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生命の流れ
Vincent & Nanaki's Story




 ヴィンセントは何年ぶりかにコスモキャニオンを訪れた。
 世界でも数少ない、落ちつける場所。
 神羅カンパニーの崩壊、それにともなう突然の魔晄文明の消滅は、世界中を混乱に陥れた。社会システムの大転換、生活様式の急激な変化は、一般市民のひとりひとりまで巻き込み、社会不安・犯罪の増大、人口の激減をもたらした。
 それから百数十年。世界は落ち着きを取り戻しつつあるとはいえ、あちこちに混乱のあとが残っていた。
 そんな中で、コスモキャニオンやゴンガガなどのもとから魔晄になどたよっていなかった土地は、昔以上にゆったりとした日常が流れていた。
 大切にしたい場所。大切にしたい時間。だからこそ、ヴィンセントはコスモキャニオンにはめったにやってこなかった。人ならざる自分が安住の地とするには、そこはあまりにもまぶしかった。それゆえ、ほんのたまに自分にコスモキャニオンの土を踏むことを許した時間を、ことさら愛しく感じられた。
 だが今度の訪問は、少し違っていた。そこはいつもと同じように輝いている。いつもと同じように優しい風が吹いている。
 しかし、何かが違って見えた。そう。何かが・・・・・・・・・・。
 ひとりぼんやりと青い空を見上げていると、なつかしい声が背後から聞こえた。
「ヴィンセント!」
レッドXIII−−−−−ナナキだった。
「ナナキ。久しぶりだな。あいかわらず元気そうだ」
「もちろん!今日はひとり?クラウドは?」
「あいつは・・・・・・ライフストリームに還ったよ。今日は、それを言いに来たんだ」
「クラウドが・・・・・・!?」



×××



 夜がやってきた。
 人の姿の消えた闇の中、コスモキャンドルは昔も今も同じように暖かい光を放っていた。そのそばにヴィンセントはナナキとともに、酒と肴を手に座っていた。
「・・・・・・そうなのか・・・・・・・・・・・。クラウドが、とうとう・・・・・・・・・・・」
「ああ・・・・・・・。1カ月くらい前か。あいつ、ニブルヘイムに行きたい、そう言いだしたんだ。戦いが済んだ後、母親の墓を作りに帰って以来、絶対に行こうとしなかったのにな・・・・・・・・・。そしてニブルヘイムに着いて数日後、突然倒れてそのまま」
 ナナキは黙りこくって皿の酒をなめていた。やがて舌をぴたりと止めると、彼は頭を前脚の間にうずめた。背中が震えていた。
「ナナキ・・・・・・泣いているのか?」
「あたりまえじゃないか!クラウドに、もう、会えなくなったんだよ!クラウドだけじゃない、あの時の仲間は、みんなもう・・・・・・・」
「人間の寿命はおまえに比べると短い。当然だ」
「ヴィンセント・・・・・・。あいかわらず、冷静な人だね。あなたは悲しくないの?あなたは淋しくないの?クラウドといっしょに戦って、それだけじゃない、何十年もクラウドとふたりで旅をしてきたってのに!」
「私は・・・・・そうだな。正直に言おう。悲しんでは、いない。むしろ・・・・・・喜んでいる」
「喜んでいる?どうして!」
「クラウドがずっと望んでいたからだ。ライフストリームに還ることを」
「望んでいた?ふん、人間って勝手だね。長生きしたい、いつまで若くありたい、みんなそう言っているくせに・・・・・・・・・!」
「ナナキ。おまえ、いくつになる?」
「オレ?176才になるけど」
「おまえの種族では、まだ若い方なのだろう?」
「うん」
「私はおまえと同じくらいの年月を生きてきた。そしておまえと同じように、若い姿をしている。−−−−しかし、な。私はおまえと違って、寿命が80年そこそこの種族だ。私はとっくに死んでいるべき年齢なんだ。それがどういうことか、わかるか?」
「どういうことかって・・・・・・・・・・」
「ナナキ。おまえももっと年をとればわかる。ティファが逝った後、クラウドがなぜ私とともにあてのない旅に出ることを選んだのか。そして私自身も、おまえの誘いを断ってコスモキャニオンに住もうとしないのか」
 ヴィンセントは夜空を見上げた。星々は、あの夜と何も変わっていないように見えた。

