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REBIRTH・7章(2)




 検察局所属のエリート、アエテラは外回りの仕事を終えてオフィスに戻った。
 面会人が待っている、秘書が真っ先にそう告げた。しかし彼には心当たりがなかった。
「召還状をお持ちでした。発送した記録も覚えもないのですが・・・・・・・・」
「だったら何かの間違いだろう。出直すように言えばいい」
「それが・・・・・・・・、その、待っていただいているのは、キリエ・クリュセです」
「クリュセ?外から生きて帰ったとかいう男か?」
アエテラは思い直して、面会人が待つ部屋のナンバーを聞いた。
 面会室でクリュセは手持ちぶさたにソファにふんぞりかえっていた。が、アエテラが来ると、わざとらしく居住まいを正した。
「検察局調査部部長、パテラ・アエテラですね?クリュセです。お待ちしていました」
「ずいぶん待ってもらったようだが、私には君を召還した記憶も理由もない。何かのミスらしいので、秘書に調べさせている。またあとで連絡しよう」
「そんなことをご自分で言いにいらっしゃったんですか?せっかくだから話題の人物に会ってみよう、と好奇心がうずいたと正直におっしゃってくださればいいんですよ」
「召喚状が間違っていたことなど、わかりきっていたような言い方だな」
「用があるのはあなたではなく、オレの方ですからね」クリュセは微笑んだ。「部外者は用もなく役所に入れないのでね。召喚状を偽造したんです。まあ、お座んなさい。話はすぐに済みますよ。あなた次第でね」
アエテラはクリュセを追い返すか秘書を呼ぶか迷った。だが、話の中身を確認もせずに動いたらまずいことになりそうだと直感した。彼はしかたなく腰をかけた。
「何だ?偽造とはおだやかではないね」
「おだやかではないのは、あなたの方だと思いますが。少々思うところがあって、あなたの経歴や行動について調べさせてもらいました。そしたらちょいとおもしろい事実が出てきたので、事情をご本人に直接うかがってみたいと思いまして」
 クリュセはポケットからレポート用紙を取り出し、テーブルに広げた。
「これを見てください、パテラ。あなたの交遊録の一部です。過去検挙されたことがある者ばかりですね。薬事法違反が多いですか?有罪になった者も無罪で済んだのもいますが。検察局の人間なら、彼らと多少の関係はあってもいいかも知れませんが、それにしては植物園だの空港待合室だの、ずいぶん変な場所で会っていますね。オレと違って両親ともエリートのあなたが、犯罪者との個人的かつ友好的なつきあいを好むとは思えませんが」
「だから・・・・・・・・・?」
「顔色が悪いですよ、パテラ」
クリュセは薄笑いを浮かべた。
「・・・・・・・・・・君の望みは・・・・・・・・・・・・?」
「やっぱり何かあるんですね、パテラ?−−−−実は、オレが知っているのはここまでなんです。パテラ・アエテラ、あなたはただ平然としてればよかったんですよ、平然とね」
アエテラは低くうなった。
「で、オレの望みというのですが、過去の刑事事件の記録を見せていただきたいのです。法務庁の記録室に保存されているだけ全部。あなたくらいの地位ならば、かなり重要なデータまで閲覧できるでしょう?」
「拒否したら?」
「拒否したいんですか?それでもかまいませんよ。他にも協力してくれそうな人はいますから。オレは、あなたが何をしているのかまでは知らないし、知りたいとも思いません。だが、あなたがどうしてそんな人種とつきあっているのかに興味をそそられる人間はいくらでもいるでしょう」
「クリュセ・・・・・・・・・・きさま」
