第64話お祓いって、効果あるの? |
「神道は祓いに始まり、祓いに終わる」と、言われる通り、「祓い」は神道の核となる 思考・行動となっています。 祓いは、知らず知らずに溜まったツミ・ケガレを落としてきれいにすることです。 このツミとは、人を殺したとか、そういう罪とは違うのです。 ツミは「包み」「積み」であり、自分の内にある神なる本質を包み隠してしまうものが 積み重っていることを示しています。 また、ケガレも汚いというより、「気枯れ」であって、尊い内なる神さまの気を枯らして いる(エネルギーが枯渇)状態になっていることなのです。 死がケガれているというのも、死が汚れているという意味ではなく、死によって心が悲しみ、 落ち込むことでエネルギーが弱っているという意味なのです。 なので、 「私は犯罪者じゃないし、毎日風呂できれいに洗っているので汚れていない! よって、罪(つみ)も汚(けが)もないので、お祓いの必要はない!」 という解釈ではないのですね。 ++++++ ++++++ ++++++ 日々の現実の中で生活していると、どんな人でもツミ・ケガレを生じます。 ツミ・ケガレを祓うとは、自分に不必要なものを取り払って、軽くなることであり、 シンプルになって自分らしさが発揮できるようになることです。 ♪ 祓うは、掃うでもあり、心身についた「スス」を掃うと、自分の光は明るくなります。 <大掃除や身体を洗い流すことも、禊祓(みそぎはらい)となります> ♪ 祓うは、払うでもあり、たとえば、借金を支払うと、自分の立場も心も軽くなります。 ♪ 祓いは、笑いでもあり、笑うと溜まったケガレが外に出て、身も心もスッキリします。 他にも、私なりに感じている日常生活でできる「祓い」としては、 ♪ 想っていることを出すこと(口に出す・文章で書く・絵に描く・楽器・歌・踊りなど) ♪ 許すこと・詫びること・手放すこと・・・などがあります。 共通点として、自分が明るく、軽く、シンプルになって、元気(本来の自分)になって いくことです。 元気になれば、自分が輝き、ありがたくなるので、他の人にも喜びを与えたくなり、 分かち合いが生まれ、結び、調和していきます。 つまり、祓いは、喜び、感謝、調和、愛につながっていく特効薬なのです。 そして、祓いは特別なご祈祷をしなくても、日々の心がけでできるものなのですね。 ++++++ ++++++ ++++++ 祓いは、自分から気づいて先手を打ってできると、大難が小難に、小難が無難になるのです が、溜まったツミ・ケガレに心を向けずにいると、おかげ様から、ありがたくイエローカード (警告)を受けることになります。 これが病気であったり、ケガであったり、トラブルであったりということになるのです。 ここで、すぐに手を打てば、ピンチはチャンスになるのですが、先送りしたり、逃げたり すると、今度はさらに厳しいピンチに遭遇することになります。 不幸現象はある意味、その人の原因と結果の法則により、自分からクリーニングしなければ、 外からドーンと、お祓い現象を受けることになってしまう、そのあらわれなのです。 祓いは、外からダメージを受けるよりも普段から自分で祓って、感謝の人生にした方がいい ですよね。 日常生活でのお祓いの心構えについては述べましたが、年末は特にツミ・ケガレが 溜まっているので、今回は神道の祝詞によるお祓いについて説明しましょう! ++++++ ++++++ ++++++ 日本では、古代からすべての民のツミ・ケガレを祓うために大祓祭をしており、今でも 神社では6月末と12月末には、「大祓詞」を奏上し、一年のツミ・ケガレを祓っています。 この大祓詞は、本人のツミ・ケガレをクリーニングするだけでなく、先祖・子孫をはじめ、 民族、日本、地球のツミ・ケガレまで祓い清める古神道の最高祝詞です。 最初の「高天原に神留り坐す」と、称えるだけでも、神さまが目の前に降りてこられます。 また、途中にある「安国と 平けく 知ろしめせと 事よさし奉りき」では、 「国を明るく平安にする高き神々たちが、 事になぞられて言霊の力をもって御力を発揮され、マコトを伝えられる」 という解釈になります。 今の日本には、特に必要な言霊ですよね。 そして、 「安国」は、安らかにする「ヤサカニノ勾玉」を、 「平けく」は、平らにする 「アメノムラクモノ剣」を、 「知ろしめ」には、自らを知る「ヤタノ鏡」をも表しており、 三種の神器で日本の霊性を守る意味も込められているのです(深い!) 他にもこの大祓いの祝詞のすばらしさは、言い出すときりがありませんが、とにかく となえてみる価値は十分あると想います。 |