×

 何十年前になるか。
 ティファがそろそろ危ない。そう聞いて、ヴィンセントはミッドガル近くに住むクラウド夫婦を訪ねた。
 結婚したのち、一度はニブルヘイムに帰ったふたりだった。だがすぐにミッドガルに戻り、世界でもっとも混乱の激しい場所で新しい生活を始めた。以後彼らは、思い出としてニブルヘイムのことを語ることはあっても、二度と生まれ故郷に帰ることはなかった。セフィロスに焼かれ、知る人もいなくなった故郷であるはずの場所が、彼らの目にはどう映ったのか・・・・・・・・・・。
 それから数十年。もともとのミッドガルの街は廃墟となり、その周辺に元ミッドガルの住人がいくつかの町をつくって住んでいた。
 そしてそんな町のひとつの片隅で、ティファは自然の摂理通り、年老いていった。
 そして自然の摂理通りの生を終え、ライフストリームへ還ろうとしていた。
 しかし、そんな彼女を見守るクラウドは・・・・・・・・・・・。
 クラウドは今も若かった。少しは年をとっていたが、青年の若々しさをそのままに残していた。
 数日後。いっしょに戦った仲間がまたひとりライフストリームへ還るのを、ヴィンセントはクラウドやその家族とともに見送った。
 目的を果たし、町を立ち去ろうとするヴィンセントを、クラウドは引き止めた。そして、言った。
「ヴィンセント・・・・・・・俺もいっしょに行っていいだろうか?」
「いっしょに?」
「ティファがいる間は、と思っていたけれど、あいつが逝ってしまった今、ここで我慢して暮らしている理由は、なくなってしまった」
「我慢して・・・・・・・・・」
「ヴィンセント、あんたにはわかるはずだ。いや、あんたがひとところに住まず、あちこち渡り歩いているのも同じ理由だろう?老いない自分の姿を人にさらすのに、もう耐えられないんだ。子供たちにしたって・・・・・・・・・・・。何も言いはしないが、自分たちの子供と同年代にしか見えない父親のことを、どう思っているんだろうな?」
「・・・・・・・・ジェノバ、か」
「ああ」クラウドは悲しげに視線を落とした。「精神的にはもう影響はないはずなんだ。ティファも他のみんなも何も言わなかったし、自分でもあの頃のような不安定さを感じたことはない。しかし、身体の方は・・・・・・・・・・・。俺の中に今も消えずに残るジェノバ細胞が、老いることを許してくれないみたいだ。50年近くかかって5つ6つ年をとれたが、これ以上は・・・・・・・どうだろうな」
 ヴィンセントにはクラウドの気持ちが痛いほどわかった。
 彼の身体は今も、宝条に改造された時のままだ。いつまでも若い身体。多くの人々が望むもの。しかし、実際に手にするには、人の心には重すぎるもの。
「わかった。もうしばらくここにいよう。旅の支度をするがいい」
「ありがとう、ヴィンセント」
クラウドは淋しげに微笑んだ。その瞳だけが、彼の本当の年齢を物語っていた。

