独占欲
壱哉がおかしくなり始めたのは、猫のような細身の少年が死んでからだった。 壱哉が生まれ育った街で手に入れた三人の奴隷。 彼等を連れ帰った後の壱哉は、実に楽しげだった。 すっかり従順になり、主人から与えられる快楽の事しか考えられなくなった彼等。 壱哉は暇さえあれば彼等を嬲り、爛れた快楽を楽しんでいた。 それで気晴らしになっていたのか、壱哉は事業の方でも驚異的な経営手腕を見せ、グループを益々大きくして行った。 こなさなければならない仕事はかなりの量に上ったが、壱哉は殆ど苦にする様子もなく、忙しい毎日を送っていた。 そんな日々は、しばらくの間続いた。 しかし、ひたすら快楽を追い求めるだけになってしまった奴隷達は、次第に衰えて行った。 一番細身だった少年は発熱して寝込む事が多くなり、そしてある朝、驚く程あっけなく逝った。 それを告げた時の壱哉は、静かに頷いただけで、表面上、何も変わらないように見えた。 だが、それから壱哉は明らかに変わった。 あんなに打ち込んでいた事業に身が入らなくなり、代わりに、残された青年達にのめり込むようになった。 激しい行為を重ね、時には酷く嬲られ、青年達も急速に衰えて行った。 同級生だった青年は、立て続けに酷く嬲られ、立ち上がれなくなって寝込んだ翌朝には息を引き取っていた。 年上の、暖かい雰囲気を持った青年も、それから程なくしてこの世を去った。 それ以来、壱哉は次第に精神の平衡をなくして行った。 事業の事などまるっきり関心を持たなくなり、一日中部屋に閉じこもるようになった。 吉岡が気分転換を勧めても、頷くばかりで動こうとはしなかった。 今までのように、失った奴隷の代わりを探す気にもなれないようだった。 一日、何をするでもなくぼんやりとしたままで、吉岡と言葉を交わす時以外その表情が動く事はなかった。 やむなく、吉岡は壱哉の持っていた権限を見込みのある者に譲り、全ての役職から退く手続きを行った。 生活に困らない程度の資産を残して殆どの証券なども手放し、都会の喧騒の届かない郊外の別宅に移る事にした。 それらの許可を求めた時ですら、壱哉は黙って頷いただけで、それ以上の反応は見せなかった。 全ての手続きを終えた事を報告した時、壱哉は、リビングでぼんやりと窓の外を眺めていた。 「そうか‥‥」 壱哉は短く答えたのみで、吉岡の方を見ようとはしなかった。 ぼんやりと空を見上げる壱哉の瞳。 その瞳は、空よりも、もっと遠く届かないものを見ているようだった。 壱哉の瞳は、もう自分を見てはいないのだ。 吉岡は、そう思った―――。 吉岡は、薄暗い廊下をゆっくりと歩いていた。 地下に幾つか設置されているプレイルーム。 かつては、壱哉が気紛れに買い上げた奴隷達が入れられていた部屋だ。 吉岡は、その中の一つの扉をそっと開いた。 壁際に蹲るワイシャツ姿の影。 その両手首には枷が付けられ、鎖が繋がれている。 壁から伸びているその鎖は充分長く、身動きするには支障がなかったが、この部屋から逃れる事は出来ない。 部屋に足を踏み入れると、きつい色をした瞳が向けられる。 強い光の篭もった瞳に、吉岡は一瞬魅せられる。 こんな瞳を見るのは、どれだけ久しぶりの事だろう。 「お目覚めでしたか、壱哉様」 微笑すら湛えた吉岡を、壱哉はきつい表情で睨み付ける。 その表情に、驚きの色はなかった。 壱哉にしてみれば、ある日目が覚めたら、ここに閉じ込められていたのだ。 何も気付かせず、壱哉にこんな事が出来るのは吉岡しかいない。 「これは、何のつもりだ?」 最も信頼していた吉岡のした事に、壱哉は怒りの表情を向けた。 その瞳を、吉岡は真正面から受け止めた。 全てを承知の上で、吉岡はこんな事をしたのだから。 「‥‥壱哉様はもう、何もなさらなくて良いのです。もう、何も考える必要はないのです」 むしろ優しく言う吉岡を、壱哉は真っ直ぐ見上げた。 