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晩秋
Grandpa and his family




 ラグナははっとして机から頭を上げた。
 また仕事中に居眠りしてしまったようだった。原稿用紙の上で、線がみみずのようにのたくっている。
 彼はひたいの方にずり上がっていた老眼鏡をはずすと、目をこすった。そして、電話のベルが鳴っているのに気がついた。それが彼を夢の世界から引きずり戻したらしい。
「エルオーネ?」ラグナは書斎のドアを開けると言った。「エルオーネ?いないのか?」
返事はなかった。彼女は出かけているらしい。ラグナはあくびをかみころしながら電話に出た。
「はい、レウァール・・・・・・・・・・・・・」
『お義父さん、今からそっちに行っていいですかーーーーー!!!』
その声の大きさに、眠気が一度に吹き飛んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・リノア?」
彼のことを『お義父さん』と呼ぶのは彼女しかいない。
『今そこに、誰もいませんよね?!』
「ん、まあ、オレしかいねえけど・・・・・・・・・・・・・・」
『わかりました、すぐ行きますーーーーー!』
そう言うが早いか、リノアが居間の真ん中に突然現れた。ラグナはもう少しで電話台を蹴り倒すところだった。
「リノア・・・・・・・・・・・・・。あんた、魔力がいちだんと上がってねーか?」
彼は心臓をばくばく言わせながら、受話器をそっと置き、電話台の位置をやたら丁寧に直した。リノアがテレポートするところはもう何度も見ていたが、今日のは格別驚いた。
「あら、やだ」彼女の右手は、まだ受話器を握った形のままだった。「すみません、ちょっとあせっちゃって。−−−−−大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。心臓はちゃんと動いてる」そこまでせんでもいいと言いたいくらいにしっかりと動いてる。「で、どしたよ、そんなにあわてて飛んできてさ」
「それが・・・・・・・・・リオがどうもこっちに向かっているらしいんです」
「リオが?」
リオはスコールとリノアの息子、つまり、ラグナには孫にあたる。
「ええ。朝ごはんを食べたあと、遊びに行ってくると言って出ていったきり、お昼になっても帰ってこないんです。それであの子の意識を追跡してみたら、どうも列車でウィンヒルの方に移動してるらしくって。だけど、スコールに魔法を使うところを他人には絶対に見られるなと言われてますし、第一動いている列車の中にテレポートするのは難しいですから。それならここに来て、こっちから追いかけた方が早いかな、と」
「はあ・・・・・・・・・・・・・。それで、間違いなくこっちの方に来てるか?」
リノアは目を閉じると神経を集中した。そして、言った。
「ええ、少なくとも全然別の路線の列車に乗ってるってことはないです」
「そんなら迎えに行くか。車、取ってくるな」
「あ、車だけ貸していただければ」
「いーからいーから。エンリョするなって。−−−−あ、そうそう。エルは娘つれて散歩だか買い物だかに行ってるらしくっていないから、出かけてくるってメモだけ残しといてくれないか。そいから駅に電話して、小さな男の子がひとりで乗っていたら間違いなく降ろすようにって連絡しといた方がいいな」
 ラグナはそう言うと、車の鍵を持って外に出た。
 秋晴れの空がウィンヒルの上に広がっていた。冬間近、寒い日もときおりあるようになったが、この日は風もなく、穏やかな実に気持ちのいい陽気だった。
 こんな日に部屋にこもって仕事なんかやってられなかった。



×××



 車がウィンヒルの村を出て隣町への山道にさしかかる頃には、リノアはすっかり落ち着きを取り戻していた。誘拐されたとか事故にあったとかってわけじゃないだろとラグナに言われて、いくらなんでもあわてすぎたと思い直したらしい。しかし、彼女がうろたえる気持ちもわかる。デリングシティからウィンヒルへのひとり旅は、五歳児に安心してさせられることじゃない。
