SECOND MISSION〜Final
Fantasy VIII・IF〜
〜ルナサイドベース・4〜
エルオーネのコンパートメントからはかすかに音楽が漏れ聞こえていた。まだ眠ってはいないらしい。 しかしラグナはどうしても声をかけられず、さっきから通路をうろうろしていた。 さんざん迷ったあと結局部屋に戻ろうときびすを返した時、宇宙の闇の中に浮かぶ自分の姿が目に入った。 −−−−シケたツラしてんな、ラグナさんよ。 彼は窓に映る自分の顔をなでた。 −−−−あんた、怖いだけじゃねえのか?エルがどうのってのはただの逃げで。 そしてはるか外に目を向けた。またたくことのない星が一面に広がる。 「・・・・・・・そうかもな」 ラグナはぼそっとつぶやくと、もう一度エルオーネの部屋の前に戻った。そしてそれ以上自分に迷う間を与えず、ドアをノックした。 「どなた?」 返事はすぐに返ってきた。 「エル・・・・・・・オレ」 「ラグナおじさん?」 シュン、と音がしてドアが開き、ガウン姿のエルオーネが顔を出した。 「あ・・・・・・もう寝るトコだったか?」 「かまわないわ。どうぞ。そのつもりだったけど、なんか眠れなくて。それで、星を眺めてたの」エルオーネはラグナを部屋に招き入れると、音楽を止めた。「宇宙って静かで冷たくて、でもとってもきれい。ここから見る星って、地上からとは全然違うのね。知らなかったわ」 「さえぎるもんがなんもないからな。雲も、空気さえも」 「それで、どうしたの、こんな時間に?おじさんも眠れないとか?」 「あ・・・・・・・うん」 「スコールのこと?」 ラグナは答えなかった。 「そんなに心配しなくっても大丈夫よ。そりゃあね、私だって最初っから感動のご対面なんてことになるとは思ってないわ。夕食の時にも話したけど、スコールは人づきあいが苦手で口べたで、友達もあまりいないような子だから、会った時、おじさん以上にどうしたらいいかわからないでしょうね。でもね。あの子もSeeDになって、人を指揮する立場になって、他人のことにも気を配れるようになってきたって学園長先生もおっしゃってたわ。だから、少し時間はかかるだろうけど、ちゃんとおじさんのこともわかってくれるわよ」 「まあ・・・・・・オレだってすぐにどうこうなんて考えてねえけどさ・・・・・・・・・・・」 「だったらこれ以上迷うことないじゃない。早く帰ってスコールに会おうよ。ね?」そしてエルオーネはふいにくすりと笑った。「やだわ、これじゃいつもと立場が逆よね。−−−−ねえ、こんなのラグナおじさんらしくないわよ。いつも考える前につっぱしっちゃって、レインやキロスさんたちに怒られてばかりいたような人だったんじゃなかったの?」 −−−−そうだな。らしくねえぞ、オレ。 やらなかったことを後悔するよりは、やってみて後悔したほうがずっといい。 いつだって、そう考えてきたじゃないか。 それなのに、ここから引き返すつもりか・・・・・? 「エルオーネ・・・・・・・・。頼みが、ある」 ラグナはようやく、その言葉を言った。 「なあに?」 「オレを、過去に送って欲しい」 「・・・・・・・・・・・・いつ、に?」 エルオーネはかすかに顔をこわばらせて訊いた。 「レインが死ぬ時」 彼女が息をのむ音が、耳の奥で大きく響いた。 「どうして・・・・・・・・・」エルオーネはラグナの肩をゆさぶった。「どうしてよ!どうして、そんな時間に行かなきゃいけないのよ!?行ったって、レインはもう帰ってこないのよ!過去は変えられない、ラグナおじさん、自分でそう言ってたじゃない!!そんなことをしたって、おじさんが悲しい思いをするだけよ!!」 「・・・・・・・・・そうだろうな。それでもオレは、あの時に戻って、レインを看取ってやりたいんだ」ラグナは言った。「オレは・・・・・・レインになんもしてやれなかった。なんもしてやれないまま、たったひとりで逝かせちまった。それでも、おまえやスコールをあいつの分まで愛して、抱きしめて、この手で育ててやれば−−−−−−−」 「それならこれからだってできるでしょう?!今だって、ラグナおじさんは私のためにあれこれがんばってくれてる。スコールも、お父さんだけでも生きてるって知ったらうれしくないはずがないわよ!」 「でもさ。おまえたちはふたりとも、もうひとりでも生きていける年になっちまった。おまえたちが大人の手を必要としていた時期に、オレはおまえたちをほったらかしにしてきたんだよな・・・・・・・・」 「そんなこと・・・・・・・・!好きでそうしたわけじゃない、どうしようもないことだった−−−−そうでしょ?