今日は遠足♪


 その日は、朝から抜けるような青空だった。
 うららかな日差しが降り注ぐ中、樋口達の学年は町外れにある小さな山に遠足に来ていた。
 この町は、まだまだ自然が多く残されている事もあり、遠足では何かの施設よりも山などに来る方が多かった。
 大体午前中をかけて山頂に登った彼らは、頂上で昼食になる。
 山頂は小さなアスレチックもある自然公園になっているのだ。
「それでは、ここで一時半まで自由時間だ。時間には遅れないで、この形でここに集まるように!」
 全員が揃っているのを確かめてから、学年主任の教師が解散を告げた。
 それを合図に、子どもたちはばらばらに散って行く。
 その中で、一団の女生徒達が誰かを探していた。
「ねえ、みつかった?」
「ううん‥‥どこにもいない。さっき、人数確認のときはいたのに‥‥」
「あーあ、黒崎くんと一緒にお昼食べようと思ったのになー」
「きっと樋口よ!いっつも黒崎くんとくっついてるんだから!」
「まったく、ちびのくせに!」
 女生徒達が、壱哉と仲良くなるチャンスを逃した、と悔しがっている頃。
「‥‥‥?」
 ぞくり、と背筋に悪寒が走って、樋口は思わず辺りを見回した。
「どうした、樋口?」
 怪訝そうに、壱哉が樋口に視線を向けて来た。
「あ、ううん、なんでもない」
 樋口は、慌てて首を振った。
 壱哉はとても優しいから、心配させては大変だ。
「なんか、悪いうわさでもされてんのかな?」
 冗談のつもりの樋口だったが、実は本当に的を射ていたりする。
「?」
 壱哉が、言っている意味が判らない、と言いたげな顔をした。
「ま、まあ、それはいいから。それより、ここ、いい場所だろ!」
 樋口は、まるで自分のした事のように胸を張る。
 そこは、集合場所からあまり離れていないのだが、道が丁度潅木に隠されていて、知らなければその先に行けるなどとは思えないような場所だった。
 だが、来てみるとそこは小さな高台のようになっていて、遠くに沢や隣りの山が見渡せた。
 父から聞いたと言う樋口の言葉に少々引っ掛かりを覚えた壱哉だが、そんな小さなわだかまりなど忘れてしまう程素晴らしい景色だった。
「ほら、座れよ」
 素早い事に、樋口は平らな場所にレジャーシートを広げて座り込んでいる。
 苦笑しながら、壱哉もそこに座った。
「へへ‥‥今日が楽しみでさ、俺、ゆうべ眠れなかったんだ。おかげで今日、寝坊しそうになっちゃって」
 まるで小学校低学年のような言葉に、壱哉は呆れた。
「‥‥‥子どもか、お前は」
「えー、だって俺、まだ子どもだぜ。黒崎だって子どもだろ?」
「‥‥‥‥‥」
 珍しくも一本取られ、壱哉は言葉に詰まった。
「な、早く昼メシ、食べようぜ!俺、もう腹がペコペコでさー」
 樋口は、いそいそとリュックサックの口を明けた。
 ちびでやや細い体をしているのに、とにかく樋口は良く食べる。
 給食の時間など、さっさと食べ終わっては嬉しそうにお代わりをしにいくのだ。
 逆に、どうしてそれだけ食べているのにちびで細いままなのかが不思議だった。
 樋口の隣に座り、壱哉もナップザックから弁当を取り出す。
「へぇ、やっぱり黒崎の弁当ってすごいよな」
 小さな重箱のような弁当箱に、樋口が目を丸くする。
 どう答えればいいのか判らなくて、壱哉は困ってしまった。
 こんなに仰々しい弁当はいらないと言ったのだが、育ちの良すぎる母は聞き入れてくれなかったのだ。 
 おそらく、向こうで他のクラスメートと一緒にいたら、これ以上の反応が返って来ていたろうから、二人っきりにしてくれた樋口にはちょっぴり感謝したい気持ちだ。
「‥‥お前の弁当は、ずいぶん大きいな」
 平べったいアルミの弁当箱は、工事現場などで体格のいい大人が食べているのと同じような大きさだった。
「だって、大きくないといっぱい入んないだろ?」
 至極当然のように言って、樋口は箸を取り出した。
「いただきま〜す!」
「いただきます」
 いつもの通り元気のいい樋口の声に、いつもの通り丁寧で静かな壱哉の声が続く。
「あー、もう、これが楽しみだよなぁ」
 樋口が嬉しそうに開いた弁当の中を見て、壱哉は固まった。
「?どうかした、黒崎?」
 箸を咥え、樋口が不思議そうに壱哉を見上げた。
「いや‥‥珍しい弁当だと思って」
「へ?のり弁、見たことないの?」
 現物を見るのは確かに初めてだが、『のり弁』とはこう言うものなのだろうか?
