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望郷・1




 セフィロスは、ゆっくりと、正宗を構えた。
 ザックスは凍りついたまま、刀の柄から刃先へと、スローモーションのように鈍い光が伝わっていくのを見つめていた。
 さんざん見慣れた、セフィロスの戦いの立ち姿。数多くの敵やモンスターに向かって振り下ろされた刃。それが今、自分へと向けられている。
 なぜ?なぜだ?セフィロス!!
 それは言葉にはならなかった。恐怖のためか、衝撃のあまりの大きさのせいか、あるいは、問うても無駄なことを心のどこかが知っていたためか・・・・・・・・・・・・・。
 痛みは唐突に、ザックスの胸を襲った。目の前が真っ赤になる。
 赤一色の視界の中で、セフィロスの瞳だけが青く光っていた。ソルジャー特有の、しかし他のソルジャーとはどこか違う、セフィロス独特の青い目。
「セフィ・・・・・・・ロス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 それなのか?おまえを狂わせたのは??
 セフィロスは血だまりの中に倒れたザックスを冷たく一瞥すると、背を向けた。低い笑い声−−−−セフィロスのものとはどこか違う声−−−−が聞こえたようにザックスは思った。
 その声を、ザックスはかつて一度、聞いていた。



×××



 ニブルヘイムへ発つ前夜。
 翌日からの任務の事務手続きがすべて済んでいるのを確認すると、ザックスは神羅カンパニー本社治安維持部内にあるセフィロスの部屋に行った。任務でほとんどミッドガルにいないセフィロスであるが、ソルジャーのトップとして小さめながらも個室を与えられていた。
 部屋は暗かった。外からの光でぼんやりと物の形がわかるだけだった。
「セフィロス?いないのか?」
「ああ・・・・・・・・・・・・」
 よく見ると、窓のそばに人影があった。ミッドガルの街のかすかな光の中に、セフィロスは姿も、気配すらも溶け込んでいた。そのまま消えてしまいそうに。
「どうしたんだ、あかりもつけずに」
「いや・・・・・・つけてくれて、かまわん」
 ザックスは少しためらいながら、部屋のあかりをつけた。セフィロスはまぎれもなく、そこにいた。
「準備は済んでいたか?」
「ああ。移動や宿の手配、同行の兵士、全部カンペキだったよ。明日は予定通り、ニブルヘイムに発てそうだ。だけどさあ。なんで俺に手続きをしてこいなんて言ったんだ?いつもは、事務処理はおまえにはまかせられんっつって自分でやってるくせに」
「ニブルヘイム、か・・・・・・・・」セフィロスはザックスの問いに答えることなく、また窓の外に目をやった。「ザックス、おまえ、ニブルヘイムに行ったことがあるか?」
「うんにゃ」
「オレもだ。・・・・・・・・たぶん」
「たぶん?」
「今度の任務のために少し調べてみたんだが・・・・・・・・・。初めて行く場所とは思えなくてな」
「故郷に似ている、とか?」
「それはない。オレには故郷などない。オレが物心ついた時には・・・・・・・・・・」
それきりセフィロスは言葉をにごした。
「ニブル山の魔晄炉調査か・・・・・・・・気分がのらんな・・・・・・・・・・・・」
「めずらしいな、あんたがそんなことを言うなんて」
「オレだって人間だ。そういうことも、ある」
セフィロスはどこかつっかかるような口調で言った。
「なんだよ、ナニ怒ってんだよ」彼の過敏な反応にザックスは思わず引いた。「今度の任務は調査とモンスター退治なんだろう?反神羅の市民相手よりずっと楽なもんじゃんか。さっさと済ませて帰ってこようぜ」
「ああ・・・・・・・・・・・そうだな」
 ザックスはセフィロスの部屋を後にした。なにか釈然としないものを感じながら。
 任務に赴く前のセフィロスは、いつもならば普段にも増して自信にあふれている。任務が難しければ難しいほど、仕事を楽しんでいるように見える。それが今度は・・・・・・・・・・。
 ニブルヘイム。
 そこでの任務に、もうひとり、気乗りしていないメンバーがいた。
 なんだか幸先が悪いな・・・・・・・・・・。俺は、どっちかというと、今度の仕事を楽しみにしてたっていうのに。
 戦争が終わって以来めっきり少なくなった、ソルジャーらしい任務。それも、神羅カンパニーを、ではなく、一般市民を守る仕事。
 ザックスは自分の頬をはたいた。
 こんなとこでつまらんことを考えていてもしょうがないや。さっさと仕事を済ませちまえばそれでいいんだ。
 すぐに終わるさ。たかが調査なんだから・・・・・・・・・・・・。
 どこかから唐突に、低い笑い声が響いた。
 ザックスはギクリとしてあたりを見回した。
 夜のふけた神羅ビルの廊下には、人影はまったくなかった。



