小さな悪夢
ぶんっ、と風を切る音がして、全身に衝撃が走る。 激しく壁に叩きつけられ、一瞬息が止まった。 ずるり、と滑り落ちる身体に、何かが巻きついた。 植物とも、動物ともつかない緑色の触手が四方から襲い掛かる。 逃れる暇も与えられず、何本もの触手は全身に次々と絡み付き、自由を奪う。 「く‥‥‥」 引き千切ろうともがいても、触手はがっちりと手足を捕らえて離さない。 頭がぼんやりしていて、状況がまだ飲み込めなかった。 自分は壱哉の下で『ふぁいぶ』のメンバーとして戦っていた、それは確かだった。 しかしこの状況に至るまでの記憶がはっきりしない。 自分は戦っていた‥‥のだろうか。 「‥‥何を考え込んでいるんです?捕らえられているのに、余裕ですね」 聞き覚えのある声に顔を上げる。 いつ如何なる時でもきっちりとしたスーツと白衣に身を包んでいる青年医師が、面白そうに眺めていた。 「まさかあなたのような大物が網にかかるとは思いませんでしたよ」 青年医師は、喉の奥で笑った。 どうやら自分は、この医師の罠に飛び込んで捕らえられてしまった‥‥らしい。 身じろいでみるが、手足を捕らえる触手はびくともしない。 「無駄ですよ。あなたの力をもってしても、それはほどけません」 見透かしたように、青年医師が笑う。 「‥‥‥‥‥」 諦めて、黙って青年医師を睨み付ける。 どうして自分がこんな状況にいるのかは判らないが、こうして捕らえられてしまっているのは事実なのだ。 だとすれば、どうにか隙を突いて、自力で逃れるしかない。 その為にも、今はおとなしくしているしかなかった。 そんな内心が伝わったのだろう、青年医師は楽しげに目を細めた。 「チャンスまで体力を温存する‥‥中々賢明な判断ですね。しかし、そう思い通りには行きませんよ」 低く笑った青年医師が、指を鳴らした。 途端、今までがっちりと手足を押さえ付けていた触手が一斉にうごめき始めた。 「‥‥‥!」 反射的に全身が強張る。 「あなたは『痛み』には強いでしょうから。そんなものよりも効果的な責め方を取らせてもらいますよ、吉岡さん?」 青年医師の口元がどこか邪悪に歪む。 何本もの触手が、衣服の隙間から中に入り込む。 冷たい粘液に覆われた表面が直に肌を擦り、吉岡は総毛立つ。 人外のものに肌に触れられる感覚は、嫌悪感以外の何物でもない。 更に、触手達はどれだけの力を持っているのか、身体のラインに合わせて作られたチャイナ服を易々と引き裂いた。 「なっ――!」 他人の目の前に素肌をさらけ出させられ、吉岡の頬に朱の色が散った。 更に下着すら引き裂かれてしまい、全てを青年医師の目にさらしてしまう事になる。 反射的に身を捩るが、触手達はかえって吉岡の両足を大きく開かせて、何一つ隠す事を許さない。 せめてもの抵抗に唇を噛み、吉岡は身を硬くして顔を背けた。 と、抵抗の出来ない体に取り付いた触手達は、嬲るように丹念に肌を擦り始める。 その容赦のない動きに、恐怖に似た感情が胸の中に生まれる。 色白の、滑らかな胸肌をまさぐる触手が、辺りよりも濃い色を加えた突起を探し当てた。 途端、力を得たかのように触手は乳首に巻き付き、或いは押し潰すように刺激を与え始めた。 「なにっ、を‥‥!」 反射的に上げた声が僅かに震えた。 そんな反応に、青年医師は目を細めた。 「言ったでしょう?あなたに効果的な責め方を取らせてもらう、と。それに、これの分泌する粘液には色々な効果があるんです。まぁ、そのうち嫌でもわかりますよ」 彼の意思を受けたかのように、触手の一本が下肢を割り、後ろに這い込んだ。 