勇者いちやの伝説

〜パーティー編〜


 世界の平和を乱す魔王を討ち倒さんと、勇者いちやは今日も苦難に満ちた旅を続ける―――。


「‥‥‥一体、いつまでこんなつまらん事を続けなきゃならないんだ」
 憮然とした顔で、壱哉は言った。
 まだ冒険は中盤にも届いていないのか、壱哉達は徒歩での移動しか手段がなかった。
「もうしばらくご辛抱ください、いちや様。話が進めば、船や飛行船を手に入れて楽に移動できるようになります」
「そんなものはいらんから、車とかはないのか?」
 森だの草原だのを全部徒歩で歩いて行くのは、とてつもなく非効率的な気がするのだが。
「仕方ありません。勇者の最初の移動手段は『徒歩』なんです!」
 吉岡は、よく判らない『お約束』を拳を握り締めて力説した。
「だが、何歩か歩いただけでモンスターどもが襲って来るんだ、これでは飽きてしまうぞ」
「それも仕方ありません。大体、隣の町に行く時にモンスターを倒してレベルアップして行かなければ、後々大変になるんです」
「‥‥‥‥‥」
 黙り込んだものの、壱哉はとても不満そうな顔をする。
 しかし実際の所、モンスターと戦っているのは吉岡なのだ。
 壱哉の盾になり、代わりに敵を倒し、吉岡の方が余程大変なのである。
 壱哉はと言えば、吉岡が手が回らなかった敵をたまに殴り倒すくらいのもので、とどめは結局吉岡に任せている。
 それでいて、パーティーを組んでいるため壱哉にも均等に経験値が入るから、不条理と言えば実に不条理だった。‥‥‥もっとも、吉岡には全く不満はないようだが。
 と、その時、耳障りな声を上げてモンスターが襲って来た。
 壱哉に向けて長い爪を振り上げたモンスターを、吉岡は一撃で葬り去った。
 しかしその隙を突いて、背後から壱哉に別のモンスターが飛び掛かった。
「いちや様!」
 僅かに出遅れた壱哉も、距離を空けていた吉岡も、とっさに対処出来なかった。
「‥‥っ!」
 壱哉が、攻撃を覚悟した時。
「あぶないっっ!」
 横から、モンスターに何かが体当たりした。
 きらりーん。
 不意打ちに近い攻撃に、モンスターは物凄い勢いで吹き飛び、見えなくなってしまった。
「‥‥お前‥‥‥」
 自分を助けた相手に、壱哉は僅かに目を見張った。
「黒崎、だいじょうぶか?」
 そこに立っていたのは、いつもと同じ格好をした樋口だった。
「いちや様!」
 残りのモンスターを片付けたらしい吉岡が、慌てて駆け寄って来た。
 そして、樋口に目を留めた吉岡は驚いた顔をした。
「あなたは‥‥国王陛下の姫君ではありませんか」
 吉岡の言葉に、壱哉はこの冒険を押しつけられた時の事を思い出す。
 何故か国王が西條で、しかも何故かその『娘』(‥‥‥)が樋口だったのだ。
 どうやら、あの悪夢はしっかり続いているらしい。
「俺、黒崎のことがすごく心配だったから。抜け出して追いかけてきたんだ」
「しかし、姫。いちや様の旅は、非常に危険なものです。城で薔薇を相手に育ってらしたあなたでは足手まといになります」
 吉岡は樋口を連れて行きたくないのだろう‥‥が、彼の口から出る『姫』と言う言葉があまりにも違和感で、壱哉は眩暈を覚えてしまった。
「でも俺、魔法になら自信があるから。黒崎も吉岡さんも戦士タイプだよな?」
「‥‥‥‥‥」
 図星を指され、吉岡は黙り込む。
「お前、魔法なんか使えるのか?」
 いくらファンタジーの世界とは言え、馬鹿の樋口が魔法使いとは驚きだった。
「‥‥‥認めたくはありませんが。この国で五本の指に入る使い手でしょう」
 吉岡が、悔しそうに言った。
「‥‥‥仕方ありません。勇者が当然巡り会う『仲間』に、まさかあなたが入って来るとは思いませんでしたが」
「じゃあ、連れてってくれるのか?!」
 樋口が、嬉しそうな顔になった。
「ただし、勇者のパーティーの一員なのですから、姫と言えど特別扱いはできません。自分の身は自分で守ると約束していただけるのなら、お連れします」
 吉岡の言葉を聞いていると、誰がパーティーのリーダーなのか判らない。
「うん、もちろんだよ!ありがとう、吉岡さん。俺、がんばるよ!」
 樋口は、にこにこと子どものような笑顔になる。
 その傍らで、壱哉はすっかり疲れてしまったのだが。