「妙なことは考えないほうがいいですよ。オレがつかんでいる限りのデータは、ある場所に封印してあります。オレの死亡、行方不明、その他オレの身に何か起こったことが市民登録コンピューターに入力されれば、データがところかまわず流れだします。そして、あなたはそれを望んでいない」
アエテラはソファに腰を落とした。
「オレは急いでいるんです。今すぐ、返事をいただきたい」
アエテラは食いつきそうな顔でクリュセをにらんだ。彼は無感動にそれを見返した。
「何を、見たいんだ」
「それはオレの勝手です。あなたには知る権利はない」
 アエテラは頭をかかえこんだ。そうして、じっと動かない。
「・・・・・・・・・・法務庁のデータを、見るだけで、いいんだな」
「そうです。それ以上、あなたにご迷惑はおかけしません」
「どのくらいで済む」
「1時間もあれば」
「・・・・・・・・・明日かあさってのうちに、なんとか都合をつける。時間は、あとで連絡する。−−−−−−それで、いいか」
「大変結構です。ありがとうございます、パテラ・アエテラ」
クリュセは握手を求めた。アエテラはその手を無視した。
「ご心配なく。オレが変わり者で通っているのは、ウソをつかないせいですから」
クリュセは親しげに手を振り、アエテラのオフィスをあとにした。
 通路を歩くと、嫌というほど視線が突き刺さる。どこに行ってもまとわりつく好奇と侮蔑。検察局の職員たちも、クリュセに対するあからさまな好奇心を隠さなかった。
 そして、単なる興味以上の感触。
 誰か、つけてくる。
 クリュセは上に目をやった。階上の通路から彼を見下ろしていた2人組があわててその場を離れた。もうひとり、彼と視線が合ってもかまわず彼をじろじろ見ていた。そのどちらとも違うようだった。
 クリュセは検察局を出た。
 気配はもうついてこなかった。しかし嫌な感触だけは残った。



×××



 エドベリは典型的ミドル・ノーマルだ。
 市民の大多数を占める階層に生まれ、教育を受け、そして大多数を占める階層に再び振り分けられた。平凡な彼の唯一変わっているところは、パイロットの資格を持っていることだった。トップ・ノーマル・レベルの仕事を彼は努力の末、手に入れたのだ。
 だが、シティはそれを彼の本業とすることを認めなかった。彼の本来の仕事は刑務官としての囚人の監視と世話だった。パイロットとしては、要請があった時に飛ぶだけだ。貨物機の臨時パイロット、定期的な訓練飛行、刑務官の一業務であるシティ間の囚人護送。そして追放刑の執行。
 命じられた仕事を可もなく不可もなくこなす。どこにでもいる、健全かつ面白みのない一市民にすぎなかった。
 そんな人間が、なぜ展望室でクリュセと話をしていたのか。そしてクリュセにあんな行動をとらせたのか。アリシアの疑問に、エドベリの日常は答えてくれなかった。
「偶然、と彼は供述している。クリュセに会いたくてわずかなりとも可能性のある展望室に行った。崇拝者の典型的行動だ」
エドムは調書の内容を繰り返した。
「そんなこと、信じろっていうの?」
「僕は調書を取っているのを別室で逐一見ていたんだがね。二枚舌を使っていたにしては、陳腐かつできすぎていた。ミドル・ノーマル程度にできる芸当とは思えないね。それに、以前に2人が連絡を取っていた形跡はどこにもない。唯一の接点は、クリュセを追放した時のパイロットがエドベリだったということだけだ。『事故』後、病院で何度か患者と見舞客として会っているが、こっそり何かを伝えた様子もない。クリュセはむしろエドベリを避けていた。そして『自主』退院後はまったく接触していない」
「だから、信じられないのよ。あのクリュセが、自分は大ケガをしながら何のかかわりもない他人を助けるなんて」
