わんことあそぼう


「なぁ、崇文」
 BMWの運転席から、壱哉が見上げて来た。
「なに?」
 久しぶりに会えたものの、今回は樋口の方に予定が入っていて、ほんの僅かな逢瀬を過ごしただけで終わってしまった。
「二週間もすれば、ちゃんと休みが取れそうなんだ」
「じゃ、今日の埋め合わせはその時に‥‥‥」
「それで、だ」
 見上げる壱哉の表情には、少しだけ嫌な笑いが浮かんでいた。
「実は一度、是非ともやってみたいプレイがあるんだ。いいだろう?」
「ぷ、プレイって、なに‥‥‥」
 黒崎壱哉と言う人間は、あまりまともではない性癖も持っていたりする。
 樋口としてはごくごく普通で充分なのだが、壱哉は何かと理由をつけてはちょっと‥‥いや、かなり恥ずかしいプレイをしたがったりするのだ。
 今までの事を思い出し、思わず腰が引けてしまった樋口である。
「そう警戒しなくてもいいだろう。お前が町を歩けなくなるような事をするつもりはないぞ」
「そんな事されたら困るってば!」
 樋口は真っ赤になって抗議する。
 大体、今までだって女子高生の格好をさせられたり、人には見付からなかったとは言え、屋外でしてしまったり、充分まともではない事をさせられて来たのだ。
「外になんか出る気はないし、お前に絶対できないような事を言う気もない。お前は素直に、俺の言う事を聞けばいいんだ」
「‥‥‥‥‥」
 樋口としては、出来れば、静かに普通に時間を過ごさせて欲しい。
 しかし、今回はせっかく壱哉の時間が取れたのに、樋口の都合で返してしまうのだから、少々の事は聞かなければ悪い気もする。
 そんな事を思ってしまう辺りが既にお人好しなのだが、樋口自身に全くその自覚はない。
 結局、壱哉の言葉を樋口が本気で拒めるはずもなく。
 二週間前の会話は、それで終わってしまったのだ。
 そして、今日。
 定休日で店は閉めていると知っているから、早々と午前中から訪ねて来た壱哉は、満面の笑顔で樋口を部屋に連れ込んだのである。
 あまりにも嬉しそうな壱哉に、何となく身の危険を感じた樋口は、壁際に張り付いてしまう。
「あ‥‥あはは‥‥‥」
 実に上機嫌な壱哉に、ついつい愛想笑いをしてしまう樋口である。
 そんな樋口に目を細めた壱哉は、どこからともなく取り出したものを突き付ける。
「俺からのプレゼントだ」
 嬉しそうに突き付けられた、それは。
「‥‥‥えーと(冷汗)」
 どう見ても‥‥‥犬の首輪である。
 赤い革に銀の鋲などが打ってあって、ご丁寧にも短い鎖まで付いている。
「あの‥‥‥これって‥‥‥」
「お前には、赤が似合うと思ってな。特注品だぞ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 もしかすると、と思った事を告げられて、樋口は思わず眩暈を感じてしまう。
「あ‥‥あのさ‥‥‥」
 とりあえず、抵抗のひとつもしてみようかと樋口は口を開いたのだが。
「何でも、言う事を聞くんだよな、崇文?」
「うっ‥‥‥」
 そう言われると、何も言い返せない。
 自分は、どうしてあの時頷いてしまったのだろうか。
「一度、首輪プレイがしてみたかったんだ」
 そんな事を嬉しそうに言わないでほしい。
「いいだろう?崇文‥‥」
 壱哉は、わざと樋口の耳元に唇を寄せるようにして囁く。
「‥‥‥し、仕方ないだろ。そう言う約束だったんだから‥‥‥」
 樋口は真っ赤になりながら、目線を逸らして答える。
「ふふ‥‥心配するな、ちゃんと、良くしてやるから」
 楽しげに言って、壱哉は首輪を手に取った。
