勇者いちやの伝説

〜立身出世編〜


 悪の魔王を倒してほしい。
 たったの百ごーるどと、何も装備しないよりはマシ、と言った程度の最低装備と一緒に『勇者の宿命』を押し付けられてしまった勇者いちや。
 その、苦難に満ちた旅が今、始まる―――。


「さて、どうしたものか‥‥‥」
 たった百ごーるどしか入っていない小さな皮袋と、見るからに役に立たなそうな鎧と剣――『ぬののふく』と『きのえだ』を手に、壱哉はため息をついた。
 ご丁寧にも『そうびするのをわすれずに!』と書いたメモまで付いているが、少なくとも自分には似合いそうにないから、さっさと売り払おうと思う。
―――俺は、この格好が似合っているからな。
 壱哉は、着心地の良いオーダーメイドのスーツを見回した。
「いちや様は、その格好が一番お似合いです」
 自分も勇者のパーティーとしては甚だ不似合いな黒スーツに身を包んだ吉岡が言った。
「まぁ装備はいいとして、だ。百ごーるどでは、何もできん」
 武器防具どころか、薬草を数個買っただけでなくなってしまう。
 かと言って、町の外を徘徊する罪もないモンスターを殺戮して回ってごーるどとアイテムを強奪するのも面倒だ。
「いちや様、まずお金を貯めましょう。お金さえあれば、伝説の武器だって簡単に手に入ります」
「それは願ってもないが‥‥‥」
「そうですね、まず銀行を建てましょう。その資金を高利で貸し出して増やすのです。この国はまだ王宮の周りにしか大きな建物がありませんから、大規模なマンションでもつくりましょう。商業ビルも建ててテナントを募集すれば‥‥‥」
 次々と構想を描く吉岡に、壱哉は呆れた。
「吉岡。計画するのはいいが、たったの百ごーるどで何ができる?」
「借り入れましょう。幸い、国王は数多くの財宝と金貨を持っています。魔王を倒すため、と言えば喜んで貸してくれるでしょう」
 吉岡の言葉に、壱哉は眉を寄せる。
「西條に借りを作るのは面白くないが‥‥」
「大事の前の小事です。儲かったら、倍にして叩き返してやればよろしいのです」
「なるほど。それも悪くないな」
 こうして、勇者いちやの旅は始まった。
 ―――――――――
 時は流れた。
「勇者いちやよ‥‥いよいよここまで来たか」
 闇色に染められた大広間、その奥の玉座に傲然と座る影。
 禍々しいシルエットは、彼が人外のものである事を物語っていた。
 強大な魔力を纏った魔王が、ゆっくりと立ち上がる。
「だが、貴様の旅もここで終わるのだ!」
 魔王を包む魔力が渦を巻く。
 しかし、魔王の手の届く近くにいる壱哉は動じた様子もなかった。
「何と吠えるのも勝手だがな。まず、これを見てもらおうか?」
 ぴらり、と壱哉がスーツのポケットから引っ張り出したのは一枚の紙だった。
「フン、おじけづいたか?」
 壱哉の手元の紙を眺めた魔王の動きが止まる。
「借用書、だと?!何故この私が‥‥‥!」
 驚きの声を上げる魔王に、壱哉は薄い笑みを浮かべた。
「この城の敷地も含め、半径百キロ四方の土地は全て俺が買い占めた。もちろん、貴様は俺の土地に勝手にこんなものを建てた訳だから、その賃借料と無断使用料を請求するのは当然の事だろう?貴様が支払わないから、その分は利子をつけてある。つまり、貴様の借金、と言う事だ」
「馬鹿な‥‥‥」
「いくら魔王と言っても、無から物を生み出せると思っていた訳ではないだろう?この城の維持費も、魔物どものエネルギーも、連れて来た奴隷の食費も、略奪して来た物品の損害賠償や無断使用料も、全部貴様の借金に上乗せしてある。もちろん‥‥‥」
 壱哉がぱちんと指を鳴らす。
 と、魔王を彩っていたおどろおどろしい影が消え失せた。
 後には、ねじくれた角やコウモリのような翼をつけた肌の色の悪い魔物が一匹いるだけである。
