社長、絶好調!
黒崎壱哉の朝は、忠実な秘書の挨拶と、熱いブラックコーヒーから始まる。 ゆっくり、とは言いがたい朝食を済ませ、壱哉は早速部屋に篭る。 一ヶ月の休暇と称してこの街に滞在していても、クロサキグループのトップである壱哉の元には早急な決裁を求める書類が絶えない。 パソコンで仕事を片付ける傍ら、書類を捌いて行く壱哉の元には、街に配置した調査員からの報告が次々と入って来る。 そもそもこの街に滞在する事を決めさせた理由であるターゲット達の動向に、壱哉はしばし手を止めて考える。 徹底的な裏工作で、半月も経たない間に一億以上の借金を背負わせたせいか、最近のターゲット達は宝くじや競馬に夢中になったり、酷い者は宗教に現実逃避したりと少し不安定になっているようだった。 小市民的なその反応を可愛く思いつつも、自分が目をつけた人間が女や宗教などに入れ揚げるのは面白くない。 「‥‥ふむ。今日は、少し頑張ってみるか。この距離なら、三人回るのも不可能ではないだろう」 「は?」 壱哉の言葉を、吉岡は思わず聞き返してしまった。 「今日は調子がいいから、三人とも回る事にする」 「それは、ゲームシステム上まずい‥‥ではなくて、時間的に無理だと思うのですが」 慌てる吉岡に、壱哉は平然としたものだった。 「別に今日はじっくり話す訳じゃないから、そんなに時間はかからないだろう」 「そう言う問題ではなくて‥‥‥」 しかし、壱哉は時間を惜しむように既に立ち上がっていた。 「工作員への指示は俺が直接出す。お前はここで、別のターゲットの監視をしていろ」 「‥‥‥わかりました」 吉岡が小さなため息をついた気がしたが、壱哉は気付かないふりをして街へと向かった。 Target1 調査員からの連絡で、壱哉は公園近くの裏通りに来ていた。 新は最近、あまりの借金苦のせいか現実逃避に走り、新興宗教に入信してしまっていた。 今思えば、その直前に、借金を増やす為にアヤシげな『教祖の壷』などを高値で売りつけたのが悪かったような気もするのだが。 ともかく新は、いつも学費を貯めるのに切り詰めた生活をしていたが、今度は料理の材料を節約してまでお布施を捻り出していた。 こっそり弁当を覗いた所、ご飯に根菜類の煮物が添えられているだけの実に寂しいものになってしまっていた。 しかも、最近は更にエスカレートして来ていて、勉強そっちのけで教団に『修行』に行くようになっていた。 さすがにここまで来れば、壱哉も放置している訳には行かない。 今日も、短い昼休みを惜しむように教団に駆け込むと、教祖の『ありがたい』話を聞いている。 密かに後を尾け、そこまで見届けた壱哉は、携帯を取り出した。 既に、工作班に指示を出して仕掛けは済ませて置いた。 「よし、やれ」 壱哉が合図を送る。 と。 どかああん!!! 耳を劈くような轟音を立て、教団の建物の一角が破壊される。 計算し尽くされた爆発は、『お布施』と称して信者から巻き上げた膨大な金を納める金庫を破壊していた。 爆風に舞い上げられた札が紙吹雪のように辺りに舞い落ちる。 慌てて金を拾い始める信者を押しのけるようにして金をかき集めているのは、無欲、質素を説いている教祖本人だった。 更に、札に混じるようにして大量の写真が辺りに降り注いだ。 どれも、信者から巻き上げた金を女、酒、ギャンブルにつぎ込む教祖の姿である。 勿論、壱哉が手を回し、工作員達に集めさせていた『証拠』だった。 信じていた教祖の正体を思い知らされ、新は呆然としていた。 が、その表情は徐々に、激しい怒りに変化する。 純粋な少年が、裏切られたものへ感じる怒りは激しいものなのだろう。 教祖に何か言い捨てた新は、唇を噛んで踵を返し、目を伏せたまま歩き出す。 「おい、新か?どうしたんだ」 壱哉は、さも反対側から来たような様子で新に声をかける。 「く、黒崎さん‥‥‥」 思わぬ所を見付かって、新はどうすればいいのか判らずに目を伏せる。 「どうした。何かあったのか?」 壱哉は、何食わぬ顔で言った。 「あぁ、聞いてくれよ!実は‥‥あ、いや、その‥‥‥」 怒りのままに話そうとした新だが、途中で口を噤む。 新興宗教に騙されていた事などとても言えないと思ったのだろう。 しかも、借金を抱えていながらそんなくだらないものに金をつぎ込んでいたのだ。 「何か知らんが‥‥そうだ、明日の昼は、どこか一緒に食いに行くか。勿論、俺の奢りだ」 「え?でも‥‥‥」 「しばらく会っていなかったからな。まだ弁当の礼もしていなかった」 壱哉の優しい言葉が身に沁みたのか、新は真っ赤になって目を伏せる。 ―――ふ‥‥他愛ないものだ。 そんな内心などおくびにも出さず、壱哉は真面目な顔を取り繕う。 