 首に回される、やや冷たいなめし革の感触に、何故か樋口の鼓動は早くなっていた。
 壱哉の手が触れた場所が熱い。
「‥‥良く似合うぞ、崇文」
 壱哉が、満足気に目を細める。
 普段の服装に首輪を着けただけで、酷く征服欲をかき立てられるのが不思議だった。
「そのままも中々そそるが‥‥やっぱり、脱いでもらおうか」
 どこか冷たい響きを帯びた声に、樋口は身を竦ませた。
 けれど、その手は、まるで操られたかのようにシャツにかかっていた。
 羞恥に震える手でシャツを脱ぎ、下にも手を掛ける。
 そんな自分を、楽しそうに眺める壱哉の瞳。
 自分の一挙一動を眺めている冷静な瞳に、とてつもなく羞恥を煽る。
 下も脱いで裸になると、首に巻かれた首輪の存在を強く感じる。
 普段は、こんな風に自分から裸になるなど、とても恥ずかしくて出来ないのに。
 いや、恥ずかしいのに、今日は何故か、身体が動いてしまっていた。
「いい子だ‥‥‥」
 歩み寄った壱哉が、耳元で甘く囁く。
 今の自分は、壱哉から見れば『ペット』のようなものなのだろうか。
 優しく髪を漉く壱哉の手に、何故か酷く感じてしまう。
 そんな樋口を、壱哉は満足そうに目を細めて眺めた。
 樋口の首輪に繋いだ短い鎖を掴み、壱哉はベッドに腰を下ろす。
 首輪ごと引っ張られた樋口は、丁度、床に座って壱哉の膝に縋りつくような格好になる。
 樋口の顎に手を添えて軽く上向かせ、壱哉は目を細めて見下ろした。
 どこか冷たくて、しかし、逃れる事など許されないそれは、『支配者』の瞳だ――。
 樋口は、そんな事を思った。
 口元に差し伸べられた指に、樋口は強いられる前に舌を這わせた。
 指を口に含み、夢中で舌を這わせる樋口に、壱哉は喉の奥で笑った。
「まるで、お預けでも食らっていた犬みたいだな」
 からかわれる言葉さえ、樋口の中の熱を煽った。
 こんな風に扱われるのは恥ずかしいし、男として屈辱的でさえあるはずなのに、壱哉を見上げるだけで、抵抗感が消えてしまうのだ。
 本当に、良く躾けられた『犬』のように従順な樋口に、壱哉の鼓動も早くなる。
 愛しさと、征服欲がない交ぜになって、熱い欲望が突き上げる。
 窮屈になったものを開放すると、それは既に固くいきり立っていた。
 壱哉は、舐めさせていた指を抜き、樋口の髪を掴んで引き寄せると、口元にいきり立つものを突き付けた。
 いつになく嗜虐的な気分になっている自分を自覚する。
 乱暴な扱いに、驚いたように動きを止めた樋口だが、目を伏せると、おずおずと舌を伸ばして壱哉のものに触れた。
 その熱さに一瞬、身を竦めた樋口は、しかし、思い切ったように壱哉のものを口に含む。
 壱哉は、樋口のものを口で愛撫する事があった。
 樋口の反応が楽しいらしく、恥ずかしいから嫌だと言っても聞いてくれない。
 しかし、樋口の方からこうして口を使うのは初めてだった。
 もっと抵抗があるかと思ったのだが、壱哉のものだと思うと意外にも平気だった。
 と言うか、とてつもなく恥ずかしいはずなのに、どうして抵抗もなく出来るのか、自分でも不思議だった。
「ん‥‥ふ‥‥」
 壱哉にされている時は、恥ずかしくて、そしてあまりにも巧くて、どうされたのかなど覚えていない。
 しかし樋口は、何とか壱哉に感じさせたいと、必死になって舌を使った。
 こんな行為など初めてであろう樋口の舌使いは、慣れている壱哉にとってはお世辞にも巧いものとは言えなかった。
 それでも、樋口が自分のものを口にして、しかも必死に愛撫してくれている様子は、それだけで壱哉を昂ぶらせた。
 すぐに限界が近くなってきたのは、壱哉自身にも意外だった。
