小さな言い訳


 重い扉が開くと、入ってくる影がふたつ。
「‥‥いい子にしていたら、また、可愛がってやるからな」
 俺に見せつけるみたいに、黒崎が、新にキスをした。
 そんな様子に、腰のあたりがずきんとうずいた。
 俺は‥‥キスどころか、しばらく、さわってさえもらえないのに。
 甘いキスに、新の身体から力が抜けて行くのが良くわかった。
 新がへたり込むと、黒崎は、楽しそうに笑って出て行った。
 そして、聞こえる、扉に鍵をかける音。
 俺がいた時は、鍵なんかかけられたことはなかった気がする。
 新が逃げそうだと、そう思ってるんだろうか。
 何となく眺めていたら、俺に気がついた新が真っ赤になった。
「‥‥なんだよっ」
 耳とか、首筋まで赤くしたまま、でも怒った顔で睨みつけてくる。
「‥‥ううん。なんでもない」
 首を振って、目を伏せる。
 舌打ちした新は、俺から離れた壁際に横になって丸くなる。
 小さい背中に、赤い点がはっきりと見えて、どきりとした。
 多分‥‥黒崎がつけた、キスマーク、なんだろうな。
 新を手に入れてから、黒崎は、ほとんど俺を見てくれなくなった。
 呼ばれる時も、新を抱いている時で。
 一人で抱かれることなんか、なくなってしまった。
「新‥‥‥」
 首の鎖が伸びるギリギリまで近付いて、呼んでみる。
 いつもみたいに、答えはなかった。
 俺は‥‥黒崎の陵辱を喜んで受け入れている俺は、新には嫌われているから。
 だから、気にしないで続ける。
「新、黒崎が、嫌なのか?」
 背中を向けていた新の肩が震えた。
「‥‥‥なんで、そんなこと訊くんだよ」
 ごろりと振り返った新が、怒った顔のまま、俺を睨みつける。
「‥‥もし、新が、ここから逃げたいって言うなら、手を‥‥貸してもいいよ」
 そう言ったら、新は少し驚いた顔をして、それから、半身を起こすと、探るように俺を見詰めてきた。
「あんただって、そうやって鎖に繋がれてるじゃないか。それで何ができるって言うんだよ?」
 そう言われてしまえば、確かに説得力はないのかもしれない。
「けど‥‥俺だけの時は、鍵とかかけられたことないから」
 そう言ったら、新は少し不思議そうな顔になった。
「あんた、逃げ出したいとか思ったこと、ないのか?」
 新の、まっすぐな視線が、ちょっと痛かった。
「俺は‥‥‥別に、いいんだ」
 どうせ、逃げ出したところで、行く場所も、やりたいこともないんだから。
「新こそ、逃げ出したいくらい、黒崎のこと、嫌いなのか?」
 もう一度訊くと、新は俺から目をそらした。
「‥‥‥嫌いだよ。好きな訳ないだろ、あんな奴!優しそうな顔をして人のこと騙して、あげくにあんな‥‥‥っ」
 何を思い出したのか、新はまた、耳まで真っ赤になった。
「親切にしてくれたのも、優しく話を聞いてくれたのも、全部嘘だったんだ。‥‥嫌いだ‥‥だいっきらいだ、あんな奴!」
 激しい口調で言う新を見ていて、何となくわかった。
 新は‥‥黒崎が嫌いなんじゃない。
 騙されて、閉じこめられて、こんな風に扱われるのが嫌なだけなんだ。
 だから、きっと。
 新は、俺の表情を伺うように見上げてから、下を向いた。
「逃げ出したいのは、確かだけど。でも、普段はまだ鍵もかけられてるし。あんたに手を貸してもらったら、あんたがなんか酷い目にあうかもしんないし。だから‥‥もう少し、あいつが油断するまで待ってる」
 そう言って、新はまた、背中を向けて寝転んでしまった。
「‥‥‥そっか」
 なんだか笑ってしまいたいのを我慢して、俺はそう答えた。
 やっぱり、と思った。
 新の側を離れて、鎖の繋がれた壁によりかかる。
『もう少し、あいつが油断するまで待ってる』
 今しがたの新の言葉を思い出して、俺はちょっとだけ、声を出さずに笑った。
 それって、ただの言い訳なんだって、きっと自分では気がついてないんだろうな。
 やっぱり、新は、本当は黒崎のことが好きなんだ。
 こんな風に閉じこめられて、無理矢理犯されてるから嫌だと言っているだけで。
 きっと、新はいつになっても、この部屋に鍵がかけられなくなっても、逃げ出したりはしないだろう。
 だったら、早く自分の気持ちに素直になった方が楽なのに。
 あぁ、でも、こんな風に素直じゃないから黒崎も気に入ってるんだろうか。
 俺みたいに、黒崎のことしか考えられなくなったら、飽きられてしまうのかもしれない。
 手に入れて、嫌がるのを無理矢理犯して、自分の好きなように躾けるのを楽しんで。
 でも、それが全部終わったから、もう俺は黒崎の興味を引くような『モノ』ではなくなったんだろう。
 捨てるのが面倒だから、ここに置かれてるだけで。
 新を逃がしてしまっても、別の誰かが来るだけで、黒崎が俺を見てくれることは、もうないのかもしれない。
 俺が欲しいと思っているものを手に入れてる新が、少しだけうらやましかった。
 それなのに、それに気付いてない新が、少しだけ憎らしかった。
 そして。
 逃げたいなら手伝う、なんて親切ぶって、新を黒崎から引き離そうとした自分が‥‥‥凄く、嫌だった。
「‥‥‥‥‥」
 そう。
 俺は、本当に嫌な‥‥最低な奴なんだ。
 あんなに嫌だったはずなのに、もう、裸でいることも、犯されることも、何も気にならなくなって。
 放っておかれる時間があんまり長くなると、もう、セックスのこと以外何も考えられなくなって、新を無理矢理抱いてしまったりして。
 そして。
 薔薇も、何もかも奪ったはずの黒崎を‥‥‥好きに、なってしまって。
 本当に俺は‥‥最低な奴なんだ。
 だから、黒崎も俺のことを見てくれないのかもしれない。
「‥‥‥‥‥」
 何となくまた、ため息が出る。
 いっそのこと、何もかも忘れてしまった方がいいのかもしれない。
 昔のことも、自分のことも、何もかも忘れて。
 ただ、セックスのことしか考えてない、本当に馬鹿な『犬』になってしまえば。
 こんな風に、放って置かれるのが辛いなんて感じなくなるかもしれない。
 黒崎が誰を抱いていても、苦しくなんかならないかもしれない。
 だったら‥‥その方がいいな。
 早く、何もわからないくらい、おかしくなってしまえればいいのに。
 何もない天井を見上げて、俺は、そう思った。


END

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そしてわんこが本当にお馬鹿なわんこになったら、壱哉様、ちょっぴり後悔して優しくなるかも知れないですね(うわぁ。不毛だ)。
何を書きたいんだか良く判んなくなってますが(←おい)。いっそ、新に全面的にやきもち焼ける性格だったらいいんでしょうけど、ウチの樋口ってそう言うのはさっさと諦めてしまうので。まぁ、要は樋口っていぢめてオーラ出てるので、壱哉様も楽しく邪険にしてしまうのでしょう(笑)。