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SECOND MISSION〜Final Fantasy VIII・IF〜

-extra-
〜その後−エスタにて〜




「閣下、当機はまもなくエスタ・エアステーションに到着いたします」
デリングシティまで彼を迎えに来たエスタ政府職員は、カーウェイにそう告げた。
 彼は飛空艇の窓から外を見た。眼下には先ほどまでの不毛の大地に代わって、エスタシティの街並みが広がっていた。
 カーウェイは目を見張った。
 林立する高層ビル、その間を縦横無尽に駆けめぐるハイウェイ、一見無機質でありながら温かみも感じさせる流麗な曲線に形作られた壮大な都市が地平まで広がっていた。
 昔から噂程度の情報は聞いていた。エスタが送ってきた公式資料は暗記するほどにじっくりと目を通した。
 しかし、話に聞くだけと、実際に目にするのとでは、衝撃の度合いはまったく違った。
 本当に、これほどの都市が存在するとは・・・・・・・・・・・・・。
 カーウェイは我知らず緊張した。
 18年前、突然一方的に停戦し、沈黙したエスタ。それが今また唐突に、開国しようとしている。
 それは、本当に平和的な外交関係を結ぼうとしてのことなのか、それとも新たな戦争の火種を求めての謀略なのか、あるいは−−−−−−。
 それは、これからの私の行動ひとつにかかっているのかも知れない。
 どうしてもぬぐい去ることのできない魔女戦争の忌まわしい記憶。エスタを公式訪問する初めての国家元首としての重責。
 あらためてわきおこる不安と警戒心の整理をつけられずにいるカーウェイをよそに、飛空艇は少しずつ高度を下げ始めた。



×××



 エアステーションでは、十数名のエスタ政府代表と兵士がカーウェイの到着を待っていた。
 カーウェイはゆっくりとした足取りでタラップを降りた。そこに立ち並ぶエスタ人たちの顔は、フードに隠れてほとんど見えない。それがエスタの正装だと知識として理解していても、気分のいいものではなかった。
 彼らの中央に立つ、フードを特に深々とかぶった人物−−−体格からいってたぶん男−−−が前に出た。彼の足取りは、奇妙なほどに慎重だった。足が悪いのだろうか?なんとも判断がつきかねているうちに彼はカーウェイの前に立った。
 そして、言った。
「お待ちしていました、フューリー・カーウェイ・ガルバディア大統領」
カーウェイは、その声に聞き覚えがあった。
 その男はフードの端を少し持ち上げ、顔をのぞかせた。
「エスタにようこそ」
「君は・・・・・・・・・・・・・・?!」
カーウェイは絶句した。
 ラグナはカーウェイににかっと笑ってみせた。