 それにしても、子供の居場所がどこにいてもわかるってのは便利だなあ−−−−ともラグナは思ったが、それは口に出しては言わなかった。リノアだって、好きでそんな力を持ったわけではない。
「んでさあ、リオのヤツ、ホントにウィンヒルに行こうと思って列車に乗ったわけ?」
「う〜〜〜ん・・・・・・・・。そこまではわかりませんけど、少なくとも、楽しんではいるみたい」
「だったらそんなに心配するな。駅には先回りできそうだし、そこで捕まえられりゃ問題ナシだ」
 カーラジオはずっと音楽を流し続けていた。30年前の曲だ。
 電波障害が解消されてから10年あまり。テレビは今もオンライン放送が主流だが、完全に途絶していたラジオは早いうちから電波放送再開に向けてインフラの整備が進み、この春から本格的な放送が始まっていた。そして音楽番組では最近の曲と共に、電波障害が始まってラジオがなくなる直前の頃のヒット曲が好んでかけられていた。
「−−−−−だけど、こうもたびたびひとりであちこち行っちゃうのは困るわ。こんな時ばかりは『力』があってよかったと思うくらい」
「そんなによくあるんか?」
「ええ。行きたいところがあればどんなに遠くてもひとりで行っちゃうんです。と言っても今まではさすがにデリングシティから出たことはなくて、電車にまで乗ったのは今日が初めてだったから、ちょっとあわてちゃいましたけど」
「ま、男の子なんだし、そのくらい度胸があるのもいいんじゃないか?オレがガキだった頃もそんなんだったからそう言うんじゃないんだけどさ」
「お義父さんも、そうだったんですか?」
「オレの場合は、単に迷子になってただけとも言うな。足のむく方にどんどん歩いてって帰れなくなってベソかいて。孤児院のセンセにもさんざん怒られたよなあ。だけどそれにこりるどころか、まだ行ったことのないとこに行くのがおもしろくなってきて、わざと迷子になりに遠出をするようになってさ。−−−−そんでもって、そーゆーガキが育つと、こんな放浪癖のある大人になるわけだ」
リノアはつい吹き出した。
 その時、ラジオの曲が変わった。流れてきたのは、ジュリアの歌声。ラグナとリノアは話をやめ、ラジオに耳をかたむけた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんたの母さんの歌だな」
曲が間奏部分に入ると、ラグナは言った。
「ええ・・・・・・・・・・・・」
「あんたの母さんが亡くなってからもう20年以上になるか。歌手として活動していた時期はホント短かったのに、今も忘れられずにいるってのはうれしいよな」
「はい・・・・・・・・・・・・・」
 ジュリアの歌が終わり、DJは次の曲の紹介を始めた。リノアはそれに聴き入っているようだったが、突然、つぶやくように言った。
「あの・・・・・・・・・・・・・・お義父さん?」
「ん?」
「母が父と結婚する前にしばらくつきあっていた男性って・・・・・・・・・お義父さんなんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしてそんなことを訊くんだ?」
「スコールがそんなようなことを言ったことがあるんです。だけどすぐにしまったって顔をして忘れろって言ったっきりそれ以上話そうとはしなかったし、第一、彼もあまり詳しくは知らないみたいで。そのあと、父と婚約した頃の雑誌のインタビュー記事で母が戦場に行ったきり帰ってこなかった恋人のことを語っているのを読み返して・・・・・・・・名前までは書いてなかったけど、もしかしたらそれがラグナさんのことなんじゃなかったのかなあ、って・・・・・・・・・・・・・」
ラグナはため息をついた。
「−−−−−−−−−−−−ナイショにしてたつもりはないんだけどな」
「やっぱり・・・・・・・・・・・そうだったんですね」
「そんでも、まあ、どうしても話しておかなきゃならんことではないし、話す機会もなかったからな。−−−−で、どう思う?ひどいヤツだと思ったか?」
「いえ、そんなことは」