「僕は事実を言っているだけだ」
「そう。事実。そのとおりね」
「『事故』の後、エドベリの監視は続けている。極秘にだから不完全かも知れんが、十分役にたっているはずだ。君の口調は、僕を信用できない、と言わんばかりだ」
「そんなこと、言っていないわよ!−−−−それよりも、あなた、ノーマル、ノーマルってずいぶん軽んじているようだけど、手玉にとられているってことは絶対にないでしょうね?」
「やっぱり、僕を信用していないんだな。だったら自分で監視すればいいだろう!」
「監視や調査については自分の方がプロだと言ったのはあなたよ!あのノーマルはともかく、クリュセの方はどうなのよ?!エリートだからプライバシー保護がどうのなんてのを逃げ口上にはさせないわよ!あんな奴、エリートとは呼べないという点で私たちの意見は一致しているんですからね!確かに彼は真面目に仕事をしているわ。だけどそれは何のため?名誉回復のため?まさか!クリュセが考えていることは彼自身しか知らない。私たちだけが・・・・・・・・・本人と私たちだけが、クリュセは殺人を犯していないことを知っているようにね!」
「アリシア、少し落ち着け!」エドムはどなった。そして大きく息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかった。「−−−−落ち着いてくれよ。これじゃ、立場がいつもと逆だ!頼むから冷静になってくれ。僕には君の分まで明晰でいる自信はない」
「だったら、答えなさいよ。クリュセはどうして検察局に現れたの。理由もなく。検察局のチェック機能はそんなにいい加減なものなの?」
エドムはどなりかけ、思いとどまった。
「アリシア・・・・・・・・、ささいなことにこだわっていてもしょうがないだろう。違うか?僕たちはなぜ、クリュセの行動を知ろうとしている?5年前のような方法ならば、細かいことまで知っておく必要があった。しかし今度は、奴のおおまかな行動パターンだけわかっていればいいんだ」
「それで、失敗した。セルを、こんな目的のために使ったから・・・・・・・・・・・」
「違う、予想外の要素が入り込んだからだ!−−−−この計画を話した時、君は何も言わなかった。是とも否とも。僕はむしろ、失望したね。セルキュラーを持つ身であることをこの上なく誇りにしている君のことだ、積極的に賛成してくれるものと期待していたからな。身分不相応なものを持った男にふさわしい悲劇的な幕切れ、とね」
アリシアは何も言わなかった。エドムは続けた。
「奴がよく展望室に行くことは調べるまでもなかった。セルをはずしてうろうろすることがまずなくなったのは、事前調査で十分確認しておいた。そして奴のセルに反応するようにしておいた爆薬は、奴がそこから2メートルに近づいたところでうまく爆発した。セキュリティも連動して解除されるようにしておいたから、自動的な警報も入らなかった。ここまでは完璧だった!即死してくれなかったのは不運だったが、あのノーマルさえいなかったら、遅かれ早かれ奴は死んでいたはずだ。そんなことが2度3度と続くはずがない」
「続くかも知れない。私は、確実な結果を得たいだけよ!」
「それは僕だって一緒だ!−−−−アリシア、僕と君は、どちらかだけが無傷で残る、ということはない。その点をよく考えて欲しいものだな」
 沈黙。
 アリシアは顔をおおった。
 なぜこんな男と手を組んでしまったのだろう。なぜあんなに簡単に自分をおとしめる決断をしてしまったのだろう。なぜ計略があふれるように口から出てきたのだろう。なぜ?
 クリュセのこととなると、冷静な判断が何一つできなくなる。なぜ?
