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それもまた、ありふれた日々(2)
Odd and Ordinary days




 セプトとの共同生活が始まった。
 彼は毎日仕事に−−−建設現場で働いていると言っていた−−−出かけていったが、帰ったあとは日々の生活に必要な道具の使い方からアーロンに教えていった。その教え方は決してていねいなものではなく、アーロンがあまりにも何も知らないことに時には怒りだすこともあった。しかし彼の一生懸命な気持ちは十分すぎるほど伝わってきたし、彼の欠点すら、まるでジェクトが人となって帰ってきたようで、妙になつかしかった。
 しかし、機械にはなかなかなじめなかった。
 機械はザナルカンドの暮らしに、アーロンの想像以上に入り込んでいた。機械なしでは片時も過ごせない。『機械は悪だ』と断罪するエボンの教えの欺瞞を知り、偏見はなくしたつもりだった。それでも、教えを幼い頃からたたきこまれ、長じてはそれを広め擁護する立場になった彼には、染みついた考え方から抜け出すことは機械の使い方を覚えること以上に難しかった。
 これほどまでに機械に頼る暮らしがいいことなのだろうかと疑問に感じることもあった。しかし、それよりもまずは知ること、覚えることが先だった。事実を知らなければ考えること、判断することはできない。それは、彼が身にしみて知っている『事実』だった。
 そして、家の仕事はなんとか一通りこなせるようになったある日。
「うお〜い、アーロン、いるか〜〜〜〜〜?」
セプトは大きな荷物をかかえて帰ってきた。
「・・・・・・・・・ああ、おかえり」
「ほれ、みやげ」
彼はそれをアーロンに手渡した。かなりの重さがあった。
「なんだ、これは?」
「ま、開けてみ」
彼はにやにやしながら言った。アーロンはいぶかしげに包みを開けた。
 中から出てきたのは、剣だった。
 スピラでよく使っていたものと形はかなり違った。しかし持ってみると、まるであつらえたように手にしっくりときた。
「これ・・・・・・・・・・・・どうしたんだ?」
「買ったに決まってんじゃねえか。あんたへの投資だ、投資」
「投資?」
「しょーじき言って、オレの稼ぎはいい方じゃねえ。あんたも食わせるくらいのカネは稼いでるが、そしたらあとはあんまし残んねえんだ」
セプトは、アーロンがずっと気にしていたことをはっきりと言った。そして、彼に何か言う間を与えずに、続けた。
「だからって別にもう出てけと言ってるわけじゃねえぞ。あんたのめんどうをみるって言い出したのはオレの方なんだから、セキニンってやつは持たなきゃな。つまり、さ。おさんどんはなんとかこなせるようになったみてえだし、そろそろカネの稼げる仕事した方がいいんじゃないかなってさ。あんたもそういつまでも赤の他人の世話んなってんのはやだろ?そこでオレは、ないのーみそをふりしぼって考えた。−−−−あんた、モンスターハンターになれよ」
「モンスターハンター?」
「そ。棒っきれ一本で魔物に飛びかかっていく度胸といい、そんでもってみごとに倒しちまう腕前といい、あんたただ者じゃねえよ。危ねえ仕事かも知れんが、あんたならきっちりこなせるよ」
「しかし、ザナ−−−−−いや、そんなに魔物が出るのか?」
「たまに出るぜ。山奥とか、海のはるか沖合とか−−−−だったらあんたの出番はないんだけどよ。オレが留守の間ヒマつぶしによくスフィア放送見てるみたいだからあんたも知ってんだろ?最近、街中にもやたらに魔物が出るようになったのよ。今まではたま〜に出ても誰も住んでいないようなど田舎ばかりで、それも人を襲うってことはなかったのになあ」セプトは頭をがりがりかきながら言った。「そんなんだからあんたも記憶をなくす前、魔物退治を商売にしていたとは思えんけど、似たようなことしてたんじゃないの?頭は昔のことをころっと忘れちまってても、体はきっちり覚えてる。こんなことできるヤツはほとんどいねえから、重宝されるぜ〜〜〜〜。魔物を退治すればカネは稼げる、そんでもってゆーめーになっちゃったりしたら、あんたのことを知ってるヤツが向こうから出てくるかも知んねーじゃん。一石二鳥ってやつよ。−−−−−う〜〜〜〜ん、もしかしてオレってかしこい?」
 アーロンを知る人が名乗り出てくることは決してない。
 しかし、魔物退治はいわば彼の本職だった。
 いくら日々の雑用がこなせても、金を稼げなければひとりで暮らしてはいけない。しかし、ザナルカンドの人々と同じように働けるようになるには、それこそ何年かかるかわからない。だが、スピラでしていたのと同じ仕事ならば、多少勝手は違うだろうがすぐにだって始められる。
 何もかもセプトの世話になっていることが負担だったのも、彼が言う通りだった。それでも、これからどうするか自分で考えようにも、アーロンはまだまだザナルカンドのことを知らなすぎた。しかしセプトはそんな彼の気持ちを察し、彼の代わりに考えていてくれた。
「−−−−どしたよ?やっぱこんな危ねえ仕事はやだってか?そんなら無理しなくってもいいんだぞ。あんたが魔物退治やったらきっとすっげーかっこいいだろな〜〜〜なんて考えちまっただけだから。他の仕事、なんか見つけてやっからさ」
「いや、そんなことはない。これならできる。いや、その・・・・・・・・と、思う」アーロンはあわてて否定した。そして深々と頭を下げた。「セプト・・・・・・・・・・・・・ありがとう」
「なぁにそんなにかしこまってんだよ。やめれって。照れるじゃねーか」セプトは真っ赤になって言った。「さ、メシにしようぜ、メシに。腹減ったぜ。ん〜〜〜、いい匂いしてんな。もうできてんだろ?あんた、意外にうまいもん作るよなあ。そんだけでもウチに来いって言ったかいがあったぜ」
 機械にかこまれた暮らしに、セプトの帰りを待ち彼の身の回りの世話をするまるで女のような毎日に抵抗は残る。それでも、なんとかザナルカンドでやっていけそうな自信も少しずつアーロンの中に生まれていた。



