White Day
『それ』が送られて来たのは、ホワイトデーの三日ほど前の事だった。 差出人には、いろいろな手続きで見慣れてしまったあの秘書の筆跡で『黒崎壱哉』の文字がある。 なんだろう、と怪訝に思いながら箱を開くと、そこにはキャメルブラウンのスーツらしいものが入っていた。 「なんで、今頃こんなの‥‥」 持ち上げてみた樋口は、その上着に違和感を覚える。 どこか学生の制服のようなデザインの上着なのだが、制服の合わせと言うのはこうだったろうか? そして樋口は、その下に入っていたものを見て硬直する。 きれいに畳まれていたものは、茶系のチェック柄のプリーツスカートだったのだ。 しかも、一見しただけで超ミニと判る。 もしかしてこれは、誰かへの荷物の間違いではないか、と、樋口は思わず送り状を確かめてしまった。 しかし、それは確かに『黒崎壱哉』から『樋口崇文』に送られたものだった。 あの優秀な秘書がミスをするとは思えないのだが、しかし、そうするとこの中身は理解出来ない。 樋口が首を捻っていた時、電話が鳴った。 「はい、樋口‥‥」 《あぁ、荷物は届いたな?》 受話器から流れて来たのは、壱哉の声だった。 こちらを誰何せず、名乗りもしないのは相変わらずだ。 「と‥届いたけど、これ、なに?」 樋口が戸惑っている様子がおかしいのか、壱哉は電話の向こうで笑ったようだった。 《三月十四日、ホワイトデー‥‥『サービス』してくれるはずだったよな?》 壱哉の言葉に、とてもいやぁ〜な予感を覚える樋口である。 《ホワイトデーの日、そいつを着て、昼十二時にホテルに来い。地図は荷物に入れてある》 「こ、これ着るのか?俺が?だってこれ、女物じゃ‥‥‥」 《崇文‥‥》 受話器から、甘い囁きがダイレクトに耳を擽り、樋口の背筋を甘いものが走る。 《愛してる。崇文‥‥》 吐息のような扇情的な囁きに、樋口の頭の中が一瞬真っ白になる。 《じゃあな。待ってるぞ》 「えっ、あ、ちょっと‥‥!?」 我に返った樋口が何か言う前に、電話は切られていた。 ツーツーツー。 空しい音を、秒針がたっぷり一回りする間聞いていた樋口は、やっと受話器を電話に戻した。 「壱哉‥‥何考えてんだよ‥‥‥」 樋口は、深いため息をついて肩を落としてしまった。 もしかして、バレンタインデーの時に女性の客がチョコレートを持って来た、と聞いて機嫌を悪くしたのだろうか。 でも、受け取った訳ではないし、樋口がチョコレートをあげた時には素直に喜んでくれたはずだ。 壱哉が怒っているのではなく、いつもの気紛れだとしたらちょっと‥‥いや、かなり嫌だ。 大体‥‥‥。 「もしかして‥‥これも着ろ、ってこと‥‥?」 樋口のこめかみに冷や汗が流れる。 ミニスカートとブラウスの下から出て来たのは、どう見ても女物のショーツだった。 純白の布地に配された薄いブルーのレースが清楚な印象を与えるが、男がつけるとなれば話は別だ。というか、絶対に男が穿くものではない。 さすがにブラジャーまでは入っていなかったが、それは樋口にとって何の救いにもならなかった。 ご丁寧にも、一番下には真っ白いルーズソックスと茶色い革靴まで揃えられていて、樋口は頭痛を覚える。 一緒に入っていたメモには、隣町にある、結構大きなホテルが指定されていた。 壱哉の言葉に従うなら、ホワイトデーにはこれを着て、列車に乗って隣町までいかなければならない。 考えただけでも、目眩がする。 