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REBIRTH・プロローグ




 湖は地の果てまで広がる。
 水面にゆらぐ靄は地を包みこむ。靄は片時もとどまらず姿を変え、消え、空に駆け登り、風を呼び、雨となる。ゆったりとした、しかし着実な変化。変わることなどないようにどっしりと構える大地にも。そしてその地に生きるものも、靄のように形を変えていく。
 崖の上に、一匹の生き物が立っていた。
 一人、と呼ぶべきかもしれない。若々しいその姿は人間に似ていた。2本の脚で立ち、粗末ながら服をまとっている。細い、枝のような四肢には、そのひょろ長さからは想像できない強靱なバネが隠されている。砂色の肌は、乾期にはその体を大地に溶け込ませる。長い耳と、闇に強い目は狩りにかかせない。背の中ほどまで生えている髪は部族の伝統にしたがって伸びるままにされ、つるで簡単に結わえられている。人間と呼ぶには奇妙な姿、しかし独特な美しさもかねそなえていた。無駄のない進化の結果、生まれた美だ。
 少年はじっと崖の真下を見つめていた。波は穏やかだった。30メートル下の水面に、かすかに白い泡がたつ。
 風がぴたりとやんだ。
 彼はふわっと跳んだ。しなやかな肢体が宙に舞う。
 激しい水しぶきが上がった。丸い波の輪が水面に広がっていく。
 波紋が消えかかった時、彼は水面に勢いよく顔を出した。ぴちぴちと飛び跳ねる魚をくわえていた。彼は手近な岩にはいのぼると、魚をむさぼりくらった。そして岩に寝そべり、骨をゆっくりとかみ砕きながら空を見上げた。
 彼の心のなかにあるのは、間近にせまった成人の儀のことだった。
 長から知恵のすべてを授かる。知恵は彼らの宝だった。それを受け入れ、自分のものにすることができて、初めて大人と認められるのだ。
 そして試練に耐えた者は夫を、妻を持つことが許される。村人に祝福される中、生涯の伴侶を選んだ二人の髪を長自らが結う。そして、名前を与えられる。意思は心と心で伝えることができ、言語は簡単なものしか持たない彼らにとって、名前は結い上げた髪とともに、誇りだった。
 突然、彼は感じた。何かが近づいてくる。
 彼は水に飛び込んだ。
 音はない。姿も見えない。しかし、間違いなく危険が近づいていた。岩陰で、彼は目だけ水面に出して様子をうかがった。
 やがて、妙な形をした『鳥』の群れが現れた。禁断の地のある、西の方から時々飛んでくる『鳥』だ。それはどんな鳥とも違っていた。巨大で、三角で、くすんだ銀色に光り、はばたかない。遠くをたった一羽で飛んでいるのはよく見かけた。しかしこんな近くで何羽も飛んでいるのには初めて出会った。
 『鳥』そのものは食べられない。そして近づくことはかたく禁じられていた。だが、『鳥』に乗っている彼らに似た生き物は、どんな獲物よりも美味だと聞かされていた。それは『鳥』から降りると彼らに比べて動作ははるかに鈍く、捕まえるのは簡単だという。ただ、『鳥』が地に舞い降りることはほとんどなく、彼の村でその生き物を捕らえたのはもう十何年も前のことだ。
 珍しい獲物。生きている本物を見たい。捕まえてみたい。成人して狩りに出るようになれば、願いの叶うこともあるだろう。
 鳥が遠くまで行ってしまうと、彼は水から上がった。
 早く大人になりたかった。




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