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はじめの一歩
First step to the Friends




 スコールは浮かない顔で学園長室に向かっていた。
 今日はエスタ大統領が非公式でガーデンを訪問する日。特別な歓迎行事はいっさいいらない、普段通りの生活が見たいという先方からの要請で授業は普通に行われていた。しかし案内役くらいは必要だろうと、その役には当然のようにスコールが選ばれた。
 彼は、連中が帰るまでどこかに隠れていようかとも思ったが、そんなことをしたら後々よけいな面倒を抱え込みそうだからと結局それはやめた。1日我慢すれば済むことだ。
 スコールは学園長室のドアをノックした。どうぞという返事に、彼は腹をくくってドアを開けた。
 中にはキロスとウォード、エスタ政府職員ふたり、それに学園長夫妻。肝心の主役の姿は、どこにも見あたらない。
「・・・・・・・・・・・・・・・ラグナは?」
スコールはけげんそうに訊いた。
「スコール、そろそろあの方を『お父さん』と呼んでさしあげたら?」
イデアはちょっと困ったように微笑みながら言った。スコールの表情がむっとなった。
「いえ、いいんですよ」キロスは苦笑いした。「彼もまだ心がまえができていないようで、今そう呼ばれたらひっくり返りますよ」
「そんなことはどうでもいいだろう。それよりあいつ、どこに行ったんだ?」
「トイレに行くと言って出ていったきり、いっこうに戻ってこないんですよ」シドが言う。「ひどい方向オンチの方だとうかがってますが、どこかで迷ったんですかね。誰かに案内させましょうとは言ったんですが、すぐそこだから大丈夫だとおっしゃって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ウォードが首を振った。
「うん、たぶん」キロスが答える。「トイレってのは口実だと思いますよ。迷ったなら迷ったで誰かに案内を請うだけの頭がないわけではなし、呼び出し放送までかけてもらったのに戻って来ないってことは、おそらく、ひとりで校内見物に出かけてまだ戻るつもりがないからでしょう。探しに行かないと出てきそうもないですね。−−−−私が行きます。スコールくん、ちょっとつきあってもらえるかな?」

×

 ガーデンは昼休みに入り、学生たちがあちこちでつかの間の解放を楽しんでいた。その中の何人かに訊いてみると、カフェテリアでラグナの姿を見たという者がいた。そこでとりあえず、キロスとスコールはそちらに行ってみることにした。
「まったく、とんでもない方向オンチのくせに、何をひとりでうろついているんだ。案内ぐらいしてやるって言ってるのに」
スコールは文句を言った。
「あいつもそれを自覚しているから、仕事などでどうしても決まった時間に決まった場所に行かなければならない時には決してひとりでは行動しないんだが。しかし、自由がきく時にはひとりでふらふらするのが好きでね。道に迷うからこそ思いがけない出会いがあっておもしろいってな。このところそういう自由な時間がなかったから、きままな旅ってのを校内探検程度でもいいから楽しみたかったんだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・わからないな」
「何が?」
「ずっと不思議に思っていたんだ。なんであんたみたいにまじめで固そうなヤツが、ああいういいかげんでおちゃらけたのと何十年もつるんでいるのか」
「そんなに不思議か?」
「ああ」
キロスは苦笑した。
「君がそう感じるのも当然かもな。私自身、改めて考えると非常に不思議だ。あいつはあの通り極端なほどにあけっぴろげな性格だから、たいていの人とすぐ友だちになれる反面、人によってはずうずうしさやなれなれしさが鼻につくこともある。私も最初は、一見何も考えていないようなあいつのことが苦手だったよ」
「それが、どうして」
「そうだな。せっかくだから、その時のことを話そうか」キロスはにこりとすると言った。「私がラグナくんと出会ったのは、あいつがちょうど今の君と同じ年の時だったな。その頃あいつはデリングシティで、私はドールとの国境に近い小さな町で父とふたりで暮らしていた。全然別の場所でまったく別の暮らしをしていて本当なら出会うはずのない私たちが出会ったのは、方向オンチのあいつが列車を乗り間違えて、私が住んでいた町に来たからなんだ−−−−−−−」