×××



 ニブルヘイム近郊は、数日前から激しい雨が降り続いていた。
 最寄りの空港まではゲルニカで、そこからは軍用トラックでの移動になった。トラックでの移動は、乗り物酔いに縁のないザックスにもかなりきつかった。雨で道の状態が悪くてひどく揺れ、湿気で蒸し暑くてかなわなかった。
 あんのじょう、兵士のひとりが荷台の隅でぐったりとしていた。
 ザックスはその兵士のそばに近寄った。そして話しかけた。
「なあ、クラウド、気分が悪いのならそのマスク、とっちゃえば?」
「ああ・・・・・・・・・・・?」
クラウドはのたのたと、軍服のマスクを脱いだ。その下から現れたもともと色白の彼の顔は、完全に血の気がなくなって蒼白だった。
「もう少しがまんしてくれよな。じきに着くから」
「あ・・・・・・・・うん」
「少し話をするか。気もまぎれるだろうし」
ザックスはクラウドの隣に座った。
「なあ、クラウド・・・・・・・・・・。今度の任務、おまえを指名して、悪かったな」
「・・・・・・・・・・・何が?」
「同行命令を伝えた時、なんだか嫌そうな顔をしてたもんな。おまえ、一度セフィロスといっしょに仕事をしたい、そう言ってただろう?だから、喜んでくれると思ったんだけどな」
「そんなことはないよ。セフィロスさんの下で働けるのはすごくうれしい。ただ・・・・・・・・・・」
「ただ?」
「ただ、ニブルヘイムでの任務なんだろう?それが・・・・・・・・・・」
「もしかして、クラウド・・・・・・おまえの故郷なのか?ニブルヘイムが」
クラウドはかすかに首を縦に振った。
「そうだったのか」ザックスは額をてのひらで叩いた。「言葉のクセやら話の端々から、あのあたりの出身かな、とは思ってたんだけど。そうか、ニブルヘイム生まれだったのか。・・・・・・・・・ごめんな、こんな形で里帰りさせることにしちまって」
「しかたないよ。仕事なんだから。でも・・・・・・・・・やっぱり、帰りたく、ない」
クラウドは膝の間に顔をうずめた。
「クラウド・・・・・・・・ほんとにごめん。だけど、な。ニブルヘイムの人たちがモンスターに困っていることは事実なんだ。仕事、がんばろうや。故郷の人たちの役にたつってのは、悪くはないだろう?」
「うん・・・・・・・・・・・・」
 故郷に帰りづらいこいつの気持ちは知っていたのに・・・・・・・・。
 ザックスはクラウドの背中をそっとさすった。クラウドは気持ち悪そうな咳を何度もするばかりだった。
 ザックスはふと視線を感じて、目をあげた。セフィロスが彼らの方を見ていた。
 いや、見ていたような気がしただけかも知れなかった。セフィロスはものうげに頬杖をつき、眠っているようにも見えた。



