第10話

言葉は神なり


新約聖書(ヨハネの福音書第一章第一節)に
「初めに言ありき、言は神とともにあり、言は神なりき」とあります。
言葉は、神であり、生命の光であり、人類の光であったのです。

日本でも言葉そのものを神霊の働きとしてとらえることから「言霊」と言われています。
「言霊」は神の言葉であり、神社であげる「祝詞」は、自然即宇宙の響きである波動を人間の分かる言葉に翻訳したものなのです。
「祝詞」は乗り言であり、「祈り」は意乗りなので、波動が響きわたりやすいのですね。
その一音一音が光のタマとなって発しているわけです。

また「真言」は過去・現在・未来の三世にわたって揺るぎない、宇宙に鳴り響く仏の真実語であります。
弘法大師・空海は 「真言は不思議なり、唱えれば無明を除く」 と述べています。

たとえば題目である「ナムミョウホウレンゲキョウ」を唱えると心が高まってくるのに対して、念仏である「ナムアミダブツ」を唱えると心が落ち着いてくるのが何となく実感できます。
真言は自分のそのときの波動にあったものを活用されるといいと思います。

人類はこのように古来より自然や宇宙を認識して言葉を編み出していたのです。

人類のすばらしさはこの生命の光である言葉を自由に使えることにあります。
本来、言葉は周りを喜ばせ、すべてのいのちを輝かせるための秘儀なのです。
確かに、たった一言いわれただけで、うそみたいに元気になることってありますよね。

言葉は、その意味だけでなく、発する音そのものにも力があったのです。
力があるだけに使い方を誤ると人類を破滅にも追い込んでしまいます。
言語の乱れはそのまま人類の認識の乱れにつながっているとも考えられます。

今の時代、物質的な豊かさの反面、いろいろなトラブルや事件が多いのは、言い訳や権利の主張を先行する人が増えて、「ごめんなさい」や「ありがとう」を素直に言える人が少なくなってきているからではないかと感じています。
つまり、詫びや感謝よりもエゴや自己防衛を重視しているのです。

戦争は、今までの因縁の影響が大きいですが、それだけではありません。
根本的には自分の国を特別視し、周りと自分を分離させ、エゴが強くなることから、対立が起こります。
そうしているうちにだんだん後に引けなくなっていまい、犠牲があってもメンツ(エゴ)のために戦争してしまうのです。

そして今、人類が地球で一番だ!という驕りが、地球を危なくしています。

この状況を回避するためには、嘆くよりも、まず自分からよき言葉(言霊)をたくさん使うことです。
光の言霊「ごめんなさい」「ありがとう」そして 「大好き」は人間だけでなく、動物、植物をはじめ 地球上のすべてのものに力を与え、エゴの考え方や対立を調和させてしまう力を持っているからです。

もし、世界中の人類が日時を設定して、美しい地球(大自然や大地の神々もふくめて)に、今まで人類がエゴでしてきたことに「ごめんなさい・・」と心から詫び、今、こうして地球に生かされていることに「ありがとうございます。」と感謝を述べ、「地球が大好きです!」とエールを送れば、人類は地球や大自然のために、もう二度と戦争しようという気にはならないはずです。

今の子どもの教育にも、特にこの3つの言葉が大切です。
これだけをしっかり実践することで、言うことの聞かなかった反抗的な子どもが、笑顔になり、素直に話を聞くようになってきます。
とにかく、大人も子どももたくさん言って習慣にしてしまうと効果は倍増します。

このすばらしき言葉は、神の光となり、宇宙や地球の神々に輝きを与え、自分にも返ってきます。

人類の平和のためにも今日から、神である光の言葉(言霊)を使って自分も周りも地球も喜ばせてしまいましょう・・・・
                           
      【参考文献】  古神道の行法と科学 山田雅晴著


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