【花に水やるラブソング 本文見本】


「じゃあ、僕たちは先に出るから、部活が終わったらまっすぐ帰って来るんだよ」
 妹を――言われた側にすれば姉を――気遣う科白は、その恋人の耳には釘を刺されているとしか聞こえない。
「ああ、なるべく早く終わらせるよ。アスランも頑張ってさっさと仕事片づけるんだぞ」
 渋い顔をする彼氏に気づく様子もなく、ひらりと手を振って彼女は駆け出した。
「それじゃ、アスランもまた後でね」
「お先に失礼いたしますわ」
 挨拶と共に自分を置いてけぼりにして連れ立っていく親友と従姉弟の姿は、実情ははっきりと把握していないものの、外側からは恋人同士にしか見えない。人にはまっすぐ帰れと念を押しながら、自分たちは寄り道をするに違いない。
 遠目にもほのぼのとした雰囲気で会話をしている二人の姿に、まったくもって納得がいかない、とため息が漏れた。

 学年が代わって一ヶ月が過ぎ、新しいクラスやメンバーの入れ替わった生徒会にも慣れ始めた五月の半ば。
 今日は幼馴染の双子の誕生日だ。
 アスランの心情としては、晴れて彼氏彼女となって初めてのイベントなのだし、カガリと二人でどこかに行きたいと思っていた。だがあいにくこの日は平日で、しかも目下最大の障害であるキラからは、事あるごとに「誕生日は家族で過ごすものなんだよね」などと牽制されている。
 ならば攻め方を変えるべくカガリにそれとなく水を向ければ、「今年はラクスも呼ぶつもりなんだ」と、実に屈託のない笑顔が返ってきてアスランは肩を落とした。
 カガリの目的はアスランにもわかる。知らないうちにキラへとその眼差しを向かわせていたラクスを、少しでも手助けしたいのだろう。それはアスランも同意見だ。
 もっとも、純粋に友人の恋を応援しているカガリと違って、自分の場合はほとんど利己的な理由ではあるけれど。
 もちろん、従姉弟と親友が幸せになれればいいと思う気持ちもある。ただ、比率として、恋人ができれば妹離れをしてくれるに違いないと願う感情が大部分を占めてしまうのは、致し方ないことなのだ。


**中略**


「アスラン、今日も頼むな!」
 そう言って笑うカガリの手には、何度も読んでよれてきている台本。対するアスランの手にあるそれは、未だ綺麗なままだ。
 練習が始まってから、ほぼ毎日アスランはカガリの自主特訓に付き合って相手役をしている。お陰ですっかりシンの台詞を覚えてしまった。
「私は、お前に隠していることがあるんだ…」
 切ない表情で秘密を打ち明けようとするカガリに、演技とわかっていながらアスランの胸は高鳴る。
 こうしてカガリの部屋で二人向かい合い、台本とはいえ恋人同士の会話をしていると妙な気分になってしまう。階下には彼女の母親がいて、時には隣にキラも居るのでなんとか理性を保っているようなものだ。
「あなたがそれを口にすると言うのなら、私も同じだけの罪を明かさねばなりません」
 姫の正体に気づいた後も自身の秘密を噤んでいた王子の台詞を述べながら、そっとカガリの肩を抱き寄せる。最高の見せ場なので、ト書きには『情感たっぷりに!』などと書かれている。
 その後の展開が浮かび、アスランの眉間に皺が寄った。
「おい、アスラン。なんだよその顔は! ちゃんと演技しろ!」
 しかめっ面をしている相手に、途端にそれまでの情緒を払拭してカガリが憤慨する。
 ここで秘密を打ち明けあい、同性に恋をしたと悩んでいた姫は歓喜しながら王子に抱きつき、抱きとめた王子は愛を囁くのだ。はっきり言って照れるなんてものではないシーンだが、尚更思い切ってのめりこまないと、とても演じていられない。
「…これ、ほんとにやるのか…?」
「しかたないだろ、ここがクライマックスなんだし」
 気分がそがれた、と台本を投げるカガリに問えば、お茶を飲みながらそっけない応えが返される。ふてくされるアスランにやれやれとため息をつき、「これでもだいぶマシになったんだぞ」と続けた。
「最初はキスシーンを入れるとか脚本の連中が悪乗りしてたんだ」
「…そんなもの、生徒会権限で潰してやる」
 冗談ではなく、そんな脚本が出てきたらどんな手を使っても却下しているところだ。たとえ振りだろうと耐えられない。
「私だって、さすがにそれは嫌だよ。シンも、彼女が来るから駄目だって反対したしな」
 なだめるように言われるのに、だったら抱擁だって反対しとけ、とアスランは心中で唸った。
 なかなか機嫌の直らないアスランに、カガリが困ったとばかりに、けれどどこか嬉しそうに、そっと顔を近づけた。
 ちゅ、と、かすったほどの軽さで頬に唇をつける。
 突然贈られた口付けに目を見開いて振り向くアスランに、「これで機嫌直せ!」とカガリがはにかんだ笑みを浮かべた。
 愛しい恋人の可愛いすぎる仕業に、アスランのメーターが一気に振り切れる。が。
「頑張ってるー?」
 悪魔的なタイミングで扉を開けたキラの登場で、伸ばしかけた腕は行き場を失くしたのだった。






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こんな感じで軽いノリのラブコメです。シンがかなり報われていないです(笑)