YES/NO


「‥‥っ‥‥ぁ‥‥‥」
 樋口は、切なげに喘ぎながら、荒い息に肩を上下させていた。
 陽に当たらないせいですっかり白くなった肌は、欲望に朱く染まり、うっすらと汗ばんでいる。
 両手は後ろで縛られていて、猛り立ったものを慰める術はない。
 樋口は、ベッドに半身を起こした壱哉を跨ぐようにして膝立ちになっていた。
 丁度、壱哉のものを後ろの窄まりに当てた状態を取り続けさせられている。
 いっそ受け入れてしまえば楽なのに、それも許されず、中途半端な状態を強いられていた。
 無理な中腰を続けている為に、酷く力が掛かっている太股は細かく震えている。
 苦しくても、壱哉の『命令』なのだから耐えるしかない。
 そんな樋口の表情を、壱哉は、下から楽しげに眺めていた。
「おい、腰が下がって来たぞ」
 壱哉の、冷たい声が飛ぶ。
「っ、う‥‥」
 必死に力を込めるが、次第に疲れ始めている足は言う事を聞かない。
 僅かに腰が落ちてはまた上げるのを繰り返していると、丁度、入り口の部分だけを擦っているような状態になってしまう。
「ん‥‥‥」
 異物を受け入れる事に慣れた場所は、刺激と、これから訪れるものを期待して痺れるような快感を生み出していた。
 それが更に力を失わせ、樋口の腰が沈み込む。
「‥‥まったく、本当に出来の悪い犬だな」
 冷たく言い捨てた壱哉の口元が笑みの形に歪む。
「ぅああぁっ!」
 樋口が、大きく仰け反って悲鳴を上げた。
 見れば、樋口の両方の乳首と、固く勃ち上がったもののカリ首とが細い糸で繋がれていた。
 それを強く引き上げられ、鋭い痛みに、樋口は反射的に腰を上げた。
 もう、何度も痛めつけられているのか、食い込む程にきつく結ばれた糸の周りは赤くなっていた。
「そんなに腰を上げたら面白くないだろう」
「ぅくうっ‥‥!」
 今度は糸が下向きに引っ張られ、樋口はまた、中腰の姿勢を取らされる。
 痛みと、苦しさと、そして紛れもない快感とに、樋口は朦朧とした視線を壱哉に向けた。
 縋るような、許しを乞うような表情に、壱哉は楽しげに目を細めた。
「さて、それでは続きだ。‥‥俺がいない間、ずっと自慰をしていたんだろう?」
「そんなこと、してな‥あうぅっ!」
 強く糸を引っ張られ、樋口は悲鳴を上げた。
「『はい』だろう。本当にお前は、物覚えが悪いな」
 そう、これは『ゲーム』だった。
 壱哉の問いに対して、樋口はどんな事でも『はい』とだけ答えるよう命じられていた。
 全部きちんと答えられたら、満足させてやる、そうも言われていた。
「もう一度だ。俺がいない間、ずっと自慰をしていたな?」
「‥‥はい」
 樋口が小さな声で答えると、壱哉は、わざとらしく舌打ちして見せる。
「まったく。我慢できなかったらお仕置きだ、と言っておいたろう」
「‥‥っ」
 言い掛かりでしかない言葉に、樋口は、切なげに眉を寄せた。
 そんな樋口を楽しげに眺めながら、壱哉は続けた。
「毎日、後ろに指を突っ込みながら犯されるのを待っていたんだろう?」
「‥‥‥はい‥‥‥」
「何人もに犯されたくて、いつもこれをおっ勃てていたんだろう?」
「ぅあ‥‥っ、は、はい‥‥!」
 固く張り詰めたものを軽く嬲られ、樋口は仰け反った。
 淫らな言葉で辱められ、時には指で嬲られ、樋口の全身は熱く昂ぶって行った。
 もう、なんでもいい。
 卑猥な言葉でねだる事も、浅ましい格好で誘う事も、この熱をどうにかしてくれるのなら、何だって出来る。
 全身を覆う熱に、思考力さえ失せかけていた。
 自分が何を口走っているのかも、半ば判らなくなっていた。
 ただ答えるだけではなくて、とてつもなくいやらしい言葉を口にしているのかも知れない。
 それすら、どうでも良くなっている。
 樋口は、荒い呼吸を繰り返しながら、ひたすら、壱哉が許してくれる時を待った。
 快楽と苦痛との狭間で朦朧としているような樋口を、壱哉は、目を細めて見上げた。
 その顔から、表情が消え失せる。
 そこには、樋口を嬲って楽しむ視線も、樋口の狂態を嘲る笑みもなかった。
「‥‥‥では、最後の質問だ」
 壱哉は、奇妙な程静かな口調で言った。
「俺を‥‥‥殺したい程、憎んでいるだろう?」
「‥‥‥ぇ‥‥‥」
 熱にぼやけていた頭が、束の間、はっきりする。
 意味が判らなくて、見下ろした視線は、暗い闇色の瞳に吸い込まれた。
 樋口に向けられていながら、何も見ていない、瞳。
 何の感情も感じられない、作り物のような無表情。
「どうした。一番簡単な問題じゃないか」
 何の感情も籠もらない声が促す。
「俺がいなければ、お前はこんな目にあう事もなかったはずだろう。いや、隙を見て俺を殺してしまえば、お前は自由になれるぞ?」
『お前さえいなければ』
 薔薇園を焼いたと壱哉に告げられたあの時、口にした言葉が思い出される。
 壱哉は、樋口を手に入れる為だけに、この世に一つしかなかった薔薇を焼いた。
 夢も、生甲斐も、思い出も、全てを奪い取った。
 勿論、それらに怒りは感じる。
 絶対に許せないと思う。
 けれど。
 憎いのか、と問われれば。
 殺したいか、と問われれば。
「‥‥‥っ」
 樋口は、首を振った。
 これだけは、嘘をつきたくなかった。
 と‥‥壱哉の顔に、表情が戻って来る。
「本当に、お前は馬鹿だな」
 呆れているとも、苛立っているともつかない表情で、壱哉は言った。
「ぅあぁっ!」
 強く糸が引かれ、樋口は、全身を震わせて悲鳴を上げた。
 もう、自分だけで身体を支える事も出来ずに、樋口は壱哉の肩に額を押し付けるようにして喘いだ。
「『はい』と答えれば満足させてやるんだぞ。簡単だろう」
 軽く背筋を撫で上げられ、その刺激に身体を震わせながらも、樋口は、小さく首を振った。
『お前さえいなければ』
 あの時、激情のままに口走った言葉は、今も、樋口の胸を苦しく締め付けていた。
 許せない、けれど、本当にいなければいいと思った訳ではない。
 自分でも理解出来ないけれど、どんなに辱められても、貶められても、憎いとは思えない。ましてや、殺したいなどとは思った事もない。
 だからこそ、二度と、あんな言葉を口にしたくはなかった。
 絶頂の直前で焦らされたまま、樋口は弱々しく首を振り続けた。
 焦れたような壱哉は、指で嬲り、或いは痛みを与えて樋口を煽り立てる。
 苦痛に近い快楽に、樋口は、それでも、頷く事はなかった。
「‥‥‥まったく。‥‥お前の馬鹿さ加減に免じて、今回だけは許してやる」
 心底、呆れたような壱哉の声が、耳元で響いた。
「ふあぁぁっ!」
 腰を抱え込まれ、体内を突き上げた熱い塊に、樋口は悲鳴を上げた。
 同時に、焦らされ抜いたものから欲望が迸る。
 あまりの刺激と快楽に、一瞬、意識が飛びかける。
 身体を入れ替え、樋口の身体をベッドに組み敷くと、壱哉は激しく突き上げ始める。
「あっ、う、あぁ‥‥!」
 焦らされ続けたせいか、今まで感じた事もないような快楽に、樋口はもう、何も考えられない。
 ただひたすら、与えられる快楽に喘ぎ、許された開放に身を震わせる。
 意識が、真っ白な快楽に弾け飛ぶ直前。
「‥‥‥本当に‥‥馬鹿な奴だな‥‥‥」
 不思議に、優しくさえ感じられるような壱哉の呟きが、聞こえた気がした。