おじさんのせいじゃないんだから。私たちに負い目を感じることなんて何もないんだから−−−−−−!」 ラグナは黙り込んだ。 そしてもう一度、自分に問いかけた。 本当のところは、どうなんだ? オレは、本当は、どうしたいんだ・・・・・・・・・・? 「−−−−−おまえたちのことを理由にするのも、逃げか」 ラグナはつぶやいた。 たとえ子供たちを小さな時から育てていたとしても、その方法があると知れば、いつかはきっと同じことを言い出しただろう。 スコールのことは、きっかけにすぎない。 彼は顔を上げると、あらためて、言った。 「エルオーネ・・・・・・・・すまん。おまえも、過去に送った人間と同じものを見るんだろう?だから、おまえにはもう一度つらい思いをさせることになるけど、それでもオレは・・・・・・・レインのところに行きたい。レインの死が変えることのできない事実ならば、せめて最期の時に、あいつのそばにいてやりたい。ずっと、せめてそれだけでもできたのだったのならば、と思ってきた。本当ならば叶うことのない願いだけど、おまえはそれを叶えてくれる」 「・・・・・・・・・でも」 「わかってる。オレにスコールのことがわからなかったように、レインにもオレがいることはわからないだろう。それでも、いい。どんな形でもいい。オレは、レインを見送ってやりたい−−−−−」 エルオーネは泣き出しそうな顔でラグナを見つめた。彼女にそんな顔をされるのはたまらなかったがそれでもラグナは、ここで目をそらしたらくじけてしまいそうな気がして、彼女を見つめ返した。 エルオーネは目をふせた。 「本当に・・・・・・・・・いいのね?」 「ああ」 「後悔・・・・・・しない、わね?」 「それは・・・・・・。それは、約束できない。後悔するかも−−−いや、たぶん、するだろう。しかし、たとえ行かなくても後悔する。行った時よりもきっと、ずっと、もっと後悔する。だから−−−−−」 「・・・・・・・・・・わかったわ」エルオーネは力なくうなづいた。「−−−−−それじゃ、やってみる。ベッドに座って。体の力を抜いて。リラックスして」 エルオーネはラグナの手を握った。 「急に眠くなるからね。気をつけて−−−−−−」 エルオーネが目を閉じるのと同時に、ラグナは意識が遠のくのを感じた。 そして彼の体は、ゆっくりとベッドに横たわった。 | |
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誰かが呼んでいる。 体をゆさぶっている。 疲れた・・・・・・まぶたが、重い。 でも、いいかげん起きないと・・・・・・・・・・。 こじ開けるようにして開いた目が最初に見たのは、エルオーネの顔。 エル・・・・・?いつの間に、こんなにでっかくなっちまったんだ・・・・・・・・・・? 「ラグナおじさん・・・・・・よかった・・・・・・・・・・・・!」彼女の顔は真っ青だった。「私、これから死んじゃう人のところに意識を飛ばしたのなんか初めてだったから、うまく戻せなかったかと・・・・・・・・」 そうだった・・・・・・こっちが、現実。 しかし、今見ていたものも、現実。はるか過去、17年前にあった・・・・・・・。 そっか・・・・・・・・。 レイン、おまえ、本当に・・・・・・・・・。 ラグナはのろのろと体を起こした。 頬に冷たい風があたる。 彼は頬をこすった。その手が何かで濡れた。 涙・・・・・・・? そっか・・・・・・オレ、やっと・・・・・・・・・・・・。 「ラグナおじさん・・・・・・大丈夫・・・・・・・・?」 心配そうにのぞきこむエルオーネの顔がにじんでゆがむ。 「エルオーネ・・・・・・・・・・・」 ラグナはエルオーネを抱き寄せると、かたく抱きしめた。 「おじさん・・・・・・・・?」 「すまねえ・・・・・・エル・・・・・・・ちょっと・・・・・ちょっとの間だけ・・・・・・こうして・・・・・・・・・・・・・・・・」 涙がとめどもなくあふれる。低い嗚咽がのどの奥から漏れる。 ラグナはエルオーネの肩に顔をうずめ、長い間背中を震わせ、静かに泣き続けた。 | |