「‥‥‥それは、『あいつ』の差し金なのか」 その言葉は、吉岡が思ってもいなかったものだった。 壱哉はやはり、吉岡が今も、西條の命令で付き従っていると思っていたのか。 吉岡が、自分の意思でここにいるなどとは、壱哉は考えもしないのか。 だが、『否』と答えたとして、ならば何故こんな事をするのかと問われれば、吉岡は答える事は出来なかった。 「ご想像に、お任せします」 吉岡は、苦いものを感じながらそう言った。 「‥‥そうか‥‥‥」 壱哉は、さっき見せた怒りが嘘のように、静かな様子で目を伏せた。 好きにしろ、と、言葉にはならない諦めが伝わって来るようだった。 そんな壱哉に、胸が酷く痛んだ。 けれど、もうどうにもならない事なのだ。 この道を‥‥おそらくは、間違った道を選んでしまった以上は。 吉岡は、座ったままの壱哉の傍らに膝をついた。 襟元がはだけて露わになっている首筋に唇で触れると、壱哉の全身がビクリと震えた。 「あなたが時々使っている薬ですよ。効果は‥‥ご存知でしょう?」 それは、触れられる感覚を何倍にも増幅し、全て快感へと変換してしまう薬だった。 効果はそう長く続く訳ではないが、大抵、この薬で快楽を覚えてしまえば、効き目が切れても愛撫に敏感に反応するようになるのだ。まして、行為に慣れた壱哉なら更に高い効果をもたらすだろう。 時間から言って、そろそろ効き目のピークのはずだった。 滑らかな肌を舌で味わいながら手を下に伸ばすと、そこは布越しにもはっきり判る程膨らんでいた。 「‥‥っ」 軽く撫で上げると、壱哉が息を飲むのが判った。 触れたまま、唇での愛撫を首筋から胸肌に移すと、熱と膨らみが増すのが感じられる。 スラックスと下着から解放してやると、それは高々と天を仰いだ。 軽く、ひと扱きしただけで、先端の割れ目に透明な雫が滲み出す。 そのままで続けるのは体勢的に辛いので、吉岡は壱哉の体を抱くようにしてそっと横たえる。 壱哉の手枷に繋がれた鎖が、思いの外大きな音を立てた。 壱哉は抵抗する事もなく、おとなしくされるままになっていた。 けれど壱哉は、一言も言葉を発する事なく、そして吉岡の顔を見ようとはしなかった。 拒絶の意思を感じながらも、吉岡は壱哉の顔を覗き込んだ。 一瞬、悲しそうな色をした瞳が吉岡を見上げ、それはすぐに閉じられた。 息苦しいような胸の痛みを感じつつも、もう吉岡は止まらなかった。 シャツを大きくはだけ、白い胸肌の真ん中に息づく紅い乳首を口に含む。 「‥‥ふっ‥‥‥」 壱哉が、甘い吐息を洩らした。 薬のせいもあるのだろうが、壱哉はまるで、快楽に抵抗する気がないように、与えられる刺激に素直に反応を返す。 しかし、その従順さがかえって、吉岡をそれと認めていない証のようだった。 それでも、吉岡はそのまま、壱哉の胸肌に口付けつつ、熱くなっているものを片手で包み込んだ。 触れられる事が直接刺激になって、壱哉は熱い吐息を洩らす。 薬も手伝って、色白の肌にうっすらと朱が昇る様子は、とても綺麗だった。 まるで、触れてはならないものに手をかけているような、酷く背徳的な感覚に囚われる。 幾ばくかの罪悪感と、身の内から突き上げて来る欲望とに眩暈がした。 衣服を取り去り、抵抗の様子もない足を開かせ、吉岡はそっと手を後ろに回した。 男同士の行為の経験はないが、壱哉がしている所を何度か見せられた。 壱哉は、時々わざと吉岡を行為の最中に呼び出したりした。 日頃、何があっても表情を変えない吉岡が、さすがに多少反応を見せるのを楽しんでいるようだった。 あの頃は‥‥いつも壱哉の一番近くにいられるだけで良いのだと、そう思っていた。 自分は壱哉の『秘書』であって、それ以上でもそれ以下でもないのだと、そう自分に言い聞かせていた。 それが、いつからこんな独占欲めいた欲望を抱くようになったのだろうか。 