×××



「あははははは〜〜〜〜〜、やっぱり驚きましたか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
官邸に向かう車の中で、ラグナはずっと笑い転げていた。唖然としたカーウェイの表情がよっぽどおかしかったらしい。
「あたりまえだ!受け取った資料の中に君の名前はどこにもなかった!それに・・・・・・・・・・・!」
イデアの行方がわからなくなってしばらくしてからの半年くらい、ラグナの名前もどの新聞・雑誌からも消えていた。しかしやがてあちこちで彼の署名記事がまた散見されるようになり、そして、カーウェイがガルバディア大統領に就任した時はもちろん、彼のエスタ公式訪問が決まった時にもちゃっかりインタビューしに来ていたのだ。
「いや〜〜〜〜だますつもりはなかったんですよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。あなたにお会いしたのは、ホントに一介のジャーナリストとしてだったんですから。ま、今回あなたをこちらにお迎えするにあたってその時のことを多少は参考にしましたけどね。それに、お知らせしたエスタ大統領の名前はまんざらウソってわけでもないですよ。今はまだオレが大統領ってことになってますが、3ヶ月後には辞める身ですから」
「辞める・・・・・・・・・・・?」
「はい。今でも外を飛び回るのに忙しくて政府の仕事はほとんどしていない、たんなるお飾りみたいなもんです。ただ、ご存じの通り、エスタは100年近く鎖国状態にあった国ですからね。外交のやり方をまるっきり知らない。それで、外交関係だけはオレが指示しています。オレにしたってよくわかってないことに変わりはないですが、それでもいちおう外国事情には通じているし、ジャーナリストとして各国の外交を見てはいますから、少しはマシだろうってことで」
「しかし・・・・・・なぜ君が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、そろそろ着きますよ」
ラグナはカーウェイの問いに答えることなく、彼の注意を外に向けた。
 車は大統領官邸の入口へとすべりこんでいった。ガルバディアの官邸の3つや4つは楽におさまりそうなほどの巨大な建物。しかし、どこか女性的な柔らかいデザインのためか、あるいは別の理由か、カーウェイはそれに驚嘆の念を持っても不思議と威圧感といったものは感じなかった。
 ホールに入ると、エスタ要人と思われる男がカーウェイを出迎えた。
「彼がコンラート・リントナー、あらかじめそちらにお知らせした『エスタ大統領』です」ラグナはリントナーをカーウェイに紹介した。「正式には副大統領ですが、オレなんぞよりずっと優秀な、事実上の大統領です。すでに後任の大統領として選出されてもいます」
「はじめまして、カーウェイ大統領」リントナーはラグナに教えられた通り、ガルバディア式にカーウェイと握手した。「その・・・・・・・・いきなり驚かせてしまって、申し訳ありませんでした。この人はどうも、いたずらがすぎまして」
「お〜〜〜〜い、オレのせいにするかあ?警戒心でガチガチになってる相手と交渉するのはしんどそうだってゆーから、そんなら緊張をほぐしてきてやろうかってせっかく出てきてやったのにさ」
「そうは言いましたけど、ほかにやり方があったでしょう」
リントナーはしぶい顔で言った。
「ま、そういうことですので」ラグナはカーウェイに言った。「オレはこれで退散して、あとはリントナーがお相手します。ごゆっくり−−−−というわけにはいかないでしょうが、今回は顔見せ程度ってことで、気楽にお過ごしください」
 ラグナは、あとはまかせた、と言うようにリントナーの肩を叩くと、その場を離れた。
 そして一仕事済んで気がゆるんだのか、とうとうドアのところで服のすそをふんづけ、壮絶にコケた。