×××



 最初のうちは、スピラでは考えられなかったような失敗もした。
 スピラとはまったく違うザナルカンドの街並み、人の流れ−−−−その中で、魔物の動きを読み違え、魔物を取り逃がしたり、思わぬところから反撃されて傷を負うこともあった。何度も失敗を繰り返すうちにアーロンは、ザナルカンドのことを学ぼうとする意識以上に、自分がこの街で暮らしているという事実から逃げていることに気づいた。路上生活をしていた頃にはなるべく人目につかないように過ごし、セプトの家に住むようになってからは必要のない限り外に出ようとしなかった。
 彼は、ザナルカンドを見つめようとしていなかった。
 そしてアーロンは、できうる限り街に出た。
 ザナルカンドに来てからもうずいぶんたつ。時間があれば、スフィア放送で街の様子を眺めてもいた。しかしこうして積極的に街に目を向け、自分の身体で感じようとすると、改めて街の壮麗さに圧倒され、気後れがした。それでもこの街の動きに慣れ、人の流れに入っていかなければならなかった。目先の『生活』のために。そして何よりも、ここに来た真の目的のために。
 そして少しずつ、魔物を確実にしとめられるようになっていった。それと共に、街の人たちの彼を見る目も変わっていった。
 ザナルカンドの人々は魔物の扱いに慣れていなかった。避難するか、追い払うのがせいぜい。そんな彼らがアーロンの魔物退治の腕に頼るようになるのにそれほど時間はかからなかった。心からのものとは違う、打算的なところが多分にあるとはいえ、人に信頼されるというのは彼が長らく忘れていた喜びだった。
 そして、金。魔物退治の謝礼としてアーロンに渡される金は少しずつ増えていった。だが彼には、額の多少はたいした問題ではなかった。それよりも、それを渡す時のセプトの顔を見るのが楽しみだった。セプトの喜びには、これで少しは生活の負担が軽くなる、そういう意味もあっただろう。しかしアーロンは、彼の表情にそれだけではない温かいものを感じていた。
 それはまるで、子の成長を喜ぶ親のようなものだった。