軽い催淫剤混じりの潤滑剤を絡めた指をゆっくりと差し込むと、壱哉は眉を寄せた。 しかし、痛いとも、やめろとも口にする事なく、壱哉は荒い息に胸を上下させているだけだ。 火傷しそうに熱くなっている体内がきつく食いしめて来て、吉岡はそれに抗して指を進める。 行為に慣れた体は、薬の助けで、すぐに他者を受け入れる準備を始める。 締め付けながらもその場所はじきに解れ、指を二本に増やしても最初のような抵抗はない。 ゆっくりと、かき回すように壱哉の中を探って、吉岡は指を抜いた。 既に、壱哉の裸体を見ているだけで窮屈に張り詰めていたものを引き出すと、吉岡は解した窄まりに押し当てる。 「――っ、く‥‥‥」 腰を進めると、さすがにきついのか、壱哉が苦しげに眉を寄せて低く呻いた。 熱く猛った自分のものよりも、更に熱い壱哉の体内は、まるで絡み付くように締め付けて来る。 様子を確かめるように腰を進めると、壱哉は甘く鼻にかかった吐息を洩らし、軽く頭を仰け反らせた。 命すら惜しくない程焦がれた人と、こうして体を繋いでいるのに、胸の内に苦いものが広がる。 本当は、自分の気持ちを伝え、素直な答えをもらいたかった。 こんな一方的な行為ではなく、想い合いながら体を重ねたかった。 重苦しさにも似た切なさと、ずっと焦がれ続けた人を抱いているのだと言う喜びがない交ぜになって、吉岡の頭の中は痺れたように思考力を失う。 最初はゆっくりと、しかしすぐに理性はどこかに吹き飛んでしまい、吉岡は欲望の促すまま、壱哉を突き上げた。 激しい動きに、壱哉は高い声を上げて仰け反った。 奴隷達を失って以来、ずっと性行為などしていなかったせいか、壱哉はすぐに昂ぶって行く。 吉岡のするがまま、甘い声を上げながら、壱哉は何度も絶頂を迎えた。 しかし、最後まで壱哉は、吉岡の名を呼ぶ事もなく、抗う言葉もねだる言葉も口にしなかった。 そして、どんなに激しく突き上げられても、鎖の繋がれた両手が、身を支える為に吉岡に触れる事はなかった―――。 地下室に閉じ込められて以来、壱哉は簡単に壊れて行った。 一言も、言葉を口にしない。行為の時以外、声すら出さない。 身の回りを世話する吉岡を見る事もない。 食事をさせたり風呂に入れたり、吉岡の促す事に抗ったりはしなかったが、逆に自分からは何も手を伸ばそうとはしない。 壁に繋ぎ止める鎖を外しても、逃れようとする気はないようだった。 一日中、ぼんやりとしているか、うとうとと微睡んでいる。 まるで抜け殻のような壱哉を、吉岡は甲斐甲斐しく面倒を見て、そして、時間があれば体を重ねた。 決して自分を見てくれる事のない体を抱き締めて、届かない思いを告げるように口付け、欲望を注ぎ込んだ。 しかし、壱哉は愛撫に反応する以外の反応は、何一つ返してはくれなかった。 それに焦れて、吉岡は、壱哉が奴隷達を嬲っていたように、道具などを使って苛む事もあった。 壱哉が使っていた道具で、休みなしに煽り立て続けてみた。 或いは、強い薬を大量に使って昂ぶらせ、しかし自分では決して触れられないように手足を繋いで長い時間放って置いた。 怒りでもいい、拒絶でも構わない、たとえ負の感情でもいいから、何かを自分に向けて欲しかった。 けれど、壱哉はどんなに苛まれても、吉岡に縋る事はしなかった。いや、誰かに助けを求める事すら忘れてしまっているようだった。 時折、ぼんやりとした瞳が向けられる事もあったが、それが吉岡に焦点を結ぶ事はなかった。 壱哉はいつも、どこか遠い所を眺めているように見えた‥‥‥。 そして、今日も。 ゆっくりと部屋に入って来た吉岡は、反応を見せない壱哉を抱き締めた。 ここにずっと閉じ込められている壱哉はやや痩せて、抱き締めると華奢にさえ感じられるようになっていた。 壱哉は、自分が抱き締められている事も判らないかのように、無反応に視線を宙に投げている。 