「なんで、ホワイトデーなんてあるんだろう‥‥‥」 思わず、逆恨みめいた事を考えてしまう樋口であった。 ホワイトデー当日。 樋口は、他人の目を気にしながら列車に乗り込んだ。 あまり寒くはないのに、裾の長いダッフルコートでフードまでかぶっている樋口を怪訝そうに見る乗客もいた。 ホテルのある町まで駅ひとつなので、樋口はドアの所に張り付くようにして身を縮める。 あの後、何度か壱哉に電話してみたのだが、忙しいらしく、ずっと話す事が出来なかった。 だから結局、樋口は壱哉に言われた通り、送られて来た女学生の制服(としか思えない)を着るしかなかった。 採寸された覚えはないのだが、その制服は結構体格がいいはずの樋口にぴったりだった。 自分でも見たくないような姿で出歩くのは耐え切れず、樋口はそう寒くないはずなのに、フード付きの長いコートを引っ張り出す事になってしまったのだ。 いくら長いコートでも、ルーズソックスを穿いた足までは隠せないから、樋口は恥ずかしくてフードを目深にかぶっていた。 心に病ましいものがあるせいか、他の乗客の何気ない視線などが異常に気になってしまう。 ―――なんか、変質者みたいな気分だ‥‥‥。 恥ずかしさのあまり、ずっと樋口の顔は真っ赤なままだ。 生まれて初めて穿くスカートはとてもスースーして、頼りなく感じる。 そのせいか、ちょっと内股になってしまっているのだが、当の樋口は全く気付いていない。 歩き方もどことなく歩幅が小さくて、フードの中を見なければ少し体格のいい女学生、で通りそうな姿だった。 「‥‥‥‥‥」 樋口は、これで何十度目かのため息をついた、 それにしても、どうして『女装』なのだろう。 ホワイトデーのお返しと言うのは、普通男性側からするもので。 いや、そうすると男である樋口がこうして壱哉の言う事を聞いているのは正しいのか? でも、それを言ったら壱哉だって男なのだが。 現実逃避も手伝って、樋口は壱哉の気紛れな性癖以外の何物でもない要求を、真剣に考えてしまっていた。 やっと列車が駅に着くと、樋口は逃げるような足取りで、駅の近くにあるホテルに飛び込む。 部屋番号は指定されていたから、フロントの視線を避けるようにしてエレベーターに乗り込む。 実は、壱哉が指定して来たのは最上階のロイヤルスイートなのだが、樋口はそこまで気付いていない。 「‥‥‥はー‥‥‥」 エレベーターの中で一人になって、樋口はようやくフードを外し、大きく息をついた。 ここまで、ずっと緊張していてすっかり疲れてしまった。 この仮装大会のような格好と、わざわざホテルに呼び出したりしたのは、やはり‥‥そう言う事の為なのだろう。 「壱哉‥‥時々、わかんないことするんだよな‥‥‥」 樋口としては、壱哉と一緒にいられるだけで幸せなのだが、壱哉の方は時々、『たまには違う雰囲気で楽しみたい』などと言って、妙なプレイを強いて来る時があるのだ。 前に偶然、祭りで浴衣のまましてしまったのに味を占めたらしく、その後もわざわざ浴衣を着てした事がある。 確か、壱哉の家に行った時には、広い風呂場で抱かれた事もあったっけ‥‥‥。 よせばいいのにそんな事を思い出してしまい、樋口は体が熱くなって来る。 「ま、まずい。考えない、考えない‥‥‥」 必死に頭を別の方に持って行く。 考えないも何も、どうせ壱哉の部屋に行けば抱かれる事になるのだが、樋口はその事実には気付いていない。 と、ようやくエレベーターが目的の階に着いた。 