残っているのに、まるで別人のように見えるのは、体格ばかりでなく、あの頃とは全く雰囲気が違ってしまっているからだった。
 無邪気な程真っ直ぐに見詰めて来た視線は、暗い影を纏い、まともに人に向けられる事はなくなっていた。
 何がそんなに崇文を変えてしまったのか。
 おそらくは父親の死、そして同時に全てを奪われたせいなのだろうが‥‥それにしても、あの明るかった崇文の変わりように、壱哉は驚いていた。
 だが、そんな内心は表に出さず、壱哉は崇文を見詰めた。
「実は、お前が、ある能力を持っている事がわかってな。お前の手が借りたいんだ」
 壱哉の言葉に、崇文は驚いたのか、目を見開いた。
 しかし、崇文はすぐに首を振って、肩を竦める。
「冗談だろ?でなきゃ、何かの間違いだ。俺に、特別な能力なんかあるはずない」
 崇文は、自嘲するように笑った。
「それに‥‥今さら、何をする気にもならないよ。毎日、生きてくだけならなんとかやっていられるし」
 何がそうさせているのか、崇文はもう、『何かをする』事を放棄してしまっている。
 壱哉は、小さくため息をついた。
「‥‥‥こんな手は、あまり使いたくないんだがな‥‥‥」
 壱哉は、背広の内ポケットから紙切れを取り出した。
 広げたそれを、崇文の鼻先に突きつける。
「なに‥‥‥」
「クロサキファイナンス。俺が持ってる会社だ。お前の今の借金、全部クロサキファイナンスで肩代わりした」
 それは、土地と家を取られてもまだ残っていた借金や、お人好しな崇文が背負わされてしまった借金などで、合計すればかなりの額だ。
 更に、その日暮らしの生活では借金を返す事など不可能で、延滞した利子が積み重なって、とてつもない額になっている。
「うちで働くなら、全額帳消しにしてやるが、嫌だと言うなら、一週間以内にキャッシュで払ってもらおう」
 壱哉の言葉に、崇文は一瞬、呆気に取られたような顔をした。
 しかし次の瞬間、大きく吹き出した。
「なんだ。結局、拒否権なんかないんじゃないか」
 崇文は、肩をふるわせて笑った。
「借金のカタだって言うんなら、仕方ないよな。いいよ、なんだってやるよ。どうせ、そのうち借金返すのに内臓でも売らなきゃならないと思ってたし」
 相変わらず自棄的に聞こえる言葉に、壱哉は何か言いたげに口を開いた。
 しかし言う言葉も見付からず、壱哉はそのまま口を閉じた。
「で、要するに俺はどうすればいいんだ?」
 崇文の言葉に、壱哉は気持ちを切り替える。
「お前と同じように、能力のある人間がいるから、これからは一緒の場所で生活してもらう。明日にでも迎えをやるから、身の回りを整理しておけ」
「整理、するほどのものはないけど‥‥まぁ、いいや。わかった」
 崇文は笑った。
 昔、眩しいと感じたあの笑顔とは、全く違うそれ。
 その事実に落胆を覚えている自分が、壱哉は不可解だった。



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樋口登場です。樋口は、ゲームとかなり違う設定にしてあります。だって、あのほよよんvとしたお人好しなキャラにすると、戦闘なんてやりそうにないですから。
キャラのお人好しな根っこは変わってないですが、あんなに明るくて満面の笑顔、みたいな奴じゃないです。でも、ふと気を抜くとあの能天気な樋口になってしまうんだよなぁ。