 アリシアの思考はすっかり空回りしていた。
 突然、エドムは耳をそばだてた。彼のセルに極秘メッセージが届いたことがアリシアにはわかった。
「ひっかかったな」エドムはつぶやいた。「例の事件のデータに誰かがアクセスしたらしい。急いで戻って、確かめてくる」
「クリュセが・・・・・・・・・・?」
「そうじゃない可能性は、いったいどのくらいあるんだろうな?」
エドムは冷たく言い放った。



×××



 クリュセは法務庁のコンピューターと記録室に残っていた父の事件に関するデータを、ささいなことまですべてコピーした。
 ついでに彼は、もうひとつ別のデータを拾い上げた。それは彼自身が発見された時の記録だった。イルクーツク市から東北東におよそ400キロの地点。そこはソルト・レイク・シティへの航空路のほぼ真下だった。その地点の緯度、経度をじっと眺めているうちに、彼は自身の事件の真相をも明らかにしたい思いにかられた。身に覚えのない罪で身柄を拘留されていた時の怒りが蘇った。母の死に顔すら見られなかったことが今さらながら悲しくなった。
 しかし結局、経緯度の数値を正確に記憶におさめただけで、アクセスを終了した。
 真犯人を捕まえてどうしてやりたいのか、彼にはさっぱりわからなかった。
 シティの外にあった、幸せ。
 汚名を着せられたことに感謝すべき、この皮肉。
 あの事件の真相は、決して追求すまい。クリュセはそう心に決めた。
 最後に、また必要が生じた時いつでも閲覧できるようコンピューターに細工をして、クリュセは法務庁をあとにした。何人かの管理エリートを脅して回った結果、市民登録、人事管理から保安や財務まで、シティ中の重要データが彼の手中におさまった。
 脅迫のネタにことかかなかったのはずいぶん助けになったが、うんざりもさせられた。同時に、まるっきり無駄なことをしている訳ではないと思えた。彼の前に山となっている不正の証拠をすべて公表するだけでも、どれほどの混乱が起こるだろう。やりようによっては、ローワーの生活改善のために役立てられるかもしれない。もし父が真実有罪だったならば、必ず役立てなければならなかった。父をそんな犯罪に走らせた社会を変えるために。
 父が犯したとされる殺人事件の経過、捜査結果、裁判、刑の執行。それにかかわった雑多な人々と、その経歴。真犯人がなんらかの隠蔽工作をしているとすれば、この中のどこかに記録として残っているはずだった。残っていなければならなかった。
 彼は被害者の生前の地位、人脈を参考に、その死によって利益を得られる者、あるいは記録に残っている以上のことを知っている可能性のある者をふりわけていった。数日間、寝る間を惜しんでさらに分析した結果、疑わしい人物を数人に絞り込んだ。しかし、決定的な証拠は見つからなかった。
 これ以上、記録からは何も見いだせない。
 そう結論したクリュセは、当時のことを覚えていそうな者に直接聞いて回ることにした。
 存在するのかすらわからない敵対者に自分の行動をはっきりと見せつける危険、それを考えなかった訳ではなかった。しかし、おとりになることで敵の姿が見えてこないか、その可能性に期待もしていた。



×××



 刑務所には、できることなら2度と来たくなかった。
 クリュセがここに拘置されていたのは、刑の確定から執行までの約1ヵ月間。有罪決定まではまがりなりにもエリート、それなりの扱いを受け、さほど窮屈な生活ではなかった。だが、ここに移されるとまわりはあからさまに態度を変えた。必要最低限の環境しか与えられず、とりとめのないことを考えるしかなかった独房での長い時間は、思い出すのも苦痛だった。
 どういう理由からか、彼は他の囚人との接触も許されなかった。会話を交わすことができたのは、教育庁を初めとするシティのトップたちとだけだった。彼らは入れかわり立ちかわりクリュセに面会に来ては、罪を認めるよう説得した。そして現体制を批判する言論を撤回すれば、減刑を約束する、と。その内容はともかく、言い方は脅迫そのもので、どれほど人恋しくてもなぐさめにはならなかった。
 自分の主張を貫き通したことを、クリュセは間違っていなかったと思う。たとえ幸運に恵まれず、生き延びられなかったとしてもだ。その結果平穏な生活が取り戻せたとしても、心が平穏であることは2度となかっただろうから。
