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望郷・2




 セフィロスが見つかったのは、神羅屋敷と呼ばれている廃屋の地下室でだった。
 彼がニブル魔晄炉で行方を絶ってから何日も過ぎていた。
 神羅屋敷−−−そう呼ばれているのはそこがかつて、神羅カンパニーがまだ神羅製作所という社名だったころ所有していたからだということを、ザックスは村人に聞いた。それゆえセフィロスを探してまっさきにそこを調べたのだが、その時には見つからなかった。地下室への入り口を見つけたのは、本当に偶然だった。
 完全に打ち捨てられた地上部の部屋と違って、地下室には神羅製作所当時の資料や設備が数多く残されていた。
 セフィロスはそこで、資料を何冊も抱え、熱心に読みふけっていた。
 ザックスが部屋に入ると、セフィロスは驚くでもなく、資料から顔を上げた。ニブル魔晄炉で別れた時とはまったく違う、落ちついた・・・・・・・・というより、憔悴しきった表情で。
「セフィロス・・・・・探したぜ。こんな部屋があったとはな・・・・・・・・・・・・」
ザックスは顔をしかめた。カビの臭いが鼻をつく。
「ここで何をしている?食事は?眠っているのか?顔色が悪いぞ」
「ザックス・・・・・・頼むから、ひとりにしてくれ」
「セフィロス・・・・・・」
「ひとりに、してくれ」
 ザックスはそれ以上何も言えず、地下室を出た。
 神羅屋敷の扉のところで、クラウドが見張りに立っていた。
「ザックス・・・・・。セフィロスさんは?」
「いたよ。地下室に。だけど・・・・・・」
 本当にひとりになどしておいていいんだろうか?
「クラウド。このまま見張りを続けてくれ。村人を絶対に近づけさせるな。俺は宿で本社と連絡を取ってみる。何かあったらPHSで呼び出してくれ」
 ザックスは宿に戻り、主人にしばらく部屋に近づかないように指示すると、自分のPHSに治安維持部直通の番号を打ち込み始めた。
 が、途中でやめ、PHSをテーブルに置いた。
 本社に連絡など、していいんだろうか?
 セフィロスの不可解な行動−−−−−それは、本社に報告すべきこと、とは思う。
 しかし、してはならないこととも思えた。
 セフィロスの様子がおかしくなったのは、ニブル魔晄炉のモンスターたちを見てから。そして、そのモンスターたちを造っているのは、神羅カンパニー。
 ニブル魔晄炉の秘密−−−−−セフィロスは、それを知らなかったとも知っていたとも言える、と言っていた。
 セフィロスは、ニブル魔晄炉について、何を知っている?そして会社のトップたちは、セフィロスについて、何を知っている?
 本社に報告したら、セフィロスはどうなる?
 だめだ。報告なんてできない。報告して本社に指示を仰ぐなんて・・・・・・・・・とても、できない。
 そんなことをしたら、何かがおこる。取り返しのつかない、何かが。
 突然、PHSが鳴り始めた。ザックスの心臓が飛び上がった。
 相手はクラウドだった。
『今、食堂の主人がセフィロスさんの食事を持ってきたんだけど』
「え?・・・・・・ああ、もうそんな時間か」
夕方になったら食事を届けるように頼んでおいたことをザックスは思い出した。いつのまにか、窓の外には夕闇がせまっていた。
「すぐ行く。セフィロスに食事を持っていったら、見張りを交代しよう」
 セフィロス・・・・・あいつを、どうしたらいい?
 あいつが何をしているのか知らないが、このまま気の済むまでしたいことをさせておくべきか?
 それとも、ひきずってでもミッドガルに帰還させるべきか?
 不安。迷い。セフィロスのそばにいて、そんなものを感じたのは初めてだった。 