×××



 仕事が休みだったその日、セプトは朝から落ち着かなげだった。
 どうしてかアーロンは気になってはいたが、なぜかを訊きはしなかった。口数の多いセプトは、その気になればよけいなことまでしゃべる。その彼がしゃべりたくないことを聞こうとしても、怒りだすだけだ。
 夕方になり、呼び鈴が鳴った。出ようとするアーロンを止めて、セプトがドアを開けた。近所に住む、セプトの友人だった。
「よっ、アーロン、いるな」
彼はアーロンの顔を見て手を振った。
「おう。今日は魔物が出なかったんでな。そーゆーことで、おまえとはまた今度な」
「そん時はおごれよ。んじゃ、コレ」彼は何かをセプトに手渡した。「そんじゃ、楽しんで来いや」
それだけ言うと、セプトの友人は帰っていった。
「なんだ?俺に用があったんじゃないのか?」
「あったとゆーかなんとゆーか。あんたが仕事に出ちまってたらヤツと行こうと思っていちおう声かけといたんだよ。チケットが無駄になっちまうからな」セプトは上着を取った。「おし、行くぜ、アーロン」
「これから出かけるのか?俺も?」
「そーだよ。何日も前からそのつもりでいたんだ。だけどあんたは、いつお呼びがかかるかわかんない仕事してっからな。もし仕事が入って予定がパーになったらあんたのこった、いらんっつーに申し訳ながるだろ。だから今までナイショにしてたんだよ」
 セプトが自分とどこに行くつもりなのか見当もつかなかった。しかしここで訊いても怒りだすか笑ってごまかすかに決まっていたので、何も訊かずにアーロンは彼についていった。

×

 セプトはアパートの前にとめてあった車の鍵を開けた。
「オレ、車持ってねえからこれもヤツに借りたんだ。ほれ、乗れ」
「乗る?これに?」
アーロンはびっくりしてその車を指さした。
「ナニ固まってんだよ。あんた、車に乗ったことねえのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ない」
こんなに洗練されたものではないとはいえ、スピラにも機械の車はある。乗る機会もあった。
 あの旅が始まったばかりの頃。通りかかったアルベド族が次の町まで車で送ろうと申し出てきたことがあった。ブラスカはアルベド族を妻に迎えたくらいだから、元は僧侶であるにもかかわらずエボンが禁じる機械に抵抗がなかった。ジェクトには便利な機械を使うのはあたりまえのこと。しかしその頃はまだエボンの教えを頭から信じていたアーロンはひとり反対し、結局その申し出を断ることになったのだった。
 そしてザナルカンドに来てからも、人が機械の車を走らせているのを数え切れぬほど目にしても、自分がそれに乗るという発想はまったくできなかった。
「おいおい、このザナルカンドでどーやりゃあんたのトシになるまで車に乗らずに済ませられるってんだよ。んなことまで忘れちまってんのかよ。ったく、あんたのキオクソーシツってのはそーとーしつこいな。忘れたっつーより、はなっから知らねえってカンジだもんなあ。−−−−どーでもいいけど、乗れって。遅れちまう」
 不安はあった。しかし、これもまた必要な経験だと、アーロンは助手席に座った。
 そして、後悔した。
 車はチョコボの何倍もの早さで街を駆け抜けていく。機械の振動が絶え間なく身体をゆさぶる。窓の外の風景は次々に変わっていく。あまりのめまぐるしさに、アーロンは気が遠くなりかかった。
「おい、着いたぜ」
セプトの声に、アーロンは我に返った。いつのまにか機械のうなりは消え、車内は静かになっていた。
「ほんっと変なヤツ。魔物にはへーきな顔でとびかかってくくせに、車が怖いってか?」セプトは苦笑いしながら言った。「んでも、ウチまで歩いてくには遠いから、帰りも我慢しろ。さ、降りた降りた」
 アーロンはふらつきながら車から降りた。やはり車で来たらしい多くの人々が、同じ方向へと歩いていく。
 彼は人々が向かう方に目をやった。そこは初めて来る、しかしもう何度もスフィアで見た場所だった。
 ブリッツボールスタジアム。
「あんた、なんもかも忘れてもジェクトのことだけは覚えてるくらいだから、よっぽどブリッツが好きなんだろ。だからさ、あんたがカネを稼ぐようになった時、それまで食わしてやった分を返してもらった勘定になったら一度連れてきてやろうと思ったんだ。ちったあ自分の小遣いにしろってんのにあんた、稼いだカネは全部オレに渡してくれてただろ?それで、思ったより早くこの日がきたってわけよ」
 セプトはアーロンをうながし、入り口へと歩き出した。
「いや〜〜〜、オレもここに来るのは久しぶりなんだ〜〜〜〜〜〜〜〜。前は、週に1度は来てたもんだけどよ」
アーロンは思わず足を止めた。セプトは振り返った。
「あんだよ〜〜〜〜〜、オレがここに来なかったのは自分のせいだとでも考えてんのか?いちいち肩の凝る男だな。−−−−まあ、確かに、あんたも食わせて着せてでカネの余裕がなかったのもホントだけどさ。でも、カネがあっても来たかどうかはわかんねえよ。ジェクトがいなくなってからはスタジアムまで出向く気にはあんましなれなくて、ほとんど来なくなっちまったもんな」セプトはため息混じりに言った。そして、にかっと笑うとアーロンの背中を叩いた。「おらおら、不景気なツラしてんじゃねーよ!せっかくの試合だ、楽しもうぜ!」



