勇者いちやの伝説
〜戦闘編〜
世界の平和を乱す魔王を討ち倒さんと、勇者いちやは今日も苦難に満ちた旅を続ける―――。 仲間が一人増えて賑やかになったものの、まだ冒険は『後半』には至っていないらしく、壱哉達は徒歩での移動を余儀なくされていた。 今日も、うっそうとした森の中を、三人は歩いていた。 「まったく‥‥こんなもの、多少距離は伸びても迂回してしまえばいいだろうに」 「そうは行きません。そう言うシナリオ外の行動を取っても無駄なように、おそらく海岸沿いまでこの森は続いているはずですから。‥‥‥まぁ、時折『ばぐ』などで行けてしまう場合もありますが。その時は何も話が進まなくなりますから、どちらにせよ森は通らなければならないんです」 「???」 吉岡の言葉は半分以上意味が判らなくて、壱哉は首を傾げた。 「まぁ要するに、勇者様は楽しちゃダメ、ってことだよな!」 いとも簡単に話を纏めてしまう樋口である。 「‥‥大体、こんな薄暗い森の中でこなさなきゃならんイベントなど、薄気味悪いモンスター退治に決まっているだろうが」 そんなものは戦わずにとばしてしまえばいいんだ、と壱哉はまだぶつぶつと愚痴っている。 しかし実際、そんな敵が出て来た時は、吉岡と樋口に戦わせて自分は高みの見物を決め込むに決まっているのだが。 「勇者と言うのは、エンディングに至るまで、いろいろとイベントをこなしてフラグを立てておかなければならないんです。でないとろくな最後を迎えられません」 「‥‥‥お前の言う事は、時々よくわからんな」 吉岡の言葉に、壱哉は顔を顰めた。 「いちや様は、堂々と後ろに控えておられれば良いのです。この吉岡けいいちろうがいる限り、イベントの時間切れやアイテムの取りこぼしなどはありえません!」 拳を握り締めて力説する吉岡であった。 ――――――――― 外側からは大した大きさではないように見えた森だったが、かなりの時間歩いているのに出口が見えない。 人が通った跡のような細い道が深い藪や巨木などに遮られ、迷いそうなくらい曲がりくねっている。 藪など樋口でも先頭にして突っ切ってしまえ、と壱哉は言ったのだが、吉岡が、決められた道を通らないと『ばぐ』が起こるかもしれない、などとよく判らない事を言うので、やむなくこうして歩いているのだ。 「あー、そう言えばこの森、町では『魔物が棲む』とか言ってたよなぁ」 樋口が、今更思い出したように言った。 「魔物、だと‥‥‥?」 壱哉が、何やら嫌な予感を覚えた時。 今までうっそうとしていた視界が、急に開けた。 どうやら、森の中の小さな広場のような場所に出たようだった。 三人がそこに足を踏み入れると、周りの藪から四体のモンスターが飛び出して来た。 獣のようなタイプと、鳥のようなタイプである。 その後ろに、黒いマントを頭からかぶった人影が現れる。 いつもの戦闘の時とは明らかに違う緊迫した音楽がどこからともなく流れて来るが、きっと空耳に違いない。 「よく来たな、勇者いちや!だが、それもここまでだ!」 黒マントの人影が言った。 だが、ややトーンの高い声は何かを棒読みしているようにも聞こえて、壱哉は眉を寄せた。 「この森に巣喰う魔物か!いちや様のお手を煩わせる事もない、返り討ちにしてくれる!」 何故か戦闘になると芝居がかった台詞を吐く吉岡が、ポーズを決めて言った。 台詞を先に言われてしまった樋口が、仕方なく、その傍らで格好をつける。 「オレはあらた。魔王様から、この森を任されている者だ」 黒マントが、頭を覆っていたフードを外した。 その下から現れた顔立ちは、まだ少し幼さを残した少年のそれだった。 