他人に見られると嫌だから、慌ててフードをかぶり直す。 歩く程もなく目的の部屋が見えたので、樋口はドアをノックする。 もしここで、部屋を間違えていて別の人が出て来たらどうしよう、などとつまらない考えが頭をよぎる。 しばし後、ドアが開かれた。 「壱哉‥‥」 ドアを開いた主を見て、思わず樋口はため息をついてしまった。 樋口の姿を見て、壱哉は眉を寄せる。 「‥‥コートなんか着て来たのか。上には何も着るなと指定した方が良かったかな」 「い、壱哉!!」 樋口は、真っ赤になって目を伏せてしまう。 どうもこの辺りの壱哉の感覚は、樋口にはちょっとついて行けない。 「まぁいい。入れ」 部屋の中に導き入れられ、ドアが閉められると、樋口はやっとフードを外した。 「まったく、こんなものを着ていたらせっかくの制服がつまらないじゃないか」 壱哉は、樋口が脱ごうとする前にコートをさっさと脱がせてしまう。 「だって、恥ずかしいだろ!?」 樋口は、恥ずかしさのあまり壱哉の顔を見られない。 体型に合うばかりか、肩幅の広さがあまり目立たないように仕立てられ、しかもブレザーの裾や袖丈などはやや長めにされているから、ゴツ目の樋口が華奢にすら感じられる。 丈の短いスカートを気にしている様子は、とても可愛らしく見えた。 「‥‥‥いや、このまま来ていたらかえって危険か。妙な奴に目を付けられかねないな」 「あ、あのさ‥‥」 頭痛を感じてしまった樋口だが、言いたい事がありすぎて言葉にならない。 「こんな風にして会うと、援助交際の学生と客、みたいな感じじゃないか?」 「‥‥‥‥‥‥」 壱哉の言葉に、目眩を感じて脱力してしまった樋口である。 やっぱり、壱哉の考える事は良く判らない。 しかし、壱哉は樋口の反応などお構いなしだった。 「まったく、こんなに似合うとは思わなかったぞ?」 嬉しそうに言って、壱哉は樋口を抱き寄せた。 「ぅわ、ちょっ、いきなり‥‥!」 スカートの中を手でまさぐられ、樋口は思わず悲鳴を上げる。 「ちゃんと下着もつけてきたな。いい子だ」 耳元に口を付けて囁く様子は、ちょっと助平オヤジのようにも見えなくもない。 「こんな風に、女の制服を着て、女物の下着を着けて歩いたのはどんな気持ちだ?」 「ど、どんなって‥‥恥ずかしかったよっ!」 改めて言われると、恥ずかしさが倍増するような気がする。 「だが、似合うじゃないか。結構喜んで着て来たんじゃないのか?」 「い、壱哉が着ろ、って言ったから‥恥ずかしかったけど、着て来たんだろっ!」 樋口は、涙声になっている。 しかし、樋口のそんな反応が壱哉には楽しくてたまらない。 「そう言いながら、ここは随分嬉しそうにしてるようだがな?」 笑いながら、壱哉が樋口の股間を撫で上げる。 「ぅあ‥‥そ、それは、壱哉がそんな風にさわるから‥‥‥」 樋口の体がビクリと震える。 その股間のものは、薄い下着の上からもはっきり判る程膨らみ始めている。 「俺は、ただ撫でているだけだぞ。お前の方が、いつもより感じてるんじゃないか」 「そ‥んな、こと‥‥‥」 ない、と言いたいが、現に樋口の体はどんどん熱くなって来ている。 樋口自身にも、どうしてこんなに感じてしまうのか判らなかった。 「ふふ‥‥少し触っただけでこんなに感じるなら、こっちを弄ったらどうなるかな?」 壱哉の手が、短いスカートの下から、薄いショーツの中に入り込む。 「――っ!」 ショーツの中に入れられた手が臀部を撫で、樋口は反射的に身を硬くした。 