×××



「父さん?お帰り」
ドアが開く音に、キロスは夕食の支度をしていた手を止め、キッチンから顔を出した。
 そして、眉をひそめた。
 入ってきたのは確かに彼の父親だった。しかしその隣にもうひとり、薄汚いなりの少年もいた。
「・・・・・・・・・・・・・誰、それ」
「私も詳しい話はまだ聞いていないんだが、道に迷って食べる物を買う金もなくなって困っているそうだ。ちょうど夕飯を作っているところだろう?少し多めに作って、この子にも食べさせてやってくれないか」
 食事を出すと少年は挨拶もそこそこにがつがつと食べ始めた。そしてそれをきれいにたいらげると、ぺこりと頭を下げ、言った。
「ありがとうございました。ホント、助かりました。この3日間、板チョコ一枚しか食べてなかったもんで〜〜〜」
「このあたりでは見かけない顔だね。名前は?どこから来たんだ?」
キロスの父親が訊いた。
「あ、オレ、ラグナ・レウァールと言います。住んでるのはデリングシティです。ホントはティンバーに行こうと思ってたんですけど、つい列車を乗り過ごしちまって」
「ティンバー?それならずっと手前だぞ」
キロスはあきれかえって言った。
「そうらしいですね〜〜〜〜。オレ、ひどい方向オンチで、そーゆーことはよくやるんすよ。ティンバーには用事があったわけじゃなく、まだ行ったことがないから行ってみようかってだけだったんで、このへんでもいいかあとしばらくあちこち見て回ってはっと気がついたら今度は帰りの旅費が足りなくなって。そんなら旅費をかせごうかとバイトの口を探しているうちに食費までなくなっちゃったんですよ〜〜〜〜〜〜」
「はあ・・・・・・・・・・・・・・」
キロスは開いた口がふさがらなかった。よくもまあ、こんないいかげんなことができるもんだなこいつは、と。
「それで、ご迷惑ついでにひとつお願いがあるんすけど」ラグナはキロスの父親の方に身を乗りだして言った。「おじさん、食料品の店をやってるんでしょ?オレをしばらく、そこで働かせてもらえませんか?食べさせてもらって、あとは現金をちょこっとだけくれれば、デリングシティまでの電車賃がたまるまで1ヶ月でも2ヶ月でも働きますから」
「それはかまわないが」
「僕は反対だよ!」キロスは叫んだ。「うちには人を雇う余裕なんてどこにもないじゃないか!!」
「雇うと言っても、正式にってわけじゃない。払える程度に払ってやればいい。第一この子も、家に帰らないといけないわけだから。その金をただ貸してくれと言っているんじゃない。稼がせてくれと言ってるんだ。いいことじゃないか」
「だけどこんな、どこの誰ともわからない得体のしれないヤツ−−−−−!」
「父さんはこの子が気に入ったんだよ。なかなかおもしろい子じゃないか。堅実なのがおまえのいいところだとは思うが、おまえはいくらなんでも固すぎるぞ、キロス。若いうちは多少の冒険心があってもいいだろう。もっとも、この子のあまりの計画性のなさも少々いただけないがね」
「でも・・・・・・・・・・!」
いくらキロスが反対したところで、決定権を握っているのは父親の方だった。ラグナは、キロスの家で住み込みで働くことになった。
「えっと、ラグナくん・・・・・・・・・・だったね?息子が言った通り、うちは私と息子だけでやっている小さな店だ。だからそんなに給料を出せないが、デリングシティまでの電車賃程度なら、3等でよければ半月から長くても1ヶ月ぐらいであげられると思う。仕事は店番、掃除、注文品の配達。それでいいかな?」
「はい、がんばります!」
ラグナは元気よく答えた。