「新か‥‥‥」 一番後ろで眺めていた壱哉が、目を細めた。 こんなイベントなら、いくら起こってもらってもいい気がする。 「このオレがいるかぎり、ここから先には行かせない!」 大仰な仕草で、新が腕を振る。 同時に、モンスター達が一斉に襲いかかってきた―――。 十数分後。 「くっ、さすがは勇者一行だな‥‥‥」 モンスターは悉く倒され、敵は新一人だけになる。 回復魔法も使えるらしい新のおかげで、モンスターを倒すのにかなり時間がかかってしまった。 しかし、この手の中ボスは取り巻きさえ倒してしまえばどうにでもなるものだ。 「どうするんだ?俺たちだって無意味な戦いはしたくないんだし、降服するんなら今のうちだぜ」 樋口が、にっこりと言った。 一応『姫』(‥‥‥)で『魔導士』のせいか、こんな台詞を言うのは樋口の役目と決まっているらしい。―――壱哉にはよく判らないが。 「ふん、それはオレを倒してから言うんだな」 そう言って、新は黒マントをバサリと脱ぎ捨てた。 「‥‥‥‥‥」 新以外の三人が固まる。 マントの下から現れたのは、もろにボンデージスタイルであった。 下の大事な所は辛うじて隠されているが、全体的な露出度は高く、はっきり言って『服』とは呼べない程の代物である。 更に、黒い革と銀の留め具や鋲がアヤしい事この上ない。 「あの‥‥その格好は、健全なRPGの登場人物としてはどうかと思うんですが‥‥‥」 平然を装う吉岡のこめかみに冷や汗が流れている。 樋口に至っては、驚きにあんぐりと口を開けている。 「うるさいな!オレだってこんな格好したくねえけど、淫魔の標準装備なんだから、仕方ないんだよっ!」 自分でも恥ずかしいのか、耳まで真っ赤にして新は怒鳴った。 「ほぅ‥‥‥」 唯一、動じていないように見える壱哉の口元には、何やら不穏な笑みが漂っている。 「で、でも、そんな服じゃ防御力なんかないだろ!」 敵との戦闘中であると言う事を思い出したのか、樋口が口の中で呪文を唱える。 その拳が炎に包まれたかと思うと、樋口は一気に距離を詰めた。 雑魚モンスターならば一撃で屠ってしまう強力な攻撃だ。 しかし、その拳が新の体に触れた瞬間。 「うわっ!」 何をどうされたものか、樋口の体が吹き飛ばされた。 激しく地面に叩き付けられ、樋口の体力が目に見えて削られる。 「へへん、この服には、どんな攻撃でも倍にして跳ね返しちまうまじないがかかってるんだ。ざまーみろ!」 出て来た時とは違い、子どもっぽい言い方だが、元々はこちらが本来の姿なのだろう。 「そう言えば、淫魔と言うのは身体は脆弱ですが、それをカバーするために強力なまじないを操ると聞いた事があります」 吉岡が、眉を寄せて言った。 「今度は、こっちから行くからな!」 新が、何やら呪文のようなものを唱えた。 「?!」 「ち、力が‥‥‥」 どんな効果なのか、全身から力が抜け、立ち上がろうとしていた樋口はそのままへたりこんでしまう。 吉岡は何とか立っているが、とても戦うどころではない。 淫魔の使う『魅了』の魔法は、敵の戦闘意欲を奪う。完全に術に落ちた者は、淫魔の言いなりの人形になってしまうのだ。 しかし。 「なるほど‥‥‥」 苦笑して、壱哉はゆっくりと進み出た。 「い、いちや様、危険です!」 慌てる吉岡だが、全く自由に動けない。 しかし、壱哉は何の異常もない様子で新に近付く。 「なっ‥‥なんであんた、平気なんだよ!やっぱり『勇者』だからなのか?!」 術の影響が全くないらしい壱哉に、新は動揺する。 「別に勇者だのと言うのは関係ないがな。