「正直に言ってくれればいいぜ。自分でもそう思ってんだからさ。戦死でもしたんならしょうがないけど、そうでもないのに連絡ひとつせずにいなくなったあげく、他の女とよろしくやってたんだもんな。派兵された先で身動きできないくらいの大けがをして、最初の2、3ヶ月は手紙ひとつ書けなかったのもホントなんだけどさ。他に好きな女ができたんなら、せめて多少遅くなってもちゃんとさよなら言っとかなきゃいかんかったんだよな。それが、どうやって切り出そうか考えてるうちに彼女が婚約したって話を聞いて、結局そのまんま。−−−−ジュリアには、ほんとに悪いことしたと思ってるよ」
「母もラグナさんのことを許してくれてると思います。そうでなければこうして家族になることはなかったでしょうし。それに、本当に私のことを大事にしてくれてると感謝しています。それともそれは−−−−母とのことがあったからですか?」
「ジュリアへのつぐないの気持ちはどっかにあるだろな。彼女が嫌いになって別れたわけじゃなかったから、オレの息子と彼女の娘がいっしょになったってのは、やっぱし彼女とは縁があったんだなあってうれしくも思ってるよ。だけど、それだけじゃないさ。あんたは息子が心底惚れてて、かわいい孫まで産んでくれた女だ。義理の親父が息子の嫁を大事にするのはとーぜんのことだろ?もっともオレは、家族ってもんとあんまし縁のない人生を送ってきたから、どれだけうまくやってるかは自信ねえけどさ」
「自信持ってくれていいですよ。私、ラグナさんが本当のお父さんだったらよかったなあって時々思いますから」
ラグナは笑い出した。
「その言葉、素直に受け取っとくよ。−−−−−でも、フューリーにはそんなこと言うんじゃねーぞ」
 リノアと知り合って以来、ジュリアとのことを彼女に話すべきかどうかラグナはずっと迷っていた。そして思いがけずその機会に恵まれた今、やっぱり話してよかったと思っていた。
 リノアも母を早くに亡くし、母との思い出は少ない。そんな彼女に、少しでも母親のことを話してやれたらいいな、とも思った。
 ジュリアがどんなに美しく、魅力的な女性だったかを。 



×××



 ふたりが駅舎に入るとほとんど同時に、列車が到着する音が聞こえてきた。
 しばらくして改札口から数人の乗客が出てきたが、子供の姿はない。ちょっと心配になってきたところで、小さな男の子が駅員に手を振って駆け出してくるのが見えた。リオだ。
 少年は改札を出るとどっちに行こうかきょろきょろあたりを見回した。そしてラグナの姿を見つけるとびっくりしたようだったが、すぐにうれしそうに駆け寄ってきた。
 そして彼に飛びつこうとする寸前で、リノアが息子を捕まえた。
「あれー?ママもきてたのー?」
「来てたの、じゃないでしょ?!どうしてこんな遠くまでひとりで来たの!近所のお友だちの家に遊びに行ったんじゃなかったの?!」
「だからあ、ぼく、ラグナのとこにあそびにきたのー」
「は?ホントにオレんちに来ようと思ってたわけ?」
ラグナは驚いて訊いた。
「うん!でんしゃにのるのにおこづかいためたのー。ちょっとたりなかったけど、でんしゃのおじさんがおまけしてくれたー。えっとー、そんでー、ここからラグナにでんわして、おむかえにきてもらえばよかったんだよねー?」
そう言ってリオは、ポケットから小銭とラグナの家の電話番号をつたない字でメモした紙切れを出して見せた。計画に小さな子供らしい甘さと無謀さがあったとはいえ、何度か親に連れてきてもらった時に道順と手段をきっちり覚え、ちゃんと目的を持って自力でここまでたどりついたらしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・こりゃまたずいぶん末恐ろしいお子様だな」ラグナは孫息子を抱き上げた。「なんにしても、よく来たな、リオ!そんじゃ、いっしょにいっぱい遊ぼうな」
「うん!ラグナとあそぶー!」
「リオ!お友だちと違うんだから、『ラグナ』じゃなくて『おじいちゃん』と呼びなさいっていつも言ってるでしょ!?」
「いいんだよ、リノア。『ラグナ』って呼べってオレが教えてんだから」
「でも・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「オレはまだスコールに『とうちゃん』って呼んでもらったこともないんだぞ。順番すっとばしていきなり『じいちゃん』なんて、絶対ヤダ」ラグナは車の鍵をリノアに渡した。「帰りの運転はあんたに頼むな。オレはリオの相手をしてくから」
