SECOND MISSION〜Final
Fantasy VIII・IF〜
〜エスタ(1)・4〜
ラグナが家に戻った時、時計の針は12時過ぎをさしていた。彼はすでに寝ているであろう3人を起こさないよう、そっと中に入った。 居間にはあかりがひとつ灯っていた。 そして、エルオーネがひとり、黙ってソファーに座っていた。 「なんだ?まだ寝てなかったのか?先に寝てろって言っただろ?」 「そうしようとしたけど・・・・・・・・眠れなかったから」 「部屋が気にいらんかったか?年頃の女の子が好きそうな部屋ってのがどんなんかよーわからんかったからなあ」 「ううん。気持ちのいい部屋で、私、気に入ったわ。だからそうじゃなくて」 「あ、それとも、船暮らしが長かったから揺れてないと寝られんとか?そー言われても、そいつにゃ慣れてもらうしか−−−−−」 「そんなのじゃないの!ラグナおじさん、ふざけてないでちゃんと話を聞いて!!」 「はい・・・・・・・・すいません」 ラグナは頭をかきかき、エルオーネの前に座った。 「さっき聞いた17年前の話、ゆっくり思い返してみたの。そしたら、なんかいろいろと考えちゃって・・・・・・・・・・」 「気にするなって言ったろー?そりゃ、ちょいと難しいことかなとは思うけどよ」 「それは大丈夫。おじさんたち、ちゃんと本当のことを話してくれたと信じてるし、私もわかったつもり。それから、私のせいであれこれ起こったって考えるのも、おじさんを困らせるだけだから、もうやめる。だから・・・・・・・・・全部話して欲しいの」 「あ?」 落ち着かなげに足をこすっていたラグナの手が止まった。 「まだなにか、私に隠してることがあるんじゃないの?」 「−−−−気の回しすぎだぜ。さっきオレがヘンになんもかも黙ってようとしたから、かんぐりたくなるのはわかるけどな」 「じゃあ、私がこれから訊くことにもちゃんと答えてくれる?」エルオーネはきっぱりと言った。「どうして私をおじさんが自分でウィンヒルに送ってくれなかったの?」 「・・・・・・・・・・・・・そりゃ、話したとおり−−−−−」 「問題がいっぱい起こって忙しかったから?私を助けるために力になってくれた人を見捨てられなかったから?それでも、ちょっとウィンヒルに帰ることくらいはできたんじゃないの?やり残した仕事があったのなら、そのあとでまたエスタに戻ればよかったじゃないの。それすらできなかったの?おじさんは、私のことを人任せにしてよしにしちゃうような人じゃないわよね?レインにも、もう1年近く会ってなくて、すっごく会いたかったはずよね?それなのに、なぜ?−−−−私、どんなに考えても、納得できなかった。それに納得できないままでは私・・・・・・・・・・」 「だからよ・・・・・・・・」 ラグナはなんとかいいわけをひねりだそうとした。 しかし、エルオーネの問いつめる視線に、どんな言葉も出てこなかった。 ラグナはふっとため息をついた。 そして、あきらめて両手を上げた。 「・・・・・・・・・わかったよ、エルオーネ。おまえはちっこい時からカンのいい子だったからなあ。うまいとこで話を止めたつもりだったが・・・・・・・・通用せんかったか。ちっとばかし濃い話だから、おまえには黙っときたかったんだけどな。−−−−せめてオレが自分でおまえをウィンヒルに連れて帰っていれば、レインが死ぬ前にもう一度会うことだけはできたはずだったのに。そう言いたいんだろ?」 「・・・・・・・・・うん」 「確かにそうだよな。だけどよ。オレはあの時、どうしてもエスタを離れるわけにはいかなかった。それは、おまえが考えてるような事情もあったからだけど、一番の理由は、オレ自身のためだった。オレは、自分を守るためにエスタから出られなかったんだ」 「・・・・・・・どういうこと?」 「おまえを取り返したあとオレは、反アデル派の連中に請われてリーダーになった。アデル封印の作戦を立てて、実行して、宇宙にほっぽりだして。んでよ。さっきも話したよな?アデル派のテロ活動のせいで治安がすっげー悪くなったってよ。それの一番のターゲットが、かく言うオレだったんだよな」 「ラグナおじさん・・・・・・・・・命を、狙われてたの?」 「仮にも当時の反政府組織のリーダーをやってたんだから、そんなこともあらあな。そいから、おまえもだぜ、エルオーネ。