そのまま、壱哉の長い指が、臀部の狭間を弄るように撫で上げる。 「やっ、壱哉‥‥や、だ‥‥!」 こんな風に触られるのは初めてではないはずなのに、何故かとてつもない刺激に感じてしまう。 ぞくぞくしたものが一気に背筋を走り抜け、膝から力が抜けそうになる。 股間のものが、一段と熱を増して頭を擡げたのが判った。 一方壱哉の方は、樋口がとてつもなく感じやすくなっているのに気付き、内心で驚きを覚えていた。 こんな格好をしている羞恥心がそうさせるのだろうか。 樋口に女子高生の制服を着せたのは全くの気紛れだったのだが、これはいつも以上に楽しめそうだ。 「崇文‥‥」 わざと耳元に息を吹きかけながら囁き、指で窄まりと周辺を撫で回す。 「‥‥んっ、く‥‥‥」 樋口は、眉を寄せ、体を震わせながら刺激に耐えている。 「‥‥ほら、見てみろ。随分といやらしい格好じゃないか?」 壱哉の言葉に視線を移すと、そこは壁が鏡張りのようになっていて、壱哉が樋口を抱き竦めている姿が映し出されていた。 ここは普通のホテルのはずなのに、どうして、こんなラブホテルのような仕掛けがあるのか、それを不審に思うより先に、樋口は鏡の中の光景に硬直してしまう。 女学生の格好をした自分。 しかも、薄い布地を引き伸ばすように頭を擡げたものが、短いスカートの前を持ち上げている様子はとてつもなく淫らに見えた。 そんな樋口を更に追い詰めるように、壱哉の指がショーツの中で巧みにうごめいた。 快楽を求めて緩み始めた窄まりに壱哉が指を突き立てた瞬間。 「や‥だ‥‥あ、いちや‥‥っ!」 ビクン、とひときわ大きく仰け反ったかと思うと、樋口はあっけなく達した。 熱い精が薄い布地の中に放たれ、その逆流するような感触が樋口のものを刺激する。 壱哉は、へたり込みそうになった樋口を抱くようにして大きなベッドに座らせた。 「ふふ‥‥随分、たくさん出したみたいだな。そんなにこの格好が良かったか?」 からかいながら、壱哉は、精を放たれて重く濡れたショーツを引き下ろした。 「ちがっ、あ‥‥!」 熱く猛り立ったものが布に擦られ、樋口は高い声を上げる。 「そうか?お前より、体の方がずっと正直だぞ」 壱哉は、樋口の体を後ろから抱き竦める。 ブレザーの前を開き、真っ白いブラウスのボタンを外すまでは一呼吸の間だった。実に手馴れたものである。 「あ‥‥‥」 胸肌を壱哉の指が這い、樋口は思わず身を硬くした。 壱哉のしなやかな指の動きと、軽くはだけられただけのブラウスの布地が肌を擦る感触が、酷くはっきりと感じられる。 「ふふ‥‥ここだって、こんなに硬くなってるじゃないか」 「んっ、そんな‥ふうに、さわらないで‥‥」 硬く立ち上がった乳首を指で嬲ると、樋口の背筋にさざ波のような震えが走る。 甘い吐息を心地良く聞きながら、壱哉は樋口の耳を軽く甘噛みした。 「んあぁぁっ‥‥」 樋口が、切なげに眉を寄せて熱い喘ぎを漏らす。 女の格好をしているせいか、樋口の仕草はどこか女っぽく見えて、酷く背徳的な感情に囚われる。 「崇文‥‥ほら、前を見てみろ」 言われ、樋口は熱にぼんやりとした瞳を上げる。 丁度、真正面に大きな鏡があって、ベッドに座り込んだ樋口の全身が映っている。 ブレザーとブラウスがはだけられ、僅かに胸肌が覗いている様子は、まるで誘っているようだ。 短いスカートの下から、先走りを溢れさせた自分のものが頭を覗かせている様子があまりにも淫らに見えて、樋口は真っ赤になってスカートで覆い隠そうとする。 