×××



 いつ様子を見に行っても、地下室の明かりは消えていることなく、セフィロスが眠っていることもなかった。彼は黙りこくったまま、ただ資料を読んでいた。
 最初のうちは、何か話しかけると、「ひとりにしてくれ」「ほおっておいてくれ」−−−−そのくらいはしゃべったのが、何も言わなくなってしまった。
 食事を持っていこうが、話しかけようが、書類から目をあげようともしない。
「またほとんど食べていないな」
前に持ってきた料理は、よく見ないと手をつけたことがわからない程度にしか減っていなかった。ザックスは新しい皿をそこに置き、古いのをかたづけた。
 奥の書斎では、あいかわらずセフィロスが椅子に腰掛け、書類を読んでいた。まったく動かず、眠っているようにも見えたが、時々紙をめくる音がしていた。
 こんなに根をつめて、何を調べているんだろう?−−−−ザックスは、床に落ちていた本の一冊を手に取った。
「触るな!」
セフィロスが叫んだ。ザックスはびっくりして、本を取り落とした。
「触るな・・・・・・裏切り者め。おまえには、読む資格のないものだ」
「裏切り者?」
「そうだ。・・・しかし、おまえが知るはずがないな。まあいい。教えてやろう」
 セフィロスはザックスを見つめた。その青い目には、今まで見たことがない冷酷な光が宿っていた。
「この星はもともとセトラのものだった。セトラは旅をする民族。旅をして、星を開き、そしてまた旅・・・・・・・・・・」
 セフィロスはセトラ−−−−古代種とも呼ばれる民族のことをとうとうと語り始めた。熱っぽく。いとおしそうに。その姿は、幸せそうにも見えた。
「−−−−−かつてこの地を、大災害が襲った。危機は、セトラの犠牲で回避された。そしてセトラはレポートに名を残すだけの存在になってしまった。セトラが消えた後にのうのうと数を増やしたのが、それが、おまえたちだ」
「それが?それがあんたとどういう関係があるんだ?」
「まだわからないのか?2000年前の地層から発見された古代種・ジェノバ。そして、ジェノバプロジェクト。それは、セトラの能力を持った人間を創り出すことだ。−−−−−−創り出されたのは、オレだ」
「創り、出された??」
「そうだ」
セフィロスはクツクツ笑いだした。
「オレは・・・・・・・・・やっとわかった。オレはやはり、特別な存在。セトラの血を受け継ぐ者。この星をおまえたちの手から取り戻す者。この星の正当なる後継者」
「セフィロス・・・・・何を言って・・・・・・・・・・・・」
 セフィロスは立ち上がった。そして地下室を出ていこうとした。
「セフィロス??」
「止めるな。オレは母に会いに行く。−−−−−−母・ジェノバに」
「セフィロス!!」
 セトラ?古代種?ジェノバプロジェクト??
 ザックスは、書斎の机の上にあった、たった今までセフィロスが読んでいた資料を見た。そこに書かれていた報告書の文面に、彼は寒けを覚えた。

   −−−−−○月○日。妊娠5カ月。胎児にジェノバ細胞注入。
   −−−−−○月○日。妊娠7カ月。順調に成長中。肉体的にはジェノバ細胞の
             影響見られず。しかし、脳波に通常では見られない特徴
             が現れる。胎児の脳波分析を至急行うこと。
   −−−−−○月○日。妊娠9カ月。母体に異常。帝王切開にて緊急出産。
   −−−−−○月○日。生後5日。実験体を命名。「セフィロス」と名付ける。

 実験体−−−−−セフィロス。
 これが−−−−−セフィロス??
 それが、俺とあんたの違い??
 そして、セフィロス−−−−−あんたは。
 あんたはここで、母の姿を探していた、のか?



×××
 ニブルヘイムの村は、静かだった。
 誰もいない村の広場に、セフィロスがただひとりいた。
 セフィロスは給水塔に向かって立った。そして正宗を地面に突き刺し、柄をしっかりと握った。
 突然、炎が巻き起こった。給水塔は一瞬のうちに炎につつまれた。
「セフィロス!!」
 ザックスが止める間もなく、セフィロスは何度も何度もファイガを唱えた。炎はあっという間に村全体を覆った。あちこちから村人の悲鳴が響いてきた。
「やめろ!セフィロス!!」
 セフィロスはザックスに向かって炎をほとばしらせた。ザックスはとっさにマバリアを張ってこらえた。その炎はザックスを焼くことはなかったが、一瞬気を失わせるには十分だった。
 気がついた時には、セフィロスの姿はなかった。あたり一面は炎につつまれ、すでに悲鳴は聞こえなくなっていた。
 セフィロス・・・・・・・・・・どこへ?
 燃えさかる宿屋から、兵士がひとり、よろめきながら出てくるのが目に入った。
「クラウド!」
彼は地面に倒れた。その上に火の粉が次々に降っていく。しかし彼は、それを払う気力もなく、熱い土の上にうずくまっているだけだった。
「クラウド!」ザックスは彼を広場の中央に引きずり出した。「クラウド!!」
「・・・・・・・・・・・・・ザック・・・・・・・ス」
「クラウド!大丈夫か!しっかりしろ!」
彼の制服は焼け焦げ、服の破れ目からはやけどで赤くなった皮膚がのぞいていた。
「俺は・・・・・大丈夫。だけど・・・・・母さん・・・・・・・・・・」
「おまえの家・・・・・・・・あそこだったな?今、見てくる!」
 クラウドの家の中は火の海だった。炎の中に、ぴくりとも動かない、すでに一部が炭化している人の姿があった。ザックスは唇をかみしめた。
 天井がきしむ音がした。ザックスは家から飛び出した。焼けた梁が崩れ落ちた。
「ザックス・・・・・母さんは・・・・・・・・・・・」
ザックスには何も言えなかった。言えるはずがなかった。
「母さん・・・・・・・母さん!!」
「クラウド、しっかりしろ。大丈夫だな?ひとりで逃げられるな?俺はニブル魔晄炉に行く。セフィロスはたぶん、あそこに、いる」