 樋口の弁当は、大きな弁当箱にぎゅうぎゅうにご飯が詰めてあって、その上に海苔が敷き詰めてある。‥‥‥だけだった。
 端の方に申し訳程度にたくあんが入っていたが、それ以外、おかずは何もなかった。
 前に、樋口は母親を小さい頃に亡くしていると聞いた事があるから、これは樋口が自分で詰めたのだろう。
 樋口らしいけれど、ちょっと別な意味で凄い弁当だった。
「‥‥‥‥」
 壱哉は、三段重ねの弁当を開くと、色とりどりのおかずの入った二段を樋口との間に置いた。
「好きなもの、食べてくれていいから」
「へ‥‥でも、黒崎のだろ?」
「どうせ、こんなにたくさん食べられないからな」
 本当に食べていいのかどうか、樋口はちょっと困ったように壱哉を見上げた。
 しかし壱哉としても、樋口ではあるまいし、三段重ねの弁当を完食出来る訳がない。
 かと言って、残して帰ったりしたら育ちのいいあの母は変な心配をするに決まっている。
「本当に、お前が食べてくれると助かるんだ」
 壱哉が嘘などつかないと知っている樋口は、頷いた。
「そ‥それじゃあ、ちょっとだけ」
 と、樋口は遠慮がちに箸を伸ばして来る。
 最初に、煮物などではなくから揚げに手を伸ばす辺りが樋口らしい、などと壱哉は思ったりする。
 壱哉と違って樋口は肉が好きなようだった。
 いや、でも給食ではサラダでも煮付けでも、何でも喜んでお代わりしていた気がする。
 ‥‥‥要するに、樋口は何でも好きなのかも知れない。
「うまいよ、これ!俺、こんなにうまい弁当、初めてだ!」
 大袈裟に思えるほど、樋口は『うまい』を連発した。
 おかずをつまみながら、巨大な『のり弁』はみるみるうちに減って行く。
 元々、そう食べる方ではない壱哉は、樋口が食べている様子を見ているだけで腹が一杯になりそうだ。
 本当に、どうしてこれだけ食べてもちびのままなのか不思議だった。
 結局、三段重ねの弁当の三分の二以上は樋口の腹の中に入ってしまった。
 弁当を食べ終わり、樋口は満足そうにため息をついた。
「黒崎のおふくろさんって、料理、うまいよな。なんか、料亭とかで出て来そうな盛り付けだし」
「‥‥そう言うのは、得意な人だからな」
 良家の育ちである母は、将来の伴侶のために料理を勉強した。
 そして、西條に囲われるようになってからは、彼のために腕を磨いている。
 そう‥‥少しでも長く、西條の関心を引くために。
 苦い思いがこみ上げて来て、壱哉は知らず、固い表情になっていた。
 樋口は、自分の失言に、目を伏せた。
 家族のことが話題になると、壱哉は口をつぐんでしまう。
 そして、不機嫌にも見える表情には、決まって寂しげなものを感じるのだ。
 せっかく遠足に来たのだから、壱哉にそんな顔はさせまいと、話題には気をつけていたつもりなのに。
 自分のうかつさに、樋口は、自分の頭を殴りたい気がした。
「そ‥‥そういえば、黒崎って、あんまり食べないよな。そんなんで足りるのか?」
 樋口は、必死に話題を変えようと言葉を継ぐ。
「小食、と言う程ではないと思うけどな。女子よりは食べてるぞ」
「‥‥それ、比較になんないと思う」
 樋口は、思わず脱力してしまった。
 クラスの男子の中では、壱哉は立派に小食な方だ。
「黒崎って、そんなに食べてないのに、背が高いし、頭いいし、スポーツだって万能だし、格好いいし、なんでもできるんだもんな。俺なんて、いくら食べてもおっきくならないし、頭悪いし‥‥‥世の中って不公平だよなぁ」
