二人、一緒

 ふと、新は目を覚ました。
 目を開いても、辺りはいつもと変わらない薄暗い地下室だ。
 何もないこの部屋は、まるで時間が止まってしまっているかのようだ。
 ここから連れ出され、壱哉に嬲られている間だけ時間が流れ‥‥この部屋に戻されれば、また止まった時間を過ごすのだ。
 ゆっくりと体を起こし、部屋の中を見回す。
 少し離れた場所に横たわっているのは、自分と同じ『奴隷』。
 樋口はまた酷く苛まれたらしく、この部屋に戻された時には気を失っていた。
 今も全身に縛られた痕がくっきりと残り、あちこち赤くなっていたり、みみずばれが出来ていたりしていた。
 同級生なのだと言う樋口を、壱哉は泣かせるのが好きらしく、新に対するよりも酷く責め苛む事が多い。
 新はあまり酷く責められると熱を出してしまったりして、その後は体が回復するまで愛玩動物のように甘やかされる。
 しかし樋口は体が丈夫なせいか、そんな事は殆どない。
 少し前、さすがに体を壊した時も、事情を知っているらしい医師が診に来ただけで、壱哉が樋口に優しく接した事はなかった。
 僅かに眉を寄せた顔は、呼吸に胸が上下していなければ生きているのかどうか判らない程血の気を失っていた。
 唐突に不安がこみ上げて来て、新は這い寄るように樋口の側に寄った。
 樋口の首には犬のような首輪が嵌められていて、長い鎖が繋がっている。
 逃げられるはずはないし、逃げる気もないのに、壱哉は樋口をこうして首輪と鎖で繋ぐのが好きらしいのだ。
「え‥‥?」
 淡い照明の下、樋口の頬に光るものを見つけて、新は瞬きした。
 目を閉じた樋口は、とても切なそうな顔をしていて。
 声を上げる訳でもなく、ただ静かに涙を流しているだけだった。
 その横顔が、あまりにも辛くて、切なくて、新は動く事が出来なかった。
 辛い夢でも見ているのだろうか。
 でも、もしかすると、遠い昔の事を思い出しているだけなのかも知れない。
 今はもう、幻でしかなくなってしまった昔の。
 新が見詰めていると、樋口は、ふと、目を覚ました。
 まだ夢うつつのような瞳が宙を迷い、新の上で止まる。
 その表情が、酷く悲しそうに歪んだ。
 ようやくはっきりと目を覚ましたのか、樋口はのろのろと半身を起こした。
 その時に始めて、自分の頬に伝わるものに気付いたらしい。
 涙に指で触れた樋口は、少し驚いたように指先を見た。
「まだ‥‥‥」
 小さく呟いた樋口は、自嘲するような小さな笑みを浮かべた。
 そして、膝を抱えるようにして蹲る。
 もう一度、目を閉じた樋口の表情はとても切なそうで、どこか泣き出しそうに見えた。
 気付けば、新は樋口に触れられる程近くまで這い寄っていた。
「ね‥‥樋口さん」
 新の声に、樋口はゆっくりと目を開いた。
「しよ?」
 手を伸ばし、抱くように背中に腕を回す。
 壱哉に苛まれたばかりで、樋口の体が心配ではあったけれど。
 でも、『して』いる間は、何も考えないでいられる。
 切ない記憶も、辛い気持ちも何も感じないでいられるから。
 見詰めてくる新に、樋口は少し悲しそうに笑った。
 肯定の答えのようにそっと口付けて来る樋口の体を、新はゆっくりと床に押し倒した。
 獣が傷を舐めるように、新は樋口の身体中に残っている、苛まれた痕に舌を這わせた。
 痛いのか、くすぐったいのか、樋口は小さく身を震わせる。
 慣らされてしまった身体は、すぐに昂ぶり始め、股間のものが固くなる。
 愛撫している新の方も、息が荒くなり、無意識に腰をうごめかせ始める。
 樋口も新も、壱哉の手で、快楽にすぐに反応するように仕込まれてしまっているのだ。
「ん‥‥」
 躾られた樋口の身体は、誘うように大きく脚を開き、腰を浮かせる。
 軽く指を差し込むと、樋口の身体が仰け反った。
 散々押し広げられた体内は、指の二本程度は易々と咥え込む。
 軽く慣らした新は、樋口の脚を抱えるようにして腰を進めた。
「あぁ‥‥!」
 熱いものが体内に収まる感覚に、樋口は甘い吐息を漏らした。
 壱哉のそれとは違う、しかし火傷しそうな程熱く固いものに、体内の熱が一気に高まる。
「く‥‥」
 いつも苛まれているにも関わらず、強い締め付けを失っていない樋口の体内に、新は呻いた。
 柔らかく、しかし溶かされそうなくらい熱い内壁が絡み付いて来る。
 ゆっくりと突き上げると、その動きに合わせて締め付けが変わり、快感に頭がぼやける。
「‥‥あら‥た‥‥‥」
 熱に浮かされたような表情で、樋口が呼んだ。
 甘く潤んだ、しかし、僅かに悲しそうな色をした瞳に、新は目を奪われる。
 まるで支えを求めるように、樋口の手が新の背中に回された。
「樋口さん‥‥!」
 しっかりと抱き合うようにして、二人は貪り合った。
 壱哉に見付かれば、また酷い『お仕置き』を受ける事になるだろうが、構わなかった。
 この寂しさを、切なさを、一時だけでも忘れられれば。
 そして、もっともっと、この人がいなければいられないくらい、深い関係になってしまおう。
 そうすれば‥‥もし、この人を失った時に、簡単に壊れる事が出来るから。
 寂しさも、苦しさも、何も判らなくなってしまうくらい、壊れてしまう事が出来るから‥‥‥。


END

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‥‥‥だから、私はタイトル付けるのがものすご―――っく苦手なんですよ(汗)。前の話がたかふみあらたテイストになってしまったので、あらたかふみで書いてみました。
新が結構大人っぽい気もしますが。樋口はどんな立場でもお馬鹿だと思っているので(←おい)、その分新が大人になってしまうんですねぇ。
自分のイメージでは、新も樋口も壱哉様に『抱かれる』立場で、新と樋口ではやや新の方が攻め(身体の上では)になってます。でもって、壱哉様は時々新を抱くのを樋口に見せていぢめたり、自分の前で新に樋口を抱かせたりしてるんじゃないかなー、と妄想してみたり(苦笑)。