×××



「・・・・・・・・・・・・・本当に、無計画なやつだな。財布の中身にくらい注意していればいいだろう」
「まったくだ。しかしあいつは、そういう細かい失敗は全然気にしないどころかアクシデント大歓迎というやつでね。失敗は確かに多いが、何か問題が起こってもうろたえることなく次善の策を考えることもできる。そういうところだけはちょっとうらやましかったな。あの頃の私なら、列車に乗り間違えたと気づいた時点で真っ青になって、そのあとどうすればいいかわからなくなっただろう。−−−−−−ああ、カフェテリアはここだね。ここにいればいいが」
 昼時だけあり、カフェテリアには大勢の学生がいた。しかし、ただでさえ目立つ中年男だ、まわりは若者ばかりなのだからいればすぐにわかると思ったが、それらしき姿は見あたらなかった。
 近くにいた学生に訊いたらすぐに、ここに30分くらい前にいたという返事が返ってきた。
「あれがスコールの父ちゃん?おまえと違っておもしろい人だな〜〜〜〜。図書室に行くつもりがいい匂いにつられてついここに来ちゃったってさ。腹減ってたみたいだから、カネはかからないから食べてけばって言ったんだけど、あんまし時間がないからってオレの皿からおかずをつまみ食いしていったよ」
スコールは思わず赤面した。
「それで、次はどこに行くって?」
キロスは苦笑いしながら訊いた。
「だから、図書室。場所を訊かれたんで教えたよ」
 カフェテリアを出たスコールの表情は実に険悪だった。彼はいらいらした足取りで、図書室の方へと廊下を急いだ。
「なんなんだ、あいつは!!こんなところにまで俺に恥をかかせにきたのか?!」
「まあ、そんなに怒るな。さっきの子は、おもしろがってはいてもいやがってはいなかっただろう?」
「それは、そうだけど」
「たぶん、そこまでやっても大丈夫と無意識のうちに判断したんだろう。あいつは昔から、人との接し方、距離の取り方がほんとうにうまくてね。まったくそりの合わない相手もいるから全部が全部というわけではないが、たいていの人とはすぐに仲良くなってしまう。あの時も、父の店の常連さんたちとすぐにうちとけてしまったね。結局あいつがうちにいたのは20日ほどだったんだが、あいつがデリングシティに帰ることになった時にはそれを残念がって、引っ越してこないかと勧める人までいたよ」
「ふん」
スコールも以前とは変わり、最近では人とかかわりたいと思うようになっていた。だが、生来の人見知りな性格がたたって友だちつきあいがどうにもうまくできない。そんな彼は、ラグナのそういうところがうらやましいと思わないでもなかった。しかし、それを素直に認めることもできず、鼻を鳴らしたっきり黙りこくってしまった。
 そして廊下を急ぐうち、ふと思いついたことがあって、スコールは言った。
「だけどさ。なんで帰りの旅費を自分で作るためなんかに20日も働いたりしたんだ?家に電話の一本もかけてカネを送ってもらえばよかったじゃないか。そんなに長い間留守にしたりしたら心配する人もいただろうに」
「それが・・・・・・・・・・・いなかったんだよ、あいつには」
「え?」
「私も君と同じように思って訊いたんだが。ラグナくんの両親は、あいつがまだよちよち歩きの時分に事故で一度に亡くなってしまったそうだ。そしてあの頃には孤児院も出て、アパートを借りてひとりで暮らしていたんだよ−−−−−」