×

「−−−−ナナキ。おまえにもいつか、わかる。つらいのは、人々の奇異なものを見る視線だけじゃない。生き物の、人間の心は、本来与えられた以上の時間には耐えられないものだ。思い出が増え、思い出が増えすぎ、その重みにつぶされていく。クラウドが逝ってしまったこと、私はそれを悲しんではいない。−−−−−しかし、彼の死をもっとも悼んでいるのも、まぎれもなく私なんだ」
同じ痛みを共有できる仲間がひとり、いなくなってしまったことを。
 ナナキはしばらく、コスモキャンドルの炎を静かに見つめていた。そして、ぽつりと言った。
「・・・・・・・・・・・ごめん、ヴィンセント。オレにはやっぱり、わからない」
「いいんだ」ヴィンセントはグラスをかたむけた。「それは、おまえがまだ若い証拠だから」
「オレ、あの頃よりずっと大人になったよ。だけど、あなたから見たらオレはいつまでもガキなのか?オレはいつまでも青二才なのか?あなたの淋しさをまぎらわす役には立てないのか?それって、なんだかくやしいよ」
「そんなことはない。おまえは私の大事な友だ。クラウドが逝った今、あの頃のことを話せるのはおまえと・・・・・ルクレツィアだけになってしまったからな」
「ルクレツィアさん?あの人もまだ生きているの?」
「ああ」ヴィンセントは微笑んだ。「時々、彼女と話をしに、あの滝へ行っている。あいかわらず、姿は見せてくれないがな。しかし、声を聞けるだけでいいんだ。姿も美しい人だったが、声だけの存在となって気がついた。その声の美しさにも」
「ヴィンセント、ルクレツィアさんのこと、話してよ。もう100年以上のつきあいだってのに、話してくれたことあまりないじゃないか」
「そうか?」
「そうだよ。聞かせてよ、ヴィンセント。百何十年も愛し続けられる人がどんな人か」
ヴィンセントは頭をかいた。いつもどこか悲しげな表情しか見せない男が、酒のせいでも焚き火のせいでもなく、ほんのりと顔を赤くしていた。
「・・・・・・・・・私が彼女と出会ったいきさつは、いちおう知っているな?結局私たちは破滅への道をたどることになるが、幸せだった時期がなかったわけでもないんだ・・・・・・・・・・・・」
 ヴィンセントはぽつりぽつりと、自分に語りかけるように話し始めた。
 真実自分が若かった頃に、短い、本当に短い間ではあったが、彼女が自分を愛していてくれた時のことを。ルクレツィアの心が宝条に傾いていく前のことを。
 彼女との語らい。
 彼女とのふれあい。
 神羅カンパニーが存在し、自分が犯した罪にうなされるばかりだったあの頃には、つらいものでしかなかったはずの思い出。
 それが今では暖かいものに変わっていることに、ヴィンセントは初めて気がついた。
「−−−−彼女に出会った頃。私はタークスの一員として、人には決して言えぬ仕事をしていた。そしてそのことに、何の疑問も持っていなかった。誇りすら感じていた。およそ人間らしい感情とは、縁がなかった。・・・・・彼女に出会うまでは。喜びも悲しみも、希望も絶望も、自分が本当は弱い人間だということも、すべて彼女に教えてもらった。彼女に出会ったことは、ある意味、不幸なことだったにちがいない。しかし、今でははっきり言える。彼女との出会いは、私の人生最大の喜びなんだ、と・・・・・・。私は、老いることのできない自分の身体を呪っている。しかし、ルクレツィアを残して死んだりせずに済むのなら、それでもいいとも思っている」
「・・・・・・・・いいね」ナナキはぽつりと言った。「ヴィンセント、オレ、あなたの気持ちってよくわからない。だけど、それだけは、わかるよ。・・・・・・・・わかる、と言うより、うらやましい、かな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「だって、オレだって、時々思うもの。どうしてオレはひとりなんだろうって。コスモキャニオンの人たち、大好きな人たちはいっぱいいる。だけどやっぱり、オレの種族はオレひとりなんだ。どんなに好きな人たちでも、オレより先にどんどん年をとって、オレより先に死んでしまう。いつまでもそばにいてくれる人は、誰もいない。・・・・・・・・しょうがないことだけど」
「だけど、寿命が長くてよかった、と思うこともないか?」
「なにが?」
「私は最近、まだ生きていられてよかった、そう思うようになった。ルクレツィアのことだけじゃない。人間の生命力の強さ、それを見られたことが、だ。クラウドも・・・・・・・そう言っていた」
グラスの氷が、からりと音をたてた。
「仲間たちはみな、魔晄文明崩壊後の混乱した世界しか知らずに死んでいった。みんな、自分の戦いに誇りを持っていたが、メテオから救ったはずの世界が、結局はじわじわと死に近づいているのかもという不安も抱いていた。しかし、人間というのはそれほど弱いものではないのかもな。ライフストリームが星の傷をゆっくりと治すように、人間社会もまたよみがえろうとしている。それを見られたのは、私とおまえと、クラウド」
 ヴィンセントは死のまぎわのクラウドの顔を思い出していた。ようやくライフストリームに還ることのできる安堵と、人々が未来へと動きだすのを見届けることができた満足感が混じった、穏やかな表情を。
「私の命があとどのくらいあるのか、私にもわからない。だが、私は、生きている限り世界を見て回ろうと思う。今までは人とは違う自分の身体を隠すために旅をしていた。しかしこれからは、自分が守ろうとしたものがなんだったのかを心にきざむために」
「ヴィンセント・・・・・・・・・」
「なあ、ナナキ・・・・・・・。いつだったか、ユフィが言っていたんだが、マテリアってのはどうして戦いや魔法の知識ばかりなんだろう、古代種ってのは戦ってばかりいて大変だったんだろうな、ってことをな。ならば、我々は?クラウドたちの・・・・・・そして我々の心もいつかライフストリームに還り、マテリアになる時がきたら、どんなマテリアになるんだろうな・・・・・・・・・・・」
「そうだね・・・・・・・・・・」



