休みの日には…
<樋口の場合>
うららかな昼下がり。 川原の土手に腰を下ろすと、涼しげな風が柔らかく髪を撫でて行く。 傍らに座り込んだサンダーは、前足に顎を乗せてのんびりとくつろいでいるようだ。 シャツのポケットから煙草を出してくわえ、火を点ける。 大きく息を吸い込むと、胸の中を熱い煙が満たすのが判る。 「ふー‥‥‥」 大きく息を吐き出すと、白い煙が風に流されて行った。 こうして、ゆっくり煙草を喫ったのは半月ぶりだろうか。 このところずっと、店と薔薇の世話が忙しくて、煙草に手を伸ばす暇もなかった。 半月も喫わないでいられるのだから、本当はそんなに煙草が好きではないのかも知れない、そう思う事もある。 思い出せば、初めて喫ったのは二十歳になった時だった。 二十歳の誕生日の夜。 成人の祝いだと言って食卓に並んだのは、いつもよりちょっと豪華な、でも近所の店で売っている惣菜で。 酒など絶対に飲ませてくれなかった父が、その日、初めてビールを注いでくれた。 『崇文、すってみるか?』 差し出された煙草を、好奇心混じりに喫ってみた。 「あの時は、まずいと思ったなぁ‥‥」 初めての煙草に思いっきりむせてしまったのを見て、父は大笑いしていた。 意地になって一本喫いきったものの、どうしてこんなまずいものを金を出して買っているのかと思ったものだ。 その後、時々父に勧められて口にしていたけれど。 初めて自分で買ったのは、父があっけなく逝って、四十九日も終わった頃だった気がする。 その時は、不思議に、うまいと思った。 自分一人しかいない茶の間で煙草をふかしていると、父の事とか、色々な事を思い出した。 そのせいだろうか。 忙しい時は忘れているのだが、ふと、時間が空いたりすると、煙草が喫いたくなる。 それは、何の予定も入っていない休日だったり。 或いは、店が終わって、薔薇の手入れもあまりなくて、一人きりの夕食を済ませた後だったり。 そんな時は、どうしても煙草に手を伸ばしてしまうのだ。 タバコ屋のおばちゃんの話だと、父が煙草を買うようになったのは母を亡くしてからだったらしい。 もしかすると父も、今の自分と同じような気持ちで煙草を喫っていたのかも知れない。 そんな事を思う。 ほう、と息を吐くと、煙が小さな輪になった。 それが珍しかったのか、サンダーが顔を上げて、輪が消えて行くのを見上げる。 煙の輪が消えてしまうと、興味を失ったのか、サンダーは大きくあくびをして、また丸くなる。 そんなサンダーを見ていると、知らず、笑みが零れた、 寂しい、とは思わない。 こうして、サンダーがいてくれる。 そして‥‥父が遺してくれた薔薇達があるのだから。 フィルター近くまで短くなった吸殻を、携帯灰皿にしまう。 その音を聞いて、サンダーが顔を上げた。 「そろそろ帰ろうか、サンダー」 「わう!」 サンダーが、元気良く答えた。 |
END |
あからさまにやっつけ仕事な話‥‥(←いばるな)。相変わらずMy設定てんこもりですが。
この前のオンリーで買ったものの中に、煙草を喫っている樋口が書いてあって、なんとなくその辺りからもやもやとして出来上がりました。短いので好都合だった(←おい)。