勇者いちやの伝説
〜中ボス編〜
世界の平和を乱す魔王を討ち倒さんと、勇者いちやは今日も苦難に満ちた旅を続ける―――。 貿易の要所であるその町は、たくさんの人間が行き交って、活気に満ちていた。 町の真ん中にある酒場で、壱哉達は食事をとっていた。 「お前‥‥少しは遠慮したらどうだ」 目の前の、樋口のあまりに豪快な食べっぷりに、壱哉はため息をついた。 「えー、だって魔法使うと腹へるんだぜ」 「どこの世界に、MP回復アイテムより食費の方が嵩む魔導士がいるんだ!」 そうなのだ。 樋口の場合、満腹であればいくらでも魔法(と言っていいものかどうかは微妙だが)を連発出来るのだが、空腹になるとものの役に立たなくなってしまう。 おかげで壱哉達は、回復アイテムだけでなく、携帯食を人数分より多目に持たなければならない羽目に陥っていた。 「それより、俺、いつまでこんな格好してなきゃなんないんだよ‥‥!」 新が、頬を膨らませた。 一応新も普通の格好をしているのだが、実はその中に、例のボンデージを着たままなのだ。 「何を言う。あの格好のままでは目立ちすぎるから、ちゃんと服を買ってやったろう」 「そうじゃなくて‥‥‥」 あのままで歩くのは勿論恥ずかしいが、下にこれでは、はっきり言って羞恥プレイ状態だ。 「お前は体が弱いんだから、防御力の高い防具をつけるのは当然だろう。‥‥できれば、全員につけさせたかったが‥‥‥」 目を細める壱哉に、吉岡も樋口も、ボンデージ‥‥もとい、特殊防具が店で販売されていなかった事に心から感謝していた。 何しろ壱哉は、この辺りでは一番大きなこの町に入ると、真っ先に防具屋で淫魔用の特殊防具を探したのだ。 置いてないと断られると、取り寄せが出来ないかとまで食い下がった。 いかに壱哉が、例の格好に執着していたかが知れようと言うものだ。 結局、その手の特殊防具を販売している場所はないと言われ、吉岡と樋口が胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。 「し、しかし、我々もようやく、パーティーらしくなりましたね!」 話を逸らそうと言うのか、吉岡が言った。 「勇者と剣士、魔導士、回復魔法使いが揃ったのですから、これからは中ボスも手強くなりますよ」 「‥‥‥どーせオレは弱かったよ‥‥‥」 ちょっぴり傷付いたらしい新が、口の中で呟く。 と、そこへ。 「もし‥‥旅の勇者様ご一行とお見受けいたしますが」 遠慮がちに声を掛けて来たのは、白い髭を蓄えた老人だった。 「はい、そうですが。何かお困りですか?」 構うな、と壱哉が言うより先に、吉岡が答えた。 この前は幸い新を手に入れる事が出来たから良かったが、そうでなければ、壱哉としては余計な手間は掛けたくなかったのだ。 「実は、勇者様にお願いがありまして‥‥‥」 この町の長老だと言う老人の話によると、少し前から、西の小高い丘に吸血鬼が棲み着いたと言う。 そのせいか、西との通商路をモンスターが徘徊し、旅人を襲うようになったと言うのだ。 「このままでは、通商で栄えてきたこの町は、廃れてしまいます。お願いです勇者様、この町をお救いください!」 「それはお困りでしょう。我々の力で解決できるかどうかわかりませんが、とにかく、その丘に行ってみます」 「お引き受けくださいますか!ありがとうございます!」 老人は、飛び上がらんばかりに喜んでいる。 「吸血鬼の館は、ここから見えるあの丘の向こう側にあります。くれぐれも、お気をつけください」 一方的に言って、老人はさっさと立ち去ってしまった。 「‥‥‥吉岡」 苦い顔で、壱哉が言った。 しかし、吉岡は全く悪びれた様子はない。 「どうせ、この『イベント』をこなさないとこの先の街道は進めません。買い物を済ませて一泊したら、すぐ向かいましょう」 やる気満々な吉岡に、深いため息をつく壱哉であった。 