キ・ラ・ワ・レ・タ・イ


『‥‥こいつは、犬嫌いだからな。いたずらなんか、するんじゃないぞ?』
 あいつを初めてここに連れて来たとき、黒崎は笑い混じりにそう言った。
 黒崎は、俺を良く犬扱いして。
 もう、気にならなくなってたけど、黒崎に押されるようにして入って来たやつは、驚いた顔をして、すぐに嫌なものを見るみたいな目になった。
 確かに、ずっと裸で、犬の首輪と鎖でつながれてる人間を見たら、普通の人間はそう思うんだろうな。
 俺にとっては、もう今が普通になっていて、裸を他人に見られるのも何も感じなくなってるけど。
 まだ学生くらいだろうか。
 俺と同じように裸にされてたから、小柄で、やせた体が良くわかった。
 両手は黒い革と鎖でつながれていて。
 色の白い体のあっちこっちに、キスマーク、とか、ぶたれたみたいな跡とかがあった。
 少し前に黒崎が、野良猫を飼うとか言ってたけど。
 こいつが、そうなんだろうか‥‥。
「新。いい子にしていろよ?そうすれば、また気持ちよくしてやるからな」
「っ、おれは‥‥っ!ん‥‥!」
 からかうような言葉に、顔を真っ赤にして言い返そうとしたそいつに、黒崎は楽しそうにキスをした。
 長いキスに、抵抗しようとしてたそいつの体から力が抜けるのが見ていてわかった。
 黒崎の‥‥キスって、すごく、上手いから。
 もうずぅっと、してもらってないけど。
 遠い前のことを思い出して、俺まで体が熱くなってくる。
 くたりと力を抜いたそいつを部屋の中に突き飛ばすようにして、黒崎は楽しそうな顔で扉を閉めた。
 扉の外で聞こえる、冷たい金属の音。
 久しぶりに、この扉に鍵が掛けられるのを聞いた気がする。
 板張りの床に転がされたそいつは、子どもみたいにうずくまった。
「‥‥‥っ、ぅ‥‥」
 そいつの背中が小さくふるえる。
 泣き声を我慢してるみたいだった。
 本当は、逃がしてやれればいいんだろうけど。
 ここに閉じ込められてから、逃げようなんて思ったことはなかったから、外がどうなってるのかわからない。
 俺なんかと違って、こいつはまだ、夢、とか、やりたいこととか、あるんだろうか。
 逃がしてやりたい、けど。
 それは、こいつが気の毒なだけじゃなくて、こいつがいたら、黒崎がもっと俺を見てくれなくなるから。
 そんなことを思ってしまう自分が、自分で嫌になる。
 けど、どっちにしても、今の俺じゃ、こいつを逃がすなんて無理だから。
 俺にできることと言ったら‥‥。
 鎖が届く距離だったから、ゆっくりと這い寄る。
 そろそろと触れると、華奢な体が大げさなくらい震えた。
 それでかえって勢いがついて、俺は後ろからそいつを抱き締めた。
「っ、なにすんだよ‥‥っ!」
 反射的に暴れるけど、その力は弱々しくて。
 今までどんな暮らしをしてたんだろう、肉があまり付いてなくて、華奢なくらい細い体は、腕の中に入ってしまいそうだった。
「あらた、っていうんだ?」
「あんたにそんな呼び方される筋合い、ねえよっ!」
 泣きそうな顔をしながら、新はもがいた。
 黒崎に‥‥抱かれてるときも、こんな風だったんだろうか。
 それとも、黒崎には素直なんだろうか。
 そんなことを考えたら、体が熱くなってきた。
 短くて柔らかな髪に顔をうずめたら、黒崎のにおいがするような気がした。
 今まで、黒崎としてたんだろうな。
 俺は‥‥しばらく、黒崎に触れてももらえなかったけど。
 そんなことを考えてたら、どんどん体が熱くなってきた。
 細い首に、音を立てて口付ける。
「なっ、なに‥‥!」
 新の体が強張った。
「ごめん。させて‥‥‥」
「なっ、やめろっ、ばか‥‥!」
 必死にもがく新の体を抱き締める。
 首筋から背中に舌を這わせると、新の体から力が抜ける。
 前に回した手で、黒崎にするみたいに弱いところに触れると、驚くくらいの反応が返ってきた。
 黒崎に‥‥もう、慣らされちゃってるんだろうな。
 俺を見てくれなかった間、黒崎はこいつにいろんなことをしたんだろう。
 気持ちいいこととか、苦しいけど、でもそのうち、やっぱり気持ちよくなることとか。
 そんなことを考えると、もっと体が熱くなってくる。
 こいつは今まで黒崎としてて疲れてるんだろうとか、こんなことしたら俺ばかりじゃなくこいつまで黒崎に怒られるとか、そんなことが頭の片隅に浮かんだけど。
 もうずっと、独りぼっちだったせいか、歯止めが利かなかった。
 頭の中はもう熱い熱に覆われて、何も考えられなくなる。
「なにすんだよっ、やめろよ‥‥!」
 悲鳴みたいな声を遠く聞きながら、俺は新の体にのめり込んだ。


