陰謀の裏側


 「‥‥‥なぁ、黒崎」
 酷く真面目な樋口の口調に、壱哉は怪訝に思ってその顔を見返す。
 店も薔薇園も再建への目途が立ち、樋口は薔薇達に囲まれた日々を取り戻していた。
 薔薇の世話の合間に、時々会って短い時間、言葉を交わすのが二人の楽しみになっていたのだが。
「俺の借金とか、色々変な事が起こったのはお前が手を回したんだって言ったよな」
 わだかまりが解け、気持ちが通じた壱哉は、樋口に今までの企みも全て告白して許しを乞うた。
 樋口は一言も責める事なく、壱哉のした事を全て許した。
 そして壱哉は、せめてもの償いとして、薔薇園再建に最大限の援助を行っていたのだ。
「‥‥‥あぁ。そうだ。本当に、すまなかった」
 表情を曇らせる壱哉に、樋口は慌てた。
「いや、責めてる訳じゃないんだ。ただ‥‥‥」
 樋口は、小さく咳払いした。
「植木鉢とか看板が落ちたり、火事になったり妙な訪問販売が押し掛けて来たりって言うのは、まぁ誰かがやったってわからないでもないんだ。でも‥‥」
 樋口は、壱哉の表情を伺いながら言葉を継いだ。
「高層ビルとか六重の塔が触っただけで壊れたり、野原にいたら隕石が落ちて来たり、海を見ていたら津波が起こったりって言うのは‥‥‥まさか、それまでお前が手を回したのか?」
 後悔の為か、壱哉は沈んだ表情のままだ。
「‥‥‥あぁ‥‥‥」
「どーやって?!」
 樋口は目を剥いた。
 確かに、あれらの信じられない『事故』で、樋口の借金は一気に膨れ上がったのだが。
「どうやって、と言われても‥‥別に、大した事じゃない。ビルや六重の塔はA国の軍事衛星からレーザーでピンポイント射撃させた。隕石は○ASAのスペースシャトルから宇宙の岩石を軌道計算して落下させた」
「‥‥‥‥‥‥」
 それらのどの辺りが『大した事じゃない』のだろう。
 金持ちの考える事は判らない、樋口は心の底からそう思ってしまった。
「津波は多少手間がかかったが、海上○衛隊の船を使って、A国軍基地から横流しした○弾頭を沖合で‥‥‥」
「壱哉様」
 どこからともなく現れた吉岡が、控えめに口を挟んだ。
「いくら世間話でも、それ以上は我が国の非○三原則に抵触いたしますので、お控えください」
「あぁ、そうだったな。国内のA国軍基地に○兵器は持ち込まれていない事になってるんだった」
「はい」
「すまん、気をつけよう」
「では、私はこれで」
 一礼し、吉岡はまた何処へともなく去って行く。
 唐突な出現に唖然としている樋口の横を通る時、吉岡がちらりと視線を投げて来る。「私はいつも壱哉様のお側に控えておりますので念のため」、まるでそんな言葉が聞こえるようだ。
 音もなく建物の角に消えるその後ろ姿を、樋口は呆然と見送った。
「あの‥‥黒崎?」
 我に返った樋口は、おずおずと口を開いた。
「なんだ?」
「吉岡さんって、いつもああやってお前の側にいるのか?」
 訊きづらそうな樋口の問いにも、壱哉はあっさり頷いた。
「あぁ、基本的にはそうだな。別の場所で用を言いつけていれば別だが、普段は呼べばすぐ来るようになっている」
「‥‥‥‥‥」
 すぐ来る為には、常に壱哉の側にいて、注意を払っていなければならない訳で。
 つまり吉岡は、壱哉が何をしている時でも、近くで見ていると言う事になる。
「そう言うのって、ずっと前から?」
 問われ、壱哉はほんの少し考え込む。
「吉岡が秘書についてくれるようになったのは高校ぐらいの時からだったからな。それからずっと、だ」
「‥‥‥‥‥」
 誰かが常に自分を見ている、と言うのはあまり気持ちのいいものではないと思うのは、樋口だけだろうか?
 それが日常であって、何の不思議も感じていないらしい壱哉の感覚は、樋口にはちょっと判らない世界だった。
 中学の時も常人とは少し違う感覚をしているとは思ったが、まさかこれ程とは。
 そこまで考えて、樋口はある事に気付く。
「‥‥おい、それって‥‥‥」
 壱哉が完全に一人で来た時以外は、常に吉岡が見ている、と言う事ではないか。
 仕事をしている時はまだしも、こうして樋口と会っている時とか、或いは‥‥‥。
 思わず、壱哉に伸ばしかけていた手を引っ込めてしまった樋口である。
 この前壱哉のマンションで一夜を過ごした時も、訪ねて行った時に迎えてくれたのは吉岡だった気がする。
―――もしかして、あの時なんかも‥‥‥。
 思わず、こめかみの辺りに冷や汗が流れてしまう。
 覗くような吉岡ではないだろうが、それでもかなり複雑なものを感じる。
「?」
 固まっている樋口の内心になど、壱哉は全く気付いていないようだ。
 壱哉の事だ、見られていても全く気にしないような気がする。‥‥と言うか、そんな事を言い出したら喜んでそーゆープレイを始めそうで怖い。
「‥‥‥‥‥‥」
 樋口は、思わず深いため息をついてしまった。
 育ちのいい深窓の令嬢を好きになった庶民は、こんな苦労をするのかも知れない。
 不思議そうな壱哉に、つい遠い目になってしまう樋口であった。

おちてない‥‥(汗)

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‥‥‥こめでぃと言うにもちょっと中途半端なんですが。タイトルが全然浮かばなくて、なんかもぉ「これでいーや」と投げやりになってしまいました。だってタイトルつけるの苦手なんです‥‥(汗)。
単に、某国軍まで動かせる社長が書きたかっただけです(笑)。それと、控え目に睨み利かせてる吉岡も。
でも結構、(受けの)樋口って見られてると燃えるタイプかも‥‥‥(爆)。