第67話

八百万(やおよろず)の神の働きとは・・・



日本神話(古事記)を読むと、「日本の神さまって大丈夫?」って思ってしまう
ような三面記事?に載るような場面が出てきます。

大国主命は、兄弟の神に仲間はずれ、嫌がらせ、いじめ、そして最後は殺され、
何度か命を失っています。
兄弟(神さま)同士が殺人(神)していいの?!と疑問が・・・
ただし、大国主命は殺されても女神に助けられ、蘇ります。(モテる男は強い?)

また、スサノオノミコトの我がままで、滅茶苦茶な破壊行動にも呆れます。
泣き続けるだけで何もしないかと思えば、たいした理由もなく、調子に乗って、
田畑は壊し、溝を埋め、糞を撒き散らし、馬の皮を逆剥ぎにして機織小屋に
投げ込み、そのために機織女は死んでいます。

この一件で、アマテラスオオミカミが岩戸に引きこもってしまいますが・・・

そして、天の岩戸に隠れた天照大御神を岩の外に出すために、神々が話し合う
ところも民主主義で面白いのですが、最後の切り札に使ったのは、ナッ、ナント、
アメノウズメノミコトのエロティックな「ストリップ(裸踊り)・・・」で大爆笑。
(道徳的には?でも〜〜男だったら観たくなる!・・・「あると思います」)


*****     *****     *****     *****


日本神話においては、神さまは「全知全能の唯一神(ゴッド)」ではありません。

日本の神々は、道徳や理想の価値観を示す存在ではなく、この世の現象をありの
まま示し、そこから新たなことが生まれ、結ばれ、多様化していく働きを擬人化
して伝えているのが日本神話ではないかと感じています。


古事記では、喜びだけでなく、怒り、苦しみ、悲しみのときにも神が産まれます。

イザナミが火の神を生んで、床に伏し、死ぬ間際の苦しいときに、その嘔吐物
から鉱山の神が、うんちからは土の神、おしっこからは水の神が生まれます。

イザナギがイザナミとの約束を破って、追いかけられ、やっとの思いで逃げた後、
海で禊をすると、お祓いの神(住吉三神)が生まれます。
そして、この禊祓いのおかげで、あの「三貴神」が生まれるのです。


日本の神々の特長は、このように神々がどんどん増殖して、多様化するので、
八百万の神といわれるのです。

「神さまはいっぱいおられる・・」という多神教だと、大らかな気持ちになり
ますが、「信じる(正しい)神は唯一である!」という一神教だと、それ以外は
悪になります。

宗教戦争は「邪(悪)神は排除(破壊)せねばならない」という正義から起こるもので、
日本のように神さまも仏さまもいっぱいだと、「いろいろあって ええやん」と、戦う
気持ちにもなりません。


*****     *****     *****     *****


ところが、日本も一神教的価値観を国民に強要した時代があります。

明治時代になり、欧米に負けない強い日本を目指すには、地域を尊重した
八百万神信仰では力が分散する上、一致団結して戦えないので、今までの
信仰をやめさせ、天皇を頂点にした「国家神道」一本に絞ろうとしたのです。

大自然を神として畏れ、敬い、崇め、そして仏教と共存共栄していた信仰から、
「日本は神国で神に選ばれた選民だ!だから強いし、負けないのだ!戦え!」
と、戦争に勝つための信仰へと変えていったのです。

「神国(皇国)日本が勝つためには、森林も鉱山も資源はどんどん使え!」
という流れになれば、国民の戦争へのモチベーションは上がり、団結します。

そのために、寺院を壊し、廃仏をし、神社は統廃合して少なくし、鎮守の森を
どんどん伐採していったのでした。

人間は戦争をする前には、どういうわけか森林破壊をする傾向があります。
今も世界の戦場になっているところは、森林がなく、砂漠化しています。


日本では伐採はしても切った分だけは植林にする伝統があったので、森林は
守られましたが、残念ながら即資源として利用できる杉やヒノキを過剰に植林
したため、その影響が今、花粉症となって国民を苦しめています。

八百万神から「アマテラス」「天皇」を信仰の中心にした皇国日本は、戦争に
勝利していきますが、最後に惨敗する体験を味わうことになったのです。


*****     *****     *****     *****


古事記で、スサノオノミコトが勝利に酔い、好き放題に破壊して、アマテラスが
天の岩戸に隠れる場面がありますが、そのときの心境は、皇国日本が戦争に
勝っていき、傲慢になっているときと同じではないかと思うのです。

戦争に向かう日本にガッカリして・・・ アマテラスは日本から身を引いて隠れ、
一方、地域の神々は神社や鎮守の森を減らされ、伝統的な感謝の祭りより、
日本の勝利の願いばかり聞かされ、ウンザリ・・・

この時期の日本の神社の神々は、本当にお気の毒だったことでしょう。

戦争に惨敗したことで、精神的支柱を失い、戦後の宗教観は多様化しますが、
今の日本がその後、戦争もせず、平和に生活できているのは、日本古来より
信仰されている八百万神(大自然に神宿る)が、蔭でお働きになっているから
だと、私は信じています。


昔から日本では、「山には山の神さまが、川には川の神さまがいる」
そして、「台所には台所の神さまが、トイレにはトイレの神さま」と、
言われていたから、山も川も汚す気持ちにはなれないし、トイレ掃除もします(笑)

価値観をひとつにすることもいいでしょうが、あらゆることを尊重して認める
八百万神的信仰ができると、争いは減り、調和につながります。

日本神話の神々の「おおらかさ」と「禍転じて福となす」を見習い、新緑の
この季節を、明るく・軽く・シンプルに過ごしたいものです。




           一覧へ