まだ誰も触れた事のない場所の入り口を、嬲るように触手が擦り始める。 「―――っ」 とっさに上げかけた声を必死に噛み殺す。 全身を強張らせ、必死に無反応であろうとする吉岡の股間のものに、触手がずるりと巻き付いた。 それ自体が意思を持っているかのように、触手は根元の袋を掬い上げるように巻き上げ、或いは棹の部分に下から螺旋状に絡み付き、先端の割れ目をつつくように刺激する。 「っ、‥‥っ‥‥!」 ダイレクトに与えられる刺激に、吉岡の身体を不規則な震えが走る。 その股間のものは、吉岡の意思を裏切って、高々と立ち上がり始めていた。 細い触手に穿るようにつつき回されている先端には、触手の粘液とは明らかに違う液体がうっすらと滲んでいるのが見て取れる。 股間のものを直接扱き上げられ、後ろの窄まりの入り口を擦って刺激され、吉岡の全身はゆっくりと昂ぶりつつあった。 いくら認めたくなくても、身体の内には狂おしげな熱が生まれていた。何より己の股間のものが、熱い昂ぶりを如実に現していた。 言い訳も出来ない昂ぶりを、青年医師は冷静な、そして酷く面白そうな表情で眺めている。その視線を自覚すると、目の前が真っ赤になるような羞恥を覚える。 しかしそれさえもまた、全身を昂ぶらせる糧となってしまう。 必死に唇を噛み締めていても、漏れる吐息には確かに甘い響きが混じっていた。 「‥‥っ、あ!」 強く股間のものを扱き上げられ、気が逸れた隙に細い触手がするりと窄まりに入り込んだ。 思わず上げてしまった声が酷く大きく聞こえて、吉岡はビクリと身を震わせる。 指よりも細い触手は、表面の粘液も手伝って殆ど痛みを感じさせる事なく、体内に深々と入り込んだ。 いや、痛みどころか、触手が触れた場所がじわじわと熱くなってくる。 青年医師が言ったように、粘液に含まれている催淫効果だろうか。 細い触手は、螺旋を描くように体内を抉り、ゆっくりと刺激し始める。 まるで動きを合わせるかのように、股間に絡み付いた触手が輪を縮め、強く扱き上げるようにうごめいた。 「――っく、あ‥‥!」 股間と体内、同時に与えられる刺激に、吉岡は仰け反った。 人間では有り得ない強烈な感覚に、意識が飛びそうになる。 下半身を中心に、燃えるような熱が広がり、背筋を這い上がって行く。 このままでは達してしまう、と息を飲んだ時。 ふっ、と刺激が弱まった。 「え‥‥?」 やっと息をつき、顔を上げた吉岡は目を見開いた。 目の前に立っていたのは、青年医師ではなく、黒崎壱哉だったのだ。 壱哉は青年医師と同じポーズで、触手に嬲られる吉岡を面白そうに眺めている。 「な‥ぜ‥‥?」 羞恥よりも先に不審が頭に浮かぶ。 「いい格好だな、吉岡?」 からかうような声は確かに壱哉のものだった。 しかし、何故こんな所に壱哉がいるのか。 しかも、何故こうして嬲られている吉岡を放って置くのか。 それともこれは、触手達が見せる幻覚なのだろうか? 「俺が偽者だと思うのか?」 吉岡の内心を読んだかのように壱哉が笑う。 「心外だな?お前を楽しませてやろうと思ってこいつらを使っているのに」 壱哉は、愛しげに触手の一本に触れた。 「ちが‥う‥‥!」 吉岡は頭を振った。 違う。 これは壱哉ではない。 壱哉はこんな事をする人間ではない。 こんな事をする人間では‥‥‥。 でも。 ―――こんな事をする方かも、しれない‥‥‥。 壱哉の今までの振る舞いを思い出し、つい頭の中に疑念が浮かんでしまった正直な吉岡である。 しかしそう思った瞬間、吉岡は猛烈な自己嫌悪に襲われる。 ―――わ、私はなんと言う事を‥‥! 