壊れてしまった壱哉は、吉岡が望んだ姿のはずだった。 壱哉自身が意識してはいなかったものの、確かにその心の中の大きな部分を占めていた『彼等』。 失ったものの大きさと重さに苦しんで、気力を失い、衰えて行く壱哉を見ているのは辛かった。 壱哉自身が、何故自分の心が痛むのかを判っていないのが余計に痛ましかった。 いっそ、死んで行った『彼等』のように壊れてしまえば、悲しむ事も、苦しむ事もないだろうと、そう思って壱哉を閉じ込めた。 いや――違う。 吉岡自身が、自分ではない存在の事で心を痛めている壱哉を見たくなかった。 壱哉が、ずっと彼等の事に囚われ続けているのを見るくらいなら、いっそ壊してしまった方がいい。 完全に自分の手の中に収めて、別の物など見えないようにしてしまえばいい。 そう思って、吉岡はこんな事をした。 だから、この心がどんなに痛もうとも、全て自分が招いた事なのだ。その自分に、悲しむ資格などなかった。 「壱哉様‥‥‥」 そっと口付け、耳の後ろから首筋に舌を這わせると、壱哉は甘く喘いで身を震わせた。 日に当たらないせいか、ただでさえ色白だった肌はまるで透き通るようだ。 絹のように滑らかな肌を味わいながら、抵抗しない脚を開かせる。 毎日のように体を重ねているから、もう壱哉は殆ど慣らさなくても他者を受け入れられるようになっていた。 熱い体内を指で抉り立てると、壱哉は掠れた声を上げて仰け反った。 こうして、愛撫には敏感に答えるが、吉岡の言葉に何かを返してくれる事はなかった。 少しでも強く反応を引き出したくて必死になるうちに、吉岡は壱哉の弱い所を知り尽くしてしまっていた。 いつも、無駄とは知りつつ、吉岡は試すように壱哉を限界まで煽り立てるのだ。 「んっ、あぁ‥‥‥」 吉岡が熱い欲望で貫くと、壱哉は欲望に濡れた、甘い声を上げた。 抱え上げるようにして自分の上に座るように乗せると、壱哉は力のない体を預けて来る。 無意識に、身体を支えようとするように、壱哉の手が吉岡の肩に回される。 けれど、壱哉が自分から吉岡に触れてくれるようになったのは、彼がまともな意思を完全に失ってしまい、吉岡の事すら判らなくなってしまってからだった。 今の壱哉にとって、吉岡はただ『自分を抱く存在』でしかない。 もしここに、別の人間がいたとしたら、壱哉は変わらず、身体を開くだろう。 壱哉が手を伸ばして自分に縋って、愛撫に反応を返してくれる喜びと、それが吉岡をそれと認識している訳ではない事への虚しさが心の中でせめぎ合う。 抜け殻のようになってしまっていても、それでも壱哉はとても綺麗だった。 届かない程遠い所にいる人との距離を少しでも縮めたくて抱き締めるうち、いつしか吉岡も我を忘れて行為にのめり込むのが常だった。 半ば自慰に等しい行為だと自覚はしていても、それでも愛しい人をこの手にしている事実が、吉岡から理性を奪うのだ。 いつものように、壱哉が疲れきるまで苛んでしまってから我に返った吉岡は、切なく胸を締め付けられながら、そっと汚れた体を清めて行く。 半ば意識を失っているような壱哉を優しく抱き締め、艶やかな黒髪をそっと撫でる。 「‥‥覚えておいでですか‥‥‥今日は、あなたと私が始めて出会った日なのですよ」 『女』として愛人を迎える母に、家から出されてしまった壱哉は、とても悲しそうで、寂しそうで。 何かしてあげたい、壱哉には笑っていてほしいとその時に強く思った。 そして、西條の勘気から身を呈して壱哉を守ってからは、彼の全てを守り、支え、彼の為だけに生きて行こうと心に誓った。 それなのに。 今、自分のしている事は何なのだ。 無上の信頼を向けてくれていた壱哉を裏切り、全てを奪った。 何の意味もない独占欲と嫉妬の為だけに。 「壱哉様‥‥‥」 今はもういない、三人の奴隷達。 あの町で、彼等と言葉を交わすうち、壱哉は確かに変わりかけていた。 