ベジタリアン

「さーて、今日は広島風お好み焼きだからな♪」
 樋口が、いそいそとちゃぶ台の上にホットプレートを置く。
 何故か夕飯をご馳走になる事になってしまった新は、居心地悪いようにもじもじしている。
 食堂などで奢られた事はあっても、こんな風に手料理を振舞われるのはあまりない。
 対して、樋口はいつも以上に上機嫌で、鼻歌混じりに軽快な包丁の音を立てている。
「‥‥樋口さん、お好み焼きとか結構やるんだ?」
 間が持たなくなって、新は台所の樋口に声をかけた。
「まーな。お好み焼きだと手っ取り早く腹が膨れるし。俺、キャベツ好きだから」
「ふーん‥‥‥」
 同じように借金生活をしていた樋口も、外食よりは金のかからない自炊を良くしていたのだろう。
 そう考えているうち、樋口が大きなボールを持って戻って来た。
「今から、特製のやつ作ってやるからな!」
 コテを持った樋口の様子は、結構頼もしく見えた。
 まず生地を焼き始める樋口の手際は中々のものだった。
 言葉通り、結構お好み焼きを作り慣れているらしい。
 樋口は、生地の上に山盛りにキャベツ、そしててんかすを乗せて行く。
 だが、その次に樋口が乗せたのは、幅の広い短冊に切った、やはりキャベツだった。
「?」
 何かが変だ、と見守る新の視線に気付かないかのように、樋口はその傍らで、これまた大量のキャベツを炒め始める。
「‥‥‥あの」
「なに?」
「広島風のお好み焼きって、豚肉と焼きそばが入るんだよな?」
「あぁ、それがお約束だろ?」
 そう言いながらも、樋口はキャベツ尽くしの生地をくるりとひっくり返し、炒めていたキャベツの山の上に乗せる。
 生地が薄いので、すぐに火が入るのだ。
 上から押し付ける様子は、確かに広島風お好み焼きのやり方なのだが。
 戸惑っている新に構わず、実に慣れた手際でお好み焼きを仕上げた樋口は、大きな皿に盛り付ける。
 おたふくソースとマヨネーズをかけ、樋口はいそいそと新に皿を差し出した。
「はいっ、出来上がり!」
「‥‥‥‥‥」
 少なくとも新には、具はキャベツしか見えなかったのだが。
「あの‥‥焼きそばとかは?」
 恐る恐る、訊いてみた新に、樋口はきょとんとした顔をする。
「この、太めに切ったキャベツが焼きそばだけど」
「‥‥‥は?」
「ついでに、この大き目に切ったのが豚肉。それから、この白い芯がイカとタコ。豪華だろ?」
 胸を張る樋口に、新は眩暈を覚えてしまった。
「特製、って、具はキャベツだけなのかよ?」
「普段はな。でも今日は、総菜屋のおばちゃんに分けてもらったてんかすが入ってるんだ!」
 得意満面。
「‥‥‥‥‥‥」
 絶句してしまった新を、誰が責められるだろう。
 いくら貧乏暮らしをしていた新でも、もう少し良いものを食べていた。
「樋口さん‥‥もしかして、樋口さんの『お好み焼き』って、いつもこう言うの?」
「あぁ。食べてみろよ、味には自信あるんだぜ!」
 樋口は、何故新が呆れているか全く判っていないようだった。
「‥‥‥‥‥‥」
 ここまで自信たっぷりに差し出されては、文句をつけるのも悪いような気になって来る。
―――今度、豚ばら肉と焼きそばを持って来よう。
 そう心に呟いて、新は箸を取った。


「新、メシ食って行かないか?」
 上機嫌で声を掛けて来た樋口に、思わず新はこの前のお好み焼きの事を思い出してしまった。
「‥‥もしかして、お好み焼き?」
「まさか。いくら俺でも、同じものばっかり食わせたりはしないぜ」
 心外だ、と言いたげに樋口は口を尖らせる。
「今日は奮発して、とんかつだ!!」
 どどーん!
 と、どこからともなく打ち上げる巨大な波を背にしているかのように、樋口は高々と宣言した。
「そう言えば、とんかつって樋口さんの好物だったよな?」
「あぁ。中々食えないけどな」
 好物だと言うのなら、そう妙な事にはならないだろう。
「じゃあ、俺、手伝うよ」
「いや、大丈夫だ。そう面倒な事する訳じゃないし」
「‥‥‥?」
 樋口の言葉に、ちょっとだけ嫌な予感がする。
 大体、とんかつと言うのはそこそこの時間がかかるはずなのだ。
 にも関わらず‥‥‥。
「お待たせー!」
 樋口がいそいそと大きな皿を持って来たのは、それから間もなくの事だった。
 ちゃぶ台の上に並べられた皿を見て、新は唖然とした。
 大きな皿には、山のような千切りキャベツ‥‥しか乗っていなかったのだ。
「あの‥‥樋口さん?とんかつ、って言わなかった?」
「あぁ。このキャベツは、ただの千切りキャベツじゃないぞ。とんかつの付け合せの千切りキャベツなんだ!」
「‥‥‥‥‥‥」
 樋口は、ちゃぶ台の真ん中に、どん、ととんかつソースを置く。
「こうやってとんかつソースをかけて食べれば、とんかつを食べた気になるからな」
 胸を張る樋口に、新は本気でよろめいてしまった。
「樋口さん‥‥本当のとんかつ食べたのって、いつ頃?」
 問われ、樋口は腕を組んで考え込む。
「確か‥‥三ヶ月前に、総菜屋のおばちゃんから売れ残りを分けてもらった時かなぁ」
 予想を遥かに上回る言葉に、新はちゃぶ台に突っ伏してしまった。
「どうした、新?キャベツ足りなかったか?」
「そうじゃなくて。‥‥‥樋口さん、今は借金に追われてる訳じゃねえんだから、肉くらい買えばいいだろ?」
「‥‥‥‥‥‥」
 新の言葉に、樋口はしばらく考え込んだ。
「‥‥‥そうだよな。別に、今はそんなに節約しなくても生活していけるんだよな」
 今更気付いたような樋口の言葉に、新は深いため息をついた。
 放っておけない。
 キャベツばかりで、どうやってこの体を維持していたのかは知らないが、これ以上樋口にこんな生活をさせては置けない。
 新は、山盛りの千切りキャベツを睨みつけ、そう思った。

おわる。

top


これでも私、樋口好きなんですよー、と叫んでみたり。新と崇文の同棲生活、と頭にイメージした瞬間、こんな話が出来上がってしまいました。なんでだ?
ごめんなさいすいません、今度はもーちょっといちゃらぶっぽい同棲生活を書きます。‥‥書きたいです。‥‥‥書けるといいなぁ(←おい)。