×××



 コスモキャニオンを発つ日がやって来た。
 ヴィンセントは身支度を済ませると、別れを告げにナナキの部屋を訪れた。
 ナナキも旅支度をし、ヴィンセントを待っていた。
「なんだ、その恰好は」
「ヴィンセント、オレも行くよ。長老様には、ゆうべのうちに挨拶しておいたんだ」
「どうしたんだ、急に」
「相棒なしの旅って淋しいだろ?今度はオレがあなたについていく」
「そんなことは・・・・・・・・・」
「いいじゃないか、連れていってよ。オレも世界を見たいんだ。よみがえろうとしている世界ってのを。−−−−ううん、それだけじゃない。本当は、ね」ナナキは照れくさげに舌を出した。「本当は、仲間を・・・・・・・オレの種族の生き残りを探しに行くんだ。ブーゲンのじっちゃん−−−ブーゲンハーゲン様が、『もしかしたら、かわいいガールフレンドでも見つかるかもしれん』と言ってたのを、あなたの話を聞いてて思い出したんだ。ううん、思い出したんじゃない。なんて言うか・・・・・・・・決心がついたんだ。今までは、どんなに仲間を探しても見つからないんじゃないか、それなら最初から探さない方がいい、そう思っていたんだ。だけど、オレは決めた。きっと捜し出す。あなたのルクレツィアさんみたいな相手をオレも」
「そうか・・・・・・・・・・・」
「だから、ね。もし見つかったら、その時はお別れだよ。オレはコスモキャニオンに帰ってその彼女と暮らすから」
「わかっている」ヴィンセントは微笑んだ。「おまえとの旅、か。楽しくなりそうだな」
 魔晄文明崩壊から百数十年。
 今、世界は混乱を乗り越え、ようやくいい方向に動きだそうとしていた。
 人々の心も社会も、星の命を食いつぶして生きていた頃の膿をすべて吐き出し、これからまた、新しい時代を築こうとしている。
 そんな人々のたくましさを見ることは、きっとナナキの心に大きな宝をつくり出すに違いない。ヴィンセントは思った。
 そして、そんな時代の到来を見ることができるのは、それは自分とってもまた幸運なことなのかも知れない。
 生きることはつらい。
 しかし、その中に時には喜びがある。
 だからこそ、人は未来を夢見る。
 だからこそ、人は未来を守ろうとする。
 クラウドが、エアリスが、そして自分たちがそうしたように・・・・・・・・・・・・。




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