「隠す事はないだろう?そんなに嬉しそうにしているのに」 「うわ‥‥!」 楽しげに言った壱哉は、樋口の体を自分の方によりかからせると、その両膝を大きく開いて立てさせる。 「やっ、やだ‥‥!」 脚を閉じようとするが、後ろから脚を押さえられて果たせない。 「こんなの‥はずかし‥‥っ!」 鏡に向けて脚をM字型に大きく開いたような格好に、樋口は羞恥で全身が熱くなる。 スカートを持ち上げ、高々と天を指しているものをわざと見せ付けているようで、このまま消えてしまいたいくらい恥ずかしい。 しかし、その羞恥は快楽に変換されてしまい、張り詰めたものからはとめどなく先走りが溢れて来る。 「本当にいやらしい『女子高生』だな?こんな恥ずかしい格好をしてるのに、こんなに嬉しそうなんだからな」 後ろから伸ばされた壱哉の手が、熱いものを軽く握った。 「んあぁぁっ!」 たったそれだけの事なのに、強烈な刺激に感じてしまって、樋口の頭の中が真っ白になる。 さっき達したばかりだと言うのに、白濁した液体が勢い良く迸った。 「あ‥‥‥」 くたり、と力が抜け、樋口は壱哉の胸に背中を預けるようにもたれ掛かった。 上気して、うっすらと涙ぐんだ樋口の横顔は目を奪われる程可愛く見えた。 もう少し苛めてやるつもりだったのだが、このままでは壱哉の方に余裕がなくなってしまいそうだ。 「崇文‥‥‥」 囁くように吐息を樋口の耳に吹き掛けながら、壱哉は熱くなっていたものを引き出した。 「ふぁぁ‥‥‥」 二本の指で体内をまさぐられ、樋口は頭を仰け反らせた。 そんな甘い声を聞くだけで、壱哉の背筋にも熱いものが走る。 「今‥‥挿れてやるからな」 壱哉は、樋口の腰を抱え上げるようにして、ゆっくりと自分の上に下ろして行く。 「あ、んんっ‥‥!」 樋口が、切なげに身を震わせた。 「見てみろ、崇文。俺のものが、お前の中に入って行くぞ‥‥‥」 鏡に目を移すと、樋口の体内を押し広げながら、壱哉の大きなものが入り込んで行く様子がはっきりと見て取れる。 「あ‥‥あぁ‥‥‥」 羞恥の為に、樋口の体内が反射的に収縮する。 「く‥‥」 壱哉は、思わず放ってしまいそうになるのを辛うじて堪えた。 最後まで収め、壱哉は軽く息をつく。 「ふふ‥‥いい眺めだ」 もう隠す気力もないのか、あられもなく脚を広げ、全身を壱哉に預けているような樋口がとても愛おしく感じる。 樋口の体はとてつもなく敏感になっているようで、肌を指でまさぐっただけでも体内が不規則に壱哉を締め付ける。 「あふっ、あ、ん‥‥」 また硬く張り詰めて来たものを軽く指で玩ぶと、樋口は悩ましげに身悶えた。 軽く突き上げてやると、全身を痙攣させるようにして喘ぐ。 いつになく感じやすく、小さな反応さえも可愛く見える樋口に、壱哉はいつしかのめり込んで行った。 ――――――――― 結局、散々よがり啼かされた樋口は失神してしまい、目を覚ましたのは窓の外が真っ暗になった頃だった。 ちょっと喉が痛い上に、全身が疲れて怠くて動きたくない。 女装などをさせられた異常な状況のせいか、壱哉の手が触れるだけでも気持ち良く感じてしまったのは自分でも不思議だった。‥‥‥と言うか、物凄く恥ずかしい。 「起きたか、崇文」 身じろぎすると、隣から楽しそうな声がした。 「壱哉‥‥‥」 悪びれるどころか、実に楽しそうな壱哉に、樋口は思わず突っ伏してしまった。 「なんだ、また襲ってほしいのか?」 