彼等の方も、壱哉を憎からず思っている事は読み取れた。 もしも、あのうちの一人でもいい、真っ直ぐに向けて来た好意を壱哉が素直に受け入れていたら。 少なくとも壱哉は、もっと満たされた、幸せな生活を送っていたろう。 自分に向けられる好意に強いて気付こうとはしない壱哉だが、吉岡には、それに気付かせる手段はいくらでもあった。 けれど、吉岡はそうしなかった。 彼等は本当に壱哉を好きなのだと、そして壱哉自身も彼等を、本当の意味で愛していたのだと、そう知っていたけれど、その思いがすれ違うに任せた。 「‥‥‥‥‥‥」 自分は、本当に卑怯な人間だと思う。 もし本当に壱哉の事を思うなら、壱哉が最も幸せになれる道の為に心を砕くべきではなかったか。 しかし吉岡は、自分以外の人間が、壱哉との間に割り込む事は耐えられなかった。 気紛れに借金を背負わせ、人間を買い上げるなどと言う行為が壱哉を益々歪めてしまうと知っていたのに、自分は言われるまま、汚い裏工作に手を染めた。 正面から諌言して、壱哉の側にいられなくなるのが怖かった。 そして、そんなにも恋焦がれていたと言うのに、自分の思いを言葉にはしなかった。 壱哉が全てを失ったあの時、もし自分が、この思いを素直に告げていたら何か変わっていたかも知れないと思うのは自惚れだろうか。 けれど、もう遅い。 吉岡は、自分で自分の想いを歪めてしまった。 嫉妬に駆られた手から、壱哉の心は届かない程遠くに行ってしまった。 吉岡が手に入れる事が出来たのは、空っぽの体だけ。 ずっと焦がれ続けたその人を、この手に抱き締めていると言うのに、辛さと悲しさで胸は潰れそうだった。 「‥‥‥あなたを‥愛しています‥‥」 吉岡は、初めてその言葉を口にした。 壱哉の信頼を裏切り、守ろうと思っていたはずの彼から全てを奪ってしまった自分が口にしていい言葉ではないけれど。 この行為が『愛』などではなく、嫉妬で歪んだ独占欲でしかないと知っていたから、今まで口にはしなかったけれど。 でもこれは、本当に偽りのない、心からの気持ちだった。 「愛して‥‥います‥‥‥」 吉岡は、壱哉を固く抱き締めて、囁いた。 有り得ないと判っているけれど、彼の心に、この気持ちがほんの僅かでも届いて欲しい。 決して許されるとは思わないけれど、それでも、この気持ちを告げて置きたかった。 『吉岡‥‥‥』 酷く懐かしい声が聞こえた気がして、吉岡は思わず、腕の中の壱哉の顔を見詰めた。 しかし、微睡んでいるような壱哉の様子には何の変化もなかった。 あれは、望む心が引き起こした幻聴だったのだろうか。 「‥‥壱哉様‥‥‥」 唐突に熱いものがこみ上げて来る。 吉岡は、やや伸びた壱哉の髪に顔を埋めた。 「愛しています、壱哉様‥‥‥」 壱哉を強く抱き締め、吉岡は、ただ涙を流し続けた。 |
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END |
BBSなどを見て、暗黒な秘書は書けないけど愛奴な壱哉はいいなぁ、と書き始めてはみたのですが。結局、愛奴な所ないじゃん(泣)。やっぱ愛奴でいぢめられている壱哉様は書けませんでした。‥‥これが医師とかもっと別な相手なら書けたんだろうか。
いや、愛奴な壱哉の某イラストに衝撃を受けた(笑)時、相手が吉岡だとは全く考えなかったもので。西條か政敵かなんかの陰謀でハメられたのかなと思って、そしたら吉岡はどうしてるんだろうとか首を捻ってみたり。壱哉様をいぢめ倒すのは夢なんですが、それだけの相手が中々いなくて。私の中では、やっぱ秘書は別な意味で聖域なんだなと思ったりしました。
なんか、オチがつかなくなってしまって支離滅裂です。当初は壱哉様と秘書が無理心中するラストとか考えてたり。あまりにも救いがないのでやめましたが(これでも救いがないのは同じですが)。