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SECOND MISSION〜Final Fantasy VIII・IF〜

〜エスタ(1)・3〜




 エスタは今日も平穏な日常の中にあった。
 陽光にきらめく建物。手入れの行き届いた街路。会話や散歩を楽しむ市民たち。流れるように動くリフター。クラクションの音。独特な衣装。街路樹。ざわめき。風。
 エルオーネを取り返すためにやってきた国、エスタ。それと同じ場所に彼女を連れて帰るのがこんなにうれしいことになるとは、あの頃には思いもよらなかった。
 車窓の外を流れ行く風景をエルオーネは驚きのまなざしで見つめていた。その様子をラグナは、まるで初めてここに来た時の自分みたいだな、と思いながら見ていた。彼女は昔エスタにいたことがあるとはいえ、オダインの研究所と反アデル派のアジト以外の場所はほとんど知らないし、それに、幼かったからあまり覚えてもいないだろう。第一、あの頃のエスタは魔女・アデルの恐怖支配のため、一見華やかでありながら、その実、息苦しく暗い場所だった。
 しかし、今は違う。人も、政治も、雰囲気も、穏やかないい街になった。
 ただひとつ、憂いをかかえていること以外は−−−−。



×××



 街の中心に近い一角に建つマンションの前で車は止まった。
 そこの最上階に、ラグナのエスタでの家がある。10年前、辞表を置いて勝手にエスタを飛び出していってしまってからはほとんど使うことはなかったが、それにもかかわらず、ラグナがいつ帰ってきてもいいようにきちんと管理されていた。
 そこではキロスとウォードが、エルオーネの到着を今や遅しと待っていた。
 17年ぶりに会うエルオーネの姿は、やはり彼らにも驚きだった。キロスとウォードは少々とまどいながら、しかししっかりとかわるがわる彼女を抱きしめた。
「元気そうでよかった。すっかりきれいになって−−−−−」
「・・・・・・・・・」
「まったくだぜ。オレ、エルならどんなに育っちまってても会えばわかるとエラそうなこと言ってたけどよ、これじゃどっかですれちがっただけじゃわかんなかっただろうなあ」
ラグナは腕を組み、うんうんうなづきながら言った。
「私はすぐにわかったわ。ラグナおじさん、全然変わってなかったもの」
「そっか?」
「うん。無鉄砲なところが全然。−−−−救助に来たのがエスタの船だって聞いて気になって甲板に出てみたら、大暴れしながら兵隊さんにひきずられていく人がいるじゃない。あれ見て、ひとめでラグナおじさんだってわかっちゃった」
エルオーネはくすくす笑った。ラグナは思わず顔を赤くした。
「なんだ?あれほど無茶はするなと言ったのに、また何かやらかしたのか?」
「ん、あ〜、別に、たいしたこっちゃねえ・・・・・・・・・・・・・」
「正直に白状したまえ。船団長から報告は来ている。隠したところで無駄だぞ」
「だったら、オレが話さなくったって全部わかってるんだろーが!!」
「そのとおり。ちょっといぢめてみただけだ」キロスはにやりと笑った。「まあ、今回ばかりはおとがめなしだ。そのおかげでエルオーネが見つかったことだし」
「それはどおも」ラグナはぶすっとして言った。「あ、そんなことよりさ。あの船がどうなったか、わかったか?」
「ガルバディアに潜入している情報部員から報告があった。ガルバディア軍が撤収するエスタ船団に気をとられているすきに逃げたらしい。その後の行方は今のところわかっていないが、引き続き探させている」
「・・・・・・・・・船のこと、気にしてくれていたんだ・・・・・・・・・・」
「だってよ、おまえ、あそこで暮らしてたんだろ?しかたなかったとはいえさらってきたようなかっこになっちまって、今頃きっと心配してるぜ。おまえが無事だってこと知らせとかないと。今まで世話になった礼もしたいしな」
「うん・・・・・・・・。ありがとう、ラグナおじさん」エルオーネは言った。「−−−−だけど、すごいね。おじさん、こんなに大きな国の大統領になってて、こんな風に軍隊を動かせて・・・・・・・・・・・」
「ははは〜、今は名前だけみたいなもんだけどよ、なんかそーゆーことになっちまったんだな。まあそれは、オレの人徳ゆえとゆーかりーだーしっぷゆえとゆーか」
「・・・・・・・・・」
「見栄はってないで本当のことを言え、とウォードが言っている。正直に言ったらどうだ?深く考えずエスタの人たちが言うことにほいほい返事をしていたらいつのまにかそうなっていたと」
「いいじゃねえかよ〜。どっちでもたいして変わんねえんだからよ!」
「そうよ。軍の人たち、ラグナおじさんのこと、本当に尊敬してるみたいだったわ。−−−−う〜〜〜ん、大好きだって言った方がいいかな?」
「わかったわかった。君にかかったら私たちなんかかたなしだな」キロスは苦笑いをした。「さて、いろいろあって疲れただろう。食事のしたくができるまで一休みしてきたまえ。君の部屋も用意してあるよ、エルオーネ。気に入ってもらえるといいが」