 そう言うとラグナは、大はしゃぎのリオに負けないくらいうれしそうな足取りで、駅の出口に歩き出した。



×××



 ウィンヒルに着き車から降りると、リオはラグナの家の1階、エルオーネが経営する食堂の入り口にすっとんで行き、元気よくドアを開けた。
「エルちゃん、こんにちわー!」
「あら、リオちゃん、いらっしゃい」
エルオーネは午後の開店準備をする手を止めて言った。2階からは、ラグナとエルオーネの7才になる娘、レイニーも顔を出した。
 リオはそのまま手加減なしの勢いでエルオーネに飛びつこうとしたが、それをラグナはあわてて止めた。
「エルのおなかには赤ちゃんがいるんだから、だっこはナシだぞ、リオ」
「うん、わかった」リオはエルオーネのそばに寄ると、彼女の大きなおなかをそっと触った。「あかちゃん、いつうまれるの?」
「もうすぐよ。生まれたらなかよくしてあげてね」
「うん!」
「ごめんなさい、突然押し掛けちゃって」
その時リノアが、一足遅れて店に駆け込んできた。
「いらっしゃい、リノア。久しぶりね」
 お決まりの時候の挨拶、近況報告をすると女二人の話はそのまま世間話に突入した。そのすきにラグナは、さりげない様子で子供たちをうながすと、2階に上がろうとした。
「ラグナ」
そこをエルオーネが低い声で呼び止めた。
「はいっ」
ラグナはどきっとして立ち止まった。
「この忙しいのに、いったいどこに行ってたのよ」
「だから、その、つまり、リオを迎えに駅まで・・・・・・・・・・」
「それはいちおうわかってるんだけど。仕事をさぼる口実ができて、喜んで出かけていったんじゃないの?」
すいません、そのとおりです。
「まったくもう、今書いてる原稿、今日中にしあげなければならないんでしょ?それなのに、また居眠りしてたみたいで全然進んでないじゃない。それで間に合うの?」
「・・・・・・・・・・・あの〜、やっぱりお邪魔だったみたいですね」リノアがふたりの間に割り込んだ。「これ以上ご迷惑おかけしちゃ悪いから、今日はこれで帰ります。−−−−さ、リオ、おうちに帰るわよ」
「え〜〜〜〜、ぼくまだラグナとぜんぜんあそんでないよ」
「おじいちゃまはお仕事で忙しいの。また今度、いつおひまですかって訊いてから遊びにこようね?」
「やだもん!ラグナとあそぶんだもん!」
「聞き分けのないことを言うんじゃないの!」
「あのね、リノア。あなたさえよければ、リオを4、5日預からせて欲しいんだけど」
エルオーネは泣き出しそうになっているリオの頭をなでながら言った。
「でも、お忙しいんでしょ?」
「今日はどうしてもかまってあげられないけど、この人、今やってる仕事が終わればしばらく暇なのよ。私の出産が近いからって、むこう3ヶ月くらい大きな仕事は入れてないの。それに、このままリオを帰したりしたら、それこそ仕事をすっぽかしてデリングシティまでいっしょに行っちゃいそうだわ」
ラグナがうしろの方で、訴えるようにリノアにうなづいている。レイニーも、久しぶりに来た『いとこ』と遊びたそうだ。
 リノアはため息をついた。
「・・・・・・・・・・・・・リオ、しばらくおじいちゃまのところにお泊まりする?」
「いいの?ママ」
「ただし!今日はおじいちゃまにまとわりつかないこと。いっしょに遊ぶのは明日から。いいわね?」
「わーい、やったー!」
リオはうれしそうにぴょんぴょん跳びはねた。そのうしろでは、ラグナとレイニーが手をつないでやっぱり飛び跳ねていた。
「そうそう、それから」リノアは少しお金を出して、リオに渡した。「しばらくお世話になりますって、おばあちゃまにもご挨拶してらっしゃい」
「うん、わかった。おはなもっておばあちゃんにこんにちわしてくるー!」
「それならレイニー、あなたがついて行ってあげなさい」エルオーネが言った。「それから、うちの中で騒がしくしてるとパパのお仕事の邪魔になるから、そのまま晩ごはんまでいっしょに外で遊んでらっしゃいね」
「はーい。−−−−−−リオ、行こ!」
子供たちは手をつないで元気よく外に飛び出していった。
 店の中が急に静かになった。
