Special Valentine


「遅くなってごめん!会議が長引いてしまってね‥‥」
「あっ、おとうさん」
「おかえり、山口さん」
 バタバタと入って来た山口を迎えたのは、キッチンでエプロン姿の一也と新だった。
「おっ、二人ともがんばってるなぁ」
 テーブルの上を見た山口が相好を崩す。
 結構大きなテーブルの上には、ボールやらケーキ型やら、お菓子を作る道具と材料が所狭しと並んでいる。
 部屋の中にはチョコレートの甘い匂いが漂っていた。
 店から買って来たと見まごうようなプチチョコレートは新の力作だろうか。
「おとうさん、今ね、新おにいちゃんからケーキの作り方を習ってたんだよ」
「一也、ケーキは自分が全部やる、って言うからさ。作り方だけ教えてたんだ」
「そうか。清水くんは料理なら何でもできるんだね」
 感心したような山口の言葉に、新は赤くなって照れた。
「別に、そんなに上手な訳じゃねえけどさ。‥‥それよか、明日、黒崎さんは大丈夫なのか?」
 明日、二月十四日。
 週末に当たったバレンタインだから、パーティーをしようと言い出したのは山口だった。
「うん、大丈夫。黒崎くんが早く帰れるように僕が頑張るから」
「‥‥とか言って、クリスマスん時みたいに自分が帰れなくなったら意味ないんだからな」
 この前のクリスマスに、やはり山口の提案でパーティーをしたのだが、忙しい壱哉に休みを取らせる為に余計な仕事まで背負い込んで、結局山口本人は夜遅くなるまで帰って来なかったのだ。
「わかってる。今回は絶対、そんな事はしないよ」
 にっこりと満面の笑顔が結構曲者だったりするのだが、新はそれ以上責めない事にする。
 こうして山口と、そして今は薔薇園で作業をしている樋口とも親しく付き合うようになってしばらく経った。
 壱哉の『愛人』同士と言う、実に微妙な関係なのだが、何故か和気藹々と仲良くやっている。
 もっともそれは、彼らの性格による所が大きい気がするのだが。
 あの我が儘で自分勝手で世間知らずで鈍感な壱哉を相手にしていれば、山口達にはライバルと言うより仲間意識すら湧いてしまう。
 ‥‥‥まぁ、壱哉のそんな所も好きだと思う自分にはため息しか出て来ないが。
 借金とか色々あったけれど、今、新は樋口の家でバイト兼居候をしている。
 そして、近くに引っ越して来た山口親子は良くこうして遊びに来る。
 都心の壱哉の会社に勤めている為に帰りが遅くなるから、一也がここで夕食を食べて行く事も少なくなかった。
「山口さん、夕飯まだ?軽いものなら作れるけど」
「あぁ、それはありがたいな」
「じゃあ、ここかたづけるね?」
 と、一也がテーブルの一角を片付け始めた。
 一也がバレンタインのチョコレート作りを手伝う、と言い張った為、山口親子は昨日からここに泊めてもらっている。
 火事に遭って建て直された樋口の家は、指示をした人間の趣味を反映してかとても大きかったから、新が居候して山口達が泊まりに来ても充分すぎるような広さだ。
 樋口達三人と一也、そして壱哉と吉岡がそれぞれ使える程の部屋数があるのは、全員でこうして一緒に泊まるのを想定していたのかとまで勘繰ってしまう。
 もっとも、こうして一つ屋根の下にいると、家族が増えたようで山口はちょっと嬉しかったりする。
 共に壱哉の『愛人』と言う関係なのだが、壱哉ばかりではなく新も樋口も大好きだった。
 自分でも、ちょっと父性愛が強すぎるような気がしなくもないのだが、新や樋口を見ていると、やっぱり放って置けないような気持ちになってしまうのだ。
 山口が軽い食事を終える頃、ようやく樋口が薔薇園から帰って来た。
 あちこちに葉っぱやら土やらつけている姿が似合うと思うのは山口だけだろうか。
「あ、山口さんおかえりなさい」
「ただいま。樋口くんも、遅くまで頑張るね」
「明日、大きな出荷があるから、ちょっと、ね」
 照れたように笑った樋口は、テーブルの上のチョコレートに目を留めた。
「お、うまそう!」
 止める間もあらばこそ、樋口はひょい、と一つを摘まんで口に放り込む。
「んー、労働の後の甘いものはうまいよなあ‥‥」
 げしっ!!!