無防備な背中に、壱哉が手を伸ばす。 「違うって!」 樋口は、慌てて寝返りを打って壱哉の手をガードする。 その仕草に、壱哉は不満そうに頬を膨らませた。 「そう邪険にしなくてもいいだろう。気絶したお前をおとなしく見ててやったんだから」 そもそも、気絶してしまったのは誰のせいだと思っているのだろう。 深いため息をついた樋口は、少し恨めしそうな表情で壱哉を見る。 「‥‥なんか、全然ホワイトデーとか関係なかった気がするんだけど?」 樋口の言葉に、壱哉はさも心外そうに眉を上げて見せた。 「何を言う。お前は、俺のチョコのお返しに美味しいシチュエーションでサービスしてくれたろう。俺は、お前がくれた最高のチョコに、俺のできる限りのお返しをしたつもりだが?」 「‥‥‥‥‥‥」 今ひとつ理解出来ない理屈なのだが、自信たっぷりに言われると反論がしづらい。 この辺りが、樋口がいつも壱哉のペースに乗せられてしまう所以なのだろう。 「あ‥‥そうだ。壱哉、あの制服、どうしたんだ?」 それ以上の追求を諦めた樋口は、気になっていた事を訊いてみる。 「あんなもの、オーダーメイドに決まってるだろう。大体、あんなゴツい女子高生がいるか」 わざわざオーダーしてまで樋口に女子高生の制服を着せようとする壱哉の気持ちが判らない。 「俺、採寸された覚え、ないんだけど」 樋口の言葉に、壱哉は呆れたような顔をする。 「自分が抱いている相手のスリーサイズくらいわからないでどうする」 ‥‥‥それは、普通判るものなのだろうか? 少なくとも樋口には相手のスリーサイズなど見当もつかないのだが。 「お前の体くらい、お前自身より良く知っている」 胸を張る、壱哉の言葉には妙な説得力がある。 「どこをどうされればお前が感じるかも、良く知ってるぞ?」 「ぅあっ、や、やめろってば!」 軽く、胸肌を手で撫でられただけで、樋口の背筋をぞくりとしたものが走る。 「そんな可愛い声を出されると、もっと触りたくなるじゃないか」 実に楽しそうな表情で、壱哉が樋口の顔を覗き込んで来る。 壱哉自身だってあんなに何度も達したくせに、この元気さは何なのだろう。 ため息をついてしまった樋口は、ふと、壁を覆う鏡に気付いて赤面する。 そこには、壱哉に迫られている自分の姿がはっきりと映し出されているのだ。 「ちょ、まった壱哉!もうひとつ‥‥」 「なんだ」 いい雰囲気(壱哉にとっては)だったのを中断され、壱哉は少し不機嫌に聞き返す。 「ここ‥‥確か、普通のホテルじゃなかったっけ?なんで、こんな‥‥鏡なんか、あるんだ?」 ラブホテルみたいな、と言いそうになって樋口は赤面する。 「なんだ、そんな事か」 壱哉は、にやりと笑った。 「どうせお前を女装させるならしっかり鑑賞したいからな。ちょっと部屋に手を入れさせた」 「は?!だって、ここ、ホテルだろ?」 いくら何でも、客に勝手に部屋を改造させる訳がないと思うのだが。 「だから、ちょっとホテルごと買い取ってな」 壱哉の言葉に、樋口の目が点になる。 「‥‥‥か‥‥かいとった、って‥‥‥」 「このホテルは、場所的にも都合が良かったからな。ワンフロアだけ手を入れるのもなんだから、全部買う事にしたんだ」 ‥‥‥やっぱり、壱哉の考える事は判らない。 金の使い方とか、根本的に何かが違う気がする。 また突っ伏してしまった樋口の背中に、壱哉が楽しそうに唇を寄せる。 「‥‥って、だから、もう駄目だってば!」 あまり動けない体なのに、樋口は必死に身をよじって壱哉から逃れようとする。 