×××



 キロスはとにかく不機嫌だった。
 人手が増えて多少なりとも自分の仕事が減ったのならともかく、そうではなかった。ラグナは客あしらいがうまくて売り上げこそ少しはよくなったが、掃除はヘタクソで結局キロスがやり直し、配達にも、道に迷って全然違う町に来てしまうようなヤツをひとりで出せるはずがない。
 そして何よりも、毎晩のように聞こえてくるラグナのいびきと、マシンガンのようなおしゃべりには辟易していた。
 荷物が多かったためふたりで配達に出たその時も、ラグナはずっとしゃべり通しだった。あそこでこんなものを見ただの、そこでどんなことがあっただの−−−−−思いつくままなんの脈絡なく、次から次へと話し続けた。
 いいかげん我慢できなくなり、キロスは足を止めると怒鳴った。
「もうやめてくれよ!人の失敗談なんか聞いてもおもしろくもなんともない!だいたい、そんなことばかりやってていいのか?親も心配しているんじゃないのか?連絡すれば帰りの旅費くらい送ってくれるだろうに、電話の一本もしようとしないじゃないか」
ラグナはキロスの顔をじっと見た。そして、ぼそっとつぶやくように言った。
「・・・・・・・・・・・・・そーゆーの、いないもん」
「いない?」
キロスは聞き返した。
「うん。オヤジもオフクロも、オレが1才になったばかりの時、事故で死んじゃった。15になるまでは孤児院で育って、今はひとりぐらし」
「・・・・・・・・・・・・ごめん。悪いことを聞いた」
「いーよいーよ。オレも悪かった。くだんないことばっかしゃべってないで、先にそーゆーことを言えってんだよな。だけどその話をするとみんなわれさきにかわいそうって言うのがいやで、ついナイショにしちまうんだよなあ」ラグナは頭をばりばりかきながら言った。「ま、親に育ててもらえなかったのは不幸なことかもしんないけど、そんでもオレ、親には感謝してんだぜ。10になった頃孤児院の先生に聞いたんだけどさ。オレもオヤジたちが死んだ事故にまきこまれたんだけど、それでもオフクロがかばってくれたおかげでちょっと頭を打っただけで助かったんだってさ。そのせいか、ちょーっとばかし方向感覚はくるっちまったけど、今もこうやって元気に生きていられるんだもんな。それになんつっても、身体は丈夫、性格はピカ一、顔までこんなにいいオトコに生んでくれてさ。親にそんだけのことをしてもらったんだ、自分の境遇を嘆いたりしたらバチがあたるってもんよ」
キロスはなんと言ったらいいのかわからなかった。こんなにあっけらかんとして明るい少年が、そんな淋しい暮らしをしているとは思いもしなかった。
 ラグナはキロスの背中を叩くと言った。
「んだからよー、気の毒がったりあわれんだりするのはナシだぜ。オレさー、元気に楽しく毎日を過ごすのが唯一の親孝行だと思ったりもしてるワケ。オヤジたちだって、まんだ赤ん坊のカワイイ我が子を置いて死にたくて死んだんじゃないんだしさ。せめてあの世でいらん心配しないでいいようにしないとな。だからエンリョなんかしないで、今まで通りぽんぽん怒鳴れよな〜〜〜。−−−−−さ、あと何軒だ?ちゃっちゃと配達すませて店に戻ろうぜ。おまえのオヤジさんが心配するよ」
 ふたり並んで歩き出すと、ラグナはまたしゃべり始めた。
「−−−−オレのオヤジってのは、旅好きが高じて長距離列車の運転士になった人なんだって。それでかなあ、オレもあちこち出かけるのが好きでさ。そんで、孤児院を出て自分で生活するようになってからは、働いてカネをためてはこうやって旅してるんだけど。でも、いつかは、旅するために働くんじゃなくって、オヤジみたいに旅そのものを仕事にできたらなあって思ってるんだ。そんでもオレ、この通りのひどい方向オンチだからさ。仕事にしたりしたら大変かなあって思ったりさ・・・・・・・・・・・」
 そしてラグナの話は再び脈絡のない旅の思い出話に戻っていった。
 キロスは今度は彼の話に耳をかたむけた。時折相づちをうちながら。