×××



 ニブル魔晄炉。−−−−−すべてはここから始まった。
 すべてを理解したわけではない。しかし、ここがすべての始まりだということだけは、ザックスは理解していた。
 ここにあるモンスターの卵たち。それを見た時、セフィロスは思い出したのだ。自分の幼い頃のことを。実験体として扱われていた頃のことを。
 そして彼の心を支配したのは、自分がモンスターと同じではないかという、恐怖。
 そして彼を狂わせたのは、そこにある『JENOVA』の文字。
 英雄・セフィロス。ザックス自身もそう見ていた、セフィロスの姿。
 しかしそれは、神羅カンパニーが創りあげた偶像にすぎず、セフィロス自身が望んだものでもなかった。
 セフィロスが望んだのは、きっと、もっと、単純な。
 それに、どうして気がつかなかったのか。ザックスはそのことをくやんだ。
 カプセルの奥の部屋へのドアは、開いていた。
 そこに、セフィロスが、いる。母・ジェノバと共に。
 ザックスはゆっくりと階段をあがっていった。
 そこでセフィロスは何をしようとしている?
 そして、俺はこれから、何をしようとしている?
 ザックスにはわからなかった。
 確かなことは、ニブルヘイムを焼いたのはセフィロスだ、ということだけ。
 ・・・・・・・・・本当に、そうなのか?ニブルヘイムを焼いたのは、本当にセフィロスなのか?オレが知っているセフィロスは・・・・・・・・・・・・・。
「セフィロス・・・・・・ここに、いるんだろう?」
 返事の代わりに聞こえてきたのは、低い笑い声だった。
「クックックッ・・・・・・母さん、またヤツラが来たよ・・・・・・・・・・・」
背筋を悪寒が走る。これが・・・・・セフィロスの声?低い・・・・・しかし、どこか幼さを感じさせる、声。
「セフィロス・・・・・なぜ、なぜあんなことを、した?」
「なぜ・・・・・・・・?」
「どうして、ニブルヘイムの村を焼いた!どうして、何も知らない人々を殺した!」
「母さんが悲しんでいるからだ。あんな、なんのとりえもないヤツラに星を奪われて」
「ならば、故郷を奪われた人たちの悲しみは!家族の・・・・・・・・・自分の命を突然奪われた人たちの悲しみは!おまえの悲しみといっしょだ!!」
「クックックッ・・・・・・・・オレの悲しみ?何を悲しめというのだ?−−−オレはこの星をセトラの手に取り戻すために生を受けた。そのことを、オレはようやく知った。そして、母さんに会うことができた。−−−なのに、何を悲しめ、と?」
 セフィロスは目の前の女性像をわしづかみにした。そしてそれを、力任せにひきちぎった。
 その下から、カプセルが現れた。そこに入っているのは、美しい、しかし奇妙に形のゆがんだ女性の身体。
「見るがいい、ザックス。これがオレの母だ。オレが愛する・・・・・・・・母だ」
 これが・・・・・・ジェノバ。セフィロスと同じ血が流れるもの。
 セフィロスが、求めていたもの。
「母さん・・・・・・・・ごめんよ。今まで待たせて。でも、もう悲しまなくていいよ。オレ、いいことを考えたんだ。約束の地に行こう。いっしょに」
 セフィロスはカプセルをいとおしそうになでながら、甘えた声でカプセルの中に入る生き物に話しかけた。
 ザックスはとてつもなく大きな絶望に襲われた。
 セフィロス・・・・・・・・・。これが、あんたなのか?あんたの本当の姿だというのか?
 あんたが求めていたものが、本当にこれだというのか?
 母・・・・・故郷・・・・・・・・・・。暖かく、優しいもの。
 それは、違う!あんたが欲しがっているものは、ここには、ない!
 セフィロス、あんたならば、それがわかるはずだ!それが・・・・・・・・。それが、どうして、わからない?
 セフィロス・・・・・・・・・!
「違う・・・。もう、あんたは・・・俺が知っているセフィロスじゃ、ない!」
 『母』という甘い言葉の中にあっさりと自分を見失ってしまう、そんな心の弱いセフィロスなど、俺は知らない!
 ザックスはバスターソードを構えた。
「オレを斬ろうというか?ザックス?おまえがオレを?・・・・・・・・クックックッ。笑わせるな」
「斬る!あんたのためにも、俺は・・・・・・あんたを・・・・・・・・・、斬る!」
 ザックスの声は震えていた。
 そう、俺が斬らなければ。セフィロスはもう戻って来ない。俺の知っているセフィロスは。
 セフィロスを殺す。憧れであり、友であるセフィロスを、この手で。それが・・・・・・・・今のセフィロスに俺がしてやれる、唯一のこと。
 そうわかっていても、わかったつもりになっても、ザックスにはなおもためらいがあった。
 セフィロスは正宗を、ゆっくりと構えた。刃先がザックスに向けられる。刃の上を、青白い光が伝わっていく。ひとつぶの涙のように。
 なぜ・・・・・・・・なぜだ?セフィロス。
 俺たちは、なぜこんなことをしなければ、ならない?
 セフィロス、今からでも遅くない。目を、覚まして、くれ。
 その願いがセフィロスの心に届くことはなかった。
 セフィロスはなんのためらいもなく、正宗をザックスに向けて振り下ろした。
 痛みがザックスの胸を襲った。血がほとばしり、セフィロスの顔に飛び散る。
「セフィ・・・・・・・ロス・・・・・・・・・・」
セフィロスは頬についたザックスの血を手の甲でぬぐった。その目には、歓喜の色があった。
 躊躇すべきではなかった・・・・・。セフィロスを救うためにも、斬らなければならなった・・・・・・・・!!
 しかし、もう遅い。もう、俺には何もできない・・・・・・・・・・・・。



