禁煙
公園で会ってから、樋口は壱哉の家に誘われた。 今日は予定がないと言っていたから、久しぶりの機会だった。 大急ぎで家に戻り、少し残っていた薔薇の世話を片付けてから樋口は壱哉の家に向かった。 いつものように、きっちりとスーツを着こなした壱哉は、リビングで何やら書類のようなものを読んでいる。 「まだ仕事してるのか?」 人を誘っておいて、とか、そんなに忙しいのだろうか、とか、相反する気持ちが頭をよぎる。 「いや。ちょっとな、禁煙に関するレポートを読んでいた」 「はぁ?」 樋口は、呆気に取られた。 しかし次の瞬間、少しだけ腹立たしくなる。 「俺がタバコやめる、って言ったの、信用してないのか?」 そこまでヘビースモーカーではなかったのに、疑われるのは心外だった。 しかし樋口の反応に気付かないように、壱哉は楽しげな様子でレポートに目を落とす。 「まぁ聞け。タバコを喫うと、脳の中にニコチンの受容体‥‥レセプターができる。レセプターに入ったニコチンが脳内物質の代わりになって、頭がすっきりするように感じるんだ。ニコチンを摂取し続けるうちに本来の脳内物質が働かなくなるから、いわゆる『禁断症状』が出て来る訳だな。一定期間タバコをやめると、レセプターが一時的に閉じるからニコチンを必要としなくなるが、レセプター自体が消える訳ではないから、ちょっとしたきっかけでまたニコチンを受け入れるようになる。レセプターは、一度できると二度と消えないそうだから、『禁煙』と言うより長い『休煙』に過ぎなくて、いつまた喫い始めるかわからないと言う事らしい」 「‥‥‥‥」 手元の紙に目を落とし、良く判らない難しい話を淡々とした口調で説明してくれる壱哉の様子は、どこかで見たようなものだった。 そう、学生時代、追試の為に壱哉に泣きついて個人指導をしてもらったのはいいが、お世辞にも親切とは言えない説明にちょっとだけ後悔してしまったあの時も、こんな気分になった気がする。 大体、どうして煙草の事でここまで色々言われなければならないのだろう? 「あの‥‥要するに、なんなんだよ?」 焦れたような樋口の言葉に、壱哉はちらりと視線を向けて来た。 「‥‥長い休煙を成功させるには、当人の覚悟は勿論だが、タバコによる楽しみをもっと強い楽しみで打ち消してしまうのも有効な方法らしい」 「‥‥‥‥?」 「つまり‥‥」 と、壱哉は持っていた紙をテーブルに置き、樋口を見上げた。 「つまり?」 壱哉は、真面目な顔で見詰める樋口の首の後ろに手を掛け、抱き締めるように引き寄せる。 そのまま唇を合わせるまで三秒とかからず。 実に手馴れたものであった。 「っ、ん‥!」 呆然としていたらしい樋口は、我に返ったようにもがき始めた。 しかし、口内をくまなくまさぐられ、抵抗する力はすぐに失せてしまう。 ようやく壱哉が唇を離すと、樋口は僅かに顔を赤らめ、荒い息に肩を上下させている。 「‥‥って、何だよ、いきなり!」 体を離そうとしたものの、壱哉は樋口の体をしっかりと抱き締めたままだ。 樋口は逃れようとじたばたするが、ソファに座っている壱哉に抱き締められている為かなり不自然な体勢で、力が入らない。 その上壱哉は、樋口のそんな反応を楽しんでいるらしく、一向に離そうとしない。 「‥‥‥‥」 諦めて、樋口は壱哉の腕に上半身を預けたまま、隣に座るようにして力を抜く。 「あのなあ‥‥なんでタバコの話がこうなるんだよ?」 間近で壱哉を見詰め、樋口は呆れたように訊いた。 整い過ぎている程の顔が、楽しげな笑いを浮かべる。 「言っただろう?タバコによる楽しみをより強い楽しみで打ち消してしまえばいい、と」 「‥‥‥‥」 樋口が耳まで赤くなったのは、壱哉の言葉の意味を理解した証拠だった。 薄赤く染まった耳に、壱哉は軽く歯を立てた。 「――っ」 ビクリ、と体を震わせる樋口に、壱哉は満足げに笑った。 「そう言う事だ。タバコなど、二度と喫いたくなくなるようにしてやるよ」 にやりと笑う壱哉の顔がちょっと怖い、と思ってしまった樋口である。 樋口が気圧されている間に、壱哉の手は慣れた様子でシャツの下に入り込んで来る。 「ちょっ、まって‥‥」 心の準備くらいさせてほしい。 しかしそんな内心の叫びが届くはずはなく、壱哉の手は確実に樋口の快感を探り当てる。 「っ、く‥‥」 シャツの下に入り込んだ指が乳首を転がすと、ぞくぞくしたものが体の奥へと広がって行く。 同時にもう一方の手がズボンの前を開いて入り込み、布の上からまさぐり始める。 手際がいいと言うか、慣れていると言うか、全く無駄のない壱哉の手に、樋口はあっけなく昂ぶらされてしまうのだ。 しかも、確実に頭を擡げ始めたものを承知の上で布の上から嬲る辺り、いつもながら意地が悪い。 逃れようにも抗おうにも、壱哉の巧みな愛撫で力が抜けてしまっている。 そのまま絨毯の上に座り込みそうになった樋口の身体を、壱哉は体勢を入れ替えてソファの上に押し倒した。 