×××



「・・・・・・・・・・・・それで、その話にほだされて、あいつのナビゲーターを務めることになってしまったのか」
「そういうわけではないよ。たったひとつの出来事が人生を変えたって人もいるだろうが、私の場合はそこまで劇的ではなかった。この時の彼との出会いがそもそもの始まりだったとはいえ、そのあと何もなかったら私は、山ほどいる彼の友人のひとりで終わっただろう。−−−−ところで、図書室はまだ先なのかな?」
「もうすぐだ。そこの角を曲がったところ」
 図書室にも大勢の学生がいたが、ラグナの姿はどこにもなかった。カウンターにいた女子学生に訊いてみたが、それらしい人は見ていないという返事が返ってきた。
「来ていない?」
「ええ。エスタ大統領でしょ?今日ガーデンにおいでになってるんだったわよね。私、当番だから昼休みになってからずっとここにいるけど、みえてないわよ」
「あ、私、見たわ」近くにいた別の女子学生が話にわりこんできた。「1年生の教室で。子供好きのきさくな方みたいね。あのクラス、人見知りが激しいので有名な子がいるんだけど、その子がちゃっかり膝の上に座ってお話ししてるの。びっくりしちゃった」
「いつ頃そこにいたって?」
「1時間くらい前かしら。昼休みになってすぐだから」
「それなら、カフェテリアよりも前のことか・・・・・・・・・・」
まだどこかで迷っているか、それとも気が変わったか。とにかく、ここには来ていないらしい。
 彼らは、もしラグナが来たら学園長室に連絡してくれるように図書係の子に頼むと、そこをあとにした。
「そうなると、さて、どこに行ったものやら」
「もうあんなのはほっとけよ。案内がいらないならいらないで、別にいいだろう」
「う〜〜〜〜ん・・・・・・・・・。−−−−−もう少しだけつきあってくれないか。見たという人はこれだけいるのだから、見つからないことはないだろう」
 彼らは通りすがりの学生や職員に、ラグナを見かけなかったか訊きながら歩いた。やはり目立つのか、見たという答がかなりあったが、ずいぶん前のことだとか、どこそこに行くつもりだったらしいという返事ばかりで、そこに行ったところで見つかる可能性は低そうだった。
「−−−−−あんた、さっき、あんなめんどうなのとつきあうことになったきっかけはあれだけじゃなかったって言ってたよな。だったら、どうして」
キロスの昔話にはまだ続きがありそうだった。しかし、ラグナのことに興味を持っているように思われたくなくて、キロスが勝手に話を続けるのをスコールは待っていたが、彼はなかなか話しだそうとはしなかった。それでしびれをきらして、つい話をうながすようなことを言ってしまった。
「そうそう、途中で話をやめるのはよくないな。それでは、続きを話そうか。−−−−−20日ほど店で働いたあとラグナくんは、父からデリングシティまでの列車の切符と1日分の弁当を渡されて家に帰っていった。その時はちゃんとまっすぐ帰ったようで、3、4日後に手紙が来たよ。それからも私たちは、時々手紙のやりとりをするようになった。彼は1、2ヶ月働いては数日間旅に出るを繰り返していて、旅先からの手紙が多かったな。そして、それから2年くらいたった頃、私の父が突然病気で亡くなったんだ−−−−−」