「ありがとな、リノア。レインにも気を使ってくれて」
墓地の方へと走っていく子供たちの姿を窓越しに見送りながら、ラグナは言った。リノアはにこりとしてうなづいた。
「そんでさ。せっかく来てくれたんだからリオだけじゃなくって−−−−−」
その時、ラグナのすぐ横で店の電話が鳴りだした。彼は、ちょっと待ってくれと言うように手を振ると、電話に出た。
「はい、レウァール・・・・・・・・・・・・」
『ラグナ、リノアがそっちに行ってないかー!!』
また電話の向こうから大きな声が響いてきた。今度はスコールだ。
「・・・・・・・・・・・・・そんなにどなるな。オレはまだ耳は遠くなってねえよ」
『そんなことより、リノアは行ってるのか?いないのか?!』
「来てるよ。リオもな」
『まったく、全然手をつけてない昼飯がテーブルの上で冷たくなってると思ったら・・・・・・・・。すぐに帰ってこいと言え!』
「やーだよー」
『ラグナ!』
「『おまえの妻と息子は預かった、返して欲しくばひとりで迎えに来い』とか?おまえもたまには顔見せに来いよ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・このくそじじいが』
「オレはまだ『クソ親父』と言われたこともねえんだ。『クソじじい』と呼ばれるいわれはないね」
しばしの沈黙。
 そしてスコールは、突然乱暴に電話を切った。
「やれやれ・・・・・・・・・・・・・・・。リノアよお、あいっかわらずだな、あんたのダンナ」
「でも、少しは進歩してますよ」
リノアはにこにこしながら言った。
「そういえばそうね」エルオーネが続ける。「だって、結婚した頃からなにかっていうとリノアはうちに来てたってのに、スコールはどんなに心配しても電話一本してこなかったもの。今は何かあれば電話くらいはしてくれるんだから、いいじゃない」
「そーいやそーだな。今日のところはそれでカンベンしてやるか。−−−−−んで、リノア、話を戻すけど。せっかく来てくれたんだ、あんたも泊まってかねえか?ゆっくり話もしたいしさ」
「そうしたいところですけど、私は帰ります。スコールをなだめなきゃ。それに、何の支度もせずに飛び出してきちゃいましたから。テーブルの上もかたづけないと」
「あはは。そうみてえだな」ラグナは頭をかいた。「そんじゃ、1週間くらいしたらそっちにリオを送ってくよ。ちょうどデリングシティに用があるからさ。それからフューリーに、そっちの都合がつくようなら顔出すって言っといてくれ」
「わかりました。スコールには、ラグナさんのことを『くそじじい』呼ばわりしたかったらその前に『くそ親父』と呼ぶようにと伝えておきますね」
リノアはくすくす笑いながら言った。
「ちょっと違う・・・・・・・・・・・・・・・」
「それじゃ、リオのこと、よろしくお願いします」
リノアは頭を下げた。そして、ふっと姿を消した。今度は自宅にテレポートしたようだ。
「・・・・・・・・・それにしても、便利だ。−−−−−−あ〜、オレが魔女になりたかった」
「そんなことになったら私が困るわ。今でさえ面倒みきれないのに、テレポートなんかできるようになったらそれこそどこに行っちゃうかわからないじゃない」エルオーネはカウンターの中に入り仕込みを始めた。「さ、お客様は帰ったことだし、あなたはさっさと仕事してちょうだい。早くしないと雑誌に穴があくわよ」
「ったく、仕事仕事ってうっさいな、エル。レインはそんなにうるさく言わなかったぞ」
「あの頃はうるさく言われるほど仕事がなかっただけでしょ」
「そんなホントのことをはっきりと。・・・・・・・・・・・・・いぢけてやる」
「今は断るのが大変なくらいお仕事があるんだからありがたいことじゃない。いじけてる暇があったら原稿書いて。お夕飯までにはめどつけなさいね。夜は子供たちの世話をしてもらわなきゃならないんだから」
 エルのヤツ、どんどん口うるさくなってくな、とラグナはため息をついた。
 でも、リオをひきとめてくれたんだし、まあいいか。
 ラグナは2階に上がった。今度はちゃんと仕事に集中するつもりだった。
 明日は孫息子と心おきなく遊ぶんだから。



×××



「子供たち、寝た?」
