第62話

大和魂とは何ぞや?


「大和魂」というと、神風特攻隊の精神に結び付けられてしまいがちですが、 元々の大和魂は平安時代の「もののあわれ」を歌った四季を愛する女心で あったようです。

四季折々の大自然を受けとめ、明るく、清清しく自然と調和している生き方 を示し、寛容で大いなる和(調和)の精神が「大和魂」だったのです。

心穏やかな和の心で相手を上下関係で見ることなく、お互いに和するにはどう すればいいかを感じ合い、そして支え合って生きていくための学びあう精神で もあったようです。

そして、漢学に代表される外来の知識人的な才芸に対して、日本古来から伝わる 伝統、生活の中の活きた知恵、教養のすばらしさを強調したものでもありました。


平安以後、「大和魂」は死語となった言葉でしたが、本居宣長によって、自然で 清浄な精神性(生き様が美しいとされる心性)という思想から国粋主義に用いら れていったようです。

古来より日本人は桜を愛でており、満開になるやいなやさっと散る桜花は、 絶好の<潔さ>の象徴であり、日本人はこの<潔さ>を美徳としていました。

このいさぎよく散る桜を尊ぶ精神は、武士道にもあったのですが、その精神が 明治以降の皇国日本への愛国心、忠誠心を第一とすることに受け継がれ、その 心を「大和魂」として解釈されるようになっていったのではないかと思います。


吉田松陰の
「かくすれば かくなるものと知りながら 已むにやまれぬ 大和魂」
の心意気は、
「自分に危険が及ぶことは分かっていてもどうしてもそうせざるを得なかった」
という義勇心からくるものですが、それだけの志と覚悟があったからこそ、松陰 の大和魂は、心ある志士たちに受け継がれ、永遠のものとなったのでしょう。

このように命をかけて何かを成し遂げる気迫は、その誠意が天に通じるものです。

リスクマネージメントはもちろん重要ですが、危険を犯そうとも志を貫く気迫も 時には必要であって、周りから何と言われようが、やると決めたらやる!という ある意味、阿呆になってこそ、志が成就していくと思うのです。

私も生かされている間は「至誠、天に通ず」を信条にしていくつもりです。


ただし、明治以降の戦争で使われていた大和魂は、自分の志というよりは、 情報を与えられずに軍国主義を推奨する教育によって刷り込まれた価値観 であったと思います。
なので、戦争に勝つためにはいのちを捨てるのも惜しまない精神を「大和魂」 とするのは、元々の意味とは全く違ったものになってしまったようです。

また、残念なことに明治以降、神社・寺院の分離令が出たのをきっかけに、 政府は寺院を破壊し、多くの仏像は捨てられ、神社もどんどん統廃合して 減らしています。
(三重県では、5547社あった神社が942社に減っています)

それに加えて鎮守の森は戦争のため伐採し続けた結果、各地で土砂崩れや 洪水が起こり、当時、熊野川の中洲に鎮座していました有名な熊野本宮大社 は明治22年の大洪水で社殿が流されています。(現在は近くの高台に遷座)

神仏にこれだけご無礼をしまくっているのにも関わらず、神社では戦勝祈願 をして、「神国日本は負けるはずがない」と言っていたのです。

これでは神仏も日本国を助ける気にもならなかったでしょうし、助けるパワー も出せなかったことでしょう。
(負けて気づきなさい!という感じです)

その結果、神風特攻隊をふくめ、太平洋戦争で戦死された人たちの大半は、 飢餓による餓死と、戦地に行く前の船の移動中に撃沈されていたようで、 実際には、戦うこともできず、死んでいったそうです。

そんな戦没者を英霊(神さま)としてお祭りして、本当に喜んでおられるので しょうか・・・

潔く桜のように美しく散っていったというより、実は無念で仕方がなかった ような気がします。
戦争を美化するより、家族、子孫が戦没者を労い、供養のために生れ故郷の 産土さまやお寺やお墓でしっかりお参りした方がいいと思うのですが・・・


このように大和魂は、時代の背景によって解釈が異なっています。
どれが正しくて、どれが間違っているというものではなく、変わっていくことが 真実であるともいえるのです。

ところで、大和魂の「和魂」は“にぎみたま”と呼び、人間の内なる神性の 調和の働きを表しています。

ちなみに大和魂を桜に例えるのは、散ったはなびらが土に還り、新しい命の 源になるという大自然の調和と循環を表している説があります。

散り急ぐのを重視しているわけではなく、そのときそのときを精一杯輝いて 生きているから散るときも何の未練もなく、潔く散れるのです。

そして、散った花びらが次の新しいいのちを育むことになるのですね。

万物は流転し、常に変化し続けることが天地自然の道理です。

私の解釈する大和魂は、
「変化を受け入れ、今を大切に大調和の心で生きること」としています。


そろそろ身も心も嬉しくなる桜の季節がやってきました。

今年も、四季を愛するような大和魂(心)で、つぼみから満開、そして 潔く散る桜吹雪まで、花見を楽しみたいと思っています。


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