翌日。 一行は、教えられた丘の上にある洋館に向かっていた。 途中、お約束のモンスターが次々と襲ってくるが、無論、ものの数ではない。 パーティーが四人になったから、壱哉はさも当然のように後衛で、全く何もしていない。 まぁ、今までも殆ど戦っていないのだから当然と言えば当然なのだが。 それでいて経験値は同じように入るのだから、実に不条理であった。 もっとも、それで納得行かないようなのは新だけで、吉岡は当然、樋口もそれなりに満足しているようだから、問題はないのかもしれない。 モンスターを蹴散らして進んで行くと、いかにもおどろおどろしい古い洋館が現れる。 それを見て、新がぞくりと背筋を震わせた。 「どうした?」 問われ、新は少し青ざめた顔で言った。 「ここ‥‥すごい魔力を感じる。俺なんか、全然かなわないような、ものすごい奴がいるのがわかる‥‥‥」 新は、壱哉に縋るようにして見上げた。 「なぁ、ここから先、行かない方がいいって。絶対、やめた方がいいよ!」 どこか切羽詰まったような新の表情は、しかし、壱哉を楽しませる役にしか立たなかったようだ。 「なんだ、そんなに俺が心配か?」 笑った壱哉の手が、新のシャツの裾から中へ入り込む。 「んな訳ないだろ‥‥って、なに‥‥ぁ‥‥!」 直接肌を撫でる指に、新は思わず声を飲む。 それを後ろから、樋口が恨めしげに眺めていたりする。 「とにかく、この吸血鬼を倒さなければ先には進めません。危険でしょうが、中に入りましょう」 強引に話を進めようとするかのように、吉岡が言った。 「そうだな。任せるぞ、吉岡」 「はい!この程度の建物なら、マップの制覇率、宝箱のコンプリートなどすぐです!」 相変わらず訳の判らない事を言う吉岡に、壱哉は新を抱き竦めたまま小さくため息をついた。 「ちょっ、黒崎さん!これじゃ歩けないだろ!」 新が、抗議の声を上げた。 「なんだ、怖いみたいだから抱いていてやったのに」 にやにやしながら、壱哉が言った。 「誰も怖いなんて言ってないだろ!」 真っ赤になると、新はもっと可愛く見えてしまう。当人は不本意だろうが。 「心細くなったらそう言え。すぐ、そんな事は忘れさせてやる」 壱哉が真面目な口調で言うものの、どうやって『忘れさせてやる』のかを考えるとアヤシいものだ。 薄暗い石造りの壁に、間隔を置いて蝋燭が灯されている。 外側からは三階建て程度の建物に見えたのだが、中は妙に入り組んだ迷路構造になっている。 『中ボスのいるダンジョンはこう言うものなんです!』と言う吉岡のよく判らない力説で、壱哉は納得する他はないのだが。 襲って来る敵も、吸血コウモリだのワーウルフだの、いかにも、な敵ばかりだった。 それらを片っ端から倒しながら、壱哉達は最上階、一番奥まった大広間に足を踏み入れた。 真っ赤な絨毯が敷かれた、まるで王の謁見室のようにも見える部屋の奥に、一人の男が立っていた。 「いらっしゃい、勇者殿。歓迎するよ」 にっこり、と男が笑う。 黒のタキシードに裏が深紅の黒マントと言う、お約束な吸血鬼ルックである。 「今度は山口さんか‥‥‥」 壱哉が苦笑した。 まぁ、これなら足止めされても悪くはない、などと機嫌を直す、実に現金な壱哉である。 「悪いけど、ここから先に進ませる訳にはいかないんだ。ごめんね」 済まなそうに言った山口が、大きく腕を振った。 すると、何匹もの吸血コウモリが一斉に襲いかかって来る。 「いちや様!」 吉岡が、壱哉の前に割り込むようにしてコウモリの群れを叩き落とす。 一匹一匹は弱いものの、集団で襲いかかってくる相手は中々に手強い。 吉岡も樋口も新も必死に戦うものの、何しろ数が数だ。 時折、手を逃れて襲い掛かってくるコウモリを、壱哉はうっとうしげに叩き落とした。 「吉岡。こっちに取りこぼしが来てるぞ」 「い、いちや様!申し訳ありません!」 実に無体な壱哉の言葉にも、律儀に詫びる健気な吉岡である。 