 クリュセは受付で更生課課長に面会を申し込んだ。係員は思いがけない客にうろたえながら、課長の所在を調べ始めた。そのとたん、後ろから彼は名前を呼ばれた。
 声の主は見ずともわかった。クリュセは舌打ちしながら、平然を装ってふりかえった。
「キリエ、突然退院されたりして、よかったんですか?病院を勝手に抜け出したとうかがって、心配していたんですよ。傷跡、少し残ってしまったんですね。お加減はいかがですか?ここには何の御用で?」
エドベリは矢継ぎ早に聞いた。
「たいした用じゃない」
クリュセはうんざりして答えた。
係員は課長の所在をつきとめ、課長室に戻って待っていると彼に告げた。彼が場所を訊こうとすると、エドベリが口をはさんだ。
「キリエ、メムノン更生課課長に御用だったんですか?それなら僕がご案内しますよ」
「いらん。場所がわかればひとりで行ける」
「ですが、ここから先は、部外者は職員が同行しないと入れませんから」
クリュセは受付の誰かに同行を求めようとした。が、思い止まり、言った。
「勝手にしろ」
 メムノンはぎこちない態度でクリュセを出迎えた。彼は60才、社会を根底でささえてきたミドル・ノーマルの生真面目さと、長い刑務官の生活で身についた警戒心とがその小さな体からにじみ出ていた。
「私に何の御用ですか?あなたは今も、自分は無実だと主張し続けているそうですが、そのことで?私は何も知りませんよ。私は身分の低い者が担当で・・・・・・・・・」
「いえ、違います。うかがいたいのは25年前のこと−−−−覚えていないかも知れませんが、あなたはある男が追放刑を受けた時、刑の執行に立ち会っていました」
クリュセは父の名、特徴をそれまで会った人たちにしたと同じように話し始めた。その他大勢のローワーのこと、誰の頭にもはっきりとした記憶は残っていなかった。メムノンにしても、同じだった。
「・・・・・・・・そんな男が、いたようにも思いますがなんとも・・・・・・・・・・。でも、なぜそんなことをお聞きになりたいのです?」
「彼は、オレの父親です」
「は?!」メムノンはすっとんきょうな声をあげた。「でも、・・・・・・・ローワーですよ?」
「オレは両親とも、ローワーです」クリュセはメムノンをにらみつけた。「しかし、それを誇りにはしても、卑下したことは1度もない!」
「すみません、その−−−−本当に、そんなことがあると・・・・・・・・・思わなくて」
メムノンはしどろもどろになって言った。
「いいですよ、そう言われるのは今に始まったことじゃない」
クリュセはむすっとして答えた。これが普通の反応とわかっていても、どうしても慣れることができなかった。
「すみません、あの、すぐ、記録を調べます。何か思い出せるかも、しれませんから」
 メムノンはすっかり恐縮して、クリュセの父親の市民ナンバーを訊いた。そして該当するデータを持ってくるようにインターフォンで職員に命じた。
 古いデータのためか、時間がかかった。メムノンは飲み物を持ってこさせた。茶が届くと、気まずい雰囲気をこわしてくれるものは何もなくなった。
 さめかけた茶をクリュセがすすり始めた時、やっとディスクが届いた。メムノンはほっとして、自分の机の端末で検索を始めた。
 彼はしばらくデータをながめていたが、やがて小さな声をもらした。クリュセは顔をあげた。メムノンはディスプレイを眺め、ひとりでうなづいていた。
「この男のことなら、なんとなくですが覚えてますよ、キリエ。そうそう、自分に似合わない頭のいい子供がいる、と口癖のように言ってました」
「写真、ありますか」
 クリュセはメムノンの後ろに回った。ディスプレイに映った正面と横顔の2枚の写真、それは間違いなく父の顔だった。拘置者管理用に撮ったもので、決していい表情ではない。しかし彼が両親といっしょに写ったものは没収され、まちがいなく廃棄されてしまった今では、どんな写真でもなつかしかった。
「−−−−こんなところに、記録が残っていたんだ」クリュセはつぶやいた。「法務庁には残っていなかったので、てっきり保存期間が過ぎてしまったものと」
「中央で管理しているのは、ミドル・ノーマル以上だけですから」メムノンはやっと緊張をゆるませた。「ごらんになりますか?あまり、おすすめできませんが。犯罪者の記録です。いいことは書かれていませんよ」