「く‥‥‥」
 突き上げる衝動の命ずるまま、壱哉は欲望を開放した。
「んっ、ぐ‥‥‥」
 唐突に、口の中に弾けた欲望を、樋口は反射的に飲み下した。
 壱哉のものだと思えば、それ程抵抗も感じなかった。
 それでも少し咳き込んでしまって、生理的な涙が目尻に浮かぶ。
「‥‥本当に、可愛い事をしてくれるな、お前は‥‥‥」
 苦笑混じりに呟いた壱哉の指が、そっと涙の雫を拭う。
 その優しい仕草に、樋口の背筋を甘い痺れが駆け上がる。
 壱哉を咥えながら自分も昂ぶっていた樋口のものは、もうかなり張り詰めていた。
「抱いてやるから、ベッドに這え」
 命令される言葉さえ、樋口には甘く聞こえた。
 ベッドに四つん這いになると、短い鎖が小さな音を立て、首輪の存在を強く主張する。
 今の自分は、壱哉に飼われている『ペット』なのだ。
 そう思うだけで、身体の奥が熱を帯びる。
 こんなにも自分は、依存心の強い人間だったのだろうか。
 けれど、他者に『所有される』と言う事――何も考えず、ただ命じられるままに従う事を、すんなりと受け入れてしまっていた。
 いや、壱哉の『物』なのだという事に、喜びすら感じてしまっている自分がいた。
 壱哉の手が触れるだけでも嬉しくて、身体の奥がどんどん熱くなって行く。
 既に張り詰めた樋口のものからは、絶え間なく先走りが溢れ出てシーツを濡らしている。
 そんな樋口の様子は、壱哉の加虐心を煽った。
 露わになっている窄まりに、少々乱暴に指を突き立てる。
「‥‥っ」
 軽くはない痛みと、それ以上に甘い快楽に、樋口はシーツに顔を埋めるようにして喘いだ。
「お前は『犬』なんだから、声を堪える事はないだろう」
 笑いを含んだ声が耳を擽り、頭の中が熱に白く霞む。
 軽く引っ掻くように体内を嬲られ、腰が勝手に揺れてしまう。
 いつもとは違い、与えられるのは痛みに近いのに、それすらも熱を煽り立てる。
 痛いのに気持ちがいい――そんな矛盾した感覚に、樋口はもう訳が判らなくなっていた。
 まだ充分には慣らされていない体内に、容赦なく熱い塊が侵入して来る。
「う、あ、あぁぁっ!」
 まだ解れていない場所が痛みと共に強引に引き伸ばされて行く、それすらも気持ちがいい。
 大きく頭を仰け反らせた樋口は、悲鳴とも、快楽の喘ぎともつかない声を上げて、達した。
 狭い体内がきつく締め付けて来て、壱哉もまた、達しそうになる。
 辛うじて堪えた壱哉は、大きく息を吐いて熱をやり過ごした。
「挿れられただけでイくなんて、まるで発情期だな」
 敢えて罵るような言葉を投げると、樋口の身体がビクリと震えた。
 肩越しに振り返って何か言おうとする前に、壱哉は体内を大きく突き上げた。
「っ、はぁっ!」
 言葉は高い声に変わり、樋口は背中を反らして身体を震わせる。
 そのまま、壱哉はいつもより乱暴な様子で樋口を突き上げた。
 大きく身体を揺すられる度に、首輪に繋がれた鎖が小さな音を立て、更に樋口を煽り立てる。
 羞恥心などどこかに消し飛んでしまっていた。
 ただひたすら、突き上げられるままに喘ぎ、甘い声を上げ続ける。
 いつもとは違い、樋口の上げるあられもない声に、壱哉も酷く興奮していた。
 まるで、本当に樋口を鎖で繋ぎ、飼い慣らしているような錯覚に陥る。
 どこまでが『プレイ』なのか、遊びと現実の境界線を曖昧に感じながら、壱哉も、樋口も行為にのめり込んで行った。
 ―――――――――
 どれだけの時間が経ったろうか。
 軽い失神から目を覚ました樋口は、壱哉にしっかりと抱き締められているのに気付く。