×××



 これからどうしようか−−−−−−−。
 シャッターの降りた店の前で、キロスは呆然と立ちつくしていた。
 父親が亡くなってから2ヶ月。親戚や近所の人に手伝ってもらって葬儀を済ませ、身の回りの整理をし、小さな家を借りてとりあえず暮らしていけるようにはした。
 しかし、それでこのあとどうすればいいのか、まったく考えつかなかった。大人になったら父親の店を継ぐ−−−−子供の頃から、それ以外の将来を考えたことがなかったのだから。
「お〜〜〜い、キロ〜〜〜〜〜スっ!!」
その日も先がまったく見えないまま帰ろうときびすを返した時、彼を呼ぶ声が聞こえた。
 その方に目を向けてみれば、ラグナが走ってくるのが見えた。
「ラグナ?どうしてここへ??」
「ごめんごめん、こんなに遅くなっちまって」彼は息をきらせながら立ち止まった。「おじさんが亡くなったって知らせをもらってすぐに来ようとは思ったんだ。だけどちょうど旅から帰ったところでカネがなくってさ・・・・・・・・・・」
「だったら手紙くらいくれればいいじゃないか!それが今まで音沙汰なしで」
「あ、そっか。でもさ、あの時のお礼もしないままになっちまってたから、せめてちゃんとお墓参りくらい行こうと思ったらそーゆーことに頭が回らなくなって」
ラグナらしいな、とキロスはあきれながらも妙に納得した。
「・・・・・・・・・・・・でも、来てくれて、ありがとう」
彼は、父親が亡くなってから初めてほっとした気分になった。
 墓参りを済ませたあと、ラグナはキロスの家に招かれた。そしてしばらくあの時の思い出話をするうちに、ふっとラグナは言った。
「そんで、おまえ、これからどうするんだ?」
「・・・・・・・・・・・・わからない」キロスは答えた。「僕は、自分は大人になったら父の店を継いでずっとここで暮らしていくんだと思っていた。だけど、父が亡くなるのが早すぎたよ。僕ももう、人の世話にならなければ生きていけない年ではないけど、店を継ぐにはまだ若すぎた。母も5年前に死んで、僕がひとりで店を切り盛りできるようになるまでつないでくれる人もいなかったから、親戚のすすめで店を処分して・・・・・・・・・・・。食べてはいかなきゃならないからアルバイトくらいはしているけど、これからのことはぜんぜん思いつかなくて」
「ふ〜〜〜〜〜ん・・・・・・・・・・・・・・」
ラグナはしばらく、椅子を揺らせながら考え込んでいた。
 そして突然、身を乗り出すと、言った。
「な、おまえ、デリングシティに来ない?」
「え?」
「今すぐどうするか決めなくってもいいじゃん。とりあえず、いろいろやってみれば?おじさんも言ってたじゃんか、閉じこもってないでいろんな経験してみろって。デリングシティならいろんな仕事がいっくらでもあるし、ぜーたくさえ言わなきゃ食べるくらいのカネは稼げるよ」
「だけど・・・・・・・・・・・・。デリングシティなんて、つてもないし・・・・・・・・・・」
「ここにあるじゃんか、ここに」ラグナは自分を指して言った。「オレもぼんびーだから狭い安アパート暮らしだけど、もういっこベッドを置くくらいの場所はあるよ。まずはオレんちにころがりこんどいて仕事探して、まとまったカネが稼げるようになったら自分で部屋借りればいいだろ。もし都会暮らしが肌に合わなかったらまたここに帰ってくればいいんだし。な?」
どうしてそんなに簡単にこんなことが言えるのかキロスは不思議でならなかったし、あきれもした。しかし、ラグナはラグナなりに自分のことを考えてそう言ってくれていることだけは、わかった。
「うん・・・・・・・・・・・・・考えてみる」
そしてキロスは、そう答えた。