「この悪趣味な特殊照明も含め、この城の全ては抵当に入っている。今まで差し押さえるのを勘弁してやっていたが、俺としても大口の債権は回収しておきたいからな。面倒だが、直々に取立てに来てやったんだ」
「く‥‥‥人間ごときが生意気な口をっ!」
 吠えるように叫んだ魔王の手から、凄まじい魔力の塊が壱哉に向かって放たれた。
 しかし、壱哉は全く動じなかった。
 視覚的には闇の塊のように見える魔力は、壱哉の目の前で何かに遮られたかのように四散し、千々に霧消してしまう。
「なんだと?!」
 愕然とする魔王に、壱哉は楽しげに笑った。
「あぁ、言い忘れていたが、俺はあらゆる魔力を遮断する『絶対魔法障壁』で守られている。貴様の魔力であろうとも、これは破れん。世の中、金があれば大概の事はできるんだ」
 壱哉は金に糸目をつけず、全世界の科学者、魔導士を集めて研究を行わせていた。
 企業経営で巨額の資金を手に入れた壱哉である、わざわざ武器を取って戦いに赴くような手間をかける必要はなかった。
 勿論、この城まで来るのも吉岡の車に乗って来たのだ。
「だ‥‥だが、それでは貴様も攻撃できんではないか?!」
 心なしか上擦った声を上げる魔王には、既に威厳などカケラもない。
 対照的に、壱哉は余裕たっぷりだった。
「そんな野暮な真似をする気はないさ。たとえば、この『絶対魔法障壁』で貴様を囲む。そうすれば貴様はどんな攻撃もできなくなる。全ての魔力が遮断される訳だから、略奪どころか、生きて行く事もできなくなるだろうな」
「く‥‥‥」
「どうする?別に命まで取ろうとは思わん。美形ならば考えない事もなかったが、貴様の顔は俺の好みではないからな。魔界とやらに逃げ帰るか、借金を返すまで地道に働くか。貴様に選ばせてやろう」
「く、くそっ!」
 追い詰められてヤケになったのか、魔王が襲い掛かって来た。
「いちや様!」
 魔王の鋭い爪が伸ばされるより早く、どこからともなく現れた吉岡が壱哉を庇うように立ち塞がった。
「ただの人間ごときが‥‥‥」
 しかし魔王は、最後まで言う事が出来なかった。
 吉岡が軽く手を振ると、どこをどうされたのか、人間の倍以上ある魔王の巨体は軽々と中を舞った。
 玉座がバラバラになる程の力で壁に叩き付けられた魔王は、そのまま気絶してしまう。
 吉岡けいいちろう――彼もまた、勇者いちやの為ならば次元すら超越し、どんな不可能も可能にしてしまう選ばれし戦士であった。
「ご苦労」
 壱哉の短いねぎらいに、吉岡は一礼して眼鏡を直した。
「これで魔王の脅威も去り、平和が戻ります。いちや様、これからは心置きなく世界征服を目指す事ができますね」
「そうだな。この世の全てを手に入れて、西條に思い知らせてやる」
「はい。頑張りましょう、いちや様!」
 こうして、勇者いちやの次なる戦いが始まるのだった―――。


「うーん、うーん、うーん‥‥‥はっ!」
 壱哉は、自分の呻く声で目を覚ました。
 全身が嫌な汗で濡れている。
 細かい事までは覚えていないが、ろくな夢ではなかった気がする。
「大体、どうして夢の中でまでいつもと同じように働かねばならないんだ‥‥‥」
 これは完全に働きすぎだと思う。
「今日は一日、休む事にしよう‥‥‥」
 壱哉は、深い深いため息をついた。

END

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きのこの中で一番好きなもののひとつ『勇者いちや』です。まぁこーゆーのは、書いたモン勝ちだと思うので(笑)。
好きなんですよ、RPG。でも、ドラクエとかFFとかスタンダードなやつは苦手な所がなんともひねくれてます。
むきになって何度も見ているうちに、すっかり続きが頭の中に出来てしまいました。次はRPGのお約束、『戦闘編』ですね(いつになるかは判りませんが)。