嘘
小さい頃から、嘘は嫌いだった。 血の繋がった息子さえ『モノ』としてしか見ておらず、自分の道具として扱い、或いは性欲の捌け口にさえ使った父。 息子は愛する人の面影を見る存在でしかなく、愛する人の機嫌を損ねない為に、息子の怪我すら記憶の中から消し去ってしまった母。 そんな血縁関係の中で育って来たから、何もかも偽りなのだと醒めた感情を抱くと同時に、自分までもが偽りを口にするのが嫌だったのかも知れない。 だから、商談の話術としてカマをかけたりハッタリを使う事はあっても、『嘘』を口にした事は一度もなかったのだ。 樋口の薔薇園が火事になり、やっと花開いた新種も、何もかもが失われてしまった。 火を点けたのは壱哉ではない。 けれど、樋口は疑っているかも知れない。 新種が完成したその直後に放火されるなど、あまりにも出来すぎている。 「ふん‥‥‥」 壱哉は、薄い笑みを浮かべた。 だからどうしたと言うのだ。 誰が火を点けたとしても、もう樋口に何も残っていない事実は変わらない。 もしかすると壱哉だって、新種の完成を妨害しようとして火を点けたかも知れないのだ。 労せずして転がり込んで来た獲物だ、せいぜい楽しませてもらおう。 壱哉は、もうすぐ連れて来られるであろう樋口の顔を思い浮かべながら、楽しげな笑いを洩らした。 ――――――――― 全てを失い、打ちひしがれた樋口を、壱哉は容赦なく蹂躙した。 もう終わって欲しいと哀願するのを嘲笑い、何度も何度も突き上げた。 苦しげな表情に、隠し切れない快楽の色が混じるのを見ると、身震いするような満足感を覚えた。 樋口の意思を裏切って、その身体は男に犯される快楽に慣れ始めていた。 予想以上に、樋口の身体が男同士の行為を受け入れている事に驚きを覚えつつ、これからもっと様々な事を教え込む楽しみを思い浮かべる。 まるで泣きそうにも見える表情に酷く嗜虐的な衝動が湧き、壱哉はわざと、快感を覚えている証拠を示す樋口のものを見せ付けてやった。 顔を歪め、現実から逃れるように目を閉じた樋口の口元が小さく動く。 酷く悲しげな、切なげな表情が、何故か壱哉の胸を締め付けた。 樋口を陵辱する行為を楽しんでいるはずなのに、体が動かなくなる。 そして――自分が泣いているのだと、樋口に言われて初めて気が付いた。 何故、涙が流れているのか自分でも不可解だった。 「‥‥薔薇園の火事は、お前の‥仕業だったのか‥‥?」 樋口は、縋るような瞳で見上げて来る。 感情を良く表す表情からは、否と答えて欲しいと言う希望と、壱哉でなければ誰が火を放ったのかと言う疑惑とが読み取れた。 やはり疑われていたのだ。 そう思った時、壱哉の心のどこかがすうっと冷えた。 口元が、自然に冷笑を浮かべて行く。 「なあ‥‥‥?」 震える声音に、壱哉はゆっくりと口を開いた。 「そうだ」 刹那、樋口の表情が凍り付いた。 「嘘‥‥だろう‥‥‥?」 信じられない、と目を見開く樋口の表情に、胸の奥に不可解な痛みが走った。 しかしその痛みはかえって、壱哉の中にサディスティックな衝動を呼び起こした。 「嘘なものか。俺が命じたんだ」 更に追い討ちを掛けると、しばし呆然としていた樋口は涙を流しながら暴れた。 酷く傷付いた色をした瞳が、怒りを湛えて睨み付けて来る。 その視線はむしろ心地良く、暴れる身体を力ずくで押さえ付け、体内を抉ってやると、ぞくぞくする程の快感を覚えた。 必死に抗おうとする身体を嬲り、煽り立て、嘲りながら徹底的に陵辱した。 ようやく、壱哉が身体と心のもやもやを吐き出してしまう頃には、樋口は意識を失っていた。 涙と汗と欲望に汚れた樋口を見下ろした壱哉は、満足げに笑った。 この身体を、これから好きに扱えるのだと思うと、心が浮き立つような楽しさを覚える。 