 やっぱり、疲れてたらしい新は、じきに気を失ってしまって。
 仕方がないから、新の体を綺麗にしてやって、楽な姿勢で寝かせてやる。
 俺はまだまだ足りなかったけど、なんとか我慢して、熱が引いて行くのを待つ。
 疲れ切ったような顔を見ると、さすがに罪悪感が湧いて来る。
 どうせ、ここから出られないなら、何もわからないくらい疲れて眠ってしまった方がいい。
 そう思って手を伸ばしたけど。
 でも、それはきっと、言い訳だったんだ。
 ずっと放って置かれた欲望を、ただぶつけたいだけだった。
 嫌がる新を力ずくで押さえ付けて。
 抵抗できない身体を無理やり犯して。
 前に、黒崎にされて嫌だと思ったことを、俺自身が新にしてしまうなんて。
 いつの間に俺は、こんなに浅ましい奴になったんだろう。
 いや‥‥これが、俺の本当の姿だったのかもしれない。
 黒崎が。
 好きな人が欲しくて欲しくて、それ以外何も考えられない犬。
 いつも物欲しそうにしているこの『モノ』以外、何も役に立たない獣。
 今の俺が、俺の本当の姿なのかもしれない。
 そんなことを思ってしまうのは、もう俺がおかしくなってるからなんだろうか。
 でも、そんなことはどうでもいい。
 どうせ俺は、出来の悪い犬なんだから。
 『今』が、俺にとってのすべてなんだから。
 そんなことを考えてたら、新が身動きした。
 とても怠そうに、上半身を起こす。
 その目が俺を見つけて、怒った色になった。
「ごめん‥‥‥」
 反射的に目を伏せて謝ったけど、新は何も言わずに顔を背けた。
 そのまま、背中を向けてうずくまる。
 怒りと、嫌悪と。
 言葉にされなくても、二度と近づくな、と言ってるのがわかる。
「ごめん‥‥‥」
 もう一度、謝る。
 もちろん、新の答えなんかない。
 全然動かない後ろ姿から、強い拒否が伝わってくる。
 でも、新の怒った顔を見たら、不思議なくらいホッとした。
 同情とか、哀れみとか。
 俺はそんなものを向けられていい奴じゃない。
 怒りとか、嫌悪とか。
 こんな、ダメな奴になってしまった俺は、そんな風に見られるのが当然なんだ。
 嫌われる方が安心することがあるなんて、初めて知った。
 ふと、黒崎のことを思い出す。
 俺が黒崎に『好きだ』って言う時のこと。
 そう言うと、黒崎はいつも不機嫌になって。
『好きと嫌いの区別もできないのか?この駄犬が』
 でも、本当に好きなんだ、って言ったら、黒崎は凄く怒って、俺がおかしくなりそうなくらい長く放って置かれた。
 もしかして、黒崎も。
 同じ、なんだろうか。
 好かれるよりも嫌われた方が、楽‥‥なんだろうか。
 あいつは、昔から、不器用なやつだったから。
 本当は、とても、とても優しいのに。
 新にだって、嫌われるように酷いことをしているのかもしれない。
 目をつぶると、黒崎の顔が浮かぶ。
 ‥‥‥黒崎のことが、少しだけ、わかったような気がした。


END

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いつも素晴らしいお話を読ませて頂いているA様(バレバレですね)をちょっぴり見習って、ずーっと書いてみようと思いながらも出来なかった壱哉様×(崇文×新)にチャレンジしてみたのですが。‥‥‥所詮、人には向き不向きというものが存在するんですね(遠い目)。
この前、A様がupされたものの二番煎じのよーな気がする。限りなく、そんな気がする‥‥(泣)。ごめんなさい、真似したつもりはないんです。あぁ、でも、いつも影響されたりしているのでもしかすると真似なのかも‥‥‥すいません、ここで謝っておきます。
崇文×新のつもりだったのに、気付けば壱哉様と樋口の話に。しくしく‥‥(しかも樋口は壱哉様に夢持ちすぎてるし)。