×××



「あ〜〜〜あ、エイブス、負けちまったなあ・・・・・・・・・。せ〜っかくセプト様が応援に駆けつけてやったってのによ。そろそろジェクトが抜けた穴がそれなりに埋まってきて、今シーズンは上位にくるようになってたから今日も、って期待してたのにさ」
試合後、立ち寄った公園を歩きながら、セプトは言った。
「それでも・・・・・・・・・・楽しかった。ありがとう」
「ホントか?」セプトは訊き返した。「それにしちゃさめてたよな、あんた。もっと盛り上がれよ。ブリッツ観戦はアツくなってこそ華だぜ」
アーロンは困ったように笑った。
「ま、あんたがそういう性格だってことはいいかげんわかってきたけどさ。だけど、もうちょいアイソよくしたらどうだ?そんなんじゃ、女のひとりもできねえぞ」
「いや、俺は・・・・・・・・・・・・・・」
「なんだよ、目がかたっぽつぶれてることでも気にしてんのか?そんなんはどってことねえよ。左側から見りゃ並以上の顔してんだし、クソまじめすぎて疲れることもあるが性格は悪かねえし、なんつっても腕っぷしは強いしな。女ってのはさ、男のいいところをいっこだけでも見つけてそこに惚れちまえば、あとはあんまし気にしなくなるもんよ。だからこんなオレでも一度はニョーボをもらえたんだもんな。あんたにはいいとこがいっぱいあるんだ。ちびっと顔がコワいことなんか気にしない女はごろごろいるって」そこでセプトはちょっと首をかしげ、頭をがりがりかいた。「でも、もし前の暮らしに戻れることになって、そこに嫁だのカノジョだのがいたら、今、女を作ると困ることになるかあ。やっぱ、やめとくか」
 セプトはベンチに腰を下ろした。そして、街の明かりにきらめく噴水を眺めながら言った。
「−−−−−−−どうだ?ちったあ昔のことを思い出したか?」
「・・・・・・・・・・いや」
「そっかあ・・・・・・・・・・・。知り合いが名乗り出てくるってこともいっこうにないしな・・・・・・・・・・・。あんたも、忘れたいようなことがいろいろあったのかも知んねえな・・・・・・・・・・・・・・」
どことなく淋しげなセプトの横顔。その表情に、一度彼に訊きたいと思っていた問いがアーロンの口から自然に出てきた。
「セプト・・・・・・・・・・・。どうして、奥さんと別れることになったんだ?」
「ニョーボとかあ・・・・・・・・・・・」
セプトはため息にも似た声でつぶやいた。そして膝をかかえて黙りこくった。
 やはり不躾なことを訊いてしまったか。アーロンがそう思い始めた頃、セプトは言った。
「な、アーロン。あんた、オレのこと、いいヤツだと思うだろ?」
「え?」
「そう思うだろ?な?」
「あ・・・・・・・・ああ」
確かにそう思っていた。しかし、本人にそう訊かれるとなんだか正直に答えにくかった。
「なあ、ホントそう思うだろ?−−−−−ニョーボもさ、いい人だからってオレといっしょになったんだ。それが、出ていく時の捨てゼリフが、『あんたはいい人すぎる!』だぜ。女ってのはわかんねえなあ、そん時はそう思ったよ。・・・・・・・・・でもさ、落ち着いてみたら、ニョーボがそう言うのも当然か、って気がしてきた。ダチがカネに困ってると聞けば、ニョーボに新しい服を買ってやるはずだったカネを貸しちまう。手伝って欲しいことがあると言われれば、ガキと遊んでやる約束をすっぽかしちまう。他人にはいいヤツでも、家族にはそうじゃなかったんだよな。あんたを拾ってきたことも、もし今ニョーボがいたらなんて言うことやら」そこでセプトは急いで付け加えた。「おい、そこでまた勝手に落ち込むんじゃねえぞ。ニョーボが出ていったのはもう5年も前だ。あんたとは関係ないんだからな」
「あ・・・・・・・・・・わかった」