もっとも、おまえの方は誘拐するつもりで殺す気はなかったんだけどな。アデル派の連中、おまえをアデルの後継者にするのをまだあきらめてなかったらしくてよ。だけど、ちっこい子供をかくまい続けるには物理的にも精神的にもオレたちには十分な余裕がなかったし、あんなぶっそうな環境におまえをおいとくのもいいこととは思えなかった。だからオレは、信頼できる仲間に頼んでおまえをこっそりウィンヒルに帰してもらった。おまえがちゃんとエスタにいるように見せかけておいてな。オレがついていってやりたかったのはやまやまだったけど、オレがいないことまではごまかせそうになかったから、それはできなかった。もしアデル派にバレてエスタの外にまでおっかけてこられでもしたら、オレは自分自身すら守りきれる自信がなかった。そんなことになったら当然、おまえはもちろん、レインまでまきこみかねなかった。でも、エスタになら、オレを守ってくれるヤツがたんといた。オレは、エスタにいる方がまだ安全だったんだ。そんでも・・・・・・・・・・・・」 ラグナは視線を落とした。 「−−−−−そんでも、あん時がレインに会える最後のチャンスだったとわかってりゃ、アデル派に見つかんない方に賭けてなにがなんでも帰ったのにな。あの頃は電波障害が始まったばかりだったから通信も交通もめちゃくちゃで、国外との連絡はまるっきり取れなくなっちまってた。そんで、おまえをウィンヒルに送ってくれたヤツがやっとこさエスタに帰って来た時には、もう遅かったんだ・・・・・・・・・」 ラグナの胸に、レインの死を知った時の痛みがぶりかえした。 この話をしたくなかったのはエルオーネのためではなく、自分自身のためなのかも知れない、彼はそう思った。 今も胸にささったままの、つらい思い出。 「・・・・・・・・・ごめんなさい。やっぱり、聞いちゃいけなかったね・・・・・・・・・」エルオーネは膝の上で両手を握りしめた。「でも、私、知りたかったから。何があってこうなったのかを、ちゃんと知っておきたかったから」 「・・・・・・・・やっぱおまえ、大人になったんだなあ。オレもちっと考え方を変えなきゃな」ラグナは微笑んだ。「いいんだ。おまえがどうしても知りたかったんなら。黙ってたとこで、起こっちまったことは変わらねえんだし。それによ。オレ、思うんだ。もしもう一度あの時に戻れたとしても、たぶん同じ選択をするだろうなあって」 「でもそれは、後悔していないという意味じゃないでしょ?」 「エル・・・・・・・」 「そして、もし次に何が起こるかがわかっていれば、違う選択をしたんでしょ?」 「そりゃ、そうかも知れねえが・・・・・・・・」 「−−−−だから私、試してみたの」 「試した?何を?」 「『妖精さん』」 「へ?」 「頭の中がザワザワした時のこと、おじさんたち、『妖精さんが来た』って言ってたわね。−−−−−あれ、私がやったの。スコールの心を、ラグナおじさんの頭の中に送ったのよ」 「・・・・・・おまえが?スコールを?」 「人の意識を過去に送ることができる、私の力。それが、ラグナおじさんの、レインの、スコールの未来を変えてしまった。だけど・・・・・・・・。最近、何年かぶりでスコールに会った時、私、思ったの。この力を使えば、『未来』を変え直すことができるんじゃないかって。−−−−エスタ兵がウィンヒルを襲う日がわかっていたら?おじさんがエスタに入る前に一度でもウィンヒルに帰っていたら?私を連れて帰ってくれたのがおじさん自身だったら?−−−−どこかひとつでも変えられれば、『今』は全然違うものになっていた。私のこの力は普通なら過去を見ることしかできないけれど、でも、スコールなら、おじさんの子なら、過去のおじさんに何か伝えられるかも知れない。そうしたら、たとえレインが死ぬことは止められなくても、せめてその時、そばにいて・・・・・・・」 エルオーネの目から涙がこぼれた。 「でも、だめだった。何ひとつ、変えることができなかった。ただ、『今』になるのを見ていることしか・・・・・・・・・・」 エルオーネは両手で顔をおおった。 その指の間から涙が流れ落ちるのを、ラグナはしばらく黙って見つめていた。 エルオーネの必死な想い。それが、あの『妖精さん』。 あの時、オレの頭の中にいたのはスコール。あの時のオレにはそれがわからなかったけれど。 しかし、オレの意識を通して、スコールは過去を見た。