そのついでに邪魔なズボンと下着を引き下ろす。わざと背もたれに樋口の片脚を掛けさせるようにして、大きく開かせるのも忘れない。 そこまでされた頃に自分の状態をようやく把握した樋口だが、慌てて足を閉じようとしても、その間に壱哉の身体が割り込んでいて果たせない。 「お前っ、手際よすぎ‥‥!」 樋口は、真っ赤になって抗議した。 しかし壱哉に言わせれば、何を今更、である。 「なんだ、もう欲しいみたいだからさっさとしてやろうと思ったんだがな?」 からかうように笑って、壱哉は目の前に立ち上がっているものを指で弾く。 「そんっ、な‥‥」 上げた声が驚く程甘い喘ぎになってしまって、樋口は口を噤んだ。 大体、強引で手際が良すぎる壱哉の愛撫が納得行かないだけで、樋口の身体はもう全てを受け入れるつもりになってしまっているのだ。 その証拠に、壱哉の目の前に晒されているものからは透明な先走りが溢れ始めている。 壱哉のしなやかな指が、先端部に円を描くようにして先走りを塗り広げると、意思とは関係なく背筋に震えが走る。 裏側を嬲るように指で刺激されると、腰から一気に熱い感覚が全身に広がって行く。 いつものように流されている気になりつつも、身体の中にくすぶり始めた熱に、樋口は喘いだ。 赤らんで、うっすらと汗ばんだ顔はドキリとする程艶っぽく見えて、壱哉の中にも熱いものが突き上げる。 上着を脱ぎ捨て、壱哉は樋口の腰に手を回した。 既に何度も壱哉を受け入れている場所に、軽く一舐めした指を這わせる。 「んっ‥‥‥」 遠慮なく入り込む指に、樋口は眉を寄せて呻いた。 先走りと唾液とに助けられ、初めてではない体はすぐに壱哉の指を受け入れる。 中を探ると、そこは既に焼かれそうなくらい熱くなっていた。 長い指に体内のポイントを刺激され、樋口の腰が跳ね上がる。 「く‥黒崎‥‥っ」 掠れた声で自分の名を呼ぶ樋口に、壱哉も我慢出来なくなる。 既に壱哉のものも、熱く昂ぶっていた。 「樋口‥‥‥」 熱い吐息を樋口の耳元に吹きかけて、壱哉はその脚を抱え上げた。 「うぁ‥‥」 体内に侵入して来た熱いものに、樋口は頭を仰け反らせた。 軽い痛みは、すぐ熱さに取って代わられる。 太いものが体内を抉る異物感も、既に何度も経験している身体はすぐに慣れてしまう。 その代わり、突き上げられる度に熱い昂ぶりと気の遠くなるような快感が全身に広がって行く。 「あっ、あ‥‥黒崎‥‥‥」 きつく締め付けて来る体内と、樋口が呼ぶ自分の名がそのまま愛撫のように壱哉を昂ぶらせる。 「樋口‥‥‥」 壱哉もまた、愛を囁くように樋口の名を呼びながら、熱い行為に没頭した。 ――――――――― 翌朝、樋口はカーテンから射し込む光で目を覚ました。 ソファから寝室に場所を移し、結局壱哉が満足したのは夜も更けた頃だった。 いつものように、なし崩しに泊まる事になってしまった樋口は、ため息をついて大きな枕に突っ伏した。 その動きで目を覚ましたのか、隣の壱哉が身動きした。 「‥‥‥どうした?」 朝に弱いせいか、寝起きの壱哉の視線は柔らかくて、いつもよりも穏やかな顔に見える。 「いや‥‥‥」 また流されてしまったのがちょっと情けない、などとは思っていても口には出せない。 大体、こうして壱哉と一緒にいるのが心地よいのは確かなのだから。 だから樋口は、別の言葉を口にした。 「あのさ‥‥俺がタバコ喫わないように‥‥その、こういうことするって‥‥‥本気、なのか?」 言いづらそうにしながら訊いて来る樋口に、壱哉は笑った。 「あんなもの、こじつけに決まっているだろう」 「‥‥‥‥自分で言うなよ‥‥‥」 樋口は、ため息をついてまた枕に突っ伏した。 「なんだ、俺が本気だと思ってたのか?」 低く笑う壱哉には、何だか馬鹿にされているように思えなくもない。 「お前ならやりかねないだろ!」 ヤケ気味に見上げた壱哉の瞳が、楽しげに細められる。 「まぁ、お前がそうしてほしい、と言うなら俺も考えるぞ?」 「そっ‥‥!」 樋口が言葉を口にする前に、壱哉はその唇を奪った。 「ん‥‥‥」 朝っぱらからこんなに濃厚なキスと言うのはどうなんだろう、などと樋口は甘い霞がかかり始めた頭でそんな事を思う。 「‥‥‥そうだな、タバコが喫いたくなったらそう言え。俺がその口を塞いでやる」 「‥‥‥‥」 臆面もなく告げられた言葉に、耳まで真っ赤になってしまった樋口である。 二度と、タバコなど喫うまい。 樋口がそう心に決めたのは言うまでもなかった。 |
END |
この前、テレビで禁煙の話をやっていた時にふと思い付いた話です。何でもそっちのネタに持って行ってしまう辺り、私も社長に乗り移られてんだろーか(笑)。
一応、18禁の話ですしサイトですので、えっちのひとつも書かねばならんかな、と。途中で挫けて思いっきり逃げてますが。
しかし、オトナの時間(笑)になると、途端に樋口の立場が弱くなるのが謎。やっぱ、惚れた弱みなんでしょうか?