「どうせ、今日は帰れないんだから、いい加減観念しろ」 「帰れないって‥‥‥」 戸惑ったような樋口の言葉に、壱哉はにんまりと笑った。 「服も着ないで、どうやって帰る気だ?」 「あ‥‥‥」 樋口は、ベッドの傍らに放り出されている制服の存在を思い出す。 ずっと着たまま抱かれていた為に皺くちゃになっている上、壱哉が遠慮なく制服の上からかけてしまったものだから、新品の制服は物凄い事になっていた。 「あぁ、コートだけ着て帰る、ってのもいいかもな」 無事だったコートに目をやって、壱哉は笑った。 「その時には、俺が一緒に乗ってやる。‥‥そうだな、今度は列車の中と言うのも悪くないな」 嫌な笑みを浮かべて呟く壱哉に、樋口は逃げ腰になる。 裸にコート一枚で列車に乗るなど、それこそ変質者ではないか。 しかも、何やら嫌な事を思い付いてしまったらしい壱哉の笑いが怖い。 「なんだ。何を引きつってるんだ?」 「だ、だって‥‥」 壱哉の言葉は冗談に聞こえない。‥‥‥と言うか、絶対本気だと思う。 「そんな顔をされると、もっと困らせてみたくなるぞ?」 「あっ、だ、だからそんなこと‥‥‥」 鎖骨の辺りを痕が付く程強く吸われ、樋口は仰け反った。 露わになった咽喉に壱哉が口付ける。 「吉岡に無理を言って、明日一日空けさせたんだ。たっぷり、満足させてやるぞ」 「‥‥‥‥‥‥」 明日一日、壱哉といられるのが嬉しいようなちょっと怖いような、複雑な樋口である。 やっとからかうのに飽きたのか、壱哉が樋口の上から離れた。 「そうだ。腹が減ったなら、ルームサービスを頼むぞ」 「あ‥‥うん‥‥‥」 もしかして、壱哉は明日一日、この部屋から出ないつもりなのだろうか。 頷きながら、樋口はちょっとそんな事を考えてしまった。 ずっと壱哉と二人っきりと言うのはとても幸せなのだが。 でも確か、この前もそんな事があって、ずっと抱かれっぱなしで腰が立たなくなってしまったりしたような‥‥‥。 そんな事を考えていると、何やらフロントに電話していた壱哉が上機嫌で戻って来る。 「来るまでに、少し時間がかかるそうだ。だから‥‥‥」 と、壱哉は再び樋口の上にのしかかる。 「へ?」 「それまで、少しだけ楽しもうか」 「な、なんでそうなるんだよっっ!」 泣き声混じりの抗議も空しく、ルームサービスが来る前にしっかり食われてしまう樋口であった。 ちなみに。 壱哉が、わざわざホテルごと買い取った部屋に鏡を設置する程度で満足する訳がなく、実は部屋の各所にはカメラが仕掛けられていた。 勿論、壱哉が、女子高生姿で乱れる樋口の鑑賞ビデオをじっくり編集して悦に入っていたのは言うまでもなかった。 |
おわる。 |
‥‥‥えーと。そこの方、引かないように。以前、ふぁいぶで書いた女子高生樋口が妙に受けが良かったので(笑)、いつか書いてやろうと目論んでました。
借金のカタに恥ずかしい事されるはずだったんですが、なんかラストがシャレにならなくなってしまったので、らぶバージョンに変更しました。
壱哉様は根っから女嫌いだと思うので、女装させる趣味はないんじゃないかと言う気はするのですが。元々羞恥プレイは大好きなので、乗りまくって書いてました。
書いていて、ラブEDでは、この樋口が私の中の基本値かなぁ、などと自覚してみたり。本当は、制服姿であ〜んな事とかこ〜んな事とかやってみたかったんですが、今回は鏡プレイで我慢してみました(←おい)。