THE YOMIURI AMERICA(読売アメリカ) NY版 1996.5.31
カーネギーに見る日本の「名演奏」と「学芸会」 時川知之
カーネギーホールは金さえ払えば借りられる。しかも日本の一流ホールより安い。次々と二流、三流のアマチュアが来ては、カーネギーで「学芸会」をやる。ついにカーネギーホールは日本人の自己満足のメッカになってしまったかのようである。
この一年だけでも、ママさんコーラスや大正琴が、カーネギーで「上を向いて歩こう」や「ドレミの歌」を何度演奏した事か。
カラオケを流しての「和風ダンス」(日本舞踊ではない)を何度見せられた事か。昨年末の日本各地のグループの合同による「第九」は曲の終わるころにようやくテンポが合ったという代物。
いつも客席は日本から来た出演者の家族であふれる。大変マナーの悪い人々も多い。洋式トイレの使い方がわからず、昨年十一月には女性トイレの床が「おしっこ」であふれた。その演奏会は入場無料なのに初めからガラガラで、しかもインターミッションでアメリカ人の大半は帰ってしまった。この演奏会は何と、文化庁が助成するもので、しかも三回目とのことであった。政府の意図とは逆に、恥をさらす所も多い結果となった。
今年三月のある演奏会について、カーネギーの事務所はこう説明してくれた。「あれは日本のトラベル・エージェントが主催しているのよ(だから内容は知らない)」。その演奏会も、大正琴や民謡やママさんコーラスが、約三時間にわたって一グループずつ、次から次へと登場するもので、ほとんど芸術ではなく学芸会だった。
バイオリンのミドリ(五嶋みどりさん)は、貧しい地区の子供たちにも本物の音楽を聞かせるための活動を、身銭をきって続けている。それに対して、カーネギーに来る日本のアマチュアは、自己満足のために、金と時間を費やしている。その表側には親善・交流・慈善公演などの文字が記され、旅行社などが裏方を務めてくれる。
さて、自己満足という点では同じかもしれないが、最近、カーネギーホールで日本人による名演奏があった事をお知らせしよう。
四月二十九日に日本の「ユニバーシティ・グリー・クラブ・オブ・東京」が初の米国公演を行なった。アマチュアとはいえCDなども出している団体で、現在の日本の合唱団の中で最も優れたものの一つと思われる。指揮は芸大名誉教授の畑中良輔と、幾多の大学グリークラブを指導してきた北村協一。なお、北村が名誉監督を務めるニューヨーク男声合唱団が演奏の一部に加わった。
「月光とピエロ」「最上川舟唄」「巡礼の合唱」などの名作、コープランドによるアメリカ古曲、「鯨祭り」(アイヌ民謡)などを演奏し、百数十人による響きは男声合唱のだいご味と深く大きな感動を聴衆に与えた。
批評を取りあげてみよう。「演奏は壮麗、発声は完ぺきに澄み、作品は斬新でインスピレーションに富む。『鯨祭り』『桜散る』では秀逸な技巧とダイナミックの広さを披露。『リパブリック讃歌』ではこれ以上なく効果的で感動的。何としてももう一度聞きたいし、彼らのCDを米国でも発売してほしい」(A.ラインホルト=作曲家)
「素晴らしいコンサート、そしてフィナーレ(リパブリック讃歌)だった。声の質と正確さに驚いた。このような経験はしたことがない」(H・ガバナー=コントラバス奏者)
聴衆は日本人とアメリカ人とが半々程度だったろうか。日本人・日系人の多くが「故郷」の温かなハーモニーに涙を流していた。「リパブリック讃歌」では鳴咽(おえつ)して泣くアメリカ人がいた。聴衆は総立ちとなって拍手を送り続けた。この演奏会も慈善公演らしいが、むしろ真の感動を伝えたところに(日米交流の点からも)意味が大きかったと言えよう。
産経新聞 1996.7.13(夕刊)
西林万寿夫のN.Y音楽月例報告
感動呼んだ日本のアマ楽団 日本のイメージアップにも貢献
ニューヨークは今、ようやく各地の夏の音楽祭が始まり出したところ。オペラ・シーズンは四月で終わり、主だったコンサートも五月いっぱいで終了、六月はクラシック音楽ファンにとっては、”端境期”だ。もっともバレエだけは毎日のように上演されていたが、私は残念ながらファンではない。そこで今回は四月から六月にかけて行われ、聴衆を感動させた日本のアマチュアによる三つのコンサートを振り返ってみたい。
場所はカーネギーホール。言うまでもなく”音楽の殿堂”であるが、意外なことに空いていれば比較的廉価で借り上げることができる。このため、カーネギーホールでは一流プロの演奏会の間を縫ってアマやセミ・プロの演奏会がかなり頻繁に行われており、日本からのアマチュア団体も時折登場している。その中で出色のコンサートが二つあった。
最初は「ユニバーシティ・グリー・クラブ・オブ・東京」公演(四月二十九日)。この団体は五年前に結成されたばかりであるが、大学の男声合唱団で美声を競っていた名手の集まりなので、当然のことながら水準は高い。北村協一氏と畑中良輔氏という合唱指導の大御所の指揮の下、力強い響きを披露してくれた。
もう一つは、「東芝管弦楽団」演奏会(五月六日)。団員は東芝の社員ばかり。アマチュア・オケは世の中に多数存在するが、一企業で楽団を持っている例は意外に少ない。指揮は河地良智氏。「フィガロの結婚」序曲に始まり、岩崎淑氏の独奏でドボルザークのチェロ協奏曲と続き、メーンはチャイコフスキーの第五交響曲というプログラムで、カーネギーホールの聴衆を堪能させた。
この二つのコンサート、アマチュアが主体なので演奏内容について細かいことを述べるのは控えたいが、一点だけ言及したいことがある。アマの団体がカーネギーホールで演奏するとなると自己満足の域を出なくなる恐れがあるが、この二つのグループはそこをはるかに超え、極めて質の高い、人の心を動かす演奏を行なった。聴衆の中には多くの米国人もいたが、日本についての良いイメージを残したことは疑いない。
ちなみに東芝オケについては、ABCニュースでも取り上げられた。
国連児童基金(ユニセフ)創立五十周年記念行事で行われたヤマハ・ジュニア・オリジナルコンサート(六月十九日)についても一言。場所は国連会議場、聴衆は各国外交団や国連職員と、趣は異なるが、日本、米国、メキシコの子供たちが作った曲が自らの手で次々と演奏され、会場を大いに沸かせた。ヤマハは二十年にわたってこの演奏会を日本で行い、収益をユニセフに寄付し続けているという。これまた日本のイメージ・アップに大いに貢献したと思う。以上、三つまとめてブラボー!
(にしばやし・ますお=在ニューヨーク日本国総領事館広報センター所長)