×××



 カーウェイはエスタでの忙しい時間を過ごした。要人たちとの会見、施設や市民生活の視察−−−−。案内された施設はあたりさわりのないものばかりだったが、それでもエスタが想像を絶する文明と科学技術を誇る国であることは十分すぎるほどに見てとれた。
 そうして3日がまたたく間に過ぎていった。残す日程はあと1日と少し。
 その夜はようやく少しゆっくりとする時間が持てた。カーウェイがホテルの窓からエスタシティの夜景をながめ、3日間にあったことをぼんやりと思い起こしていると、来客の知らせがあった。
 ラグナだった。あの時以来、彼はいっさいカーウェイの前に現れなかった。それがこの夜突然、まるで友人の家をふらりと訪ねるような風情でやってきた。
「ゆっくり話せるのは今夜しかないことにさっき気づきましてね。明日の夜は、晩餐会だの帰国の準備だので忙しいでしょ?」ラグナは窓辺のテーブルにグラスを置き、持ってきたボトルの中身を注いだ。そしてそれをカーウェイに勧めた。「どうですか、一杯。・・・・・・・・・って、こういう時には普通酒を勧めるもんなんでしょうが、ジュースですいません。夜の夜中に大の男がジュースで乾杯ってのはサマになりませんが、オレはほんの二口三口で眠くなってしまう情けないほどの下戸なもんで」
カーウェイはほんの一瞬ためらったが、勧められるままにグラスを手に取った。エスタに来て以来、口に入れるものには注意を払ってきたが、ここでそんな心配をするのはばかばかしいことに思えた。
「どうでした?エスタ見物の感想は」
ラグナは訊いた。
「まだそれを答える段階ではないな。失礼を承知で言わせてもらえば、ほんの2、3日、表面的なものを見させてもらっただけなのでね」
「そりゃそうだ。しかし、決して相容れることのできない相手ではないことくらいはわかってもらえたのではないかと思うんですけど」
カーウェイはそれを否定できなかった。
 エスタの技術力の高さもさることながら、それ以上に彼が驚いたのは、住人たちの表情だった。話し合いを持った相手の中には敵意に似たものを向ける者もいたが、それは未知の世界と人間への警戒心の裏返しであり、彼らの目にはカーウェイもそう見えただろう。そういった反応がまったくないほうがよほど不気味だ。
 しかしほとんどの者はおおむね彼に対して好意的だった。そして、移動の時に見かけたり、居住区で接した一般市民たちは穏やかで、明るくて、平和で・・・・・・・・・・・・。あの恐ろしい『魔女の国』の人間とはとても思えなかった。
「エスタは100年ほど前、当時の指導者の方針で外部との交渉を絶った。そして、交流があった頃のことを知る者がいなくなったところであの魔女戦争だ。警戒の念を持つのは当然のことだと思っています。しかし、他のすべての戦争と同じく、あの戦いを望んだのはほんの一握りの人間だけでした。アデルとそのとりまき連中だけがね。そして、市井の人間が苦しんだのはエスタも同様なんです」
「それは理解できないでもない。アデルを排除し戦争を終結させたのは、君を初めとするエスタの有志だとも聞いた。しかし、それならばなぜ、戦後また一切の交渉を絶ち、誤解をまねくようなことをしたんだ?」
「ん〜〜〜〜〜、そのへんはオレの責任ですから、言い訳がましい物言いになってしまうかも知れませんが」ラグナは頭をかきながら言った。「エスタの市民の大半は、国境の外にも自分たちと同じ人間が住んでいるってことがよくわかってないんですよ。物語かなにかの世界のようにしか感じていない、と言いますか。魔女戦争の頃は不幸な形でとはいえ外部との接触があり市民の関心もある程度外に向けれられましたが、戦争終結後、好戦派の完全な押さえ込みと生活の建て直しに必死になっている間に彼らの目はまた内部しか見ないようになってしまった。それじゃいけないとはずっと思っていたんですけど、市民の考えを無視して改革を上から押しつけようとしても、どうしても無理が−−−−って、やっぱり言い訳ですね、こりゃ」
「いや・・・・・・・・・・・わかるよ。私にも経験がある」
ラグナはちょっとうれしそうに笑うと、続けた。
「でもまあ、生活が安定して10年あまりたち、市民の意識も変わってきたようです。彼らは外の世界に少しずつ興味を持ち始めている。オレはそれほど積極的にうながした覚えはないのですが、開国しようという雰囲気が彼らの方から自然に出てきた。多少の反対や不安の声はもちろんありましたが、それよりも彼らの外の世界への好奇心の方がまさった。それでも、実際に交流を始めるまではオレも不安でしたが、あなたがたガルバディアの訪問団に接した者の反応は予想以上によかったようです。これでオレも、安心して身を引くことができますよ」
カーウェイはずっと、ラグナの言い回しにひっかかるものを感じながら彼の話を聞いていた。それがなんなのか、ようやく彼は思い当たった。『彼ら』、『エスタの市民』−−−−どこか客観的に過ぎる言葉。それはまるで−−−−−−。
「・・・・・・・・・さっきからずっと気になっていたのだが。君はずいぶん傍観者的な話し方をするな。まるでエスタ人ではないような」
「あ〜〜〜〜、しまった。そうそう、そこからお話ししなきゃなりませんでしたね。−−−−オレはエスタ人じゃありません。生まれも育ちもデリングシティの、生粋のガルバディア人です」
「ガルバディア人?!」
エスタに来てから、驚くことの連続だった。しかし、これほどまでに驚いたことはなかった。
「そーです。ウソだと思うんでしたら、25年くらい前のガルバディア軍の軍籍簿を探してみてください。オレの名前もすみっこの方にありますよ。戦争終結の4年くらい前に、大ケガをして退役しましたけど」
「しかし・・・・・・・・・それがどうしてエスタの大統領なんかに・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「魔女戦争当時、アデルが『後継者集め』と称して小さな女の子を何人もさらっていってましたよね。オレの娘も、その被害者のひとりでした。そこで泣き寝入りをしてしまえばこうはならなかったでしょうが、そうするにはオレは身の程知らずというか怖いもの知らずというか。娘を取り戻すためにエスタに乗り込んで、アデル打倒をかかげる改革派グループにかかわって、気がついたらこういうことになっていたんです」
