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アルベドの酒




 ミヘン街道に、にぎやかな夜が訪れていた。
 このところ近隣を荒らし回っていた魔物は倒された。親玉がいなくなったためか、ザコたちもすっかりなりをひそめている。そして旅行公司の前の広場では、この平和な夜を与えてくれた召喚士一行をかこんでの楽しい宴が開かれていた。
 そこに集ったのは店員や近くの住人たち。その大半はアルベド族だった。彼らは最初、エボンに逆らう自分たちのために働いてくれる召喚士がいるということが信じられなかったようだった。事実、つい最近も別の召喚士に魔物退治を依頼したところあっさり断られていたのだから。
 しかし、この召喚士がアルベドを娶り、その妻を『シン』に殺されたのをきっかけに召喚士の道を選んだ男だと知って、納得と、新たな驚きと喜びが彼らのうちに広がっていた。
 彼のガードのひとりも、アルベドへの偏見をみじんも感じさせなかった。アルベド独特の料理を珍しそうにたいらげ、彼らの暮らしぶりを興味深そうに聞き、ブリッツボールを渡され求められるまま華麗なるボールさばきを披露して拍手喝采を浴びた。彼はまるで旧知の友人のように、アルベドたちの中にすっかりとけこんでいた。ただ、酒だけは、もうやめたんだからと、どんなに勧められてもがんとして断っていたが。
 しかし、もうひとりのガードは憮然とした表情で宴席に加わっていた。
 のせられるまま、魔物退治に加わったことを彼は内心後悔していた。俺の剣はエボンの教えを守るためにふるうものであって、教えに反する連中のためにではないはずなのに、と。
 ミヘン街道を通る旅人も困っているのだから。それにも一理ある。しかし、ここに集っているのはアルベドばかりだった。宿の泊まり客にはアルベド以外の人もいる。しかし彼らは野宿など考えられない危険な場所にある貴重な宿に選択の余地なく泊まっているのであって、それ以上アルベドとかかわりを持ちたくないのだろう、部屋にこもって出てこようとしなかった。
 彼もまた、こんな場になど出たくなかった。しかし、主人である召喚士を守るのがガードの役目、召喚士のそばを離れるわけにはいかんだろーが、と、もうひとりのガードに反論の余地のないことを言われ、いやいやながらここに座っていた。
 そんな彼の胸の内を知ってか知らずか、アルベドたちは彼にも機嫌良く酒を勧めた。その酒を彼は立て続けにあおった。酒でも飲まなければ、やっていられなかった。
 彼は召喚士の方に目をやった。召喚士は数人のアルベドたちにかこまれて、にこやかに話をしていた。さほど離れていないので声は聞こえてくるが、アルベド語で話していて彼には何の話をしているのかさっぱりわからなかった。
 耳障りな言葉を聞き流すうち、ずっと彼を悩ませている迷いがまたも頭をもたげてきた。
 本当にこの男についてきてよかったのだろうか、と。
 彼は、面識こそなかったが、この召喚士のことはずいぶん前から知っていた。異端の者たちと交わることを厭わぬ変わり者の僧侶として、寺院では知らない者の方が少なかった。布教のために進んで彼らの元に赴く者は他にもいたが、エボンの教えに反する彼らの思想や生活習慣を認める者は皆無だった。そんな僧侶に理解を示す者もいなかった。彼も、そんなひとりだった。
 それが今、いつの間にか召喚士になっていたその男のガードとして、共に旅をしている。
 つまらぬことで出世の道を絶たれ、失意の底にいた時に来たガードの依頼。一度は断ろうと思ったその話を、彼は結局やけくそになって引き受けた。この男を俺の力で絶対に大召喚士にしてやる。大召喚士のガードともなれば、もう二度とこんなみじめな思いはしなくて済む、と。
 しかし、いざ旅に出てみると、とたんに迷いが生まれた。たとえ旅の間あの男を守りきりザナルカンドにたどり着いたとしても、アルベドを妻に持った召喚士などに究極召喚の祈り子は応えてくれないのではないか、と。
 それよりも、どこか地方の寺院でやり直した方がいいのではないか?次の寺院に着いた時にでもこんな旅はやめてしまって・・・・・・・・・・。
 しかし、今さらどんなにがんばってみたところで、あの時までは約束されていたも同然だった老師の地位はもう望めないだろう。ベベル寺院付きの僧兵に戻ることすら無理かも知れない。そして田舎寺院の一僧兵として一生埋もれて−−−−−。
 それもまた、考えたくもないことだった。それならばやはり、最後まであの男に賭けるしかないのか・・・・・・・・・・・。
 彼はまた酒をあおった。もうずいぶん飲んだはずなのに、さまざまな考えが頭の中を駆け回っていて、いっこうに酔えなかった。
 彼のグラスが乾いているのにそばにいたアルベドが気づき、酒をつぎにきた。彼はいいかげん拒絶したい気分になっていた。しかし彼らは感謝の言葉なんてなんの足しにもならないことだけでなく旅費の援助も約束してくれているのだから、ここで意味もなくことを荒立ててもしかたがない。彼はそう自分に言い聞かせ、おざなりな礼を言いながらそれを受けた。
「アーロン」
その時召喚士が場所を変え、彼の隣に座った。
「ブラスカ様・・・・・・・・・・・」
「こういうのも、いいものだろう?」
召喚士はにこりとしながら彼にそう言った。
「ブラスカ様?」
 −−−−−どういうことですか?
 しかしすぐにまたアルベドたちが召喚士の回りに集まってきて、彼も否応なしに会話の輪に入らされ、その問いを口にはできなかった。
 −−−−−まあ、いい。どうせたいしたことじゃない。
 そして問う機会を逸したまま、宴がはねた時には彼は召喚士がそう言ったことを忘れていた。