誘惑されておとなしく引き下がる俺じゃない」 「ゆ、誘惑?!誰がだよっ!」 そもそも、壱哉は新を見た時から戦う気など全くなかった。 最初から戦闘意欲がゼロだったのだから、それを奪うもなにもない。 大体、好みの顔に加え挑発的なボンデージスタイルを見せられ、どうやって手に入れようかと思っていた所に『魅了の魔法』である。 壱哉は、はっきり言ってヤる気満々の状態であった。 「な、なんだよ‥‥近くに来ても無駄だからな!」 妙な迫力を漂わせた壱哉に、新の声が少し上擦る。 「まぁ、そう警戒するな」 薄く笑った壱哉は、無造作に手を伸ばした。 新の細い腕を掴むと、小柄な体をあっさりと腕の中に捕らえる。 「え‥‥‥?」 呆然としている新に、壱哉は笑った。 「これは『攻撃』を跳ね返すんだろう?俺は、攻撃しようなんて考えていない。いや‥‥むしろ、お前にいい思いをさせてやろうと思ってるんだぞ」 「は?な、なに言って‥‥っ!」 言いかけた新の語尾が上擦る。 新を後ろから抱き竦めた壱哉が、惜しげもなくさらされている胸肌と、赤い突起を軽く撫で上げたのだ。 「ほぅ‥‥中々敏感だな」 「う、うるさいっ!はなせよっ‥‥ぁ!」 暴れかけた新は、剥き出しの臍の辺りを指で嬲られ、思わず高い声を上げてしまう。 「あ‥‥あの、いちや様?」 困ったような顔の吉岡と、状況が判っていないのかぽかんとした顔の樋口に、壱哉は笑った。 新を軽々と抱え上げた壱哉は、背の高い藪の向こうに歩いて行く。 「いいか、俺が出て来るまでこっちに来るな。モンスターで経験値稼ぎでもしていろ」 そう言って、壱哉は藪で人目を隠し、新の体を地面に組み伏せた。 「なっ、なにするんだよ!うわあぁぁっ!」 ‥‥‥暗転。 その後、新の罵声がいつの間にか喘ぎ声になってしまったり、藪の隙間から何故か何もつけていない新の足が見えたりと言う事があったのだが。 耳をそばだてる間もなく、この森に生息する獣やモンスターが襲って来て、吉岡と樋口は戦闘に追われていた。 しばらくすると、実に満足げな表情で、壱哉が襟を整えながら出て来た。 その間、吉岡と樋口は、レベルがひとつ上がってしまう程の戦闘をこなす羽目になっていた。 「なにしてる。さっさと来い」 壱哉が、藪の方を振り返る。 その声に促され、おずおずとした様子で、何となく内股になっている新が出て来る。 「あぁ、お前達。これから、新を連れて行く事にする。補助魔法と回復魔法が使えると言う話だからな、これから楽になるぞ」 「‥‥‥‥‥」 新は、俯いたまま、真っ赤になっている。 その首筋や剥き出しの肌などに、戦闘で付いたものとは思えない赤い小さな痣のようなものが点々と散っている。 「さすがは選ばれし勇者、いちや様!敵ですら、その正義の心で更生させてしまうのですね!」 どこか遠い方を見上げて言う吉岡の棒読み口調は、どことなく現実逃避のようにも聞こえた。 「‥‥‥ずるい。俺だって、黒崎が‥‥‥」 ちょっとだけ恨めしげな表情で壱哉を見詰め、樋口は口の中で呟いた。 こうして一行に、勇者いちやの熱き正義の心に触れ、改心した新が加わった。 勇者いちやの苦難に満ちた旅は、まだまだ続く―――! |
to be continued? |
ネタが進まなくて困った時の『勇者いちや』(笑)。いや、これってすぐ書き終わるんですよ。あんま考えてないですから。
日頃からお世話になっているA様へのサービス代わり(?)にボンデージスタイルにしてみました(これってサービスか?とゆーツッコミは置いといて)。
一応樋口は『姫』なので手を出してもらえません。お預け犬状態ですね(笑)。