 だんだん愚痴めいてきた樋口の言葉に、壱哉は苦笑した。
「食べる量には関係ないだろう。それに、俺は、そんなに万能な人間じゃないぞ。スポーツだって人並みだ」
 少なくとも、どんな競技でも試合でもトップレベルの活躍をするのを『人並み』とは言わないと思う。
 肩を落としてしまった樋口に、壱哉はちょっと困った顔をした。
「樋口にだって、自慢できることはあるだろう?」
「‥‥‥たとえば、なに?」
 聞き返され、壱哉は思わず詰まる。
 はっきり言って、樋口の成績はお世辞にもいいとは言えないし、スポーツだって小柄な体格のせいか、目立つほどの活躍をした事はない。
「‥‥‥えぇと‥‥大食いとか」
「全然自慢にならないじゃないか!」
 図らずも、壱哉が自分をどう認識しているか確認してしまった樋口である。
 そんな馬鹿な話をしているうち、自由時間は瞬く間に過ぎてしまった。
 名残惜しいものを感じながら、二人は茂みの脇を通って集合場所に戻る。
 と、それを目聡い女子の一人が見つける。
「やっぱり、樋口が黒崎くんと一緒だったのね!」
「へ‥‥‥」
 その口調に殺気すら感じて、樋口は首を竦めた。
 その声が合図だったかのように、数人の女子が樋口を取り囲む。
「な、なに‥‥‥」
 彼女達のあまりの迫力に、樋口は小さい体を更に縮めた。
「いつもいつも黒崎くんにくっついて!少しは遠慮しなさいよ!」
「こういう時に気を利かすのが男でしょ!」
「ご、ごめん‥‥‥」
 壱哉と二人で姿を消してしまったのが彼女達の怒りの原因だと悟った樋口は、ひたすら小さくなっているしかない。
 でも、どう言われようと、今日は譲れなかった。
 父に教わったあの場所で、壱哉と二人で弁当を食べたかったのだから。
 と、そこに学年主任の教師が整列を呼びかけ、樋口は何とか解放された。
 思わずため息をついた樋口に、壱哉が小声で話しかけてきた。
「樋口‥‥もてるんだな」
「‥‥‥‥‥‥」
 さっきの会話の、一体どの辺りが、『もてていた』ことになるのだろう。
 本気で感心しているような言葉に、事情を説明する事も出来ず、樋口は大きくため息をついて肩を落とすのだった。


END

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9998HITを踏んでいただきまし山岸様からのリクは『中学生壱哉×樋口で甘々』でした。
‥‥‥ちゅうひぐ話ではあるけど、全然壱哉×樋口じゃないじゃん!(←自分にツッコミ)しかも甘くもないし。タイトルはヤケです。いつもの事ですが。一年以上も待たせてこれか‥‥とゆー山岸様の呟きが聞こえるようです。しくしく。この埋め合わせは‥‥‥えーと(汗)。
既に遠足なんぞとゆーネタをupするような時期ではないんですが(滝汗)。まぁ、ウチのサイトでの季節外れ、時期遅れはいつもの事なので(←開き直るなー)。
確か、かなり前のひぐちゃっとで『のりばっかりののり弁』の話が出たんですよね。で、実は密かに「これは使える!」とチャット内容をメモっていたりしました。壱哉の弁当は、当然重箱でしょう!綾子さんが料理上手だったかどうかは記憶にないんですが、花嫁修業一般はクリアしてるんじゃないかと。西條も密かにグルメ(接待慣れしてるし)なんじゃないかと勝手に想像。