ほんの僅か、胸の奥を刺す棘のような痛みが不可解だったが、おそらく、すぐに忘れてしまうだろう。 まだ当分目を覚まさないであろう樋口に構わず、シャワーを浴びる。 極上の獲物を手に入れた満足感が胸の中を満たしていた。 ‥‥そう言えば、生まれて初めて『嘘』を口にした。 壱哉がそれに気付いたのは、樋口をそのままに部屋を出た時だった。 地下にあるプレイルーム。 壱哉は、ゆっくりとその扉を開いた。 「あ‥‥‥」 首輪と鎖で繋がれた、大きな犬が顔を上げる。 「あっ、ん、くろさきぃ‥‥‥」 鎖が張り詰め、革の首輪で首が絞まるのも構わず、樋口は壱哉に必死に手を伸ばして来る。 歓喜の表情で壱哉を見詰める樋口の瞳には、いっそ無邪気なまでの喜びと、狂おしいまでの欲望とが見て取れた。 手に入れてからと言うもの、樋口が抗いながらも結局は快楽に流される様が愉快で、いつも徹底的に嬲り、限界まで追い詰めた。 どんなに辱めても、縋るような、許しを乞うような視線を向けて来る樋口をもっと泣かせてみたくて、思い付く限りの方法で苛んだ。 ふと、気付いた時には、樋口の瞳から意思の色は失せていた。 この暗い地下室で、まるで良く飼い慣らされた犬のように、壱哉を待つようになっていた。 壱哉を見れば、まるでサカリのついた獣のように求めて来る。 ガラス玉のような瞳で、ひたすら壱哉の身体と快楽をねだって来る。 壱哉の言葉は認識しているようだが、自分はどこか舌足らずな口調で短い単語を口にするだけになっていた。 「ほ‥し‥‥いれ、て‥っ‥‥」 樋口は、獣のように四つん這いになったまま、腰を振った。 もう樋口の股間のものは熱く猛り立ち、うっすらと先走りを滲ませ始めていた。 けれど、壱哉がきつく言い付けてあるから、切なげに顔を歪めながらも自分では触れずに我慢している。男を受け入れる事に慣れてしまった体内も、自分で指を入れて掻き回したいのを必死になって堪えている。 壱哉がゆっくりと近付くと、樋口は嬉しそうに、壱哉の足に身体を摺り寄せた。ねだるように、壱哉の足に身体を擦り付け、様子を伺うように見上げてくる。 と、樋口は壱哉が手に下げていたものに気付いたのか、不思議そうに見詰める。 虚ろな瞳に、ほんの一瞬、感情のようなものが浮かんだように見えたが、それは錯覚だったのかも知れない。 「フ‥‥これか」 壱哉は、手にしていた花束を軽く上げて見せた。 「‥‥お前が言っていた通り、この薔薇はたいしたものだな。公に発表した直後から、国内、国外を問わず凄い人気だ。薔薇がこんなに金を生むとは、正直、驚いた」 壱哉は、薔薇の花束を無造作にベッドへ放った。 淡いピンク色の花びらが舞い散り、優雅で、涼やかな香りが匂い立つ。 壱哉がネクタイと上着を外してベッドに腰を下ろすと、樋口はその足元に蹲り、頭を摺り寄せて来た。赤い革の首輪に繋がれた鎖が無機質な音を立てる。 「んっ、ぅ‥‥ん‥‥‥」 柔らかな茶色い髪を漉き、耳元に指を這わせると、それだけで樋口は甘く喘ぎ、細かく身体を震わせる。硬く張り詰めた股間のものは、ビクビクと震えながら夥しい先走りを溢れさせていた。 甘い吐息と濡れた瞳を楽しみつつ、壱哉は独り言のように続ける。 「お前の薔薇園に火をつけて、新種を盗んだ例のディーラー、自殺したぞ。何もかも失って、借金取りに追われて、な」 壱哉は、樋口と契約を結ぼうとしていたディーラーを徹底的に調べ上げた。 樋口の新種の株を密かに手に入れている事まで突き止めると、壱哉は動き始めた。 ディーラーは、非合法に手に入れた新種を、独自に開発したと偽って発表しようとしていた。 それを、壱哉はあらゆる手段を使って妨害した。 壱哉が結んでいた、樋口花壇の土地の借料の契約を、樋口の『身体』ではなく『薔薇の権利』に書き直してしまえば立派な権利書だ。 