カーウェイはあっけに取られた。勇気ある行動と言えば言えないことはなかったが、彼にはやはり、単なる無謀な行動としか思えなかった。
 しかし彼も、娘を持つ父親だ。娘が生まれたのは魔女戦争終結と同じ頃だったため『アデルの後継者集め』を自分自身の問題として考えることはなかったが、もし戦争が長引き、自分がラグナと同じ立場になったらどうしただろうかと思った。
 それでもやはり、彼の選択を賞賛する気持ちにはなれなかった。しかし、自分にはない、彼の無謀なまでの行動力が少しうらやましかった。
「−−−−君は、3ヶ月後には辞職すると言っていたな」
「はい」
「この時期に、いったいなぜ?それならばなおのこと、エスタはこれから君の力を必要とするはずだ」
「オレの役割は、最初の一歩を踏み出すことです。エスタにかかわった時からずっとそうでした。今度のことも、最初の道筋をつけた。あとは彼らが自分たちでちゃんとやっていきますよ。エスタの将来は彼ら自身が決めることだとも思いますし」
「だが、私としても、その・・・・・・・・・・・・君が相手ならば、少しは安心できるのだが」
「そう言っていただけるのはうれしいですねえ。でもね。アデルを倒し、エスタを今のように落ち着いた国にしたのはエスタ人たち自身です。オレは、彼らの背中をちょっと押してやっただけ。今だって、彼らが開国する気になったからこそ、ちょこっと手助けしてるだけです。最終的に開国を決断したのはオレですが、今の彼らなら大丈夫だと判断してのことですし。−−−−しかし、何の問題もなくうまくいくとまでは思っていません。断絶していた期間が長かったせいで習慣や考え方が他の国とは全然違いますから、そのために誤解や軋轢は必ず生じるでしょう。だけど、彼らは決して、好戦的な国民性の持ち主じゃない。その点を頭に置いて根気よく接してくだされば、エスタはきっと、いい隣人になりますよ」
「それならば、なおのこと君が先頭に立つべきではないか?開国を決めた者の責任として」
「今辞職するのは、なにもこの件からいっさい手を引いてほおりなげてしまおうとしてのことではありません。オレはエスタの実状をよく知る、唯一のエスタ人ではないジャーナリストです。単なるブン屋の方が、ここでエスタの利益を代表する立場にあるより、友好関係を結ぶ手助けができると考えてのことです。そのためには、元エスタ大統領なんて肩書きは邪魔にこそなれいいことはひとつもないですからね。それで、表には出ないようにしてきました。−−−−それが、あなたには姿を見せたのは、驚かせようといういたずらっ気もありましたが、もちろんそれだけではありません。・・・・・・・・あなたにだけは本当のことを言っておきたかったんです」
 カーウェイはラグナのことをよく知っているわけではない。ジャーナリストとしての評判、彼の書いた記事、そして何度か会った時の印象−−−−それが知るすべてだった。しかしそれだけでも、彼が簡単に曲げることのない強い意志と、誠実な人柄の持ち主だということは見てとっていた。だからこそなおさら、エスタの元首としてここに留まっていて欲しいと思った。
「えっと、それから、もうひとつこのことをナイショにしておきたい理由がありまして」ラグナは照れくさそうに言った。「非常に個人的な話で恐縮なんですが・・・・・・・・・・・・・。今はこうしてエスタに生活の基盤を置いてますけど、いずれはガルバディアに帰りたいと思っているんです。ガルバディアの片田舎の村に、妻の墓がありますので」
 しかしカーウェイは、ラグナのジャーナリストとしての力量を評価してもいた。だからこそ一度は自分の計画に使えると思い、彼を『利用』しようともしたのだ。
 だからと言って、一民間人にどれほどのことができるかはわからない。それでもラグナは、自分にできる限りのことをしようとするだろう。エスタと他の国、両方の事情をよく知る者として。おそらくは誰よりも、ガルバディアとエスタの友好を願う者として。
 いつしかふたりの話は魔女戦争の頃のことになった。戦争そのもののことではない。自分たちが若かった頃の話だ。
 決していい時代ではなかった。戦時下ゆえさまざまな統制が引かれ、自由にならないことがあまりにも多かった。実際に戦火にさらされた地域はさほど多くはなかったが、のちにラグナも経験することになる散発的なエスタ軍の攻撃が次はどこに向けられるのかまったく予想がつかず、小さな村や町の住人までも不安をかかえて暮らしていた。暗い時代。そんな中でも彼らは日々に楽しみをみつけ、恋をし、家庭を持ち、ささやかな幸せを手に入れた。若かった、それだけで十分だったあの頃。
 話すうちにカーウェイは、それまでも漠然とは感じていたが、自分とラグナはあまりにも違うことを確信した。性格、考え方、立場、環境、そのほかのさまざまなことが。しかし同時に、もっとも根本的な何か−−−それが何かまではわからなかったが−−−は自分と同じだという印象も持った。それと、同じ時代を共有する者にだけ感じる親近感も。
 おだやかな時間だった。飲み物にアルコールは入っていないはずなのに、心地よい酔いに似たものをカーウェイは感じていた。
「あ〜〜〜〜〜〜、しまった。もうこんな時間じゃねえか」ジュースのボトルが空になってようやくラグナは、とっくに真夜中を過ぎていることに気づいた。「すいません、すっかり長居しちまって。明日のスケジュール、朝少しゆっくりできるように調整しときますんで、十分休んでください」
 ラグナは急いでいとまを告げると、部屋から出ていこうとした。
「レウァールさん」
「はい?」
カーウェイに呼び止められ、ラグナはドアのところで振り返った。
「いや、やはりレウァール君と呼ばせてもらおうか。−−−−−−いつだったか君は、私がガルバディアを改革しようとする意志を失わない限り、君との契約は有効だと言っていたな。その言葉は、今も変わりないか?」
「もちろんです」
「・・・・・・・・・・・・・・わかった。エスタ大統領はコンラート・リントナー。−−−−−それで、いいんだな」
「そうです。−−−−−ありがとうございます」



