第27話

熊野の森を守った男(南方熊楠)


世界遺産に登録された熊野の地に映画「となりのトトロ」に出でくるような大楠 『引作(阿田和)の大楠』(三重県南牟婁郡御浜町)があります。

大楠の幹回りは15.7m、張られた注連縄は綱引きができそうな長さです。
推定樹齢1500年の大楠のご神木の横には、小さな祠もあり、そこにいるだけで、森の主であり、森(土地)の神さまである「トトロ」の世界に入ったような気がしてきます。
樹に触れると、何ともいえないエネルギーが伝わってきて、体がすっきりしてきて元気になっていくのが実感できます。

神さまを肌で感じ、一番身近に交流できる場所は、こんな鎮守の森なのです。


ところが、明治に入って政府は、近代国家を形成して統一していくために「神道」を国家管理の祭祀道徳にしていきます。
そこで、明治政府は神社統一政策のため、たくさんの神社を統廃合していき、村里を守っていた神社をどんどんつぶし、鎮守の森である樹木を次々と伐採していったのです。
このことは、八百万の神々を信仰し、産土の神や土地の神とともに庶民の生活文化の中に根づき、息づいてきた日本人のいのちに対するすばらしい感覚を鈍らせてしまうことになりました。

明治以降、日本の伝統文化や道徳として、神社崇敬は国民に受け継がれましたが、そこには「一本一本の木を大切にしていく」といういのちそのものに神宿る感覚や、大自然への畏怖や感謝を十分に伝えることはできなかったのです。

さて、明治44年、三重県随一といわれるこの熊野の「引作の大楠」も、この付近に林立する7本の杉の大樹とともに切り倒される絶体絶命のピンチをむかえ、伐採されることが決まっていました。
そんな中、政府の政策に猛反対し、熊野の森を守ろうとした男がいたのです。
その男とは、和歌山県が生んだ世界的な博物学者であり、近年は自然保護運動の先駆者といわれている「南方熊楠」です。

彼は、裸で古木の脇に仁王立ちして、森を守るために抵抗しました。
投獄されたこともありましたが、牢屋の前には記者や芸者や村人が群がり、彼の応援者はどんどん増えていくのでした。

そして、彼の想いは、「一地方だけではとても解決できるものではない」と判断し、中央の学者たちにも働きかけます。
なかでも植物学者の「松村任三(じんぞう)」に、神社合祀のやり方や森の伐採についてきびしく批判した長文の手紙を出します。
彼のひたむきな情熱は、とうとう民俗学者で内閣法制参事官であった「柳田国男」の心をも動かし、二人の交流の結果、議員を動かし、条例は廃案となったのです。

大正時代に入ってから神社合祀が推進されることはなくなり、伐採を免れたいくつかの鎮守の森が残ったのでした。
「引作の大楠」はこうして救われたご神木のひとつです。

鎮守の森を破壊し、神社をつぶすことは、神さまを排除し、地域の祭りを衰退させ、そこに住む人間とその土地を弱らせることになるのです。

南方熊楠は、天と大地の恵みを結んで成長していく大樹そのものにいのちのエネルギーをいっぱい感じとり、いつも神さまとともに生きていたのでしょうね。
引作の大楠の前に立つと、大自然を愛し、大地の神さまを応援してきた南方熊楠の燃える想いが伝わってきます・・・・・


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