それに、壱哉が持っていたあの一枝、あれが所有権を主張する物的証拠になった。 勿論、合法的な手段ばかり使った訳ではない。 壱哉は、ディーラーの圃場からオリジナルの株を盗み出させた。 そして、樋口の薔薇園がそうされたように、火を点けて全てを灰にしてやった。 あのディーラーは薔薇の販売だけを手がけていた訳ではないから、何とか持ち直そうとする所を、今度はクロサキグループのあらゆる力を使って再建を妨害した。 借りを作るまいと決めていた西條グループの権力まで利用して、徹底的に追い詰めた。 そこそこの資産を持っていたディーラーを追い詰めるのには時間がかかったが、この前、ようやく破産に追い込む事に成功したのだ。 莫大な借金を背負ったその男が自殺したと言う話を聞いたのは昨日の事だった。 「‥‥‥まぁ、だからどうだと言うものでもないがな」 ディーラーがどうなろうと、樋口の土地は既にない。 樋口はもう薔薇を作る事もなく、こうして壱哉に飼われる『犬』に成り下がったのだから。 今の樋口は、薔薇よりも、壱哉を求めて体を震わせている。 あんなに打ち込んでいた薔薇を見ても大した反応がなかった事に、何故か、壱哉の胸を重苦しい痛みのようなものが締め付けた。 薔薇園の話をしても、樋口は全くと言っていい程反応は見せなかった。 もう、樋口には関係のない話になってしまっているのかも知れない。壱哉の欲望の捌け口として飼われている『犬』になってしまった樋口には。 許しが得られるまで欲望を必死に我慢している樋口の柔らかな髪を指に絡める。 それだけでも刺激になって甘い声を洩らす樋口に、壱哉は苦笑した。 壱哉は、手に入れた樋口の新種を世に出す為、新たに園芸部門の企業を立ち上げた。 あの薔薇が生み出す利益は想像以上で、気紛れのつもりだった壱哉が驚く程の業績が上がって行った。 もし樋口にもう数ヶ月の時間があって、あの薔薇園が失われなかったとしたら、彼は一切の借金を利子付きで完済していたかも知れない。 結局、樋口から全てを奪ったのは自分なのだ、と柄にもない感傷のようなものが浮かぶ。 この部屋に広がる淡い薔薇の香りがそうさせるのだろうか。 自嘲めいた笑みを口元に刻んだ壱哉は、小さく息を吐いた。 疼く身体を持て余して震えている樋口を見下ろす。 「欲しいか?樋口」 問い掛けると、樋口は子供じみた仕草で何度も頷く。 「うん、うんっ‥‥ほしいよぉ‥‥‥」 惚けたような表情に、いつものように満足感と僅かな痛みを感じつつ、壱哉はワイシャツの前を開くと、軽く足を開いた。 「なら、好きなようにやってみろ」 「う、うんっ!」 歓喜に顔を輝かせた樋口は、壱哉の足の間に這い込むと、口だけでスラックスの前を開け、顔を突き入れるようにして舐め始める。 壱哉が教えたテクニックを全て覚え込んだ樋口の愛撫に、壱哉のものはすぐに勢いを増し、猛り立って天を仰ぐ。 樋口は壱哉のものを美味しそうに音を立ててしゃぶり、更に喉の奥まで咥え込み、その刺激で自分も昂ぶっている。 「んふっ、ん‥‥もう、いれていい?」 甘えるように、上目遣いに見上げて来る樋口に、壱哉は苦笑した。 唾液と先走りに口元を汚したまま、頬を赤く上気させ、熱に潤んだ瞳で見上げて来る様子は、壱哉の欲望を煽った。 「‥‥好きにしろ」 壱哉の言葉に、猥らな笑みを浮かべた樋口は、ベッドに這い上がると、壱哉の身体を跨ぐようにする。 熱く猛り立ったものの先端を自分の穴に当て、樋口はそのまま腰を落として行く。 「んあぁ‥‥」 「く‥‥‥」 他者を受け入れる事に慣れてしまった樋口の身体は、今は易々と壱哉を咥え込む。 頭を仰け反らせ、樋口は高い声を上げた。 