「よし」セプトはうなづくと、話を続けた。「オレには子供がふたりいるんだ。上の子は、女の子だからかなあ、掛け値なしでかわいいよ。娘の方もな、時々手紙をくれるし、ニョーボの目を盗んで会いにも来てくれる。でも、下の子はさ・・・・・・・・・・。男のくせに気が小さくて、どんくさくて。そんなとこにいらいらして、よくどなりつけちまってさ。そんな親父だったから、あいつはオレのことを嫌ってるよ。でもさ。こうして離れて暮らしてみると、あいつにもいいとこはいっぱいあったよなあって今さらのように思うんだ。優しい子で、母ちゃんの手伝いはねえちゃん以上にしてた。物覚えは悪かったけど、一度始めたことは人の2倍3倍の時間がかかっても投げだしたりしない根性があった。しょせんこのオレの子なんだからそんなご立派でカンペキな人間のはずがないんだ、変な期待を持ったりしないで、いいトコをちゃんと見ててやればもうちょい違ってきたのかなあ、なんてさ・・・・・・・・・・・・」
アーロンは、ジェクトと同じ悩みをセプトに見た。息子を愛し、愛するが故に期待が大きすぎ、そして、愛し方を見失ってしまう・・・・・・・・・・・・・。
「−−−−−その息子さんは、いくつになる?」
「16・・・・・・・・・・いや、この間誕生日が来たからもう17か」
「それならば、もう大人だ。子供の頃にはわからなかったことも、大人になればわかるようになる。機会さえあれば、きっとわかりあえる」
「お、言うねえ」セプトはふっと笑みをもらした。そして、空を見上げた。「−−−−−−そうだな。そうだと、いいな」
 優しい水音があたりを包む。
 静かな夜。
 街並みや暮らし方は違えども、人は、スピラもザナルカンドも変わらない。
「・・・・・・・・・・・あんたを拾ってよかったよ。なんか息子と暮らしてるような気分になった。見た目は全然違うし、だいたい、息子にゃ10かそこらのガキだった時から会ってないけどさ。あんましにも物知らずでついどなりつけたくなったのは息子と同じ。そのことは、悪かった。ごめんな。そんで、一生懸命にひとつひとつ覚えようとするとこも、息子と同じだった。あんたにできることが少しずつ増えていくのがうれしかった。あいつにも、こんなふうにつまんないことでも素直に喜んで、ほめてやればよかったんだよなあってやっとわかったよ。今度息子とじっくり向かい合うことがあったら、もうちょっとうまくやれそうな気がする。−−−−ま、あいつは逆立ちしたってあんたほどいい男にはなれやせんだろうけどよ」
「そんなことはないさ。俺も、完璧にはほど遠い人間だ。あんたの息子にも、俺にはまねのできないいいところが、必ずある」
「ん・・・・・・・・・・・・・そうだな」
 −−−−−俺は、ここにいてもいいんだ。
 アーロンはふと、そう思った。
 セプトの気の良さに頼るばかりであることが、与えられているばかりであることがつらく、心苦しかった。しかし、それだけではないのかもと感じた。ただ、こうして彼のそばにいるだけでもそれが、彼のなぐさめになるのならば。
「セプト・・・・・・・・・・。俺も、いつまでこうしていられるかわからないから、ずっととは言わない。だけど、事情が許す限り、あんたにもう出て行けと言われない限り、いっしょに、いる」
セプトはアーロンの顔を見つめた。そして、彼の背中をばんばん叩いた。顔を真っ赤にして。
「なんなんだよ、も〜〜〜〜〜!あんた、こんなむさいおっさんと暮らしてうれしいってか!?ほんっと、変なヤツだな!!」
 セプトはアーロンの肩を抱いた。そして、ささやくように言った。
「・・・・・・・・・・・・・そんでも、あんがとな、アーロン」
アーロンはうなづいた。セプトはにかっと笑みを返した。
「さて、と。そろそろ帰らねえとな。明日っからまたばりばり働いて、カネ稼いで、またいっしょにブリッツ観に来ようぜ」
「ああ」
 いつまでこうしていられるかわからない。いつまでもこうしてはいられない。
 しかしアーロンは、セプトもまた自分を必要としているのならば、こうしていられるうちは彼のそばにいようと思った。
 そうしたいとも、思った。




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