第30話

お地蔵さまはありがたい


朝、時間のあるときは、四ヵ所のお地蔵さまを巡り、それぞれに手を合わせて、
「いつもお守りいただき、ありがとうございます・・・大好きなお地蔵さまのいやますますのご開運をお祈り申し上げます!」
とお祈りしていますが、今日は一ヶ所目のお地蔵さまにお祈りしているときから、胸が熱くなってきて、涙が出てきたのです。
四つ目のお地蔵さまに手を合わせているときなどは、感激の涙があふれてきて、止まらないほどでした。
お地蔵さまの心と私の心がとけ合ったような気分でした。

お地蔵さま(地蔵菩薩)は、地獄に落ちて、もがいている人の苦しみを一緒に背負い、 自ら地獄に行ってまでも何とかその人を救おうされるご存在です。

たとえば、水子地蔵は、流産などで耳は聞こえず、声も出ず、目も見えない水子が横たわっていれば、 手をさしのべ両親に代わり抱きかかえて守って下さいます。
賽(さい)の河原では、幼くしてこの世を去った子どもたちが父母を思いながら石を積んでいます。
すると、地獄の鬼がやって来て、次々と石を壊していきます。
親を悲しませた罪は重いとし、鬼が容赦しないのです。
そこへ、お地蔵さまがやって来て、子供たちを衣の裾の中へ入れ、鬼から守って下さるのです。

また、あるとき一人の男が地獄の苦しみにあっていました。
そこで、お地蔵さまはその男が一度お参りに来たことを思い出し、地獄の役人に解き放してやるようにと、お話しになりました。
しかし、役人は「一度、罪人と決まった者は、帰すことができない」と聞き入れません。
「それでは、私がその男の身代わりになって、地獄の苦しみを受けましょう」とお地蔵さまが身代わりになられたのです。
おかげでその男は地獄の苦しみから逃れることができたのでした。

とにかく、心の優しい仏さまで、苦しみ悩んでいる者を見ると、じっとしておられず、 何とかして救ってあげようとされるのです。

お地蔵さまは如来(にょらい)になれる資格と実力があったにもかかわらず、 自らの意志で如来にならず、菩薩(ぼさつ)のままで衆生救済することを選ばれました。
お釈迦さまが六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅,人、天)から解脱(げだつ)する方法を示されたのに 対して、お地蔵さまは、解脱できず六道に迷い、地獄に落ち、もがき苦しんでいる衆生を救う仏さま なのです。

お地蔵さまはうぶすなのご存在に含まれ、その役割の中で一番キツイ仕事(?)を進んで 担当されているのです。
いくら厳しい状況でも、弱音を吐かず、見返りも期待しないで、いつも微笑んでおられる 心優しいお地蔵さま・・・・

今日は、特に私のお地蔵さまへの感謝とねぎらいの気持ちが伝わったのでしょう。
「私の気持ち、わかってくれてありがとう・・・」
と、握手を求めてこられたような感じでした。もちろん喜んで私は握り返し、 いっそう仲よくなれました。

そこで、「お地蔵さまの信条って、どんなことでしょう?」と質問してみました。
するとこんなイメージが返ってきました。

「どんなときでも 心に太陽! 顔に笑顔!」

なるほど、お地蔵さまのイメージそのものですよね。
そして、これをくせにできたら人生は明るく、何とかなっていきそうです。

こんなすばらしいお地蔵さまのことを大人も子どもも知って、もっともっとお地蔵さまに 手を合わせる人が増えてほしい!とつくづく感じた一日でした。


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