 意識を取り戻した樋口は、身動きしようとして、鈍い痛みに顔を歪めた。
 散々苛まれ、全身、至る所が軋むように痛んでいた。
 起き上がるのを諦めて、ぼんやりと天井を眺める。
 縛られていた両手は自由を取り戻し、身体は、ざっと清められている。
『俺を‥‥‥殺したい程、憎んでいるだろう?』
 壱哉は、どうしてあんな事を聞いたのだろう。
 考えてみても、判らない。
 いや、それは自分が、壱哉に抱いている感情も同様だった。
 少なくとも、憎いとは思わない。
 そして、嫌いな訳でもない。
 ならば、自分は壱哉をどう思っているのか。
「‥‥‥‥‥‥」
 浮かびかけた答えを、言葉と共に飲み込む。
 きっと、答えなんか出ない方がいい。
 自分は、壱哉に金で買われた『犬』でしかないのだ。
 だったら、何も判らない方が、きっと、いい。
 そう、思った。


END

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男性向けで読んだネタてんこ盛りです。男性向け漫画とか読みながら、「これ、使いたいなぁ」とか頭の片隅で思っている自分が微笑ましい(←違)。
どっちかと言うとURA行きのネタなんですが、一応、そこはかとなく両片思い風味なので表に置く事にしました。‥‥それにしても、男のナニを糸で結んでもつまらんよなぁなどと思ったり(あれって女の子のク○ちゃんの方が責め甲斐あるものだし)。