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「・・・・・・やっぱりこんなこと、しなきゃよかったね・・・・・・・・」 エルオーネは固くしぼった濡れタオルをラグナにさしだしながら言った。 「ははは〜〜、そりゃそーだ。いいトシしたおっさんがガキんちょみたいにべそべそ泣くとこなんて、見てる方が恥ずかしくってやってらんないよな〜〜〜〜」 ラグナはタオルで顔をごしごしこすりながら笑った。 「どうしてそんなことを言うのよ!そんな意味で言ったんじゃないことくらいわかってるくせに!」 「あ〜〜、すまん。でもさあ、オレ、今、なんかうれしくってさ」 「うれしい?どうしてよ?!これで過去が変わったわけじゃない。今ウィンヒルに行ったところで、やっぱりレインは・・・・・レインは、いないのよ!」 「あっと、うれしいってのはなんかヘンか。ヘンだよな。うん。え〜〜っと、そんならなんて言ったらいいんかなあ・・・・・・・。ほっとしたって言うか、肩の荷がおりたって言うか・・・・・・・。つまり、さ。−−−−−エル、オレな。泣けなかったんだ。17年間、ずっと」 「泣けなかった・・・・・・・・・?」 「そ」ラグナは微笑むと、天井を見上げた。「オレ、レインが死んだって聞かされた時のこと、今でもすっげーはっきり覚えてるぜ。あれは、アデル派最大の拠点をぶっつぶしたあとのことだったなあ・・・・・・・・・。アデル派の中心メンバーの大半をとっつかまえて、一段落ついて、もうそろそろちらっと帰るくらいは大丈夫かなって時になって、それから初めて・・・・・・・・キロスに聞かされたんだ。ウィンヒルに行ってくれたヤツはその2ヶ月以上も前に帰って来てて、おまえを無事送り届けたってことだけはオレも聞いていた。そいつは、エスタに入る前にウィンヒルに連絡を取って、レインが死んだって知らせも持ち帰っていた。それなのに、みんなオレには黙ってたんだ。オレさ、そん時、ついキロスをぶん殴っちまったよ。どうしてもっと早くに教えなかったんだって。あいつとはもう30年近いつきあいだけど、んなことしたのはあとにも先にもあれ1回っきりだよ」 彼は照れくさそうに頭をがりがりかいた。 「でも、落ち着いて考えてみれば、それでよかったんだよな。もし、すぐにウィンヒルに帰れば間に合ったってんならともかく・・・・・・・そうじゃなかったんだから。今思えばあの頃が、今のエスタを作り上げるのに一番重要な時期だった。あの時の戦闘を最後に、アデル派は事実上力を失った。そんな大事な作戦を前にオレがとりみだしたりしていたら、そのあとエスタはどうなっていたかわからない。それよりも、オレ自身が今、こうして生きていられなかったかも知れない。回りの連中の判断は、間違っていなかった。−−−−でもそれは、あくまでも理性で考えればそうだってだけで・・・・・・・・・気持ちとはまた別物だな。オレは、レインがもうこの世にはいないことを知らずに、何日も笑って過ごしていた自分が許せなかったんだろうな。そのうち気づいたんだ。あいつのために泣いてやることすらできなくなってた自分にさ」 「ラグナおじさん・・・・・・・・」 「でもこれで、やっと気持ちの整理がついた。こんな形でだけど、レインを看取ってやることができた。これはみんな、おまえのおかげだ。−−−−ありがとな、エルオーネ」 そう言ったとたん、一度はおさまった涙が再びこぼれた。胸に熱いものがわきあがってくる。 「あ〜〜、もう、誤解されてもなんでもいいや!オレ、やっぱしうれしいよ!オレさあ、レインにさんざんうらみごと聞かされる覚悟で行ったんだぜ?それなのにあいつ、最後までオレのこと信じて・・・・・待って・・・・・・・・」ラグナはタオルを顔に押し当てた。「あ〜〜、も〜ダメだ〜〜〜。ハナミズまで出てきちまった。ったく・・・・・・みっともねえよなあ、おい」 レインの最後の言葉、最後の想い。 そのひとつひとつが胸にせまる。 そういったものを聞けるとはかけらも思わなかった自分がバカみたいだった。 くだらないことでうだうだ悩んでいた自分がバカみたいだった。 思い切って行ってよかった・・・・・・・本当に。 少し気持ちが落ち着き、大きく息を吐くとラグナは顔を上げた。 そして、エルオーネが顔をこわばらせて立ちつくしているのに気がついた。 「エル・・・・・。エル、ごめんな。おまえにはいやなことさせちまった。この穴埋めはなんとかするからさ」 エルオーネは首を横に振った。 「私・・・・・思い出した」彼女はかすれた声で言った。「レインが死んだあと、私は赤ちゃんをスコールって呼ぶようになった。回りの大人たちに、この子はスコールって言うの、って言い張った。だから、赤ちゃんの名前はスコールになった。−−−−レインが赤ちゃんをスコールと呼ぶのを聞いたのは花屋のおばさんじゃなくて、私。そして、レインがそう言ったのは−−−−−」 「・・・・・・・・・まさか、な」 「私にも、信じられない。でも・・・・・・・・今、見たでしょ?苦しさと、悲しさと、淋しさでいっぱいだったレインが、最後はちょっと幸せそうだった。