その10


天地万物は循環しています。
地球に四季があるように、人間の人生にも四季があります。
俗に言うと「盛運のときもあれば、衰運のときもある」ともいいます。

今までの私の人生を振り返ってみても、大自然に四季があるようにバイオリズムがあり、
花が咲いてうまく運波に乗るような時期があれば、根をしっかりはって養分を貯えながら、
慎しむことが必要なときもありました。

大切なことは、冬に当たる時期を悪いイメージでとらえるのではなく、その時期にあった
ことをすれば、衰運にはならないのです。
うまくいかないと悩んでいるときというのは、根を成長させる冬のときに、無理やり秋の
収穫を得ようとすることで起こるのです。

私がそのことを肌で感じたのは、空亡・厄年が重なったときのことでした。


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この時期は、自分の心と身体の弱い部分が顕在化すると言われていますが、私の場合も
ズバリその通りで、今まで順調にやれていたことが通用しなくなりました。
当時の私はこんな法則を知ってはいても信じず「そのうち、よくなるだろう・・」と、
あえて方向性ややり方を見直そうとはせず、戸惑いを感じながらもそのまま走り続けて
いました。

すると、今度はだんだん身体がいうことをきかなくなり、今まで元気だった気力まで
どんどん失われていくのを感じて、焦りはじめ「いったいこれは何なんだ!」と自分に
失望し、自分を責め、自分のことが嫌いになっていくのでした。
「こんなはずじゃない!」と思えば思うほど、心も身体も重くなり、夜は眠れず、
食欲は落ち、そのうち何をするのもおっくうになっていきました。
今から考えると、このときはいのちのパワーがかなり失われていたと思います。

そんなとき、昔から神社好きだった私は、神社に行けば元気になると信じ、行きたいと
願っていた霊験あらたかな神社に片っ端からお参りしました。
神社に行けば、顔色がよくなり、身体が軽くなり、その日一日はルンルンでした!
ただ、神社に行っているときは元気になるのですが、次の日になり、現実を目の当たりに
すると、残念ながら気力も体力も落ちてしまうのです。

そこで思ったのは、神社は癒しの空間になっていても、お参りしてお願いするだけでは
根本的な問題解決にはならず、効果は期待できないということでした。

「神社参りでは本質は変わらない」と感じた私は、今度は聖地と言われる山などに出向き、
大きな声で真言をあげて業をしたり、初冬の川に入って、禊の業をしたりしました。
(周りには、危ない人だと思われていたことでしょう・・・)
その結果、確かに気分はスッキリして、晴れやかになり、お祓いとしての効果は実感できました。
しかし、現実に向かおうとすると、やはり冷や汗が出たり、逃げ出したい気持ちになるのでした・・・


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今から振り返ると、神社参り、聖地での業をやっていたときの自分の本音は、
「自分のいたらなさを神仏に何とか直してもらいたい!」
「強力な外からの神仏の力を自分に授けてもらいたい・・」
いった願いばかりでした。

つまり、エネルギーが強いといわれる神社や聖地のスポットに行くことで、
「どうすれば現状を打破するパワーをいただけるか?」という心境だったのです。

そんな中、ふと思いついて導かれるように、小さい頃からよく行っていた自分の家の近くの
鎮守神社、そしてそこからもう少し離れた鎮守に森がいっぱい残っている自分の産土神社に
行ってみたくなり、参拝してみることにしたのです。

産土神社で「いろいろやってみてもよくなりません・・・どうしてでしょうか?」と
語りかけてみたのです。
すると、突然、何か大いなるものに包まれた安心感でいっぱいになり、そのあと胸が
どんどんあったかくなり、なぜか涙がでてとまらなくなったのです。
そして、こんな自分でも「ただ、ただ、生きていることがありがたい・・・」と感じ、
同時にダメな自分を心から許そうという気持ちになり、嫌だった自分のことを認める
気持ちになりました。
手を合わしながら、自分に「ごめんなさい」そして「今までありがとう」と繰り返して
お詫びと感謝をしていると、自分がだんだんいとおしく思えてきました。
うぶすなの大神さまは「それでいい・・」「大丈夫じゃ!」と笑って励ましてくださって
いるようでした。

今度は鎮守神社でお祈りすると、やはり同じようにあたたかく、現実の悩みの解決について、
「悩みの原因は、自分の想いにある」と答えられた感じがしました。

そして、
「そうか!
 今まで不調の自分を認めようとせず、外からの神仏の力で直してもらおうとばかりしていた・・・
 これからは弱い自分を受け入れて、しっかり見つめて、今できることを少しずつでもやって
 みるか・・・」
という気持ちになったのです。


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これを機会に、悪あがきをやめ、あるがままを受けとめるように努力しました。
すると、上手くいかなくても「それはそれでよかったのだ」と思えるようになり、
イライラすることが少なくなり、仕事に対する自信も取り戻していきました。

焦りは、自分と周りをうまく受けとめられないことから起こるようです。
不調・不運にする原因の8割は、実は自分にあるということです。
ということは、自分の想い次第で幸運にもなれることになります。


そのあと転勤になり、何と勤務先が産土神社、鎮守神社のすぐ近くになり、
ほぼ毎日参拝できる環境になったのです。
それからは、神仏がいつも守ってくださっているという安心感があり、ピンチになっても
「自分はいつも守られている!ピンチは自分を向上させるチャンスだ!」
という気持ちになり、おかげ様で楽しく充実した日々を過ごすことができました。


この空亡・厄年のときに学んだ私の貴重な教訓はというと・・・

@ 冬にあたるこの運気のときは、周りのことに気を向けるより、特に自分の内を
 みつめて内部を充実させることに心を向ける時期であるということ

A この時期は、天(神仏)からの守護が少なくなるので、神仏の信仰によって運気を
 補うことが望ましいということ

B 神社・寺院・聖地については評判の高い有名なスポットに行くより、自分の魂の
 ルーツであり、自分のことを最も守護しているふるさとの神社である産土神社、
 自宅を守る鎮守神社、そして菩提寺にお参りする方が、親身になってその人の成長も
 見越した上で守護していただけるということ

C 不運の原因は、自分の外にあるように見えて、実は自分の内にあるということ



今の現代人は情報に振り回され、すぐ外見に魅せられて足元がおろそかになりがちですが、
幸運の鍵をもっているのは、他ならぬ自分の内にあるのです。

「幸福の青い鳥は、家の中にいた」ということだったのですね・・・



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