第59話

神さまの立場になって神さまを喜ばせよう!


7月1日の元伊勢丹後の日帰り参拝ツアーで感じたことを通して、改めて神社の あり方や参拝について、私なりの意見を述べてみたいと思います。

私の神社参拝の楽しみは「神さまのご開運」といって、神さまを励まし、 喜こんでいただく参拝をすることです。
おかげで、自分と神さまがありがたくつながり、お互いに元気になり、 スッキリとしてきて嬉しくなるので、ご開運参拝をしています。

普通の常識だと、神さまをご開運するなど無理な話だし、 「恐れ多いことを言うな!」 とお叱りを受けそうですが、実際に人間があたたかい祈りを捧げることで、 その祈りは神さまに通じ、自分もあたたかくなり、ありがたい気持ちになる ものなのです。

たとえば、犬の好きな人は、犬の気持ちが分かり、花の好きな人には花の心が 感じられるように、神仏の好きな人、あるいは前世で神仏に深く関わっていた 人は、お祈りすることや修行することが好きで、神仏のこともだんだん分かる ようになってくるのかもしれません・・・


神さまというと、完璧な存在であるような印象がありますが、日本の神々は 八百万(やおよろず)の神であり、優しい神さまもおられますし、厳しい神さま、 智恵の神さま、武道の神さ、歌の神さま、お祓いの神さまなど・・・
それはそれは、たくさんの神さまがいらっしゃいます。

その中には、自分と縁のある神さま、ウマの合う神さまがおられ、人間が 神さまを意識するしないに関わらず、見守っておられます。
(守護の度合いは違いますが・・・)

神さまは、偉大な存在というより身近な存在であり、人間と感じ方は同じなのです。
ただし、人間より人間ができていますが(笑)

そんな風に神さまをとらえることによって、親しみが湧いてくると同時に、 どうすれば 神さまに喜んでもらえるかの判断がつきやすくなります。

もし自分が神さまだったら、お賽銭を遠くから投げつけてくる人を守護しますか?
努力もしないで、結果だけを求めて祈願する人の願いを聞きいれたいと思いますか?
神社参拝をするときには、自分が神さまだったら・・・と置き換えるといいのです。

と言いながら・・・

神さまのことを大切に考えているつもりの私ですが、今回の元伊勢丹後ツアーで 自分の過信・慢心に気づきました。

今回は、いくらご開運しようとしても状況は変わらず、
「余計なお世話!無駄な抵抗!」
という感じで、受け入れ態勢がなく、自分のやり方に限界を感じたのです。

よく考えてみると、知らず知らずのうちに
「自分は神さまを開運する力があるんだ!」
と、傲慢な心になってしまっていて、神仏の事情(受け入れ態勢)も確かめようと しなかったことや「させていただく」いう謙虚な心を忘れてしまって、意地で ご開運してやろうとしていた自分のいたらなさに気づいたのです。

その後の参拝では、自分を反省し、神さまに感謝とご開運のシンプルなお祈り をさせていただきました。
すると、ご神気が身体中に流れてきて、とってもありがたい気持ちになったのです。

神さまを敬い、畏れ慎んでいるつもりが、だんだん慣れて自分の都合のよいように 解釈してしまうので、気をつけたいものです。
おかげさまで、私も恥ずかしながら、今回の体験から学ばせていただきました。


そして、第58話で「元伊勢にも詣れ」の原稿を書きましたが、ツアーで元伊勢三社に 参拝した感想は「元伊勢」と名乗らないほうがいいのでは・・・と思ったことでした。

「元伊勢○○神社」とつけるのには、元伊勢としての歴史的な由緒も説もあるから なのですが、「元伊勢○○神社」といっても、実際に地域で活躍されている神さま は、伊勢の神さまより、むしろ出雲の神さまであったり、太古の神々であったりして 「元伊勢○○神社」というには、ちょっと無理があるように感じたのです。

よく駅の名前をつけるとき、自分の住む地名を入れていないことで、もめることが ありますが、神社名は神さまのやる気?にも影響しそうな気がします。

また、元伊勢といわれる場所は、少なくとも22箇所はあります。
それに伊勢の解釈を拡げると、元伊勢と名乗るところは、山ほど出てきます。

それなのに、なぜ丹後だけが「元伊勢○○神社」と名乗るのでしょう・・・
確かに、丹後(丹波)は神々の聖地がたくさんある重要な地方です。

伊勢の名前をわざわざ前につけて神社の地位や権威を世に知らせたい趣旨も 分かりますが、神社の神さまは、有名になることより、心を込めて参拝する 人が増えることを望んでいるのではないでしょうか・・・

ちなみに観光客のコースになっている神社というのは、参拝者は多いのですが、 一見さんや観光ついでの参拝で、しかも好き勝手な願い事が多いので、さすがに 神さまもうんざりして、拝殿を避けて摂社・末社やご神木に逃げられるようです(笑)

「元伊勢○○神社」と言わなくても、地域の住民と神社が一つになって盛大に お祭りをして、地域住民に愛される神社なら、そのご神気のすばらしさが口コミ で広がり、自ずと神さま好きな質の高い参拝者が全国から集まってくるものです。

「比沼麻奈為神社」は、鳥居をくぐったときから清清しくて、自然に姿勢を正し たくなるような崇高さに満ちていました。

そのときは、私たち以外の参拝者はいませんでしたが、境内は手入れが行き届き、 神明造りの社殿からは、地域からとても大切にされ、愛されているあたたかさと 伊勢外宮の凛とした威厳の両方を備えていて、自然と頭が下がりました。

ここも由緒には(元外宮)と、記載されていますが、「元伊勢○○神社」とは、 アピールすることもなく、それよりも鎮座しておられる神さまの立場を尊重して いる産土信仰の波動が伝わってきて、これぞ本来の神社だと感じたのです。


神社は、管理する人やお参りする人の心がけで見違えるように変わっていくもの なのです。

お世話になった神さまに感謝して、 「神さまとともに嬉しく生きよう!」というのがお祭りであり、
「神さまを元気づけて、喜んでもらおう!」というのが神さまのご開運なのです。

名の知れた神社に参拝するのもいいですが、まずは足元である産土神社、縁ある 地元の神社のお祭り(お手伝い)に参加し、感謝とご開運のお参りをして、神さま を喜ばせてみませんか?

そして、その後に全国の神社にご開運参拝に行かれると、神社ネットワークが 広がって人脈ならぬ、神脈?ができていきます(笑)


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