「かまいません。父が殺人犯であることから目をそむけるつもりなら、最初からここに来ません」
メムノンは鼻の頭をかいた。ちらりとクリュセを見、また画面に目を戻した。
「でしたら、ちょっとお待ちください」
彼は引き出しから新しいディスクを出した。それにデータをコピーし、クリュセに差し出した。
「あの・・・・・・・・これは」
「おひとりでごらんになる方がいいでしょう。これをお持ちください」
「しかし、勝手にコピーするのは・・・・・・・・・」
「ええ、まあ・・・・・・・・。でも、こう言ってはなんですが、大昔のローワーの記録です。誰も気にしませんよ」
メムノンはディスクをクリュセの手に押しつけた。
 クリュセは礼を言おうとした。しかし、か細い声を漏らすのがやっとだった。
「たいしたことじゃないですよ、キリエ、先程の私の失礼を考えれば・・・・・・・・・・・・」
メムノンはすっかり困っていた。
 その時、インターフォンが鳴った。人事部の者がこれから課長室に行くという連絡だった。
「すみません、追い返すようで申し訳ないのですが。実はもうすぐ定年でしてね。後任の件でこれから話があるんですよ」
「最後にもうひとつ、いいでしょうか」クリュセは急いで持参のリストをひっぱりだした。「この中の人間に、覚えはありませんか。父に面会に来たとか、何か」
「エリートばかりですね」リストに一通り目を通すとメムノンは言った。「教育庁の方々が彼の知能テストとDNAテストにいらっしゃったとは思いますが、他の部署は・・・・・・・・覚えがありませんね」
それは、クリュセはエリート昇格時に教えられて知っていた。テストで否定的な結果が出たため、息子である彼のエリートへの進路決定が遅れたのだ、と。
「面会人の記録は別データになっていますので、お渡ししたものの中には入っていないはずです。ご希望でしたら調べさせますよ」
 その時ちょうど、客の案内をしてエドベリがやってきた。メムノンは客に少し待っていてもらうように言うと、クリュセに向き直った。
「キリエ、あなたの悪い噂は私も多少聞いています。でもそれは、失礼を承知で言わせていただけば、あなたのエリートらしからぬ部分のせいではありませんか?お気にさわったら、お許しください。ただ、私は、エリートにもあなたのような方がおられると知ることができて、うれしいのですよ」
クリュセは笑みをもらした。そしてメムノンに握手を求めた。メムノンは躊躇しながらもそれに答えた。
 メムノンは面会人の検索をエドベリに命じ、クリュセを送り出した。
 エドベリはどことなくうれしそうにクリュセを連れてデータ室に向かった。そんな彼の態度を納得しかね、クリュセは不機嫌だった。追放刑執行の後、突然出張を命じられたとエドベリは言っていた。展望室の『事故』の時も、彼の行動はシティに不審に思われたらしく、しばらく監視されていたふしがある。嫌な思いもしたはずだ。それなのに、なぜ?
 リストを眺めながら歩いていたエドベリが、急に立ち止まった。そっぽを向いていたクリュセは、彼にぶつかってもう少しでころがしてしまうところだった。
「何だ、突然」
「すみません、その・・・・・・・・なんか、この人に覚えがある気がして」
そう言ってエドベリは、リストの中のひとりを指した。
「おまえ、自分をいくつだと思っている?25年前のことだぞ」
「そうじゃなくて、あなたがここにいらっしゃった時に面会に来ませんでしたか」
「何だって?!」クリュセは思わず大声を出していた。「間違いないのか?」
「そう言われますと・・・・・・・・。面会申請の時にちらっと拝見しただけですので・・・・・・・・・。でも、この写真が年をとれば、・・・・・・・・・たぶん」
 クリュセはエドベリをせっついて、面会人のデータを検索させた。父親の方にはその男に限らず、リストの人物は誰も面会に来てはいなかった。クリュセの記録はエリートということで、刑務所では保存していなかった。
 クリュセは法務庁にすっ飛んでいき、自分の収監時の記録を捜し出した。
 エドベリの記憶に、間違いはなかった。




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