第48話

真言密教とは


私は祝詞や真言を称えるのが好きです。
それは、称えていると力がわきあがり、エネルギーの質が変わっていくことを肌で感じ とれるようになってきたからなのです。

真言密教といえば、空海こと弘法大師が有名です。

空海は、当時の主流である都会仏教に背を向けて、大自然の中に入って修行をしています。
室戸岬では「明星、口に入りて、仏力の奇異を現ず」といっていますが、これは 「大自然の中に仏を観る」という思想なのです。

ふつう釈迦仏教というものは、人間の救いを中心にする仏教なのに対して、密教は、 大自然中心の仏教となります。
密教は、大自然そのものを神とする神道がベースにあるのです。
もちろん空海は、神社を大切にし、崇敬していました。
空海は、万能の天才と言われていますが、空海の密教は加持祈祷の力で国家を安泰にした 鎮護国家の仏教としても認められています。
そして、壮大な宇宙哲学を顕した宗教家としても有名です。

そんな空海の教えである「即心成仏」とは、本来仏と自分は同じものなので、自分の身の中に 仏を引き入れることができ、その身そのまま仏になれるというものです。
仏になるのは、死後とされる教えが多い中で、密教では現世において仏になるばかりか、 この肉体をもったまま仏になれるとしているのです。

また、密教が他の仏教と違うのは、身体つまり感覚や欲望を押さえようとするのではなく、 むしろ肯定しているところです。

『この世の中は感覚の世界であり、きらびやかな色をもっている。
 その色に溺れてしまうと苦しみや悩みが出てくる。
 愚かな人は、その色にとらわれて迷い、智恵のあるものは、そこから悟る』

個々の色の世界のとらわれから自由になり、宇宙の本体である大日如来と一体となった人間には、 色を楽しみ、他人救済に活かすことができるとしています。

と、言うのは易しで、この大日如来の境地になることが、修行であるわけです。
そのためのひとつの方法として真言を称えることがあり、大きなとらえ方として 「鏡のような明らかな心ですべてをしっかり観る」とことではないかと私なりに解釈しています。
肉体がある以上、いろいろな欲は起こってくるものですが、それを押さえようとするのではなく、 それを感じながらも本質をしっかりと観てとらわれないことがポイントのようです。

そしてこのとき、自分の中に宇宙が宿っているので、小さい自分を離れて宇宙そのものになって 本当の自由になり、驚くべき能力を発揮することができるというのです。

なかなかこの境地には至りませんが、まずは身近な菩提寺のご本尊さま、近所のお地蔵さま、 そして観音さまやお不動さまにも真言を称えてみませんか?
空海は「真言は不思議なり、観誦すれば、無明を除く」と述べています。
もしかしたら、空海の境地がわかるかも知れませんよ・・・


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