×××



 気が遠くなりかけた時、ザックスは自分の名を呼ぶ声を聞いた。
「ザックス・・・・・・ザックス!しっかり!」
「クラウド・・・・・・・追って・・・・・来たのか・・・・・・・」
「セフィロスだな?セフィロスがやったんだな??」
「ああ・・・・・」
ザックスは顔をしかめた。呼吸をすることすら、辛い。
 ザックスはそばにころがる自分の剣を指した。
「クラウド・・・・・それで、セフィロスを・・・・・・・・・・・・・」
「俺、が・・・・・・・・・」
「頼む・・・・・・・。セフィロスを止めてくれ。殺して、でも」
「わかってる。俺は、セフィロスを許さない。村を、母さんを、ティファを・・・・・。尊敬していたのに・・・・・・・。セフィロス・・・・・・・!」
 クラウドはバスターソードをかついでジェノバの部屋へ飛び込んでいった。
 ほどなく、悲鳴が聞こえてきた。
 どっちだ?今のは、どっちの声だ??
 やがてよろよろと姿を現したのは−−−−−セフィロスの方だった。
 彼の背中から血が流れだしていた。ザックスとなんら変わらぬ、赤い血が。
 セフィロス・・・・・・それだけでは、いけなかったのか?
「ザックス・・・・・・・・」
クラウドが呆然として、ザックスのところに戻ってきた。
「斬った・・・・・・・斬れた。俺が、セフィロスを・・・・・・・・」
「クラウド・・・・まだだ。とどめを・・・・・・・・・・必ず」
 クラウドは魔晄炉へと、セフィロスの血の跡を追った。



×××



 魔晄炉の方で、再び、悲鳴。
 セフィロス・・・・・・・・すまない。
 もう少し早く、あんたの悲しみに気がついていれば、もっと別の救いの手をさしのべられただろうか?
 それとも、こうするしかなかったんだろうか?
 こんなことを考えてもしょうがないか・・・・・・。過去、どんなに選択肢があったにしても、手に入れられる現実は、ただひとつ。
 それが、こんな結末。
 だけど、悲しむな、セフィロス。俺がいっしょに行ってやる。あの世へも。
 そこがたとえ地獄だったとしても。
 俺だけは、あんたのそばにいてやる・・・・・・・・。




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