夜明けの風
Luca : Way to Zanarkand
朝焼けがルカの海を染める。 穏やかな海原。波止場で潮風に吹かれながら、アーロンはあの日に想いを馳せた。 この海から『シン』が現れたあの日、一度は筆を置いたはずの彼の物語は再び綴られ始めた。 そして序章は終わった。彼はスピラに帰ってきた。ジェクトの息子と共に。 スピラにたどり着いたアーロンのそばに、ティーダの姿はなかった。しかし彼は、ルカで待っていればティーダは必ず現れると思っていた。ルカにはブリッツボールのスタジアムがある。スピラとザナルカンドの、数少ない共通点。ザナルカンドにいた頃、ブリッツにそれほど興味のなかった彼ですら、しばしばスタジアムに足を運んでは孤独や不安をつかの間忘れた。ましてやティーダは、ブリッツボールの選手だ。 しかし、すでにユウナと出会っているとまでは想像していなかった。 それでも、不思議と驚きはなかった。ただ、納得しただけだった。これが、ジェクトの願いなのだと。自分の息子と、ブラスカの娘。このふたりが自分を倒すのを、あの忌まわしい存在を消すのを望んでいるのだと。 しかしなジェクト、とアーロンは心の中で友に語りかけた。 俺は、それをあのふたりに強いるつもりはない。ただ−−−−−−−。 「・・・・・・・・・・・・・キマリか」 背後に人の気配を感じ、アーロンは言った。 キマリは黙ったまま、アーロンの隣に立った。 昨日再会したおり、彼らは個人的な言葉を交わすことはなかった。ふたりが知り合いであることはユウナには秘密であったゆえに。 キマリはただ、じっとアーロンを見つめていた。 ヒトであるアーロンには、ロンゾのキマリの表情はよくわからない。しかし、キマリの顔に安堵が浮かぶのを見たのは気のせいだとは、彼には思えなかった。 「−−−−−心配をかけた。どうしても連絡の取れない事情があったのでな」 「キマリは、グアドサラムに行った」 「・・・・・・・・・・・?」 「異界でアーロンを呼んだ。アーロンは現れなかった。どこかで生きていると信じていた。またアーロンに会えて、キマリはうれしい」 アーロンは苦笑した。生きている、か。そういうわけではないのだがな、と。しかしキマリがそう考えるのは当然のことだった。彼は死人の存在など知らないだろう。アーロン自身、自分がそうなるまでは知らなかったように。 「キマリ。今までユウナをよく守ってくれた。感謝する」 「キマリは、アーロンにわびなければいけない」 「何をだ?」 「ユウナは召喚士になった。キマリは反対した。みんな反対した。それでも止められなかった」 「・・・・・・・・・・・そのことを、か」アーロンは水平線のかなたへと目をやった。「その必要はない。召喚士は人に強制されてなるものじゃない。本人が自らの意思で覚悟を決めてなるものだ。そして、真に力のある召喚士は、その決意を揺らがせることはない。それを知っているからこそ、おまえはユウナのガードになったのだろう?」 キマリはうなづいた。 「俺もそうだ。召喚士として『シン』を倒すことがあの娘の望みならば、その覚悟を祝福し、使命を全うさせてやりたい。そのために、長い旅の間に出会うであろう数々の困難から守ってやりたい」 そして、真実を見せてやりたい。 真実を知った上で、自分の道を選ばせてやりたい。 10年前。ブラスカとジェクトと俺が真実の一端に触れたときには、もう遅かった。エボンの教えのまやかしに、スピラの希望のいつわりに気づきながらも、進む道を変えることはできなかった。 しかしユウナには、あの娘のガードたちには、俺たちと同じ道は決して歩ませまい。まだ道を変えることのできるうちに、考える時間を与えてやりたい。 「キマリ、そろそろ戻ろう。みなが目を覚ます頃だ」 アーロンはきびすを返し、街の方へ向かった。キマリがあとに続く。 早朝のルカ。明るくなってきた街角に人はまだいない。 「アーロン」 「なんだ?」 「アーロンは変わった」 「どんなふうに」 「迷いがなくなった」 「そんなことはない。俺は今も迷っている。いろいろな」 「言い直す。アーロンは、迷うことを恐れなくなった」 アーロンは足を止めた。そしてキマリの顔を見上げた。まっすぐ彼を見つめる目。 「・・・・・・・・・・・・・・・・それは言えるか」 そう言うと、彼は再び歩き出した。 俺は再びガードとして旅立つ。しかし今度の旅の目的は、ただ『シン』を倒すことだけではない。 ティーダに、自分が何者なのか学ばせること。ユウナと彼女のガードたちに、スピラの真実を見せること。それが、『シン』を倒すこと以上の目的。 真実を知る前に果てることのないよう、彼らを守ること。それが、今度の旅での俺の役目。 そして、願っている。彼らが俺たちのように真実に飲み込まれることなく、スピラを取り巻く死の螺旋を断ち切る方法を見つけだすことを。 10年前、俺たちが歩んだのとは別の道。それがどんな道なのか、本当にそんなものがあるのか、それは俺にもまだわからない。それでも必ず道はあると信じている。スピラは、変わらなければならないのだから。 アーロンは、自分のあとをついてくるキマリに方にちらりと目をやった。 キマリもまた、エボンの教えに帰依し、教えに満ちる欺瞞や不条理に今は気づいていない。しかし彼ならば、真実を見つめ、受け止め、その経験を未来につなげていくことができるだろう。 「キマリ。ユウナに、最後までついていってやってくれ」 「ユウナが望む限り」 「頼む」 物事をまっすぐ見つめるキマリの目。 それはユウナの、ティーダの何よりの心の支えになるだろう。 そして、俺にとっても。 この旅の初めに心強いものを得たことを、アーロンは感じていた。 |