 同時に、失神するまでの自分の一挙一動が思い出されて、樋口は耳まで真っ赤になった。
 今すぐ、この場から消えてしまいたいくらい恥ずかしい。
 そんな樋口の内心は判るはずなのに、壱哉は意地悪く、顔を覗き込んで来たりする。
 しかし樋口は、恥ずかしさのあまり、壱哉の顔をまともに見られない。
 どんな顔をすればいいのかも判らなくて、樋口はただひたすら、壱哉の視線を避けるように目を伏せるしかない。
「なんだ。さっきはあんなに積極的だったのに」
 そんな事を真顔で言う壱哉は、本当に意地悪だと思う。
「‥‥‥どうせ俺は、ドーブツだよ。本能丸出しだって言うんだろ?」
 いじけたようにぶつぶつと呟く樋口に、壱哉は少し驚いたような顔をした。
 しかし、その表情が、どこか嬉しそうにも見える苦笑に変わる。
「‥‥‥悪かった、崇文」
 壱哉は、宥めるように、触れるだけの口付けを落とす。
「お前が好きだから‥‥お前の、いろんな顔が見たいんだ。だからつい、いろんな事をしてみたくなる。もっと、違うお前が見たくなるんだ」
 壱哉の口から好きだ、と言ってもらえるのはとても嬉しくて、樋口の鼓動は早くなる。
「‥‥‥俺だって、壱哉が好きだから‥‥‥変な事するのも恥ずかしいのも嫌だけど、壱哉が言うなら‥‥‥」
 目を伏せたまま、ぼそぼそと、言い訳ともつかない事を言う樋口はとても可愛く見えた。
「崇文‥‥‥」
 壱哉は、もう一度、樋口を強く抱き締めた。
 こんなに可愛い事を言われたら、また我慢出来なくなるではないか。
 今は、首輪などない首筋に唇を寄せる。
「いっ、壱哉、そんな、また‥‥‥!」
 やる気満々の壱哉に、樋口はうろたえたような声を上げた。
「そう言えば、お前、結構ああ言うのが好きだったんだな。驚くくらいの乱れっぷりだったじゃないか」
 耳元に囁く壱哉の声が、僅かに悪戯っぽい響きを帯びる。
「そんなこと‥‥!」
 さっきの醜態を思い出させられ、樋口はまた、真っ赤になった。
「今度は、緊縛プレイも悪くはないな。お前、身体がしっかりしているから、縛り甲斐がありそうだ」
 嬉しそうな壱哉の言葉に、樋口は頭痛を覚えてしまう。
「だから俺は、普通がいいんだって言ってるだろ!」
「でも、『俺が』頼めば聞いてくれるんだろう?」
「そう言う意味じゃな‥‥ん‥っ‥‥」
 抵抗は壱哉の唇に飲み込まれてしまう。
 もう熱は引いたはずなのに、壱哉の手が身体を探ると、奥深くにまた熾き火のような熱が点る。
 もしかして、自分は結構流されやすいのだろうか。
 抵抗など形ばかりで、相変わらず元気すぎる壱哉を受け入れる気になってしまっている自分に、樋口はそう思った。


END

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樋口、わんこモード発動(笑)。いや、わんこはどんな状況でも所詮わんこだと思うのですよ(←日本語になってない)。
実は、最初はクリスマスプレゼント代わりに壱哉様が樋口に「言う事を聞け」と迫る話だったんですが、あまりにも時期を外してしまったのでそこらは書き直しました。でもって、オチがつかなくて延々悩んでいたと言う‥‥。でも、一度はやりたかったんですよね、らぶEDで首輪ネタ。最初はもっとあっさりだったはずなんですが、タイトルが決まった時点でフ○○確定。やっぱ、咥えて飲んでもらうと言うのはオトコのロマンでしょう!(爆)
きっと、この首輪は樋口の家で仕舞われて、時々壱哉様が引っ張り出して楽しむ事でしょう。でもって、この数ヵ月後あたりに壱哉様、ロープ片手に嬉々として樋口の家に押しかけるんだと思います。