たいやき。
「なーなー黒崎。今日、帰り少し時間あるか?」 唐突な樋口の言葉に、壱哉は僅かに眉を寄せた。 「少しなら、別にかまわない」 樋口と一緒に帰るのは別に珍しい事ではないし、その帰り、腹が減ったと『買い食い』に付き合うのもいつもの光景だ。 「やった♪」 途端ににこにこと、嬉しそうな顔になる樋口に、壱哉は苦笑した。 樋口がこうして声を掛けて来る時は、決まって、どこか壱哉を連れて行きたい場所がある時だ。 いつもより帰りが遅くなるのは見えていたが、学校で勉強してきた、と言えば母はそれ以上何も言っては来ない。 樋口は、何故かとても浮かれているようだった。 一体どこに連れて行くつもりだ、と訊こうとした壱哉だが、その時、丁度始業の鐘が鳴った。 放課後。 壱哉が連れて行かれたのは、最近出来たショッピングセンターだった。 二人が帰る方向よりは少し遠回りだが、そう長い距離でもない。 「ここのテナントでさ、ホットドッグとかの店があって、そこでたい焼きもやってるんだ。結構うまいって女子から聞いたんだよ」 ホットドッグの店でたい焼き?と不審を覚えたものの、そう言う店もありかも知れない、と壱哉は思い直した。 樋口に喫茶店やコンビニに連れて行かれたりして、自分の知らない世界がたくさんあるのだという事はようやく自覚していた。 親子連れなどで賑わうショッピングセンターに入ると、樋口は真っ直ぐ、その店に向かう。 丁度人が切れた所なのか、店にほかの客はいなかった。 「へー、いろいろあるんだ‥‥‥」 メニューを見上げ、樋口が目を丸くした。 その隣りで見上げた壱哉は、ちょっぴり唖然とした。 ホットドッグだのポテトだのと一緒にたい焼きも載っているのはまだしも、そのたい焼きの種類がかなり多い。 しかも‥‥あんこやクリームは良く見るとして、ピザだのカレーだの、どこが『たい焼き』なんだ、と突っ込みを入れたくなるようなものもあったのだ。 ―――これは、だまされたんじゃないのか? どう考えても、『うまい』には結び付かない気がする。 疑いの眼差しで見ている壱哉に気付かないのか、樋口は目を輝かせてメニューを見上げている。 「やっぱ、カレーはうまそうだよな。でもピザも捨てがたいし‥‥‥あー、迷う!」 ぶつぶつと、傍から見ればどうでもいい事で悩んでいる樋口に、壱哉はため息をついた。 「そう高くもないんだ、食べたいものを買ったらどうだ?」 「うん‥‥でも、メニュー全部買うほどは金ないし‥‥‥」 「‥‥‥‥‥」 この、色物系のメニュー全部を食べてみたいのか、と壱哉は呆れた。 「‥‥‥よし、決めた!」 心が決まったのか、樋口は小さな財布を握り締めてメニューを睨み付けた。 「えーと、カレーと、ピザと、チーズソーセージと、クリーム野菜ください!」 聞いているだけで胸が一杯になりそうな注文に、壱哉は顔をしかめた。 樋口は、四つの鯛焼きを持って、壁際の椅子にいそいそと座る。 「あれ、黒崎はなに頼んだの?」 壱哉の手には、鯛焼きが一つだけである事に気付き、樋口は首を傾げる。 「普通のこし餡だ」 「なんだ‥‥黒崎も、いろいろ頼めば良かったのに」 「俺は、いいから。熱いうちに食べたらどうだ」 「あ‥‥うん!」 樋口は、好奇心一杯の顔で、大口を開けて鯛焼きにかぶりつく。 そんな顔を見ていると、まるで小さな子どものようだ。 しかし。 何口かで一つ目を平らげ、二つ目に手を伸ばす樋口の表情は、心なしか曇っていた。 二つ目もあっと言う間に平らげるが、その表情はどんどん暗くなって行く。 無口になってしまった樋口に、壱哉はため息をついた。 案の定、イメージしていたより美味しくないらしい。 それでも食べるスピードがあまり落ちないのは感心すべきなのか呆れるべきなのか。 黙々と、四つ目も平らげた樋口は、深いため息をついてテーブルに突っ伏した。 「あーあ。もっとうまいと思ったんだけどなー」 樋口は、もう一度深いため息をついた。 「具はうまいんだよな。皮も悪くないし。でも‥‥なんか、うまくないんだよなぁ‥‥‥」 それは要するに『合わない』と言う事ではないのだろうか。 「あー‥‥‥これで、今週のこづかい、パーだよ‥‥‥」 樋口は、名残惜しげにメニューの方を眺めている。 そんな樋口を見て、壱哉は小さくため息をついた。 まだ手を付けていなかった自分の鯛焼きを、二つに割る。 「ほら」 「へ‥‥‥?」 差し出された、壱哉の方のものより気持ち大きく見える鯛焼きの片割れに、樋口はきょとんとした。 「口直しだ。入るだろう?」 「そ、それはまだぜんぜん余裕だけど。でも、黒崎が食べるのないじゃないか」 「お前の食べっぷりを見ていたら、こっちが腹一杯になった。食べ切れないから、半分やる」 押し付けられた鯛焼きは、まだ暖かかった。 「‥‥‥ごめん。ありがと」 壱哉の気遣いがとても嬉しくて、でも何故か照れくさい気がして、樋口は下を向いた。 もっとも、耳まで真っ赤なのが壱哉から丸見えだったが。 「な、なんか、こんな風に半分こするのってちょっと照れるよな」 「そうか?」 「だって、こうして黒崎と同じものを食べてるわけだし」 自分で言っておいて、余計照れくさくなってしまった樋口である。 一人で真っ赤になっている樋口を、壱哉は不思議そうに見詰めるのだった。 翌週。 「なあ黒崎、今日の帰り、少し暇あるか?」 「‥‥‥今度はなんだ」 「女子から聞いたんだけどさ、いろんな味の今川焼きがある店があるんだって!行ってみようぜ」 「‥‥‥‥‥」 嬉しそうな樋口に、少しは学習しろ、と心の中で突っ込んでしまう壱哉であった。 |
END |
相変わらずなんのヒネリもないタイトルですが。思いつかなかったんです‥‥‥(涙)。苦手なんだよなー、タイトルって(一体何度目のぼやきだ)。
えーと、カレーとかピザとかのたい焼きは実在します。イ○ン系列のショッピングセンターのテナントに入ってまして、その話を聞いた時、友達数人と食べに行きました。
さすがに樋口みたいに一人で何個も買った訳ではなくて、それぞれ別の味を買って味見しました。‥‥その体験が話になってたりします(苦笑)。