×××



 食事が済む頃には、日はとっぷりと暮れていた。窓の外には、地平まで続く夜景が広がっていた。昼間とはまた違う美しさを見せるエスタの街に、エルオーネはため息をついた。
「エスタって、ほんとにすてきなところになってたのね・・・・・・・・」
「どうだ?好きになれそうか?」
ラグナは訊いた。
「うん。すごく」エルオーネはすぐに答えた。そして、ためらいがちに続けた。「・・・・・・・・・・だけどね。だからこそ、気になってることがあるの。−−−−ねえ、どうしてエスタを世界から隠したままにしたの?昼間ちょっと見ただけだけど、平和な国になってること、よくわかった。街の人たち、とってもいい顔をしていたもの。それなのに、なぜ?ラグナおじさん、エスタの大統領なんだから、おじさんの考えもあってそうしたんでしょ?」
「ん〜〜〜〜、まあ、それは、いろいろあるんだな」ラグナは腕を組み、ちょっと考えたのち、答えた。「世の中ってのは複雑なもんでよ。エスタがかかえてた問題も、アデルを封印して戦争をやめりゃそれで全部解決なんて単純なもんじゃあなかったんだ。心底アデルに入れ込んでいたアデル派の連中のテロ活動のせいで、しばらくはアデル時代以上に治安が悪くなってたし。めちゃくちゃになってた内政をたてなおすのに精一杯で、外交なんざやってらんなかったし。アデル封印の副作用で全世界的な電波障害が起こっちまって、電波に頼らない通信網を作り上げるのに時間がかかっちまったし。この通り、他の国とは全然レベルの違う科学技術力を持つ国だから、ヘタに情報公開したら予測のつかない問題をひきおこしそうだったし。アデルを殺したわけじゃなく封印しただけってのも、外交交渉をする上でさしさわりになっただろうし。ほかにもちんまい理由がいろいろな。−−−−ま、どいつもこいつもそれひとつだけをとってみればどってこたあないんだけど、ちりも積もればゴミの山っつーか」
「『山となる』だろう、ラグナくん。ゴミはよけいだ」
「あー、うっさいなー、いちいち。−−−−とにかく。今じゃほとんどの問題は解決できてんだけど、それに何年もかかったから、結局は、タイミングをはずしちまったってことかなあ・・・・・・・・・・・」
「・・・・・アデルは死んだわけじゃなかったの?」
「生きてるぜ。なんもできないようにして宇宙にほおりだしはしたけどな」
「アデルをどうして・・・・・その・・・・・殺さなかったの?そうすれば、問題はもっと少なくて済んだみたいだけど・・・・・・」
「あ〜〜〜、それは、だな・・・・・・・・・・・・」
ラグナは口ごもった。
「−−−−君のためだよ、エルオーネ」
キロスが代わりに答えた。
「私の?」
「おい、キロス」
ラグナはきつい口調でさえぎった。
「エルオーネの重荷になるのを心配しているのか、ラグナくん?−−−−だけど、それは事実だ。この子がこれからエスタで暮らしていくのならば、たぶん知らないままでは済まないだろう。だったら、誰か他人の口から知るよりは、私たちがきちんと話しておく方がいい。それに、この子はもう立派な大人だ。知る権利も義務もある。そして、事実を受け止める力もある、と私は思う」
 ラグナは黙ったまま立ち上がった。そして窓辺に立ち、外の風景を見つめた。
 やはり話しにくいか−−−−。キロスは見てとり、自分が話し始めた。
「−−−−17年前、私たちはアデルを殺すこともできた。しかし魔女は、その力を誰かに継承せずに死ぬことはできない。そして、あの時アデルが死ねば、そのあとに魔女になるのはほぼ間違いなく、エルオーネ、君だった。アデルは君を気に入っていたからな」
「私が・・・・・・・魔女に?」
「しかしそれは、君が『アデル』になる、という意味じゃない。継承すると言ってもそれは魔女の力だけで、性格まで受け継ぐわけじゃない。だからアデルは、幼い少女を集めていた。小さいときから教育し、もうひとりの『アデル』を育てようと。しかしあの時の君は、さらわれてからまだ間がなかった。君が『アデル』になる可能性は、万にひとつもなかった。それでもラグナくんは、君を魔女にはしたくなかったんだ」
「だから・・・・・・・なくて済んだはずの問題までいろいろ・・・・・・・・・・」