夜がふけた。風呂からあがったエルオーネが、子供部屋に入ってきた。
「ああ、もうぐっすりだ。特にリオは、今日は大冒険だったからな。疲れたんだろう」
ベッドの中では、リオとレイニーがなかよく眠っている。
「うふふ、やっぱり子供ってかわいいわね」そしてエルオーネはリオの顔をしげしげと見つめると、言った。「こんなこと言ったらスコールが怒るかも知れないけど。この子って、スコールの小さかった頃にあまり似てないわねえ」
「そうなんか?」
「う〜〜〜〜ん・・・・・・・・・。目の色はそっくりだし、顔立ちも似てないってわけじゃないと思うんだけど。髪が黒いのと、性格がぜんぜん違うせいでそう見えるのかしらね」そしてラグナの顔を見ると、くすりと笑った。「もしかしたら、あなたの子供の頃にそっくりだったりしてね、ラグナ」
「・・・・・・・・どうだろう。オレのガキの頃の写真って全然残ってないから、自分じゃよくわかんねえな」
「見に行ってみる?うまく鏡をのぞいているところにあたれば、子供の頃の自分の顔が見られるわよ」
レイニーが生まれてから、ラグナは娘の写真をエルオーネでもあきれかえるくらい大量に撮っていた。大人になった時、小さい頃の写真がないってのは淋しいからさ。彼はそう言っては娘に向けてシャッターを切った。それは、ラグナ自身の子供の頃の写真がないゆえだとエルオーネは知っていた。
「・・・・・・・・・・・・やめとくよ。ただでさえスコールがオレに全然似てなくてへこんでるのに、これでリオまで似てなかったら立ち直れねえや」
エルオーネの『力』を使えば、幼い頃の自分をかいまみられるだろう。しかしリノアと同じく、彼女もそんな人間離れした『力』など欲しがってはいない。娘が成長し『力』は遺伝するものではないとわかってきて、彼女がどんなに喜んだことか。そんな彼女の『力』をつまらないことに使いたくなどなかった。自分の幼い日の記録がないというのはやはり淋しい。しかし過去は変えられない。思い出はあるがままに、だ。
「まあ、見てくれはどうだかわかんねえけど、性格は確かにオレに似てるかもな。マイペースで、くそ度胸があって、なんにでも興味しんしんで。今日みたいなことがあると、やっぱりこの子はオレの血をひいてるんだなあと実感するよ」
「でも、方向オンチなところだけは似なかったみたい。よかったわね」
「まったくだ」
ラグナは苦笑した。
 そして、子供たちの寝顔をいとおしそうに見つめた。
 長い間生き別れになっていた息子が与えてくれた孫と、年がいってから得た娘。
 自分がいたからこそ、この世に生まれてきた命。
「−−−−−−オレがいなくなったあとも、こうやってオレの存在ってもんがこの世に残ってくんだなあ・・・・・・・・・・・・・」
「ラグナ」
エルオーネは顔をくもらせた。
「年が明けたらオレも60になるからな。そんなことを考えるようにもなるさ。−−−−だけど、とうぶんこの世におさらばするつもりはないからな。オレは、今度こそ、子供たちが一人立ちできるようになるまできちんとめんどうみてやりたいんだ。レイニーはまだ小さい。次もひかえてる。まだ15年や20年は老け込んでなんかいられねえよ」
ラグナはエルオーネの腹にそっと頬を寄せた。その中では、彼の血を受けた新しい命がまたひとつ息づいている。
 エルオーネはラグナの髪を指にからませた。
「ラグナ・・・・・・・・・・・・・・。私もできるだけ長く、あなたといっしょにいたい。もっと、ずっと元気でいてね。子供たちのためだけじゃなくって」
「うん・・・・・・・・・・わかってる」
 波瀾万丈、人の何倍も濃い、それなりに楽しい人生を今まで送ってきたと思う。
 しかし、家庭というものとは縁が薄かった。親とはものごころつかぬうちに死に別れ、最初の結婚で得た家族はすぐに失った。
 それが今では、子供や孫にかこまれて、穏やかな日々を送っている。
 つらいことも多かった。早くレインのところに行きたいと真剣に考えたこともあった。
 だが今は、レインには悪いがもうちょっと待っててもらおうと思っている。
 彼女へのみやげ話は、まだまだ足りない。




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