と、壱哉達(?)がコウモリの群れに苦戦している隙に、山口が音もなく歩み寄って来た。 「君‥‥淫魔だよね?」 微笑した山口が、新の耳元で優しく囁く。 魔力の違いだろうか、新は、山口に近付かれただけで身動きすら出来なくなってしまう。 「新?!」 「新さん!」 樋口と吉岡が慌てるが、コウモリの群れに阻まれて、身動きが取れない。 一方壱哉は、山口と新の思わぬ絡みに、内心で快哉を叫んでいた。 ―――この世界には、カメラやビデオはないのか?! ピンチにも関わらず、無謀な事を考える壱哉である。 「淫魔だったら、勇者より僕の味方になってもらいたいな」 山口が、新の首筋にそっと口付けた。 と、新の目がすうっと細くなる。 同時に、黒い煙のようにも見える禍々しい邪気が、新の身体を包み込む。 満足げに笑った山口が、部屋の奥に戻ると、新もその傍らに立った。 唇の端を上げて薄く笑う新は、今までの優しげな様子など欠片も感じさせない冷酷な表情になっている。 「新、どうしちゃったんだよ!」 「『洗脳』か?!卑怯な‥‥!」 敵に回ってしまった新に、樋口はうろたえ、吉岡は怒りの表情で呟く。 そして。 「くそっ‥‥!」 壱哉は、口惜しげに山口と新を睨み付けた。 ―――あのツーショットは、是非とも永久保存したかった‥‥! 全く違う理由で腹を立てている壱哉であった。 そんな壱哉の内心には関係なく、一行のピンチは続いている。 薄く笑った新の手に邪気が集まり、長い鞭になった。 新が軽く腕を振ると、鞭が風を切って甲高い音を立てる。 「ふん。樋口さんなんて、『姫』とか言われてちやほやされてるけど、ただバカなだけだよな。大した強い訳でもないし」 「え‥‥‥」 容赦のない事を言われて、樋口が真っ白になる。 「吉岡さんなんか、黒崎さんがいなかったら存在意義ないよな。いつも格好つけてるけど、結局は直接何も言えない根性なしだし」 「そ、それは‥‥‥」 吉岡すらも、棘たっぷりの新の言葉に反論出来ない。 実に恐ろしい、黒あらたの毒舌攻撃である。 「黒崎さんと昔からの知り合いだからって、態度が大きいんだよ!」 風を切って黒い鞭が叩き付けられ、樋口、次いで吉岡は大きく吹き飛ばされた。 『後衛』の壱哉には攻撃が届かない事になっているのか、新は攻撃をして来ない。 と、次に山口が進み出た。 山口は、かろうじて立っている樋口の首筋にそっと口付けた。 「う‥‥‥」 力が抜け、樋口はその場に倒れ込む。 さすがに『吸血鬼』である。 半分近くあった樋口のヒットポイントが一気に下がり、ゼロになってしまっている。 もっとも、後ろの壱哉は樋口のピンチより、またもベストショットを永久保存出来なかった事を悔しがっていたりするのだが。 次に山口は、吉岡に近付いた。 樋口への攻撃を見ていたから、吉岡は山口と距離を取る。 しかし、山口は微笑した。 「一応『吸血鬼』だからマニュアル通りの攻撃をしてみたんだけど。噛み付かなきゃダメな訳じゃないんだよね」 すっと手を伸ばした山口が、吉岡の腕に触れた。 「?!」 ガクリ、と吉岡の足から力が抜ける。 樋口と違ってかなりキープしていたはずのヒットポイントが一気に下がり、半分以下になってしまう。 「触れるだけで、ヒットポイントを吸い取るのか‥‥!」 吉岡が呻いた。 「そう。でもまぁ、こうやる方が効率がいいんだけどね」 力が抜け、一瞬無防備になった吉岡の首筋に山口が口付ける。 「しまっ‥‥!」 一気にヒットポイントが削られ、ゼロになってしまう。 気を失って倒れた吉岡を見下ろした山口は、壱哉に視線を移した。 「さて‥‥どうする?『勇者』様」 にっこり、と山口が笑う。 しかし、壱哉は全く動じる様子はない。 と言うより、こんなにも挑発的なシーンを連続で見せられ、別な意味でヤる気満々になっている。 「ふ‥‥悪くないな、こう言うあなたも」 笑った壱哉は、やおら山口の腕を掴んで引き寄せた。 