×××



 その2日後の昼前、カーウェイは再び機中の人となった。
 飛空艇は広大なエスタシティを一望できる高度へと上昇した。窓から眼下の光景を眺めながら、カーウェイは自分の肩にかかる重圧を改めて感じていた。
 しかしそれは、初めてこの光景を見た時のものとはまったく違っていた。
 エスタの人々が決して争いを望んでいるのではないことはわかった。だがそれでも、意見や習慣、文化の相違、文明の格差、そういったものがこれからの交渉の壁になるであろうという予測に変わりはなかった。それは、ラグナに指摘されるまでもないことだ。
 しかしカーウェイは、エスタを訪れた時とは違い、その壁を乗り越えることを心から望んでいた。彼は初め、エスタに侵略の口実を作らせないのが自分の役目だと思っていた。それが今では、互いの地平線を広げるのが自分のなすべきことだという考えに変わっていた。苦労は多いだろう。しかしその先には、その苦労に見合うだけの実りが、きっと、ある。
 カーウェイはラグナのことを思った。あの男は自分の信念で動き、対立することもあるだろう。しかし勇気づけられることも多いに違いない。その折々には、またいっしょに飲みたいものだ。
 ・・・・・・・・・・しかし、飲むって何を。またジュースか?私はああいう甘ったるいものは苦手なんだぞ。あの晩は気分がよくてついつきあってしまったが。
 カーウェイはふと笑みをもらした。
 まあ、いい。今度は私の好みにつきあわせることにしよう。いつか、彼と大ゲンカしたい気分になった時にでも。
 その時が来るのが、楽しみだった。




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