「今日はちょっと忙しいからもう行かなきゃならん。それじゃ、明日の昼休み、公園で待っている」 「あ‥‥うん」 新が、感極まった顔で見送っているのを感じつつ、壱哉は足早にその場を離れた。 Target2 次に壱哉は、公園に足を向けた。 樋口は、最近生意気にも女性と付き合い始めたと言う事だった。 日々嵩んで行く借金のプレッシャーから一時でも逃れたいのか、誘われれば店を臨時休業にしても付き合う程入れ込んでいるらしい。 調査員の報告では、借金を重ねてまでその女性に色々貢いでいると言う話だった。 公園の中でも奥にあるベンチで、樋口はとても楽しそうに女性と話をしている。 「ふん‥‥悪趣味な奴だ」 相手の女性を一瞥した壱哉は、鼻を鳴らした。 貢いでも惜しくないような美女ならともかく、あの程度の女に入れ込む樋口が判らない。 何となく面白くない気持ちを抱え、壱哉は携帯で工作員に指示を出す。 「‥‥そうだな、二十人も集めればいいだろう。中身は任せる」 指示を終え、壱哉は携帯を仕舞いこんで樋口の方に視線を移した。 木の後ろから覗いている壱哉の姿は、傍から見ればあまり威張れたものではなかったりする。 折りしも、辺りに全く人影は無く、暖かな日差しが降り注いでいる公園は実にいい雰囲気だった。 一言、二言言葉を交わし、樋口が少し相手の方に体をずらした。 さりげなく、しかし思い切ったように、樋口の手が相手の女性の肩に回された。 正にその時。 どどどど‥‥と、まるで地響きのような音を立てて走って来る異様な集団。 女子高生、OL、果ては色物系の女装オカマまで‥‥二十人近くの女性(?)達が樋口を取り囲んだ。 「近頃会ってくれないと思ったら、別の女ができたのね!」 「ひどいわっ、アタシとのことは遊びだったの?!」 「『付き合ってる奴はいっぱいいるけど、お前が一番だ』って言ってくれたじゃない!」 樋口を取り囲んだ女達は、口々に樋口を責め始める。 「え?‥‥え???」 全く心当たりのない樋口は、唖然とした顔をしている。 しかし勿論、相手の女性はそうは行かない。 本気で睨み付けて来る彼女に、樋口は慌てて色々と弁解を始める。 だが、どんなに誤解を主張しても、何よりもこの状況が全てを物語る。 憤然として立ち去ろうとする女性に、樋口は必死に追い縋った。 と。 女性が足を止め、振り返った。 樋口が、ホッとしたように表情を緩めた、その時。 ばっちーん! 小気味いい音が辺りに響き渡った。 打たれた頬を押さえ、呆然としている樋口を一瞥もせず、女性は大股に歩き去ってしまった。 任務を終えた『自称』恋人達は、あっと言う間にその場から姿を消す。 ぽつんと残されたのは、呆然と立ち尽くしている樋口だけだった。 時計の秒針が、たっぷり二周り以上してから、やっと樋口は状況を飲み込んだらしい。 がっくりとうなだれた姿は、まるで捨てられた犬のようで哀れを誘う。 「おい、樋口」 壱哉は、偶然見かけたような様子で樋口に声をかけた。 「え‥‥黒崎?」 驚いたように樋口が足を止める。 「どうした、こんな所で。元気がないみたいだな」 何食わぬ顔で、壱哉は言った。 「それは‥その‥‥‥」 自分でも何が起こったのか判らないのか、それとも付き合っていた女性にフラれた事などとても言えないと思ったのか。 壱哉は、口篭もる樋口に気付かないふりをした。 「この所忙しくて様子を見に行けなかったが、薔薇は順調なんだろう?‥‥早く、咲くといいな」 壱哉の言葉に、樋口ははっとしたように顔を上げる。 「そう‥‥そうだよな。俺が今、しなきゃならない事は、あの薔薇を完成させる事なんだ!」 自分で勝手に納得したのか、樋口は今までの打ちひしがれた様子が嘘のように元気を取り戻していた。 「ありがとう、黒崎!また、遊びに来てくれよな!」 そう言うと、元気に手を振って家の方に走って行く樋口を、壱哉は呆れて見送った。 「まったく‥‥単純というか、馬鹿と言うか‥‥‥」 小さくため息をついた壱哉は、小さく肩を竦めてから歩き出した。 Target3 調査員からの報告で壱哉が向かったのは、商店街の一角にある小さなタバコ屋だった。 最近、山口は宝くじにハマっていると言う話だった。 年に数回、一枚、二枚程度を買っているうちは良かったが、最近はギャンブル好きの同僚に唆されてナンバーを当てるものやスピードくじなど、昼食を抜いて金をつぎ込んでいるらしい。 確率論で計算すれば当たる事はまず考えられないが、万が一、と言う事もある。 それに、大事な獲物がくじに金をつぎ込んだ挙句、栄養失調に陥ったなど笑い話にもならない。 今日も山口は、なけなしの千円札を握り締めていつものタバコ屋に向かっていた。 