×××



 ニブルヘイムに着いた日。セフィロスはほとんど話をしなかった。もともと口数の多い方ではなかったが、必要な指示をするだけで、あとは何かを考え込んでいる。
 しかし、一度だけ饒舌になった。
 あの程度では『饒舌』などと言わないのかも知れない。しかし、いやによくしゃべるな、という印象がザックスには残った。それは、セフィロスが決して語ることのなかった自分自身のことを、わずかでも口にしたせいか。
 『母の名は、ジェノバ』。
 クラウドの−−−−ニブルヘイムを故郷とする一兵士の問いかけに、たったひと言答えた言葉。
 セフィロス−−−−−故郷−−−−−−母。
 どうもしっくりこないな。ザックスは思った。しかし、彼を産んだ女性、『母』がいてこそセフィロスが存在する。誰にも否定することのできない、厳然たる自然の法則。
 それにもかかわらず、セフィロスにも母親がいる、ということあたりまえのことが納得できなかった。
 英雄セフィロス、孤高の存在。下っぱソルジャーとして彼に憧れを抱くばかりだった時にも、彼の片腕とまでなった今も、変わらず感じる、セフィロスの印象。ただひとりそこに在る、唯一にして完全なるもの。
 だが、それがセフィロスなのだろうか?セフィロスの真の姿なのだろうか?
 考えたこともない疑問が、ザックスの胸にわいた。
「ついたわ。ずいぶん遠回りしちゃったけど」
 ガイドの少女の声に、ザックスは我に返った。
 木々のほとんど生えていないニブル山中に、塗料のはげた古い魔晄炉が唐突にそびえ立っていた。
「おまえたちはここで待っていろ。−−−−−行くぞ、ザックス」
「セフィロスさん、私も入っていいでしょう?中を見たい!」
少女は好奇心いっぱいにそう言った。
「この中は一般人立ち入り禁止だ。神羅の企業秘密でいっぱいだからな」
「でも!」
「だめだ。−−−−−おい、おまえ」セフィロスはクラウドに言った。「お嬢さんを守ってやりな。このあたりのモンスターはあらかた退治しておいたから、しばらくはおまえひとりでも大丈夫だろう」
 セフィロスに続いて魔晄炉へ入って行く時、ザックスはクラウドの様子をちらりとうかがった。マスクのせいで、彼の表情はわからない。
 ガイドの少女−−−−−ティファが彼の幼なじみだということを、ザックスはここに来る途中で聞いていた。
 待っている間に、何か話をするだろうか?話をしても、ただの兵士として暇つぶしにそっけないやりとりをするだけだろうか?
 それを知ることはないだろうな。奇妙な確信を持って、ザックスは思った。