「な‥‥?!」 「俺の体力を吸い取りたいなら、そうすればいい。ただし、俺もその分楽しませてもらうからな」 そう言って、壱哉は山口の唇を奪った。 「ん‥‥っ、ふ‥‥‥」 いきなりの『本気』のキスに、山口は攻撃どころではない。 体力は充分なのに膝から力が抜け、立っていられなくなってしまう。 「あ‥‥オレ‥‥‥?」 山口の集中が切れたのか、新は夢から覚めたような顔で辺りを見回す。 「正気に戻ったか。あっさり敵に回った埋め合わせは、きっちりしてもらうぞ?」 既に朦朧としている山口を抱き締めたまま、壱哉が目を細めた。 「そ、そんな、オレが悪いのかよ?!」 「山口さんと二人まとめて、たっぷりかわいがってやる」 敵モンスターなどよりも余程怖い壱哉の笑みである。 「ちょ、ちょっとまったあぁっ‥‥‥!」 暗転。 しばし後。 吉岡と樋口が気絶しているのをいい事に、壱哉は山口と新相手にディープな時間を過ごした。 健全なRPGではとてもお見せ出来ない攻撃(?)のおかげで、山口はすっかり戦意喪失してしまう。 「‥‥どうだ、山口さん。新みたいに、俺と一緒に来るか?」 『勇者』としての使命はしっかり意識しているのか、壱哉が言った。 ‥‥‥単に、気に入りの獲物を手放したくないだけなのかもしれないが。 「でも‥‥‥僕には、病気の息子がいるんだ。こうしてお金を稼がないと」 ‥‥‥『中ボス』はバイト口であったらしい。 「ふん、そんな事は簡単だ。俺と一緒に来るなら、当然報酬は払ってやる。それならいいだろう?」 「あぁ‥‥うん、それなら助かるよ」 にっこり、と笑う山口は、要は息子の治療費を出してくれる相手なら誰でもいいらしい。 「ふふ‥‥これからの旅が楽しくなるな」 何を考えているのか、にんまりとほくそ笑む壱哉である。 「あぁ、もちろんお前も、今まで以上にかわいがってやるからな」 壱哉は、ぐったりとしている新の背中に指を滑らせた。 「‥‥っ、バカっ、これ以上されたら俺、死んじまうよっ!」 新は、反射的に身体を震わせた。 『お仕置き』と称して壱哉に徹底的に抱かれた新は、腰が立たない状態なのである。 はっきり言って、動くのも辛い状態だ。 「これに懲りたら、二度と敵になんか誑し込まれるんじゃないぞ」 笑いながら言う壱哉は、どちらかと言えば、またこんな事が起こる事を期待しているようにも見えた。 「あれって、俺が悪いのかよ‥‥‥」 とても割り切れない思いで呟く新であった。 勇者いちやの正義の心は、吸血鬼の凍て付いた心すら溶かすのだ! 心を入れ替えた山口を一向に加え、勇者いちやは再び旅立った。 世界を救うその日まで、勇者いちやの苦難に満ちた旅は、まだまだ続く―――! |
続きません(多分) |
ネタが進まなくて困った時の『勇者いちや』‥‥も、どうやらこのあたりで打ち止めです。
いや、ボス戦とかもちょっと考えないではなかったんですけどね。こんなにパーティーメンバーが増えると書くのが大変になってきて、ちょっと片手間で書けなくなってしまって。だからとりあえず打ち止めって事で。
黒あらたにもほんのちょっとだけちゃれんじしてみたんですが、やっぱダメだ‥‥‥(涙)。ただの意地悪さんで新に見えない‥‥‥しくしくしく。
しかし、がーっと書いてて、なんかこの話、違和感ないよなぁと思っていたら、これってもしかして「ランス」か?!と思い至りました。
お付きの吉岡とか樋口とかがお手つきだったらもろに「ランス」じゃないか。いや、プレイはまだしてないんですけどね。やりこみ系のゲームやるには時間がなくて(「ままにょにょ」だって半分くらいまで行ってデータが飛んだし・涙)。でも何故かノベライズは持ってたりする。
そんな事もあって、もしかしてこのシリーズ、楽しいのは作者だけ?と反省なんかしたりして。実はそれもあって打ち止めにしようかと思ったんですよね。