「あ‥‥あつくて、おっきくて‥‥きもち、いいよぉ‥‥‥」 口の端から唾液を溢れさせながら、樋口は譫言めいた声を洩らす。 そのまま、樋口は壱哉に縋るようにして腰を上下させ始めた。 快楽に蕩けた表情は、どこか今にも泣き出しそうにも見えて、壱哉は目を離せない。 貫かれるのを待ち侘びていた体内は、すぐに限界を迎える。 「あっ、も、もうっ‥‥!」 大きく頭を仰け反らせた樋口の身体が痙攣するように震えた。 強烈な力で体内が締め付けて来て、壱哉もまた、頂上を迎えた。 「ああぁっ!」 悲鳴に近い声を上げ、樋口は達した。熱い精が、樋口と壱哉の身体に飛び散る。 一呼吸遅れて、壱哉も熱い欲望を体内に注ぎ込む。 「あつ‥ぃ‥‥あ、はぁ‥‥‥」 うっすらと涙を浮かべながら、樋口は喘いだ。 一度達したのに、樋口のものは全く衰えずにいきり立っている。 軽く、突き上げてやると、樋口は甘い声を上げて背筋を震わせた。 同時に樋口の体内がきつく締め付けて来て、壱哉は軽く息を洩らした。 赤く色付いた乳首を弄ってやると、その動きに合わせて樋口が身を捩る。不規則に体内が締め付けて来る感触に、壱哉の表情にも快楽の色がよぎった。 「くろ‥さき‥‥くろさきぃ‥‥‥」 樋口の甘い声は、壱哉を呼んでいると言うよりまるで譫言のようで。 心地良さと、不快感にも似た苦い感情を自覚しながら、壱哉は行為に没頭した。 ――――――――― 熱い行為の末に、樋口は疲れ切ってベッドに横たわっていた。 汗と、欲望とにまみれた身体の周りに、薔薇の花が散らばっている。 薔薇が清楚で優美な姿をしているだけに、その様子はどこか痛ましいものに見えた。 半ば意識を失いかけている樋口の表情には未だに恍惚とした色が浮かんでいて、何故か壱哉は、酷く胸苦しいものを覚えた。 その感情が不愉快で、壱哉は逃れるように部屋を後にする。 扉を閉め、薄暗い廊下に出た壱哉は、不可解な感情の波に足を止めた。 不意に熱いものが頬をつたい落ち、壱哉は息を飲んだ。 意思とは全く関係なく、涙が流れているのだと気付いた。 何故涙が出るのか、何が悲しいのか、自分でも判らずに壱哉は立ち竦んでいた。 同じ時――。 たった一人、残された部屋の中で。 欲望の残滓に汚れた手が、ゆるゆると伸ばされた。 激しい行為にも押し潰されるのを免れた、一輪の薔薇にそっと手を触れる。 まるで壊れ物でも扱うように、そろそろと胸元に引き寄せる。 淡く深い色合いの花弁が優美なラインを描き、触れただけで優しい香りが漂う。 そのまま、酷く愛しげに、薔薇の花を抱くように手で包み込む。 ぼんやりと開かれたガラス玉のような瞳に、ほんの僅かな感情のような色がよぎる。 「‥‥‥‥き、だ‥‥‥くろ‥さき‥‥‥」 消え入りそうに小さい声で呟く樋口の、半ば光を失った瞳から涙が一筋、零れ落ちた。 |
END |
あそこで「そうだ」と答えてしまったバージョンの話です。‥‥そうまでして鬼畜が見たいか>自分。いや、見たいんですけど。
嘘が好きじゃない、と言う一文から一気にでっち上げた話なんですが、変装(?)して嘘八百並べ立てて偽ゴッホ売りつけるのはいーのか、社長?(笑)
樋口は受けでも攻めでもどっちでも良かったんですが、ノベライズに合わせた事と、壊れた時点で「好きだ」と連呼している攻め樋口より一言が重いかと思って受け樋口で書いてみました。初めて壊れ樋口を書いたんですが、あんまりヤバくしないように抑えるのが大変でした(何せ書いてる人間が男性向け18禁属性なもので)。
に、しても、まさか後半のえっちで半分以上食うとは思いませんでした。本当に最初だけで短く逃げるつもりだったのに、樋口が勝手にどんどん盛り上がって突っ走ってくれたおかげで、えらくバランスの悪い話になってしまった。恐るべし、樋口(苦笑)。