 派手な音に、山口と一也は思わず目を逸らしてしまった。
「い、痛い‥‥」
 樋口は頭を抱えてしゃがみ込み、涙目で新を見上げた。
「よりにもよって、一番の自信作を食いやがって!それ、黒崎さんの分なんだぞ!!」
「ご、ごめん‥‥」
「しかも、手も洗わないで食うなんて行儀悪いだろ!あんまり行儀悪いことしてると、メシ抜きだかんな!!」
 仁王立ちになって樋口を睨み付ける新は、どちらが年上か判らない。
「ごめん‥‥‥」
 しょんぼりと項垂れた樋口は、雨に打たれた子犬のようにも見えて哀れを誘う。
「あの‥‥清水くん?」
 たまりかねて山口が声を掛けた時、新が、ふっと肩の力を抜いた。
「樋口さんの分は別に作ってやるから。二度とすんなよ」
「ほんと?!」
 樋口は途端に相好を崩す。
「だから新って大好きだよ!」
 と、樋口は新を抱き締めて頬擦りする。
「うわ、馬鹿、汚れるだろ!」
 じたばたと暴れる新だが、樋口の方が体が大きいからこの体勢では逃げられない。
「おにいちゃんたち、子どもみたい‥‥」
 冷静な一也の呟きが笑えない山口であった。


 バレンタイン当日。
 山口(と吉岡)の努力の甲斐あって、壱哉は定時に仕事を終える事が出来た。
 相変わらず鈍い壱哉は、バレンタインの事を忘れていたらしく、パーティーに本当に驚いてくれた。
 そして、心尽くしの料理とチョコレートで祝われて照れくさそうな、とても嬉しそうな顔をしていた。
 山口が、折につけてパーティーを言い出すのも、壱哉のこんな顔が見たいからなのかも知れない。
 新と樋口がキッチンで後片付けをしている所に、上機嫌な壱哉が入って来た。
「新、相変わらずお前の料理はうまいな。また腕を上げたんじゃないか?」
「そ‥そうかな」
 壱哉の言葉に、新は赤くなって俯いた。
 やはり好きな人に誉められると嬉しいのだろう。
 そんな新は、樋口でさえ可愛く見えてしまったのだから、まして壱哉には覿面だった。
「えっ、あ、濡れるって!」
 慌てる新を、壱哉は後ろからしっかりと抱き締める。
「ちょっ、こんな所で‥‥!」
 耳にわざと大きな音を立てて口付けると、恥ずかしさの為か真っ赤になるのがまた可愛い。
 ふと、傍らを見ると、どう反応すればいいのか判らなくて固まっている樋口が目に入る。
「なんだ、お前もしてほしいか?」
 にやり、と壱哉がアヤシげな笑いを浮かべる。
「そうだな。せっかく、バレンタインのチョコレートももらったんだから、今夜はまとめて面倒を見てやろう」
「は?」
「まだ、お前達で3Pは試してなかったからな」
 4Pでもいいんだが、などと楽しげに呟く壱哉には頭痛がする。
 壱哉がこう言う人間だと言うのは充分判っていたけれど、やっぱり呆れてしまう。
「あのさー‥‥‥」
 脱力した新は、それ以上言葉が出て来ない。
 と、そこへ山口と吉岡がやって来た。
「‥‥何やってるんだい、黒崎くん?」
 どう見ても、新と樋口に良からぬイタズラをしている状況にしか見えないのだが、それでもストレートに訊いて来る山口はいい度胸をしていると思う。
「バレンタインの礼をしているだけだが?明日は休みだから、今晩はゆっくりと可愛がってやれるぞ。勿論、幸雄さんもな」
 全く悪びれずに言う壱哉も、それはそれでいい度胸だった。
「いや、僕は別に‥‥‥」
 色白の頬が少し赤らむのを、壱哉は目を細めて眺める。
 が、壱哉は山口の隣りで複雑そうな顔をしている吉岡に気付いた。
「あぁ吉岡。なんなら、お前も混ざるか?」