このタバコ屋は、小さいが高額当選者を多く出す事で有名だった。 「‥‥‥よし、始めろ」 山口の後姿を眺めながら、壱哉は携帯で工作員に指示を出した。 と、老若男女、何十人もの人間が山口を追い越すようにしてタバコ屋に殺到した。 「‥‥‥え?」 怒涛のように群がる人波が消えると、タバコ屋の店頭には『完売』の文字が。 「人気のある店だからな‥‥」 ため息をついた山口は、同じく商店街にある別の宝くじ売り場に足を向けた。 だが。 「な、なんでここも‥‥‥」 山口が売り場に辿り着いた時には、そこにもたくさんの人間が群がっていた。 「い、一枚だけでも‥‥‥」 と、山口は果敢にその騒ぎに飛び込んで行く。 しかし、いつの間にか突き飛ばされ、押しのけられ、山口は人の群れから外れてしまっていた。 まるで嵐のような人の群れが立ち去った後には、やはり『完売』の張り紙が。 「うぅっ、それなら!」 手に入らないとなると、妙に意地になってしまうのが人情だ。 山口は、スーパーの敷地にある売り場や、本当に裏通りの目立たない小さな店まで行ってみる。 しかしどの店も、まるで山口が来るのがきっかけになったかのように、人が殺到して完売してしまうのだ。 「ど、どうして‥‥‥」 あまりの事態に、山口は呆然と立ち竦んだ。 この街で、突然宝くじブームでも起こったと言うのだろうか。 しわくちゃになった千円札を握り締めたまま、山口は立ち尽くしている。 唖然とした顔と言うのも結構可愛いな、などと思いつつ、ずっと後を尾けながら指示を出していた壱哉は山口の方に歩み寄る。 「おや‥‥?山口さんじゃないか」 壱哉の言葉に、山口は驚いたように顔を上げた。 「黒崎君‥‥‥どうしたんだい?」 山口は、慌てて、手にしていた千円札をスラックスのポケットに仕舞い込む。 「いや、偶然通りかかっただけだが‥‥あなたこそ、こんな所でどうしたんだ?」 壱哉の言葉に、山口は目を伏せた。 「うん‥宝くじが買えなくて‥‥あ、いや、その‥‥‥」 正直な山口はつい言ってしまって、赤くなる。 「宝くじ?」 真顔で聞き返され、山口は更に赤くなる。 「‥‥馬鹿だろう、僕って。あんまりお金がないから、宝くじで借金とか一也の手術代とかどうにかしようと思ったんだけど‥‥‥」 「山口さん‥‥‥」 壱哉は、率直な山口の言葉に内心で苦笑しつつ、真剣な表情を作る。 「そんな、運に頼るなんて山口さんらしくないじゃないか。宝くじなんて当たらない確率の方が高いだろう」 「うん‥それはわかってるんだけど」 「どうせ、昼食代とか切り詰めて買っているんだろう?そんな事をして、当たるかどうかわからない宝くじに必死になってるなんて知ったら、一也だって悲しむと思う」 壱哉の言葉に、山口ははっとしたように顔を上げた。 「‥‥そうだよね。手に入るかどうかわからないお金に必死になっていたら、一也に笑われちゃうな」 山口は、どこか晴れ晴れとした顔で壱哉を見詰めた。 「ありがとう。おかげで、諦めがついたよ。黒崎君のおかげだ」 「別に、俺は何もしていない」 壱哉の言葉に微笑した山口は、時計に目を落として慌てた。 「もうこんな時間!ごめん、黒崎君、僕行かなきゃ。それじゃまた!」 手を上げ、山口は慌しく走って行く。 それを見送った壱哉は、苦笑した。 「『馬鹿な子ほど可愛い』とは、良く言ったものだな‥‥」 疑う事を知らない性格も、妙に小市民的な反応も、壱哉にはとても好ましかった。 これだから、彼等にちょっかいを出すのは楽しいのだ。 実に充実した気分で、壱哉はようやく、自分のマンションへと足を向けた。 今日は実に良い一日だったと思う。 この締めくくりは、久しぶりに愛人でも呼びつけて楽しもうか。 それとも、吉岡の手料理をじっくり味わうのもいいかも知れない。 いや、どうせ予定をたくさん入れた日なのだから、吉岡の食事を楽しんでから愛人を呼ぶ事にしよう。 そんな事を考えながら、上機嫌で歩き出す壱哉であった。 |
また明日に続く‥‥? (おわり) |
「俺の下であがけ」ゲーム発売一周年記念をしなければ!と唐突に思い立ち、頭痛と腹痛を抱えながら力技で仕上げてしまいました。
思えば、このゲームで自分の中の何かが変わった気がします(苦笑)。何より、初めて全編をフルボイスのままプレイしたゲームですし。
一周年記念、何にしようか(べたべたで幸せなハッピーハーレムとかも考えた)と思ったのですが、やはりあのゲームの醍醐味は工作に尽きる!と思いまして、ステータス異常の解消をどーやってやっているのか、をでっちあげてみました。通常の工作が出来ない、って事は、別な工作してるって事てすよねぇ?