×××



 魔晄炉内部はずいぶん雑然とした雰囲気だった。最新の魔晄炉に比べてパイプや剥き出しの配線がやたらと多く、汚れや機械の疲弊がめだつ。
「ずいぶん旧型な魔晄炉だな。建造は確か・・・・・・・・・30年くらい前のはずだったよな?こんなもの、本当にまだ現役で稼働しているのか?」
「ああ」セフィロスは振り向きもせずに言った。「どのように使われているか、はともかく、な」
「どういうことだよ?」
セフィロスは黙ったまま、機械室へと向かった。
 その部屋には、奇妙なカプセルがたくさん並んでいた。
 なんの設備だろう?こんなものがある魔晄炉など、ザックスは初めて見た。
「セフィロス・・・・・・・・・・・どうした?」
 セフィロスは立ち尽くし、そのカプセルを見つめていた。
 その最上段、さらに奥へと続くらしいドアの上には、『JENOVA』と書かれていた。
 JENOVA・・・・・・・・・・・ジェノバ?
「そちらの配管を調べてくれ。オレはこっちを」
 セフィロスは突然、指示を出した。
 異常箇所はすぐに見つかった。
「動作異常の原因はこれだな。この部分のパイプが破損している。ザックス、とりあえず、そこのバルブを閉めてくれ」
「わかった」
バルブを閉めると、かすかに響いていた何かが漏れる音が止まった。
「ここなんだが。破損部分、修理できそうか?」
「ん〜〜〜〜〜〜。・・・・・・・・・そーだな。なんとかなるだろ。すぐに必要な機材を用意するよ。だけどさあ。セフィロス、今度の任務で疑問に思ってたことがあるんだけど。魔晄炉の調査に、なんで技術者が同行しなかったんだ?」
「モンスターが大量に発生していることが確認されていたからだ」
「そいつはわかってるよ。だけど、俺たちは技術者じゃない。この程度だから俺にも修理できそうだけど、破損が大きくて手に負えなかったら、どうするつもりだったんだ?技術者を警護するのが任務なら、わかるんだけど」
「おまえは知らない、か」
「何を?」
「ザックス、カプセルの中をのぞいてみろ」
「・・・・・・・・・・・・?」
「いいから、見てみろ。窓から」
有無を言わせぬ口調でセフィロスはうながした。
 カプセル内部は、魔晄の鮮やかな緑の光で満たされていた。そしてそこに、奇妙な形の固形物が漬かっていた。
 これは・・・・・・・・・・・なんだ?
 ザックスは目をこらした。中の固形物がふわりと浮き、窓のそばに漂ってきた。
 そして彼は確かに見た。半分皮膚の溶けたこれは・・・・・・!
 ザックスは腰を抜かさんばかりに飛びのいた。
「セフィロス・・・・・。これは・・・・・・・!!」
「人間だ」
セフィロスはあっさりと言いはなった。
「人間・・・・・・・・・・・?本当に?」
「そうだ。高密度の魔晄に侵されてモンスター化しているが。こんなものを、ただの技術屋に見せられるか」
「しかし・・・・・・。しかし、俺だって、こんなものが存在するなんて、今の今まで知らなかった!!」
「だが、おまえは技術屋じゃない。ソルジャーだ。神羅カンパニーの最高機密を守ることのできる」
「最高機密?会社のトップは、これを知っているのか?」
「ああ。会社の指示ではなく、科学部門統括の宝条の暴走の産物だが。しかし、プレジデント以下トップたちは、それを止めはしなかった。止めるはずがないな。人々の生活をおびやかすモンスターの存在は、庇護者としての神羅カンパニーを見せつけるのに有効だからな」
「そんな・・・・・・」ザックスは首を振った。「・・・・・・あんたは、知っていたのか、セフィロス?知っていて・・・・・・・・・」
「いや。・・・・・・ああ、知っていた、とも言えるかもな。オレにそういう情報があったかどうかは別にして。−−−−−本当の意味で知ったのは、ここに来る直前だ。ニブル魔晄炉の下調べの時に」
「それで、か。今度の任務に乗り気じゃなかったのは」
「いや。それは、違う。・・・・・・・・・ああ、これも、そのとおりだとも言える。だが、おまえが考えている意味とは、違う。間違いなく」
セフィロスはカプセルをそっとなでた。
「おまえたち普通のソルジャーは、魔晄を浴びた人間だ。こいつらに比べるとごく微量だから、モンスターになどなることなく、人間のままでいられる。瞳の色が変わっても、多少一般人と違う身体になっても、それでも人間なんだ。だが、こいつらは?そして・・・・・・・・・・・・オレは?」
「普通の?普通の、ってのは、どういう意味だ?」
 あんたは違うとでも、いうのか?
 ザックスは、その問いを飲み込んだ。
 セフィロスはてのひらを激しくカプセルに叩きつけた。
「子供の頃からオレは感じていた。オレは、他のヤツラとは違う。オレは特別な存在なんだと思っていた。しかし、それは・・・・・それは、こんな意味じゃ・・・・・・・・・・・・ない!」
セフィロスは正宗を振りかざした。そしてカプセルに切りつけた。何度も何度も。刃先から火花が散る。
「オレは・・・・・・・人間なのか?」
「セフィロス!」
 セフィロスは錯乱したように魔晄炉の外へと走り出した。
「来るな!!来たら・・・・・・・・・・・斬る!」
「セフィロス!」
 魔晄炉の中に、奇妙な静寂が戻った。
 どういうことだ・・・・・・・・?あんたと俺は、何か違うというのか?英雄と呼ばれるほどのソルジャーのあんたと、クラス1STのひとりにすぎない俺、という意味ではなく。
 ザックスはセフィロスが切りつけたカプセルの表面をなぞった。わずかな傷がそこに残っていた。
 ザックスは急にぞっとして、カプセルから飛びのいた。この中に入っているのは−−−−−神羅カンパニーの手によってモンスターにされた人々。
 ザックスはカプセルの最上段を見た。そこにある、JENOVAの文字。
 ジェノバ・・・・・・セフィロスの母の名。
 これは、偶然なのか?それとも・・・・・・・・・・・。
「そうだ・・・・・・セフィロス!」
 ザックスも魔晄炉の外へと飛び出した。そこではクラウドがティファとふたりで、手持ち無沙汰で待っていた。
「クラ・・・・・、いや、おまえ、セフィロスはどっちに行った?」
「セフィロスさん?いえ、出てきませんでしたけど・・・・・・・・・。何か、あったんですか?」
 セフィロス・・・・・・・。
 どこへ行った?




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