 全く悪気はない壱哉の言葉に、吉岡は僅かに赤くなって、すぐに目を伏せた。
「あ、あの。私はもう下がらせていただきますので‥‥」
 そそくさと行ってしまう吉岡を呆気に取られて見送った壱哉は、ふと、新達の視線に気付いた。
「黒崎さんって、ほんっとに鈍いよな」
「黒崎くん、もう少しいろんな事を自覚するべきだよ?」
「黒崎って、昔っからこう言う事には鈍かったからなぁ‥‥」
 口を揃えて呆れられ、壱哉は戸惑う。
「なんだ、俺が何か悪い事でもしたのか?」
 全く自覚のない壱哉は、何が悪いのか全く判っていない。
「いや、悪い事をした訳ではないけどね‥‥」
「お前、もうちょっとこう‥‥気を遣うとかさぁ、できないかなぁ」
 樋口に言われると無性に腹が立つのは何故だろう。
「とにかくさ、今夜は吉岡さんの所に行ってあげなよ。せっかくのバレンタインなんだから」
 新が、にっこりと笑顔で言った。
「そうそう。俺はこれで我慢するからさ」
 と、樋口が壱哉の頬に軽くキスをする。
「あっ、樋口さん抜け駆け!俺だって‥‥」
 と、新は背伸びするようにして樋口がキスした場所に同じくキスする。
「ほらほら、二人とも。黒崎くんが固まっちゃってるだろ?」
 山口が、呆れたように口を挟む。
「あ‥えぇと‥‥」
 キスされた場所を手で押さえて呆然としている壱哉に、山口は苦笑した。
「黒崎くん、僕らはともかく、吉岡さんは別格なんだから。あんまり無神経な事言っちゃ駄目だよ。だから、吉岡さんの所に行っても、僕達に言われたなんて絶対に言っちゃ駄目だからね」
「あ、あぁ‥‥‥」
 どうやら今夜は、壱哉は吉岡と過ごすと言うのが決定事項になってしまったらしい。
 首を捻りながらキッチンを出て行く壱哉を、山口は苦笑して見送った。
「しっかし、あんなに鈍くて社長なんて勤まんの?」
 新の言葉に、山口は吹き出しそうになってしまった。
「仕事での交渉術は凄いよ。黒崎くんの手にかかったら、どんなに手ごわい相手でも対等にまで交渉を持って行ってしまうからね」
「へぇ‥‥普段じゃ想像つかないけどなぁ」
 樋口は、生真面目な顔で感心している。
「確かに、商談の時の鋭さが普段もあればねぇ‥‥」
 山口はため息をついた。
 しかし、こんな姿こそが壱哉の本来の姿なのだと思うと、それも好ましく思えて来るから不思議だ。
「今日はせっかくそろったんだから、みんなで寝ようか?一也も喜ぶし」
「そうだな、俺と新の部屋なら、襖を外せば一部屋になるし」
「へへ‥‥なんか、旅行みたいだよな」
 山口の言葉に、樋口と新は嬉しそうに頷いた。
 二月十四日―――。
 小さな幸せに包まれて、バレンタインの夜は更けて行った。

END

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一応、吉岡=正妻&仕事の右腕、山口=愛人その1&仕事の左腕、新=愛人その2&主夫、樋口=愛人その3&飼い犬と言うのが前提になってます。愛人三人は吉岡が正妻だと認識してるんですが、当の二人だけは気付いてないと言う‥‥。ちなみに一也はもう全部知ってる事になってます。でもって、壱哉の跡を継ぐべく努力中&密かにターゲット(笑)をロックオンしていたりします。
好きなんです、ハーレム。やっぱオトコのロマンでしょう!そのテのパソゲーでは必ずハーレム目指してプレイしますし。こんな和気藹々のハーレムが好きなんですよね(有り得ないってのが判ってるだけに)。愛人達同士が仲いいのが萌えます。でもって愛人同士でもちょっぴりデキてたら最高だなぁ(爆)。