ちょっとうれしそうに、赤ちゃんをスコールって呼んだ。それは、ラグナおじさんがそばにいることがわかったから。おじさんが赤ちゃんをスコールって呼ぶのが聞こえたから−−−−−」 「ははっ、そりゃすげえや!そんじゃ、息子の名前、オレがつけたことになるのか?ついこの間まで、そんなもん知らなかったはずなのによ!」 「そうかも、ね・・・・・・・・」 エルオーネは小さな声で言った。そして突然、床にしゃがみこんだ。 「エル?!」 「私・・・・・・私、やっぱり、こんなの、いや・・・・・・・」彼女は両手で顔をおおった。「私さえいなければおじさんは、本当にレインのそばにいてあげられ・・・・・・・・。ううん、そうじゃない。レインが死んじゃうことも・・・・・・なかったかも知れない。今もウィンヒルで、スコールもいっしょに・・・・もしかしたら、弟や妹も生まれて・・・・・・・・・・・・」 ラグナはふっと小さく息を吐いた。彼はエルオーネの頬を軽くはたくと、顔を上げさせ、言った。 「エルオーネ・・・・・。おまえさあ、んなことま〜だ言ってんのか?自分のせいでどうこうなんてもう考えないって決めたんじゃなかったのか?」 「でも、やっぱり考えちゃうんだもの。ラグナおじさんが私のためにいっしょうけんめいになってくれればくれるほど、つらくなってきちゃうんだもの!」 「エル・・・・・・・・いいか?オレ、ウソは言わねえから、よっく聞けよ。−−−−オレはもうかれこれ50年近く生きてきたけどよ、そん中で、ウィンヒルで暮らした2年間が一番幸せだった。それはなんでだかわかるか?−−−−レインがいたからじゃあない。レインとおまえと、ふたりがいたからなんだ。あの2年間がオレにとってなによりも大事な時間になるためには、おまえもいなきゃダメなんだ。オレがおまえを探し続けたのも、おまえにいろいろしてやりたいと思ってるのも、なにもおまえのためだけじゃない。オレがもう一度、あの頃の幸せな気持ちを取り戻したいから、そしてそのためにはおまえが必要だからだよ」 これまでならば、ただエルオーネをなだめるためだけにこう言ったかも知れない。しかし今は、自信を持って言える。 これがまぎれもないオレの気持ち。自分自身すら忘れかけていた。 「でも・・・・・レインはもう・・・・・・・・・・・・・・・」 「そうだな。レインはもういない。だけど、あいつは代わりにスコールを遺してくれた。そして、おまえはここにいるじゃないか、エルオーネ。3人でもう一度、やり直せるとは思わねえか?」 「でも、私・・・・・・・・・」 「レインも、3人なかよく、って言ってただろ。おまえは、レインの最後の頼みにも耳をふさぐつもりか?」 エルオーネは長い間、両手を握りしめていた。そしてやがて、ふりしぼるようにこう言った。 「だったら私・・・・・・・・本当に、これからもそばにいても、いいのね?」 「なにをあったりまえのことを言ってんだよ!−−−−なあ、エルオーネ。こんな風に考えてみないか。確かにオレは、今までおまえにはさんざん苦労させられてきたよ。おまえのせいで悲しい思いもいっぱいしたし、何度も死にかけるような目にもあった。・・・・・・でも、だからこそさ。これからおまえはオレに、いっぱい幸せをくれなきゃいけねえんだ。それだけ苦労したかいがあったって思えるくらいにな。そばにいてくんなきゃそれができねえだろ?−−−−まあ、そんなのはあんたの勝手、私には関係ないわってんなら無理強いするつもりもねえけどさ」 「そんなこと、ない−−−−−!」 「そんならもう、今度こそ、もう2度と、自分を責めるようなことは言うな」ラグナはエルオーネの涙をぬぐった。「・・・・・・・おたがい、17年間、つらかったな、エルオーネ。でももう−−−−−終わったんだ」 「ラグナ・・・・・・・・・」エルオーネはラグナにしがみついた。「−−−−大好き・・・・・・・・・!」 これで・・・・・よかったんだ。 17年もの間うずいてきた胸の傷は、これから少しずつ癒されていくだろう。 エルオーネも今、本当に、オレのところに帰ってきた。 そして、スコール・・・・・・・・・・・・・。 あいつとうまくやっていく自信は、正直言って、今もない。だけど、いつかはきっと、なんとかなる。今感じているあったかい気持ちさえ忘れなければ、どんなに時間がかかっても、どんなに大変でも、がんばれる。 もうすぐ、あの頃と同じように心から笑える日々がやってくる。 だけど・・・・・・・・。 そこにおまえはいないことが、たまらなく淋しい。 ・・・・・・・・・・・レイン・・・・・・・・・・・・・・・。 |