 何より、このお約束めいた展開と、普段と同じ格好で(だからと言ってドレスなど着ていたらそれはそれで嫌だが)『姫』と呼ばれて平然としている樋口を見てのダメージが大きかった。
「そう言えば、姫。城にいた時と言葉遣いが違うようですが‥‥?」
 ふと、思い付いたように吉岡が言った。
「あ‥‥うん。お城だと、おしとやかにしてなきゃならなかったから」
「あの言葉遣いを『おしとやか』と言うのか?!」
 壱哉は思わず、『この世界』で樋口が国王の娘として出て来た時の事を思い出してしまった。
『いちや様のお帰りをお待ちしております(はぁと)』
 などと言う樋口に、危うくひっくり返りそうになったものだ。
「俺は、こっちの方がいいんだけど。おかしいかな?」
「えぇ、ちょっと違和感が‥‥‥」
「いや、おかしくない!」
 吉岡の言葉を、壱哉は物凄い勢いで遮った。
「そのまんまの言葉でいい!二度とあんな言葉遣いで喋るな!」
 これから一緒に旅をしなければならないのに、年中、あんな言葉遣いをされたら後ろからぶっ飛ばしたくなってしまう。
「うん。ありがとう、黒崎」
 何故か、頬を僅かに赤らめて、樋口は俯いた。
 その傍らで、吉岡が憮然とした顔をしていた。
 その時。
 また別のモンスターの一団が、壱哉達に襲いかかってきた。
 大体、見通しの良い草原のど真ん中で大声を出して喋っているのだから、敵に見付からない方がおかしい。
「いちや様には指一本触れさせません!」
 何故か怒っているような吉岡が、モンスターの群れに突っ込んだ。
 途端に、数体のモンスターが纏めて吹き飛ばされる。
「俺だって!」
 何故か張り合っているような様子で、樋口がモンスターの群れに向かった。
「炎よ!」
 一応『魔法使い』らしく呪文めいたものを口にした樋口の拳が、赤い炎に包まれる。
 しかし、次に樋口がしたのは、素手でモンスターを殴りつける事だった。
 殴られたモンスターは、燃える訳でもなく、ただダメージを受けて吹き飛ばされる。
「さすが、我が国屈指の魔法使い‥‥あなどれませんね‥‥!」
 樋口を見て、吉岡が悔しそうに呟いた。
「‥‥って言うか、それは魔法と言うより肉弾戦だろう!」
 思わず突っ込んでしまう壱哉である。
 しかし、そんなリアルなツッコミを聞く者はここにはいなかった。
「吉岡さんこそ、さすかに、この国最強の剣士だけありますね!」
 樋口が、感心したように言った。
「だから、なんで、剣も使わないのに『剣士』なんだ‥‥」
 ほぼ素手でのみ戦っている吉岡のどの辺りが『剣士』なのか、壱哉には良く判らなかった。
「でも、俺も負けませんよ!」
 樋口の言葉に、吉岡は僅かに唇の端を上げた。
 どことなく子ども向けアニメと言うか、妙に熱血めいた二人の雰囲気に、壱哉は頭痛を覚える。
 壱哉が呆れながら見守る中、二人は肩を並べて敵に向かう。
 数体だけだったはずの敵モンスターはいつの間にか大群になり、まだ昼前だったはずなのに辺りは真っ赤な夕焼けに照らし出されていた。
「風よ!」
 樋口が叫ぶと、つむじ風のようなものがその身体にまといつく。
 しかし次に樋口はモンスターに飛び掛かると、やおら、その両足を掴んだ。
 そのまま、ぶんぶんと振り回し始めるそれは‥‥ジャイアントスイングそのものだった。
 樋口が手を離すと、物凄い勢いで吹き飛ばされたモンスターはお星様になった。
 確かに、これなら樋口が『魔法使い』でも不思議はないのかもしれない。
 妙な納得が襲ってきて、壱哉はため息をついた。
 まぁ、戦うのが吉岡一人だった時に比べたら、楽かもしれない。
 半ば諦めの心境で、壱哉は競うように戦い続ける二人を呆れ半分に眺めるのだった。


 こうして、勇者いちやは、心強い仲間と巡り会った。
 勇者いちやの苦難に満ちた旅は、まだまだ続く―――!

to be continued?

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以前書いた『勇者いちや』が思いの外評判良かったので、お約束RPG風に書いてみたいと思ってたんですが。『賢い樋口』を考えた時、「じゃあ、ロープレで魔法使いってのは?」なんぞと訳判んない事を思いつきました。
こーゆーのはちゃっちゃと書けるので、やっつけ仕事に最適(←おい)。続きもあるんで、そのうち書きます。