「そいつはちょっとばかし違うぜ、エル」ラグナは振り返り、言った。「魔力封印技術があると知って、そいつを使おうと最初に言い出し、一番熱心に主張したのは確かにオレだ。だけど、エスタの反対を押し切ってまでそうしたわけじゃない。彼らは彼らの理由で、アデルを封印することにしたんだ。魔女の恐怖支配が長かったせいか、エスタの人間は『魔女』ってヤツにひどいアレルギーがあってな。アデルのあとに、それがたとえどんなんでも、また新たに魔女が生まれることを嫌った。−−−−だから、オレがナンも言わなくってもたぶん、こうなってたぜ」
「でも・・・・・・・・・」
「あ〜〜〜、ぜ〜ったい難しく考えちまうだろうからおまえには話したくなかったんだよな〜〜〜〜」ラグナは顔をしかめた。「確かにアデルを殺しちまう方が簡単だったさ。だけど、オレの考えはともかく、エスタの人間も封印することを積極的に選び、それが間違っていたとは今でも思ってないんだからそれでいいじゃねえか。エスタ生まれじゃないオレから見ればあいかわらず他の国に信用されてないのは不幸に思えるけど、もともとヨソとつきあいのなかった国だから、んなことは全然気にしてねえし。それよか、『アデルの後継者』が自由に動き回ってるほうがいやだったんだよ」
 ラグナはエルオーネの前にしゃがみこんだ。そして、彼女の目を見つめながら言った。
「−−−−なあ、エル。オレは、おまえを魔女にしないで済む方法があったから、それを選んだ。だけどもし、他にどうしようもなくておまえが魔女になってしまったとしても、オレはおまえを嫌いになったりはしなかったよ。おまえなら、普通の人間に恐れられたりなんかしない優しい魔女になったはずだから。それは、信じてくれるな?」
「・・・・・・・うん」
「おし。そんじゃ、この話はおしまいだ」ラグナはエルオーネの頭をなでた。「・・・・・・・やっぱしちゃんと話しといてよかったのかもな。大半のエスタ市民はアデル封印に賛成してるけど、中にはあとくされなく殺した方がよかったと考えてるヤツもいる。おまえに口さがないことを言うヤツもいるかも知れねえ。だけど、それはほんの一部だ。気にすることはねえんだぜ」
「ラグナくん、それで−−−−−−」
「あ〜〜、わーってる、わーってる」ラグナはキロスの言葉をさえぎった。「ちょいと遅くなっちまったけど、今から官邸に顔出してくるわ。作戦の後始末して、これからのことも相談しとかないとな」
そして、彼はふいに顔を赤らめた。
「−−−−−だけどよ。オレ、作戦会議の時になんかとんでもねえことを口走った気がする・・・・・・・・・・・」
「ふふん。確かにそうだな」
キロスはにやりとした。
「なに?なにかあったの?」
「ああ、それはだな−−−−−−」
「キロ〜〜〜スっ!あのこと、エルに話したりしたら絶交だかんな!!」
「なるほど」キロスはうなづいた。「では、さすがに今すぐと言うのは気の毒だから、ラグナくんが忘れた頃にこと細かに話してあげよう、エルオーネ。どうせ、私たちと絶交して困るのはラグナくんの方だ」
「勝手にしろ・・・・・・・」ラグナは頭をかかえた。「ま、ともかく、ちょいと行ってくらあ。遅くなるだろうから先に寝てていいぜ」
「了解」
キロスはそう言うと、ウォードに目配せした。そして彼は、バスルームの使い方を教えよう、とエルオーネを奥の部屋に連れていった。

×

 エレベーターに乗ろうとした時、ラグナはウォードがついてきていることに気がついた。
「なんだよ。別に心配せんでも、通い慣れた道でまで迷うようなことはしねえぜ?」
「・・・・・・・・・・・」
「まだエルに話しておくべきことがあるんじゃないかってか?」ラグナは前髪をかきあげた。「さっき話したことは、エスタの現状とかかわることだから言っとかなきゃならんかったさ。だけど、そっから先は、エスタとは関係ねえ。オレたち3人だけの問題だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「だったらなおさらだ。そのオレが話さなくていいと言ってんだから、いいんだよ。−−−−キロスに言っとけよ。ただでさえエルは、感じんでもいい責任を感じてるんだ。ほんの子供だった自分には何もできなく当然だったってことはわかってるだろうによ。これ以上、しなくてもいいつらい思いをさせんでもいいだろ?」
「・・・・・・・・・・・」
「頼むぜ」
ラグナはそれだけ言うと、夜の街をリフターのステーションに向かった。




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