×××



「それで、その誘いに乗ってしまったわけ」
「そうとも言えるし、そうではなかったとも言えるか。唐突な話に簡単に乗れるほど、私は度胸がなかったのでね。その時『考えてみる』と答えたのは、ラグナくんの気持ちがうれしくて、礼の代わりに言ったようなものだった。本気でデリングシティに出るつもりはまるっきりなかった。その話はその話として横に置いておき、そのあといろいろ考えて、私は、何年かたったら自分で店を始めようと決めた。そのためにどこかの店に勤めて資金とノウハウを得ようとしたんだが、なにぶん田舎町のことで、働き口がほとんどなかった。そこで、半分忘れていたラグナくんの誘いを思い出したんだ。デリングシティなら仕事がある、ってね。しかし、ラグナくんにデリングシティ行きの話を切り出した時はすごく心配だったよ。彼とその話をしてからすでに半年近くがたっていた。その間、何度か手紙のやりとりはしていたが、彼からの手紙はご機嫌うかがいと近況報告だけで、あれっきり『うちに来い』とは言われなかったし、私もそんなことはおくびにも出さなかったから。それがいまさら、君の家にころがりこんでいいかと言ったりしたら迷惑に思われないかと。ところがラグナくんは、私を大歓迎してくれたんだ。まるで、すぐに返事をしたかのようにね。あいつの辞書には、『社交辞令』って言葉がないんだよ。−−−−−そしてふたりで暮らすようになって、それから1年半・・・・・・・・2年くらいたっていたか、あいつは、軍に入ろうかなと言い出した。その頃にはばくぜんと物書きになりたいと思っていたようだが、まだそれで身を立てるだけの力があいつにはなかった。それでとりあえず、自分でカネを出さなくてもいろんなところに出かけられる仕事を選んだんだ。私は私で目標があったのだからデリングシティに残ってもよかったんだが、どうしてか、彼のように先のわからない人生もおもしろいかもと思うようになっててな。それで私も彼といっしょに軍に入って、配属された部隊でウォードと知り合った。ウォードとの出会いもまた、私たちの関係が今まで続いた理由だと思う。ラグナくんも私も少々極端な性格だからよくぶつかりあったが、柔らかすぎず固すぎもしないウォードが間に立つことで、私たちは今までうまくやってこれた。そんな気がするよ」
「だけど−−−−−−」
「あ、スコール」
名前を呼ばれて振り向けば、保健のカドワキ先生が立っていた。
「何をしているの、こんなところで。今日はお父さまに校内を案内してさしあげることになってたんじゃなかったの?」
「−−−−−それが、勝手に見物に出かけて行方不明になったから、探しているんです」スコールは不機嫌そうに答えた。「先生は、ラグナをどこかで見かけませんでしたか」
「学生寮の場所を訊かれたから、そちらにお連れしたわよ。そこで待ち合わせていたんじゃなかったの?」
「いつ頃のことでした?」
キロスが訊いた。
「15・・・・・・・20分くらい前だったかしらね」
 それならまだそこにいるだろう。ふたりはそう判断し、彼女に礼を言うと学生寮に急いだ。昼休みが終わり、学生の姿はめっきり減っていた。
「・・・・・・・・・・・・・やっぱり、わからないな」スコールは廊下を早足で歩きながら言った。「ウォードとは気が合いそうだからまだわかるんだけど、あいつはなんで、そんなにあんたのことを気にかけたんだ?あんたは最初、あいつにいい顔をしなかったんだろう?」
「それがな・・・・・・・・・。これは、つきあいが長くなるうちにわかってきたんだが。私が最初、あいつのことを嫌ったがために、私と友だちになることにこだわったらしいんだ」
「どういうことだ?」
スコールは思わず足を止めて訊いた。
「初めからはうまくいかなかった相手だからこそ、一度仲良くなってしまえば本当の友達になれるというのが彼の持論らしい。もちろん、正義とか倫理とか、根本的な点で相容れることのできない人とまで歩み寄ろうとはしないが、ただ単に考え方が違うだけという相手とわかりあうためにあいつが使うエネルギーはすごいよ。君のお母さんとはいきおいあまって結婚してしまったくらいにな」
「レインとも、最初はうまくいってなかったのか?」