知るはずのない、自分が生まれる前に起こったことを。 あいつはそれを、どう思ったんだろう・・・・・・・? ラグナはエルオーネの隣に席を変えた。そして、彼女の肩をそっと抱いた。 「・・・・・・・なあ、エル。おまえのその力で、本当に何も変えられなかったのかな・・・・・・・?」ラグナは静かに言った。「オレは、そうでもないなって思うんだ」 「だって・・・・・・・・!レインはひとりきりで死んじゃったし、おじさんはウィンヒルに帰れなくなった。その事実は、全然変わっていない・・・・・・・!」 「オレの頭ん中に来たのはスコールだって言ってたな?」 エルオーネはうなづいた。 「オレがウィンヒルにいた頃にも、あいつがオレんとこに来たことがあったよな?」 彼女はもう一度うなづいた。 「だったら、やっぱり変えられたんじゃねえか。−−−−レインが死んだ時あいつはまだほんの赤ん坊で、母親のことはこれっぽっちも覚えてなかっただろうによ。でも、オレの目を通してレインに会って、覚えているはずのない母さんの顔を、声を、今では知ってる。それでどう変わったかはあいつ本人に聞かなきゃわかんねえけど、変わったことは間違いねえよ。そうじゃねえか?」 「そう・・・・・・・なの、かな・・・・・・・・」 「で、おまえはどうなんだ、エル?おまえも見たんだろう、過去を?それでおまえは変われなかったか?」 「私・・・・・・・・・・」 エルオーネはラグナの顔を見つめた。もう触れることのできない過去のラグナではなく、今、同じ時を過ごしているラグナを。 「私・・・・・。まだ子供だったから忘れてたことを、子供の私には気づかなかったことを、たくさん見た。そして、わかった。私がどんなに愛されていたか。あの頃はあたりまえに思っていたことが、どんなに大切なことだったか。そして−−−−−」 「そして?」 エルオーネは口を開きかけ、しかし、何も言わずに目をふせた。 「いいよ、言葉にするのが難しいんなら無理に言わなくっても。でも、それで自分が変わったってことだけは間違いないんだろ?」ラグナはエルオーネの頭をなでた。「それでいいんだよ。過去は変えられない。だけど、今なら、未来なら変えられる。おまえは、今のおまえを変えたんだよ、エルオーネ。それだけでも、試してみた価値があるってもんじゃねえか?」 「そう・・・・・・・ね。そう、よね」 「うん、そうそう」 ラグナは満足げにうなづいた。 「あ、でもよ」そして彼は、ふと思いついて言った。「スコールのヤツ、レインが自分の母親だってちゃんと知ってんのかな?そいから、オレのこともさ」 「私、あれは過去だってことだけをスコールに話したわ。ラグナおじさんとレインが自分の両親だって、自分で気づいて欲しかったから」 「そっか。気づいててくれるといいよな〜〜〜」 「そうね。−−−−−あ、でも。そしたらスコール、どう思うだろう。だってスコールったらラグナおじさんのこと・・・・・・・・・・」 エルオーネはくすくす笑い出した。 「おい、あいつ、オレのことをなんだって?」 「ないしょ」 「おいおい、オレには洗いざらいしゃべらせといて、自分はだんまりかよ〜〜〜〜」 「だって、スコールのことだもん。私なんかより、スコールに直接聞いて」 「ちぇっ、わかった、そーするよ」ラグナは舌打ちした。「さ、いいかげんに寝ろ。寝不足はお肌の天敵だぞ」 「うん、そうするね」エルオーネは微笑みながら、まだ目にたまっていた涙をぬぐった。「・・・・・・・・ありがとう、ラグナおじさん」 |
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ラグナがバスルームから出た時には、部屋の中はしんと静まり返っていた。 彼は濡れた髪をタオルでこすりながら、窓辺に立った。 眼下いっぱいに広がるエスタシティの夜景の上に、大きな月がぽっかりと浮かぶ。 そう。過去は変えられない。 できるのは、過去のあやまちを別の形でやり直すことだけ。 エルオーネはこの手に取り戻した。息子にも−−−−スコールにも近いうちに会えるだろう。子供たちとの間にできた17年の空白は、これから少しずつ埋めていける。この17年間にあったはずのものと同じ形ではないにしても。 だけど、レイン・・・・・・・・。 おまえを失ったことでできた穴は、どうやって埋めりゃいいんだ・・・・・・・・・・・・? |