全てを捨てても尽くすと誓った主人に、何と言う事を考えてしまったのだろう。 「申し訳ありません、壱哉様っっ!」 吉岡は、思わず大声で叫んでいた。 「よ、吉岡?」 驚いたような壱哉の声が間近で聞こえて、吉岡は目を開いた。 「あ‥‥‥」 そこは、いつもの自分の寝室だった。 サイドボードの灯りが点いていて、寝巻き姿の壱哉が心配そうに覗き込んでいた。 「ゆ‥‥ゆめ‥‥‥」 吉岡はのろのろと半身を起こすと、大きく息を吐いて肩を落とした。 「大丈夫か、吉岡?」 気遣わしげに背中をさすってくれる壱哉に、吉岡は徐々に理性を取り戻していた。 時計に目を走らせると、まだやっと明け方になった頃だった。 「あ、もしかして起こしてしまったのですか。申し訳ありません」 「いや、たまたま目が覚めた時にお前がうなされているのに気がついたんだが‥‥一体どんな夢を見ていたんだ?」 まともに訊かれ、吉岡は反射的に、夢の中身を思い出してしまった。 「も、申し上げられません‥‥‥」 顔ばかりか耳まで血が上ってしまう。 「そうか‥‥それなら無理には訊かんが。‥‥もしかして、熱でもあるのか?」 すい、と伸ばされた壱哉の手が吉岡の前髪をかきあげると、自分の額を押し付けてくる。 「!!!」 さっきの夢の後に壱哉のこの振る舞いは強烈過ぎた。 眩暈がしそうな程頭に血が上ってしまったのが判る。早くなった鼓動が耳元に木霊していた。 しかし、そんな吉岡の内心になどまったく気付かない壱哉は、心配そうな表情で額を離す。 「少し熱があるな。かまわん、今日は一日休んでいろ」 「し、しかし‥‥‥」 「どうせ今日は大した予定も入っていなかっただろう。一日休んで、早く身体を治せ」 「は、はあ」 確かに、あんなとんでもない夢で叩き起こされてしまっては一日平常心を保つのは難しかったから、壱哉の気遣いはありがたかった。 ‥‥‥それに、このまま起きられない事情もある。 「それでは、申し訳ありませんがそうさせていただきます」 吉岡は、おとなしく横になって布団を引き上げる。 「‥‥‥昨夜変なものを食わせたのが悪かったのかもしれんな‥‥‥」 小さな呟きに、吉岡は昨夜、壱哉が拾って来たアヤシげな『きのこ』を、毒見代わりに口にしていた事を思い出す。 しかも壱哉が拾って来たのは、確かあの青年医師の営む病院の近くだったはずだ。 こんなとんでもない夢を見てしまったのは、絶対そのせいに決まっている。 「壱哉様!今後、あのような『きのこ』は絶対に拾って来てはいけません!もちろん、食べるなんてもってのほかです!」 「あ、あぁ‥‥‥」 吉岡の剣幕に気圧されたかのように、壱哉は頷いた。 「わかったから‥‥お前は、今日一日ちゃんと休むんだぞ」 吉岡が思ったより元気だった為か、壱哉は安堵した様子で部屋を出て行った。 壱哉の足音が聞こえなくなったのを確かめた吉岡は、ゆっくりと起き上がり、布団を跳ね除ける。 「‥‥‥‥‥」 あのまま起きられなかった理由は、しっかり勃ち上がってしまっている股間のものだった。 幸い、夢精してしまうまでは至らなかったものの、この状況はかなり‥‥いや、物凄く恥ずかしい。 「‥‥‥‥‥‥」 深いため息をついて自己嫌悪に陥る、吉岡啓一郎、三十一歳であった。 |
END |
は?こんなんじゃ物足りない? ‥‥‥そう言う方はこちらへ♪
残念でした、良い子の皆さんは素直にお帰り下さい♪‥‥‥しかし、初めてまともに書いた秘書がこれかい‥‥(汗)。やっぱ秘書って難しいです。いや、元々はきのこで落とす最後が書きたかっただけなんですが。一応これで全キャラ、触手の餌食に出来ましたね(苦笑)。