「君も知っていると思うが、ウィンヒルは排他的な土地柄でね。彼女も結局、ウィンヒルの人だったってことだ。私がウィンヒルに行った頃にはもう家族同然に仲良くやっていたが、知り合った頃には彼女にどんなに冷たくあしらわれていたかを冗談めかして何度も聞かされたよ」キロスは笑いながら言った。「だから、君も覚悟しておいた方がいいよ。君はラグナくんのことをあまりこころよく思っていないようだが、あいつとそりが合わないだけで、君は悪い子じゃない。ましてや君は、あいつのたったひとりの血を分けた息子だ。あいつはきっと、これ以上ないほどの情熱で君にぶつかってくるだろうからな」
スコールはため息をついた。うんざりだった。ひんぱんに手紙を送ってくることだけでもうっとおしいのに、それ以上の何かをかましてくるというのか?
 でも、そういうのも、何というか・・・・・・・・・・・・・・。
 スコールは、ラグナが自分の父親であるという事実を今までほど不快に思っていない自分にふと気がついた。
 学生寮は静かだった。管理人が設備の点検をしているだけだった。
 彼に訊いてみると、昼休みの終わり頃にラグナが学生と話をしているのを見かけたが、そのあとは知らないとのことだった。
「教室に戻る連中にくっついて授業参観にでも行ったんじゃないか?あんなきまぐれなの、探すだけ無駄じゃないか。もうほっとこう」
「いや、ちょっと待ってくれ。ここは学生寮なんだよな・・・・・・・・・・・」キロスはしばらく考え込むと、スコールに訊いた。「君の部屋はどこだ?」
 スコールの部屋は几帳面な彼らしく、すみずみまで整理整頓が行き届き、清潔だった。
 その中に、違和感のある一角があった。
 朝整えたはずのベッドの上で、ふとんが丸くなっていた。
 まさか・・・・・・・・と足を出しかけたスコールよりも先に、キロスがつかつかとベッドに歩み寄った。そして、乱暴にふとんをひっぺがした。
 中からは、ラグナが転がり出てきた。
「なにすんだよ、いってーじゃねえか!もうちょいやさしく起こせといつも言ってるだろが!!」
「何がやさしく、だ!ここがどこだかわかってるのか?!」
「あ・・・・・・・・・・・・あり???」
あたりを見回して、ラグナはようやく、ここはバラムガーデンの学生寮のスコールの部屋だと思い出した。
「よっ、スコール、久しぶり」
キロスの後ろにスコールもいるのを見つけ、彼は照れ笑いを浮かべながら手を振った。
「いったい何をしているんだ、君は!!せっかくスコールくんに君のちょっといい話を聞かせたところだったというのに、それが台無しじゃないか!!」
「だってさ〜〜〜〜、スコールに久しぶりに会えると思ったらゆんべはぐっすり寝られなくってさ。そしたらここに気持ちのよさそうなベッドがあったからつい〜〜〜〜〜〜〜〜」
「そんなにスコールくんに会うのが楽しみだったのなら学園長室でおとなしく待っていればよかっただろう!?いったいどれだけ君を捜し回ったと思っているんだ?!」
 ラグナを怒鳴りつけるキロスを見て、スコールは眉をひそめた。
 −−−−−こんなのと長年つきあってるだけあって、こいつも相当なタヌキだ。こんなふうに先手を取られたんでは、俺まで怒鳴るわけにはいかなくなったじゃないか。
「−−−−それで、これからどうするんだ」ふたりがひとしきりやりあい終わったとみると、スコールは言った。「まだガーデン見物を続けるか?」
「そーだなあ、それもいいけど、これからバラムの街に行くか?どうせ晩メシはバラムで食うことになってんだからさ。今日の午後はおまえを借りるってことで学園長と話はついてるし、あとの授業はフケて今から外に出てもいいだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・わかった。着替えるから、学園長室で待っていろ。今度勝手にふらふら出歩いたりしたら、もう探してやらないからな!」
「はいはい、ちゃんとおとなしく待ってるよ〜〜〜」
 キロスにひっぱられるようにしてラグナが部屋から出ていくと、スコールは大きなため息をついた。これからあんなのと、どちらかが死ぬまでつきあっていかなきゃならないってのか?!
 しかし、これも経験か。
 スコールは着替えにとりかかった。以前の彼ならばこういう場合、間違いなく逃げ出していたことに気づかないまま。




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