×××



 『こういうのも、いいものだろう?』

 あれから10年を経た今、アーロンはブラスカのあの言葉を思い出していた。
 あの時と同じ、ミヘン街道の旅行公司前。あの時と同じ、近隣を荒らし回っていた魔物を倒した召喚士一行。そして−−−−−あの時と同じ、アルベドたちの感謝を素直に受け止められないガードがひとり。
 召喚士はアルベドの血を引いている。一番若い新入りのガードは、元々アルベドへの偏見を持ち合わせていない。そのふたりはもちろん、召喚士の出自を知るガードたちも、もしかしたら何か思うところがあるかも知れないが、困っている人々の役に立てたことをそれなりに自分の喜びとしているように見えた。
 しかしその中でひとりだけ−−−−ワッカだけは、あからさまに不機嫌な顔をしていた。アーロンは、彼の胸の内が手に取るようにわかる気がした。おそらく彼は、チョコボ騎兵隊が困ってるって聞いていたからやったんだ、おまえらのためなんかじゃない、そう叫びだしたいに違いない。しかしそれを、一仕事無事に終えてほっとしている召喚士の手前、必死にこらえてるのだろう、と。
 10年前、自分が我慢してアルベドたちの酒を飲んでいたのと同じように。
 あの頃の俺は、本当につまらん奴だったな。今もたいして変わらないかも知れないが。
 アーロンは、ワッカのそばに寄ると、彼の肩を叩いた。
「ワッカ」
「アーロンさん・・・・・・・・」
「こういうのも、いいものだろう?」
それだけ言うと、彼はその場を離れた。
「アーロンさん・・・・・・・・?」
 あの時のブラスカの言葉をそのまま、この俺が言うことになるとはな・・・・・・・・・・。
 ブラスカがどうしてあんなことを言ったのか、あの時にはわからなかった。すぐに忘れてしまったくらい、どうでもいいことでもあった。
 しかし、今なら、わかる。
『自分の力が人の役にたつというのはいいものだろう?』
 ブラスカは、こう言っていたのだ。
 あの時まで、アーロンの剣はあくまでもエボンの教えを、寺院を守るためのもので、庶民のためにふるわれるものではなかった。ましてやアルベドたちのために使うなんてまっぴらだった。そして彼の力への見返りは、地位の向上であって、感謝の念などという漠然としたものではなかった。
 しかし本来力ある者が与えられるべきは、感謝、尊敬、満足−−−−そういった、形のないものだと今は思える。
 そしてそれは、相手がアルベドでも変わらない。
 ブラスカは、あの頃の自分が考えていたような、エボンの教えを軽んじる者ではなかった。だからこそ、究極召喚を得て『シン』を倒し、教えに殉じたのだ。
 それでもアルベド族にも好意を持ち、親身に接していたのは、彼らもスピラで共に暮らす仲間であり、『シン』や魔物に苦しむ民だと知っていたから。ただ少し、自分たちとは考え方が違うだけの。
 それがワッカにも、いつかはわかるだろうか・・・・・・・?
 もしそんな時が来たら、彼も今までの自分の価値観がくずれていく苦しみを味わうことになるだろう。かつての自分と同じように。
 しかしワッカには、その苦しみを乗り越えて、まやかしなどではない本当の未来をつかみ取って欲しい。自分の代わりに。
『こういうのも、いいものだろう?』
 ブラスカが言っていたのとは多少意味合いが違うかも知れない。
 しかし、自分の思いをワッカに伝えるのに、これ以上の言葉はないように思えた。




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